神々の扉
普通 | すべて
9/16名
神々の扉 情報
担当 土斑猫 GM
タイプ マルチ
ジャンル イベント
条件 すべて
難易度 普通
報酬 多い
相談期間 2 日
公開日 2020-06-26 00:00:00
出発日 2020-07-01 00:00:00
帰還日 2020-07-17



~ プロローグ ~

 深夜の教団本部。室長室。魔術灯の薄明かりの中、書類に目を通していた『ヨセフ・アークライト』は、感じた気配に顔を上げた。
 部屋の窓。いつの間にか開いたそれの前に、二人の人影が立っていた。
「室長さん……」
 朱髪の少女、『カレナ・メルア』が呼びかける。
「話が、まとまった。明日、始まる」
 銀髪の少女、『セルシア・スカーレル』が告げる。
「ボク達は、皆を信じてる」
「だから、貴方も信じて」
 見つめる二人の眼差し。願い。ヨセフは、ゆっくりと頷く。
――承った――。
 厳かな、声が響く。
 開け放した窓。靡く、カーテンの向こう。大きな影。青く爛々と光る、双眼。雄々しい息吹が、夜気を揺らす。
――次なる陽の明けより、始めよう――。
 『神馬・スレイプニル』は、宣言する。
――『神契りの儀』を――。
 何処か遠くで、稲光が鳴いた。

 ◆

 異変は、その日の夜明けと共に起こった。
 アークソサエティを中心に、天を厚い黒雲が覆った。
 あらゆる沼や池、湖や川が湧き立ち、不気味な色の霧を吐き出した。
 明星の黄昏に溶ける間際だった星々が、次々流星となって地に降りた。

 天が吠え、幾条もの稲妻が降り注ぐ。
 霧は毒と酸を湛え、ありとあらゆる場所に染み絡む。
 降りた星は数多の戦士へと姿を変え、蛮猛満ちる刃を振るう。

 雷禍に焼かれ。
 毒に溶かされ。
 蛮刃に抉られ。

 悲鳴が上がる。
 哀れなベリアル達の、下卑た悲鳴が。

 ◆

「お姉様」
 少なからずの焦燥が混じった声に呼ばれ、『最操のコッペリア』は視線を向けた。
 藍髪の少女、『月影のアルテラ』が言う。
「アークソサエティ周辺に配備していたベリアル達が、攻撃されています」
「あんの訳の分かんねー現象っす! 何なんすか!? アレ!」
 テンパりまくる紅髪の少女、『陽光のアルメナ』をスルーして、アルテラに尋ねる。
「損害は?」
「スケール1・2の低位はほぼ全滅。スケール3も力の弱い下位・凡位が……」
「上位スケール3、スケール4・5は無事ですのね?」
「はい」
「なら、問題ありませんの。放っておきなさいの」
「どぅえぇー!?」
 思わぬ指示に、ドン引きするアルメナ。
「煩いですの。アルメナ」
「だ、だってだって! 何すかその冷酷無比で酷薄無情な判断は!? 例え主が許しても、ギガス様辺りが激おこプンプン丸! っすよー!? 多分」
「『深淵の氷墓(アブロムトム・セプルクロム)』」
 アルメナの足元が凍てついて砕ける。口を開けた深淵。落っこちるアルメナ。
「あ〜〜れ〜〜……」
 長く尾を引く妹の断末魔を華麗にスルーして、アルテラは問う。
「かなりの戦力が失われますが……?」
「この程度で滅せられる雑魚、どの道黒炎を得た浄化師達相手では、いないも同然ですの。って言うか、寧ろ邪魔」
「しかし……」
 腑に落ちない様子のアルテラにクスリと笑むと、コッペリアは言う。
「つまらない心配するよりも、しっかり見学しておきなさいの。この『力』、場合によっては敵になりますのよ?」
 言われて見る外界。蹂躙する、威容の意思。
 少しだけ、身震いする。
「一体、何者が……?」
「あの軍勢、『ワイルドハント』ですの」
「な……! では……」
「ええ」
 強張るアルテラを見て、笑う。
「高位八百万の連中ですの」
「ええぇー!!?」
 響く絶叫。命辛々這い上がってきたアルメナが、目ん玉剥いてビックリしている。
「えらいこっちゃないすか!? きんきゅー事態じゃないすか!! 出陣っす! 全面戦争っす!! 死なば諸共っすー!!!」
 ダンッ!
 足を鳴らすコッペリア。ボコッと広がる穴。
「あ〜〜れ〜〜……」
 遠ざかって行く悲鳴(二度目)をスルーして、コッペリアは言う。
「此れは警告。『これからやる事に口出しするな』と言うね」
「やる事……?」
 答えずに、笑う。
「心なさい。これからの戦いは狩りではありませんの。文字通りの、戦争。主の理想の正しきを証明する為の、尊き聖戦ですの」
 楽しそうに笑うコッペリア。アルテラは、ただ小さく身震いした。

 ◆

「おぅ! いつまでも寝惚けてねぇで、出てきて面見せな! クソ虫共!」
 本部内で異変の調査に向かおうとしていた浄化師達は、突然鳴り響いた雷鳴の如き声に飛び出した。
 外に出た彼らが見たモノは、天に浮かぶ一つの人影。
 玉虫色に輝く鎧を纏った、褐色肌、白髪碧眼の女性。見下ろした彼女は、女性の力には余りそうな大きさの首狩り鎌を軽々と肩に担いでニヤリと笑む。
「おっし! 出てきやがったな。なら、名乗るぞ! よっく覚えとけよ!?」
 鳴り響く声は激しくも、耳障りではない未知の響き。高らかに、名乗る。
「オレは『エリニュス』! 高位八百万が一柱、『復讐の女神・エリニュス』だ!」
 『エリニュス』。聞き覚えのある名。かつて対峙した脅威、『報いの神兵・アダマス』を生み出した存在。
「そうだ!」
 皆の心を読んだ様に、答える。
「いつぞやは、オレの権能が世話になったな? 暇潰しの玩具相手とは言え、褒めてやる! 
 だが、此度の用は其れじゃねぇ!」
 振り下ろす大鎌。眼下の浄化師達を示す。
「これより、八百万の代表として『神契りの儀』を行う。言いだしっぺは教団(テメェら)だ! 拒否権はねぇ! 逃げるも無しだ! もしそれをすれば、この国の人間全てを祟り殺す!」
 走る、緊張と動揺。
「ただし!」
 続ける、エリニュス。
「これを乗り越えた暁には、テメェらに高位八百万(オレ達)との契りの扉を開けてやる! それぞれ結んだ奴らは、永久の友としてテメェらの刃となろう!」
 思わぬ言葉。目を見開く。
「分かるな? 直々に手を貸してやる。創造神(糞餓鬼)との大戦(おおいくさ)に! 故!」
 回転する首狩り鎌。閃く刃が、自らの首筋を掻き切る。吹き出す、鮮血。
「魅せてみろ。人(テメェら)の魂、矜持とやらを」
 血染めの顔が、平然と笑う。
 宙に舞った鮮血が、幾つもの渦を巻く。
 渦は凝縮し、紅く脈打つ結晶となる。既知の浄化師が息を飲む。
 ――『エリニュスの心臓』――。
 天人(アレイスター)もが興味を示した、稀有なる神宝。そして、『報いの神兵・アダマス』の核。それが、幾つも。
 ――まさか、あの数のアダマスを――。
 戦く皆を睥睨し、笑むエリニュス。
「そうだ。アダマスだ。だが、光栄に思え。『特別製』だ」
 細い指が、薄い唇に当たる。
「浄化師(お前ら)とは、つくづく縁がある。オレの『素体』を、教えてやろう」
 口からたゆる、虹色の霧。
「我が始祖。誉れ高き、生物第一世代……」
 生じた虹の霧は輝く心臓を包み、尚妖しく瞬く。
「――『霊獣・虹龍(こうりゅう)』――」
 それは、時刻みの秘宝、『蜃(しん)』。その、本体。
 虹を纏った心臓が、落ちる。響く、振動。閉じる、空間。

 虹の霧に満たされていく世界を、室長室から見下ろす三つの人影。
「……わたし達だけでは、八百万達との扉を開く対価にしかならなかった……」
「頑張って……。皆……」
 祈るセルシアと、カレナ。ヨセフは黙って、神域と化していくアークソサエティを見つめる。
 確たる信頼を抱いて。

 猛き女神が吼える。その資格を、しかと魅せよと。
「さあ、我が同胞達よ! とくとご覧あれ! 滅びを拒む、哀れ愚かな雑種の霊長! その足掻きの舞いが、我らが伴侶として次代を継ぐに相応しきかを!!」
 霧の中から現れたモノ達。
 前にした浄化師達が、驚愕と恐怖に震える。

 劇が始まる。
 聖も邪もない、隔離世の舞台で。
 神と契る為の、運命の歌劇が。


~ 解説 ~

【目的】
 『復讐の女神・エリニュス』の開いた『神契りの儀』。これをクリアし、高位八百万達との契約の扉を開ける事。

【取るべき行動】
 エリニュスの生み出した『遺恨の心兵・アダマス=エクスピラビット』と対峙し、攻略(戦闘勝利に限らない)する事。
 クエストは、個々に行われる。協力はパートナーとのみ、可能。他チームとの干渉は不可能。
 参加チームの半分以上が攻略する事で、成功判定となる。

【復讐の女神・エリニュス】
 高位八百万神の一柱にして、『報いの神兵・アダマス』の創造者。『霊獣・虹龍』を素体に持つ。当然ながら、アダマスより強い。
 鎧を纏った女戦士の姿。復讐と裁きを司る。
 オーディン始めとする高位八百万達の総意を得、教団に対して『神契りの儀』を行う。
 見届け&裁定者の立場であり、儀式には介入してこない。

【遺恨の心兵・アダマス=エクスピラビット】
 今回の敵。
 アダマスに記憶を具現化する『虹龍の吐霧』を付与した別バージョン。

 個人対応の心理兵器。
 対峙した者の深層心理にあるトラウマや恐怖に感応し、対象となる存在(生死問わず)の姿を取る。概念レベルまで変化する為、器自体は対象そのものと言っていい。
 血も出るし、涙も流す。会話も可能。

 干渉方法は、変化した対象に対して相手が抱く心情・記憶によって変化する。
 心理的トラウマであれば心理的に、物理的トラウマであれば物理的に干渉してくる(攻撃とは限らない)。

 概念的存在である為、不滅。
 相手が何らかの形でトラウマを乗り越えない限り、消滅する事はない。

 あくまで心理的干渉を及ぼすモノであり、本物の様な攻撃能力・特殊能力は持たない(イメージ再現による圧迫はかけてくる)

【裁剣・エクスティウム】
 アダマス=エクスピラビットの武器。基本、搦め手からこれでの一撃を狙ってくる。
 子供の手に収まる程度の、小さな短剣。
 身体破壊ではなく、精神破壊の為のモノ。
 傷を受けると深層心理のトラウマが暴走する。
 三回傷を受けると完全に精神が破壊され、敗北・脱落となる(庇うなどしてパートナーが傷を受けても同様)


――以下、PL情報――

 出現するアダマスは、下記のタイプから選択。

【タイプ1:PCの過去由来】
 PC(祓魔人か喰人のどちらか一方を選択)の設定において、過去のトラウマに関連する人物(ペットやベリアル等、人外でも可)をプランにて表記。設定ほか、拘わりたい点等あれば記載。
 過去の参加EPの登場キャラなら、該当EPを表記。
 即興・脳内設定でもOK。

【タイプ2:GM提供】
 下記より選択。
 1.パートナー(人に対する不信・恐怖)
 2.コッペリア(神に対する畏怖・恐怖)
 3.アジ・ダハーカ(自然に対する畏怖・贖罪)
 4.琥珀姫(異端に対する恐怖・贖罪)

※プランには上記の内容以外に、PC達が取る反応・行動・対抗案等を明記。戦闘を行うなら、その旨を。
 それぞれに対応した判定を行います。


~ ゲームマスターより ~

 こんにちはコンバンハ。土斑猫です。
 今回は、今後に影響を及ぼす少々重要なクエストとなります。

 復讐の女神・エリニュスにより、心の強さ・未来に向かう意思を試される今回。
 クエストを成功させますと、『神々との契約』クエスト群が解放されます。
 今後提供が始まる高位八百万の神関連EPをクリアする事で、対象となった高位八百万の神が『召喚可能神』として実装されていきます。
 実装された八百万は、後の戦闘EPにおいて補助戦力として使用出来る様になります(某人気RPGにおける『召喚獣』と同じ扱いと思ってください)

 今後多発する、高難易度戦闘EPや各最終決戦での重要な勝利ファクターになります。

 尚、近く発生する『黒死の虚神・伊佐波』の調伏EPにおける鍵にもなります。
 必須ではありませんが、協力する高位八百万の数により成功確率が上がります。

 以上、皆様の奮闘を願います。





◇◆◇ アクションプラン ◇◆◇

リチェルカーレ・リモージュ シリウス・セイアッド
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / ヴァンピール / 断罪者
神との同盟
手を取り合えたら どんなに嬉しいだろうと思っていた
だけど…

シリウス わたしが頑張るからー
ぽつりと返る言葉に目を丸く
ううん あなたは強い
強くて優しくて 大好きな、わたしのシリウスよ
ぎゅっと彼に抱きつく
忘れないで 側にいるから

魔術真名詠唱
お母さんの姿をした何かが シリウスを責める
喘ぐような呼吸 普段の彼ではありえない、鈍い動き

お父さんは あなたを恨んでなんかない
だって言っていたもの シリウスを助けてって
無事だとわかったら 笑ってた
お母さんもきっと同じ
お願い 自分を追い詰めないで!

血を吐くようなシリウスの声
震える背中 それでも自分を庇い続ける彼に
「捨てられない」ものの中に 自分もいることを知り
支えるように抱きしめる
ヨナ・ミューエ ベルトルド・レーヴェ
女性 / エレメンツ / 狂信者 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
【魔】
エリニュスの神契の儀…受けるほかないようですね
皆さんも どうかご武運を

具現化したのはコッペリア
人類に仇なす為に生みだされた創造神の意思の代弁者ベリアル
中でも特に嗜虐的な個体
先ずは構える 今までそうしてきたように

ヨナ
人の魂を奪い己が糧とする 脅威そのもの
あらゆる犠牲を払い これらに対抗する術を身に付けてきた人類
私も …両親だって例外ではなかった

コッペリアの放つ言葉
到底理解できない都合のいい理論
でも理解する必要はない だって相手はベリアルですもの
倒すべき 人類の敵
間違いはない
やめて
交渉の余地はありません
やめて
貴女が何を喜び 慈しみ 悲しむのか
聞かせないで
そんなことは知りたくない


…では あなたは (続
ルーノ・クロード ナツキ・ヤクト
男性 / ヴァンピール / 陰陽師 男性 / ライカンスロープ / 断罪者
対峙するのは、ナツキが暮らした孤児院を襲ったヨハネの使徒
…それと同じ姿を取ったアダマス

ナツキは怒りに任せて攻撃を仕掛け、
何度斬っても倒せないと分かると恐怖が湧き出て来る
昔と同じ、何も出来ない
また負けて、壊されて、奪われる…そんなイメージが次々浮かぶ

冷静さを失っているナツキの分も、ルーノが敵の動きを観察して不意打ちを警戒
裁剣の攻撃を防ぎ、捌ききれないなら庇って躱す
ルーノ:しっかりしろ、こんな事で屈してどうする
守る為に、強くなるのではなかったのか?

強さを求める理由は、怒りや恐怖ではなく守る為
強者に対しても不屈である事が矜持と意識して精神を立て直し、恐怖の克服を試みる
ナツキ:…絶対、諦めてたまるか!
ヴォルフラム・マカミ カグヤ・ミツルギ
男性 / ライカンスロープ / 拷問官 女性 / 人間 / 陰陽師
トラウマ抉ってくるとしたら、僕の方だと思ってたけど…君の方なんだね
「…カグちゃん、君にとって自分は、信じられないかい?」

ヒトは否定され続けると、存在意義を見出せなくなる
つまり…自分は愛されない、いらない子と思い込む
特に赤子の内は顕著だ
泣いてるのを放置し続けると、その内泣かなくなる
泣いても誰も来ない無駄だ、と
そのまま育つと、愛情を受け取れない人になる

僕が愛して止まないカグちゃんは、愛の判らない子だ
だから
「僕が君に愛を囁かない筈、ないでしょ?」
何時だって僕は愛を囁く
彼女には過剰なくらいでないと届かないから
抱き着いて温かさを伝える

彼女を傷つけるモノは、なんだって許しはしない
僕であっても
アルトナ・ディール シキ・ファイネン
男性 / 人間 / 断罪者 男性 / エレメンツ / 悪魔祓い
…これがシキの兄貴を殺したっていうベリアルの姿か
 なにかを思い出した様子のシキを見やる
シキ、

 これまで見たことのないシキの様子に息を吐いて
シキ、アンタは…これが怖いのか? このベリアルが
そうか
(今の俺にできることは…)

シキ、なにがメイナードとアンタの間にあったのか俺は知らない
けど、アンタはそれで良いのか

武器を取れ 俺らはずっとベリアルにそうしてきた
やるしかない
タオ・リンファ ステラ・ノーチェイン
女性 / 人間 / 断罪者 女性 / ヴァンピール / 拷問官
【タイプ2】
もう一人の私……?
謎かけ、自己嫌悪、あるいはどんな意味が……
違う、狙っているのは……

ス:マーが……あれを持ってる?なんで……
ち、違う!あんなのはマーのニセモノだ!オレはだまされないぞ!
よせ、やめろ!マーの顔してオレに近づくな!!


ス:……いや、だ…… また、殴られる……
もうやだ!やだ!!許して……っ い゛うことっき、ぎくからぁっっ!!

ステラ!!しっかりしてください!?聞こえますか、ステラ!!?
あの子だけは、あの小さな命は…… 今度こそ、絶対に守ると誓ったんです!


大丈夫……こんな痛み、なんてことないです……
あなたを、目の前で救えないことに後悔するくらいなら……っ

かすり傷にさえ足りません……!
ラニ・シェルロワ ラス・シェルレイ
女性 / 人間 / 断罪者 男性 / 人間 / 拷問官
【魔】 タイプ1
エリニュスって、あの…!?
ッ上等!!どっちみち、やるしかないんでしょ!
……ラス?
相方の恐怖の表情に、決意を新たに
今度はあたしが 守る

魔術真名詠唱
攻撃の連鎖を基本とした連携を
隙あらば刀棺で武器の破壊を試みて
攪乱にJM12
JM14で立ち位置を背後に ラスと挟み撃ちの形で
強い…っつかそれ以上にラスの様子がおかしいんだけど

ラス しっかりしなさい あたしがいるの!
守護天使のタケル様 覚えてる?
あのひと言ってくれたのよ「主らは2人でひとつか」って
なら あんたはあたしの片割れ
あんたの敵はあたしの敵!
倒れちゃだめよ あたし達には家族がいるの!
鈴理・あおい イザーク・デューラー
女性 / 人間 / 人形遣い 男性 / 生成 / 魔性憑き
アリシア・ムーンライト クリストフ・フォンシラー
女性 / 人間 / 陰陽師 男性 / アンデッド / 断罪者
【魔】
炎に包まれた村、そして私の家
悪魔の子だと責め立てる村人達…
その中に、お姉ちゃんの姿の姿もあるのを見て、息を飲む

「貴女がいなければ私は村人に殺されたりしなかった」
「どうして貴女を守ろうなんて思ったのかしら」
「貴女のせいで私はアンデッドになってしまったのよ」

姉の姿をしたものの口から出る言葉に胸を押さえる
それは、私がずっと、思っていた事だったから
私が、死ねば良かった、のに
私のせいで、みんなが不幸になって、しまった…

涙が流れる

伸ばされた手に顔を上げてクリスを見、思い出す

お姉ちゃん…いえ、リア姉様、は
私を抱き締めて、くれました
姫様にも紹介、してくれました
私が、姉様をこんな風に思ってはダメ、ですよね


~ リザルトノベル ~

「……『復讐の女神・エリニュス』……『アダマス』の、創造者……」
 霧満ちる天の向こう。確かに感じる強大な存在感。見上げた『アリシア・ムーンライト』が呟く。
「アダマスって、琥珀姫を襲った奴でしょ? けっこーヤバイって聞いたけど……」
「……少なくとも、もう一度戦いたいと思う相手ではなかったですね……」
 同じく見上げる『ラニ・シェルロワ』に尋ねられた『タオ・リンファ』が、凄く嫌そうな顔で答える。
「落ちた『心臓』、かなりの数だったぞ……」
「ざっと見、百は下らなかったね。本部(ここ)にいる浄化師、ほぼ全員分かな?」
 辺りを見回す『ラス・シェルレイ』と『クリストフ・フォンシラー』。閉ざされた世界。感じる、無数の気配。
「つまりは、そのアダマスとやらにパートナーと己の力のみで立ち向かえと言う事か……」
「結構な無茶ぶりみたいな気がするんですが……」
 腕組みをして納得する『イザーク・デューラー』の横で、悩ましい顔をする『鈴理・あおい』。同じ様に、不安そうに天を仰ぐのは、『リチェルカーレ・リモージュ』。
「この霧……『蜃(しん)』のモノと同じ……」
「素体が、『虹龍(こうりゅう)』だと言っていた。おそらく、同様かそれ以上の権能だろう」
 アダマスと蜃。双方の力を知る『シリウス・セイアッド』も、眉を潜める。
「街の皆は、大丈夫なんだろうな?」
「目的は、あくまで浄化師(私達)の様だ。心配はいらないと思う。もっとも、先の話が信用出来るならの話だが……」
「……神は、嘘をつかない……」
 『ナツキ・ヤクト』の懸念に、思案する『ルーノ・クロード』。その疑念への解を出すのは、『カグヤ・ミツルギ』。
「八百万の神は、自然の化身。自然に、『嘘』という概念はない。だから、その理(ことわり)を継ぐ八百万は嘘を繰らない。絶対に」
「……でも、それだとさ」
 聞いた『ヴォルフラム・マカミ』が、困った様な顔をする。
「本気って事になるよねぇ。あの、『アークソサエティ(この国)の人間、全部祟り殺す』って言う台詞……」
 頷く、カグヤ。
「もう少し、手心あっても良くないかなぁ? 八百万(あの人達)とは、結構良い関係築けてると思ってたんだけど……」
 些か落胆した様子のヴォルフラム。カグヤは、首を振る。
「今来ているのは、『高位』の八百万。あちこちで『氏神』として祀られてる神(人達)や、同じ高位でもオーディンの様に人間と深く関わりを持つ存在じゃない。人間と価値観や倫理観を共有なんてしてないし、そもそも人の側に在る理由すらない」
「あ~、外からの報告によると、周辺の様子もエライ事になってんだけど……」
 耳に差し込んだ魔術石からの通信を聞いていた『シキ・ファイネン』が、ゲンナリした顔で言う。
「大丈夫なのかよ? 聞いた感じ、場合によっちゃ下手なベリアルよりヤバそうな連中じゃんか……って、通信(こっち)もダメか」
 唐突に途切れた通信に舌打ちして、取り出した石を放り投げる。
「物理的に脱出する術も、魔術による干渉も絶たれたか。文字通り、『箱庭』だな……」
 手にした剣を肩に背負い、『アルトナ・ディール』は傍らに立つ彼に、『どうする?』と訊く。
「どうもこうも、ないだろう」
 竜哭を嵌めた手をポキポキと鳴らしながら、『ベルトルド・レーヴェ』は答える。
「幾ら強力とは言っても、八百万(奴ら)だけでは創造神に抗えない。故に、奴らは教団(こちら)の誘いに乗った」
 ガツンと、打ち合わせる拳。
「……これは、八百万(彼ら)が求める対価です。自分達の刃として、浄化師(私達)が相応しいかどうか……」
 霧の奥。蠢く影を見つめ、『ヨナ・ミューエ』が目を細める。
「エリニュスの神契の儀……受ける他ないようですね」
 彼女の言葉に、皆が頷いたその時。
「おい、テメェら! いつまでグチグチくっちゃべってやがる!?」
 天から落ちる、雷鳴の如き怒声。
 箱庭の支配者、復讐の女神・エリニュス。
「オレァ気が短けぇんだ! ウダウダしてっとテメェらから祟るぞ! あぁ!?」
 無駄に吐き散らされる神気に、ビリビリと逆立つ大気。
「うっさいヤツだなー。じょーちょ不安定なのかー?」
 耳を押さえた『ステラ・ノーチェイン』がクルクルと目を回す。
 皆の前で、霧が蠢く。まるで、『おいで』と手招く様に。
「では、行くか」
「皆さんも、どうかご武運を……」
 歩み出す、ベルトルドとヨナ。皆も、続く。

 忌億を象る、虹色の帳。
 戻る術は、もはや無く。
 此よりは、地獄。

 ◆

 1・『麗しの貴女へ』

 視界が、急に開けた。
 広がった光景。イザークが見回す。
「何処だ? ここは」
 隣りのあおい。表情を、強ばらせる。
「どうして……?」
 知っている。世界の、誰よりも。
「そうよね」
 声が、聞こえた。
「知ってるわよね」
 懐かしく。
 愛しく。
 忌まわしい。
「貴女の、家だもの」
 庭木。木陰に。
 綺麗な顔と、ドレス。
 あの日の、まま。
「元気だった?」
 彼女は、いた。
「あおいちゃん」
「お母、さん……」
 呼ぶ声も、あの日のままに。

「あおいの、母上……?」
 訝しげに見つめる、イザーク。
「素敵な方ね。あおいちゃん」
 声は、出ない。
 値踏みする様に、イザークを見る。
「殿方には、合わない表現だけど」
 艶やかな、紅をひいた口。
「『綺麗』な、方ねぇ」
 ニヤリと、歪む。
「『綺麗』なのは、良いわよねぇ」
 近づく、足。
「私の、娘だもの」
 囁きかける。
「好きよねぇ」
 鼓膜に。
「何よりも、ね?」
 ネットリと。

 父は、聖職者だった。
 教えに従い、慎ましく勤勉な生活。
 それを嫌って、母は出て行ってしまった。
 まだ小さかった、私を置いて。
 奔放な性格だった母。『綺麗』なモノが大好きだった母。父よりも私よりも。『綺麗』を選んだ、母。
 嫌悪して。
 『そうはならない』って言い聞かせて。
 だけど。
 思って、しまったのだ。
 あの日。
 あの時。
 振り向かない母の、ドレス。それを、『綺麗』だと。
 ずっと、恐れている。
 いつか自分も。
 『綺麗』に惑わされ。
 大切な人を、裏切るのではと。

「そうよ」
 目の前にいた。『綺麗』な顔を、『綺麗』に歪ませて。
「貴女は、私の娘」
 身体が、動かない。
「だから、同じ。魅せられて。惑わされて。見失って」
 手。頬を、撫でる。
「無くすの。私、みたいに」
 そう。
 私は、この女(ひと)の子供。
「だから、おいでなさい」
 腕が、背に回る。抱き寄せる。
「私と、一緒に。それなら……」
 もう一方の、手。握られるのは、小さな短剣。
「間違う事もない。失う事もない。傷つく事も、ない」
 甘い、香水の香。懐かしい。
「私だけの、世界」
 溶ける、意識。
「逝きましょう」
 刃が、走る。

「それは、困る」

 イザークの手が、『彼女』の腕を掴んだ。
「……今更?」
「事情が分からなかったのでな。伺わせてもらった」
 皮肉を述べる彼女に、苛立つ事もない。
「なら、もう少し。久方ぶりの、母娘の睦み合いでして」
「母娘?」
 イザークの目が、光る。
「戯れ言を」
 突き放す。悲鳴の一つも、漏れない。
「あおい、目を覚ませ。 コレは、お前の母ではない。恐らくは……」
 夢を彷徨うあおい。呼びかけようとした、その時。
「ふふ、ふふふふふ……」
 響く、昏い声。
「見かけによらず、乱暴な方」
「誑かされるとでも?」
 見上げる目。赤く光る。
「……アダマス……」
「む……?」
「私の事。『遺恨の心兵・アダマス=エクスピラビット』。エリニュスの、創造物」
「成程。ならば、お前を倒せば儀式とやらは終わりと言う事だな?」
 抜き放つ、ライム・ブルーム。冷輝に映る己を見ながら、なお笑う。
「そう。私は、弱い。破壊するのは、簡単。けれど……」
 示すのは、あおい。
「逝く時は、その子の心も一緒」
「……どう言う、事だ?」
 問うイザーク。妖しい、笑み。
「私はアダマス。けれど同時に、確かにあおいの母親」
「……?」
「私は、対象の存在を100%コピーする。魂の理から、細胞一つまで。つまり、今の私は紛う事なく」
「…………」
「親と子は、魂にて引き合うモノ。魂まで完璧な私を、あおいは別物と認識出来ない」
 チラリと見る。忘我のままの、あおい。
「母を殺す恋人。さぞかし、痛い。壊れる、程に」
 無表情のイザーク。笑う。
「……お前は、何だ?」
 問い。傾げる、小首。
「エリニュスは、復讐の神。権能たるアダマスは『報い』を冠し、復讐を代行する。ならば、『遺恨』を冠する『お前』は何だ?」
「『復讐』」
「復讐?」
「ええ、私は復讐の権能。当然でしょう?」
「母が、子に対して復讐を?」
「ハズレ」
 せせら笑う。愚者を哂う、賢者の様に。
「私が具現するのは、遺恨。潰える事なき、復讐の願い」
 掲げる短剣。示す。
『あおいによる、自身への復讐」
「何……?」
「その子は、心の中で呪っていた。母を魅せる事が出来なかった自分。家族の瓦解を繋ぎ留める事が叶わなかった、自分を」
「…………」
「呪いは、トラウマ。願い続ける。こんな自分を生み出した、『自分』への復讐を」
 震える肩を、抱く。冷たい。
「分かったでしょう?」
 告げる。
「私が壊せば、その子は解放される。己への、復讐の願いから」
 歩み出す。
「大丈夫。真意での死を迎える訳じゃない」
 光る、短剣。
「身も魂も傷つけず、『心』だけを抉る。三度繰り返せば、精神はトラウマによって破壊される」
「…………」
「その子は、死なない。転生も叶う。今生での『心』が、終わるだけ。貴方は寄り添って、眠り続けるその子を守ればいい。慈しめばいい」
 走り出す。あおい、目掛けて。
「それが、人間の愛と言うモノでしょう?」
 振り上げる、刃。
「……愛、か」
 ニヤリと、笑む。
 鈍い音。くぐもった、声。
「……馬鹿なの?」
 囁く。呆れた様に。
 滑り込んだイザーク。胸に突き刺さった刃が、妖しく輝く。
 漏れる、苦悶。
「言った筈。これは、刺した者のトラウマを暴走させる。誰にでも、ある。当然、貴方にも……」
 耳に寄せる、紅色の口。
「壊れる、わよ?」
 けれど、イザークは笑みを返す。
「先程、三度と言ったな……。ならば、まだ二度。耐えられる訳だ……」
「何の、意味が?」
「守れるだろう……? あおいを……」
 せせら笑う。
「その子は、私の虜。何も出来ない。戻ってこない。ただ、私に処される事を待つだけ」
 上がった左手が、剣を持つ手を掴む。
「?」
「お前は、勘違いをしている……」
 返る言葉。
「あおいはもう、母のモノではない……。今のあおいは……」
 グイと、抱き寄せる。
「俺のものだ!」
「!」
 ピクリと強張る、彼女。見透かす。
「今が、同じと思うか? 母に縛られるままの、幼子だと思うか?」
 掴む手に、力が篭る。
「人は、成長するのだ。より大きく。より強く。より美しく。親と言う、限界を超えて」
 引き抜く。
「それすら分からぬ木偶が……」
 猛る、眼差し。
「俺の伴侶を、侮るな!」
 竜王の咆哮が、『彼女』を撃った。

 あおいの瞳。光が、戻る。

 ◆

 2・『貴女の、向こう』

 虹の霧に投影されたモノ。
 それは、炎。
 真っ赤な、炎。
 満ち満ちる、憎悪の声に彩られ。
 延々と燃え続ける、呪わしき遺恨の業火。

(また、これか……)
 目を見開き、硬直するアリシア。
 その様子に、クリストフは歯噛みする。
 知っている。
 前にも、見た光景。アリシアの忌憶。今も彼女を焼き続ける、憎炎の彩華。
 アリシアが、震える両手で胸を押さえる。
 浅くなる呼吸。乱れる、鼓動。手に取る様に分かる、彼女の苦しみ。
「アリシア!」
 立ち眩みを起こした様に揺らぐ彼女を、咄嗟に支える。
「しっかりしろ、アリシア! 持って行かれちゃいけない! 気を、しっかり持つんだ!」
 答えは、返らない。視線すらも、向けられない。
 アリシアは、ただ見つめる。燃え盛る炎を背に立つ、幾つもの人影。その中の、『彼女』の姿を。
「……おね……ちゃ……」
 漏れる声。形を、成さない。
 苦悶する彼女の様に、怒りが揺らぎ立つ。
「……彼女は……アリシアは、もうこの光景から救われて良い筈だ。なのに……」
 キッと、前を見据える。
「君は、まだアリシアを縛るのか!?」
 ぶつけられる怒りは、けれどそよ風の様に『彼女』を素通りする。
「そうね。私は、そう言うモノだから。そして……」
 ゆっくりと近づいてくる、『彼女』。綺麗な顔に、綺麗な笑みを浮かべて。
「その事を望むのは、誰でもない。貴女自身なのだから。ねえ……」
 知っている顔。知っている声。知っている姿で、手にした裁剣をペロリと舐める。
「シア」
 親しい調子でそう呼んで、『エルリア』と言う形の彼女は、また笑んだ。

 炎に包まれた村。そして、私の家。
 悪魔の子だと、責め立てる村の人達。
 そして。
 その中に。お姉ちゃんも、いた。

「貴女がいなければ、私は村人に殺されたりしなかった」
 エルリアが、言う。
「どうして貴女を守ろうなんて、思ったのかしら」
 冷たい声音で。
「とても。とても、痛かったわ」
 痛い、言葉で。
「髪が毟られて。骨が折られて」
 サクリ、サクリと。
「爪が剥がれて。血に、泥が混じって」
 心を。
「貴女のせいで、私はアンデッドになってしまったのよ?」
 刻む。
 胸を押さえたアリシアが、えずいて崩れる。心の苦痛が、身体をも蝕んでいく。
「駄目よ」
 それでも、エルリアはやめない。
「そのくらいじゃ、許さない」
 何度も。
「私はもっと」
 幾度も。
「何千倍も」
 何度でも。
「苦しんだのだから」
 錆びた釘を、打ち込む様に。
「苦しめ」
 ささくれた荒縄で、縊る様に。
「苦しめ」
 抉って。裂いて。
「そして、『貴女』の復讐を」
 高らかに。
「遂げさせろ!」
 吼え立てる。
 同調する様に、群衆が叫び立てる。
 憎悪。
 敵意。
 殺意。
 掻き毟る。
「――――っ! やめろ!」
 耐えかねたクリストフが、ロキを召喚して斬りかかる。けれど、エルリアの姿の彼女は軽く舞って剣閃を避ける。
「ダメダメ」
 せせら笑う。
「貴方達がオリジナルに会って認識をアップデートしてくれたから、私も強くなれた。ありがとう」
「オリジナル……? なら、やっぱり君は……」
「今更? 分かっていたでしょうに」
 クルクルと舞った裁剣が、ピッとボタンを弾く。開いた隙間。漏れる、赤光。
「アダマス=エクスピラビット。可愛い妹の、復讐を代行するわ」
「アリシアを解放しろ! 彼女は、もう十分に……いや、必要のない苦しみを得た筈だ!」
「駄目ね」
 怒りの要求は、アッサリと却下される。
「その事を許さないのは、シア自身。そういう子よ。良く知ってるじゃない? クリス?」
「それは……」
 言葉に詰まる、クリストフ。その通り。それ程までに、彼女は純粋で。優しい。全ての罪を、受け入れてしまう程に。
 そんな彼女を愛しげに見つめ、エルリアは証明する。
「オリジナルに会ったのに、なお私が具現化した。それが、何よりの証拠。その子は、許してないの。自分を。あんな災厄を招いた、自分と言う存在を」

 揺らぐ意識の中で、アリシアは聞く。
 愛しい姉の声が紡ぐ、断罪の宣告を。
 そう。
 それは、私がずっと、思っていた事だったから。
 私が、死ねば良かった、のに。
 私のせいで、みんなが不幸になって、しまった……。
 青ざめた頬。涙が、流れる。

「さあ、退いて。クリス。シアが救われる術は、一つしかないのだから」
 掲げる刃、エクスティウム。己への復讐を成する、破魂の裁剣。
「私が、救ってあげる。愛しい愛しいシア。たった一人の、姉である私が!」
 走り出す、エルリア。
「……させるか!」
 迎え撃つ、クリストフ。彼女が、哂う。
「出来るの? クリス。貴方に、エルリア(私)が!」
 間近に迫る顔。見慣れた、顔。遠い昔、共に笑った幼馴染。
「――――っ!」
 思わず鈍る剣先。掻い潜ったエルリアが、裁剣を一閃する。胸に、浅く一筋。けれど、十分。
「ぐぅ!?」
 心臓が、焼けた釘を捩じ込まれる様に喚く。心の深層。忘れた筈の。閉じ込めた筈の汚泥が、沸騰する。
 地獄の責め苦に等しい苦悶。堪らず、膝を着く。
「どう? 消えないトラウマ。己の遺恨に復讐される感覚は」
 荒い息をつくクリストフを見下ろして、エルリアは微笑む。
「少しだけ、大人しくしてて。すぐに終わるわ。そう、たったの三筋。本当に、すぐだから。それで、シアは解放される。そして、全部終わったら」
 今だ苦悶するアリシアを見て、そして視線を戻して。チロリと、唇を舐める。
「楽しくお話でも、しましょうよ。昔々の、あの頃みたいに」
 朗らかな、誘い。
 それを聞いたクリストフの動きが、ピタリと止まる。
「フ……フフフ……」
「……?」
 唐突に漏れ出した笑い声。アリシアに向かおうとしていたエルリアが、怪訝そうに振り返る。
「……何が、可笑しいの?」
「ハハ、ハハハハハ……」
 クリストフは笑う。笑い続ける。
「壊れちゃった? まだ、一筋しか刻んでないんだけど?」
「……ああ、壊れそうだよ」
「え?」
 瞬間、クリストフが動く。
「君みたいな偽物に惑わされた自分が、滑稽でね!」
 一閃したロキが、エルリアの胴を薙ぐ。
「ぐぅ!」
 呻き声を上げたエルリアが、飛びず去る。濁った血を零す腹部を押さえ、クリストフを睨む。
「クリス……貴方……」
「やめてくれないか? 君にその呼ばれ方をするのは、正直不愉快だ」
 立ち上がり、睨みつける。その瞳に、もう迷いはない。
「エルリアはね、そんな提案はしないんだよ。例え救う為だとしても、自分の家族を。愛する者を傷つけて。その横で談笑しようなんて提案はね」
「…………」
「俺は、君を許さない。君のしている事は、エルリアの願いに対する凌辱。アリシアの想いに対する侮辱。そして、俺の思い出に対する汚辱だ」
 きっぱりと告げる、クリストフ。そんな彼を忌々しそうに見つめ、それでもエルリアの姿をした彼女はなお笑う。
「そうね。貴方にとっては、そうみたい。けど……」
 押さえていた手を、放す。深く刻まれた筈の傷は、消えていた。
「シア(その子)にとっては、そうじゃない。私が滅しないのが、その証拠」
「…………」
「私は、シアの罪の意識の具現。シアが抱く、自分に対する復讐の願い。その代行者。シアがその願いを捨てない限り、私は不滅。でも、その子に出来はしない。そう言う、子だから」
 炎の中の群衆が、勝ち誇る様に怨嗟を歌う。それを聞きながら、クリストフは苦悶を続けるアリシアに寄り添う。膝をつき、髪に触れる。
「……そうだね。そう言う意味では、君はエルリアなんだろうな。在りえたかもしれない、もう一つの可能性。でも……」
 櫛削る髪。優しく辿って、頬に触れる。
「エルリアは、存在する。この世界に、確かに。憎しみに濁らず。後悔に壊れず。俺達の知る彼女のまま、もっと。もっと、強くなって。だから、どんなに詭弁を述べようと、君は悪夢の中の幻影に過ぎない。そして……」
 流れる涙を、拭い取る。
「悪夢は、自分で覚めなきゃいけない。だから」
 彼女に触れたまま、見据える。
「俺は、待つよ。アリシアの悪夢が、覚めるまで」
 エルリアの形に向ける、ロキの切っ先。静かに纏う、黒炎。
「これ以上、彼女は傷つけさせない……!」
 主の決意に応える様に、黒い炎が燃える。圧され、怯える様に揺らぐ濁赤の憎炎。
 エルリアの形が、キリと歯を噛んだ。

「何度でも、言うよ」
 語り掛ける。
「これは、君のせいじゃない」
 優しく。愛しく。
「当時、村に手が回らなかった教団のせいだ」
 まだ、拙くて。歪みを増やすだけだった教団。己が居れなかった事を、悔いながら。
「そして、よく考えてごらん」
 愛しく、手を重ねる。思い出を、共有する様に。
「エルリアが、あんな事言う訳がない」
 繋げるのは、本当の『彼女』の姿。優しい、優しい。あの、笑顔。
「アンデッドになったのも、君を想えばこそだろう?」
 思い出して欲しい。あの再会を。変わってなかった、彼女の願いを。だから。
「君が、エルリアを信じなくてどうするんだい?」
 ただ、導を示す。

 声が、聞こえる。愛しい、愛しい。あの人の、声。
 そして、その声が示す先に。変わらず優しかった、あの人も。
 少しづつ、射し込む光。澄み行く、心。
 アリシアが、顔を上げる。微笑む、クリストフ。
「思い出し、ました……」
 微笑みを返しながら、言う。
「お姉ちゃん……いえ、リア姉様、は、私を抱き締めて、くれました」
 再会の時。長かった隙間を、埋める様に。
「姫様にも紹介、してくれました」
 綻びた糸を、紡ぎ直して。もう一本。新しく、彩り。繋げてくれた、絆。
「笑って、くれました」
 あの頃の、ままに。
「姉様で、いてくれました」
 確かに、その人のままで。
「だから……」
 立ち上がる。揺らぎながら。それでも、彼の手を借りて。何処かで祈る、あの人の肩を借りて。
「……私が、姉様をこんな風に思ってはダメ、ですよね」
 見据えるのは、前に立つ己の悪夢。その、具現。
「進んで、見せます。今度こそ。貴女の、向こうへ……」

 見つめる、エルリアの形。その姿が、ジジッと霞んだ。



 3・『痛みの鐘は、かく響く』

 白塗りの部屋。
 鉄の格子。
 無機質で。
 虚しい。
 静寂の、空間。

 鐘が鳴る。
 白い壁に跳ね回り。
 伽藍。
 伽藍と。
 鐘が鳴る。

 霧の向こうに広がった世界。
 見覚えのない景色に戸惑いつつ、なおそれよりもタオを驚愕せしめし者。
 それは、虚白の部屋の中心に立つ彼女。
 酷く見慣れた、容姿。
「……私……?」
 忘我の呟きを聞いた『タオ・リンファ』が、妖しく笑む。
 戸惑いながら、巡らす思考。探る、神の思惑。
(謎かけ……自己嫌悪……或いは……)
 けれど、そんな思考を読むように。もう一人のタオはせせら笑う。
「違うな」
「え……?」
「ハズレだよ。お前に、用はない。『私』」
 確かに、彼女の目はタオを見てはいなかった。
(違う! 狙っているのは……)
 思考が至った瞬間、悲鳴が響いた。

 記憶がある。
 眠っても。
 食べても。
 遊んでも。
 彼女に、身を委ねても。
 消えない。
 褪せない。
 忌憶が、ある。
 ベッタリと。
 ジットリと。
 染み付いて。落ちない。
 痛み。
 傷。
 恐怖。
 もう、消えた筈なのに。
 もう、逃げれた筈なのに。
 どうして。
 どうして。
 『この女(ひと)』、が。

「マーが……『あれ』を持ってる……? なんで……?」
 戦慄く声で、呟くステラ。
 見開いた瞳。凝視するのは、タオ。そして、その手にあるモノ。
 ステラを見つめる彼女が、微笑む。酷く邪ましい、綺麗な顔で。
「どうした? ステラ。どうして、そんな目で私を見る?」
 彼女が、来る。優しい顔で、怖く怖く。笑みながら。
「く、くるな……!」
「何故だ? ステラ。私だよ? お前の大好きな、タオだ」
 聞き慣れた、声。でも、それ故に悍ましい。
「ち、違う! おまえはマーのニセモノだ! オレはだまされないぞ!」
「おやおや。酷い事を言うじゃないか。お前を救い上げたのは、私だと言うのに」
 もう一歩。また、一歩。嬲る様に。
「よせ、やめろ! マーの顔して、オレに近づくな!!」
 混乱する思考。咄嗟に振るう、鉄槌。割れる床。跳ねた欠片が、彼女の頬を掠める。
 パックリと開いた傷。流れる血が、頬を染める。
「あ……」
「おやおや……」
 白い手が、グイと拭う。広がる、鮮血の化粧。彼女の顔を、壮絶に彩る。
「『私』にこんな事をして。悪い子だ……」
 上がる右手。持つモノ。ステラの顔が、恐怖に強張る。
「悪い子には……」
「あ、あ……あ……」
 怯える声。加虐の喜びに歪む顔。
「お・し・お・き・だ」
 瞬間、手にぶら下がったカウベルが、伽藍と鳴る。
「ひぎっ!!」
 小さな身体が、ビクンと跳ねる。
 伽藍。伽藍。伽藍。
 幾度も。幾度も。
 呼び起こす、記憶。掻き毟られる、傷。
「ひぃ! ひぎぃいい!!」
 耳を押さえ、震えるステラ。溢れる涙が、視界を奪う。止まりそうな呼吸。引きつる気管。こみ上げる、嘔吐感。
「どうした? 動けないのか?」
 気が付くと、目の前に彼女。冷たい眼差しが、見下ろす。
「なら、手伝ってやろう」
 風切りの音。強烈な衝撃が、頬を打つ。
「キャアッ!」
 弾かれ、転げるステラ。
 強かに叩かれた頬が、熱を持つ。切れた唇。血が、滴る。
「あ……あぁ、あ……」
 頬を押さえ、縮こまる。痛い。打たれた頬よりも。この女(ひと)に、打たれた事が。
「どうだ? 思い出したか? 主人が、誰か。自分が、どうあるべきか」
 背後に立つ彼女。右手の鐘が伽藍と鳴いて、左手の鞭がピシリと鳴る。
「やだ……やだ……やめ、て……もう、やめ……」
「そうだ。従え。私の言う事だけを、聞け」
 耳鳴りに混じって、聞こえる声。愛しい声。怖い、声。
「お前は、モノだ。飼い犬だ。それが、存在意義だ。言う事を聞け。従え。跪け。這いつくばれ」
 ブンブンと、頷く。他に、術もないから。
「そうだ。いい子だ。いい子にすれば、抱いてやる。愛でてやる。慰んでやる。優しく、優しく……」
 舐める様に、耳元。鞭を握っていた筈の手には、いつしか一振りの短剣。細い項に、そっと這わせて。
「壊して、やる」
 ツ、と一筋。朱い線。
 一際大きな、悲鳴が泣いた。

 彼女がフワッと、宙に舞う。走る剣閃。躱して、降りる。
「何だ。もう、返ったのか。流石は、『私』だ」
 見やる先には、荒い息に肩を揺らすタオ。距離を取った『自分』を一瞥すると、ガクガクと痙攣するステラの背中をさする。
「ステラ!! しっかりしてください!? 聞こえますか、ステラ!」
 答えは、返らない。焦点の合わない目。涙に濡れる声が紡ぐのは。
「……いや、だ…… また、殴られる……」
 恐怖と絶望と、孤独に満ちた慟哭だけ。
「もうやだ! やだ!! 許して……っ! い゛うことっき、ぎくからぁっっ!!」
「ステラ……」
「そう言う事だよ」
 笑い混じりの、声。キッと、目を向ける。下卑た笑みを浮かべる、もう一人のタオ。
「ソイツは、解き放たれてなんかいないんだ。鎖に繋がれたままの、薄汚い飼い犬だ」
 鐘を振る。伽藍と一声。ビクンと震えたステラが、嘔吐する。
「鐘を鳴らすのを、やめなさい!」
「やだね」
 どこまでも、醜悪な笑み。支配欲と優越感に塗れた、人の悪意。その体現。タオは、歯噛みする。
「貴女は、何者です……?」
「見れば分かるだろ? お前だよ。正真正銘の、『タオ・リンファ』だ」
「巫山戯た事を……!」
「嘘じゃないぞ? もっとも、その餓鬼犬の中の『タオ』だがな」
「え……?」
 思いもしない言葉。絶句する。
 そんなタオを見て、『タオ』はまたせせら笑う。
「お前も、大概おめでたいな。そいつが、どれだけ教団に飼われてたと思う? 少々『家族ごっこ』をした所で、解放される道理なんざないだろう?」
「それ、は……」
「ソイツはな、家族面してるつもりで疑ってたんだよ。『タオ(お前)も教団だ。ヤツラの同胞だ。いつか、裏切るんじゃないか? ヤツラと同じ事を、するんじゃないか?』ってな」
 息を呑む『自分』を愉悦に満ちた目で見つめ、『タオ』は続ける。
「そして、お前と暮らして、想う様になるにつれ、知らず知らず呪う様になったのさ。そんな薄汚い感情を、お前に対して抱き続ける自分をな」
「そん……な……」
「喜べよ。大したモンじゃないか。獣同然の感情しかなかった奴を、自己嫌悪なんて如何にも人間臭い『苦痛』を覚えるまでに『更生』させたんだ。なかなか、出来ないぜ? もっとも……」
 ふふ、とにやけ、剣に付いたステラの血をパクリとしゃぶる。
「お陰でソイツは、自分を否定するまでに至っちまったがな」
 口に咥えた裁剣を煙草の様に揺らし、指し示すのは、ステラ。
「分かったろ? コイツは、ステラ(ソイツ)によるステラ(ソイツ)への復讐だ。私が具現化したのは、私(タオ)に対するソイツなりの贖罪だよ」
 プッと吐き出す短剣。片手で、受け取る。
「分かるだろ? これは、ステラ(ソイツ)が望んだ復讐だ。見届けてやれ。それが、親ってモンだぜ。例え、『ごっこ』でもな」
 近づく。痛みの鐘を、鳴らしながら。
「可愛い、『家族』だ。あと、二刺し。痛くない様に、優しく……」
 項。真上。真っ逆さまに。
「な!」
 落ちる刃が、突き刺さる。
 受け止めた、タオの手に。
「あらら」
 もう一人のタオが、呆れた様に言う。
「真逆、やらないだろうなとか思ってたら。マジでやりやがった。つくづく、馬鹿だね。お前」
 苦悶の声を上げるタオ。やれやれと、溜息をつく。
「お前だって、トラウマの塊じゃねーか。分かれよ。そうなる事くらい」
 ブツブツ言いながら、引き抜こうとする。それを、タオの手がグッと掴んだ。
「何やってんだ?」
「……させません」
「壊れんぞ」
「屈しません。ステラ(この子)の、為にも」
「ステラ(ソイツ)が、望んでんだ」
「それでも……」
 タオの目が、ギッともう一人のタオを射抜く。
「させません!」
 吼えると同時に、繰り出す掌底。胸を穿たれ、吹き飛ぶ。
「てめぇ……」
 咳込みながら向ける視線の先で、立ち上がるタオ。手を貫いていた短剣を引き抜き、放り捨てる。
「貴女も、『私』なら、分かるでしょう……」
 荒い息をつきながら、綴る。
「失ったんです。大事な、モノを。たった一人の、あの子を。守らなきゃいけなかった、命を。だから、もう繰り返しません……」
 抜き放つ、化蛇。黒い炎が、綺羅々。彩る。
「あの子だけは……あの小さな命は…… ! 今度こそ、絶対に守ると誓ったんです!」
 主の命に習い、猛る黒炎。渦巻く覇気が、もう一人のタオを圧倒する。
「……マー……」
「!」
 聞こえた、声。見れば、見上げる碧い瞳。
「戻ったのですね……。ステラ……」
「きこえたんだ……マーの、声が……」
 泳ぐ瞳が、捉える。タオの手に、穿たれた傷。同じ、痛みの気配。
「マー……それ……」
「大丈夫……こんな痛み、なんて事ないです……」
 泣き出しそうな顔をするステラに、微笑みかける。
「貴女を、目の前で救えない事に後悔するくらいなら……」
 全ての痛みを、解かせる様に。
「かすり傷にさえ、足りません……!」
「マー……」
 ゆっくりと、光が戻る。碧の、瞳。
「それは、どうかなぁ!?」
 響く、罵声。
 彼女が、嘲る。
「これが、本当の『私(タオ)』かもしれないぞ?」
 同じ声。
 痛い言葉。
 叫び、喚く。
「家族ごっこで、すっかりニンゲン気取りかぁ?」
 振り回す、鐘。
 伽藍伽藍と、泣き狂う。
「ほら、また殴られたいのか?」
 もう一度。
「もう、諦めなって!」
 傷を、抉り返そうと。
「誰も、お前なんかいらないのさ!!」
 掻き毟る。
 けど。
「ステラ……」
「うん……」
 静かな、声。
 見つめる。
 共に。
 真っ直ぐに。
「『アレ』は、『私』です」
「…………」
「貴女の苦しみに気づかず、自己満足に溺れていた、愚かな、タオ(私)です」
 苦しげな、けれど誤魔化しのない、告白。
 だから、ステラも答える。
「マー。それなら、オレだって……」
 フ、と微笑むタオ。温かい。
「そうですね。それなら、乗り越えましょう。貴女と、私で。そして、本当の意味で自由になって……」
 伸ばした手。ステラの髪を、愛しく絡む。
「本当の、『家族』になりましょう」
 向ける笑顔は、今までのどれよりも。

(……そうだ。マーは、こんなに想ってくれてるじゃないか)
 想い。抱きしめる。
(ああ、そっか。オレが一番、それを知ってるんだ)
 それは、今までも。これからも。決して違う事のない、真実。
「マー」
 呼びかける。見つめる、タオ。
「ありがと。もう、大丈夫だ」
 伝える。満面の、笑顔と共に。
 頷く顔は、穏やかな喜びに。

「テメェら……」
 もう一人のタオが、鐘を鳴らす。
 最期の、足掻きの様に。
 けれど。
 もう、届かない。
 意味は、ない。
「アハッ。よく見ると、お前なんて全然こわくなかったな」
 いつもの調子で、ステラが弾ける。ぶぅんと振るう、スタンピングハンマー。
「マー! 終わらせるぞ!」
「ええ!」
 一緒に揃って。
 高らかに。
 
 断末魔の声を上げ、痛みの鐘が砕けて散った。

 ◆

 4・『瓦礫に、芽吹く』

「何で……だよ……」
 ナツキは、呆然と呟く。
 虹の霧。進む果てに広がったのは、かつての悪夢。
 悔恨と、恐怖と、無力を刻まれた、あの光景。
 崩れ果てた孤児院。
 燻る、残火。
 積み重なる瓦礫。
 隙間から覗く、黒焦げの……。
 その全てを、純白の脚が踏み砕く。
 キリキリキリ……。キリキリキリ……。
 響き渡る、駆動音。嘲笑う。
「何、で……てめぇ……が……」
 立ちはだかるのは、巨大な機兵。
 碧いコアが瞬いて、真っ赤な単眼がキロリと見下ろす。
 朱の中に、映る自分。
 ナツキはただ。虚しい空しい。叫びを上げた。

「落ち着け、ナツキ! 無闇に突っ込んで、どうにかなる相手じゃない!」
 必死に呼びかける、ルーノ。けれど、彼には届かない。
 聳えるのは、小山の様に巨大な人型。白い装甲。蒼く光る核(コア)。『ヨハネの使徒』。創造の神が使わせし、裁きの天兵。
「うがぁああああああああっ!!」
 上ずった叫びを上げて、突進するナツキ。振り回す、ホープ・レーベン。猛り狂う黒炎が、心の乱れを示す。
 叩きつける刃。曇りすらも、付かない。振り上がる脚。小石の様に、蹴り飛ばす。軽々と宙を舞い、叩きつけられる。
「ナツキ!」
 走り寄るルーノ。天恩天賜を施そうとするも、ナツキはその手を振り払う。
「おい!」
 届かない。口から溢れる血を拭い、また走り出す。
 繰り返す、斬撃。ただ、我武者羅に。そして、また弾かれ。地に転がる。
「!」
 急に漂い出した神気に、見上げるルーノ。
 横たわり、咳き込むナツキ。見下ろす使徒の単眼の下、形を成し始める『ソレ』。顕現した刃が、ナツキ目掛け真っ逆さまに落ちる。
 小さな短剣。刺さった所で、致命傷になるとは思えない。けれど。
「くっ!」
 咄嗟に放つ、九字。スレスレで、弾く。
 浄化師としての勘が告げている。あの刃は、危険だと。
 アレが現れたのは、初めてではない。ナツキが倒れる度、幾度も幾度も降ってくる。彼を殺すつもりなら、容易で確実な手段はいくらでもあるだろうに。まるで、あの短剣で穿つ事だけが目的である様に。
(……私達……いや、ナツキの排除が目的ではないのか?)
 反芻する、状況確認。達した結論は、同じ。
(ならば……)
 ナツキを殺す事が目的でないならば、使徒が必殺の行動に出る懸念はない。警戒すべきは、短剣の一撃。
 ルーノは、理解している。
 自分の特性。
 取るべき立場。
 共に、猛る事ではない。
 並んで、刃を振る事ではない。
 冷静に。
 把握を。
 理解を。
 理論を。
 持てる知識。そして知略の全てを。
 刃とし。盾と成す。
 それが、ナツキのパートナーである己の役目。
 大きく、息を吐く。
 乱れていた思考を、組み直す。
 視界の、全て。
 得られる、情報。
 景色。
 使徒。
 挙動。
 答えは必ず、その中に。

「ちくしょう……」
 戦う。
「ちくしょう……」
 闘う。
「ちくしょう!」
 斬りかかる。
 純白の神金。弾かれる。
 技も。
 術も。
 黒炎さえも。
「何でだよ……」
 呟く。
「どうしてだよ……」
 問いかける。
「もう、繰り返さない為に……」
 叩きつける。また、弾かれて。
「強くなった、筈なのに……」
 クルクルと、虚しく宙を舞う。
 立ち尽くす、ナツキ。見下ろす、使徒。
 キリキリ。キリキリ。
 嘲笑う。
 ゴリゴリと音を立て。瓦礫を躙る。
「やめろよ……」
 すり潰される中に、枯れ木の様につき出す。黒焦げ。
「そこに……いるんだぞ……」
 やめない。とまらない。道理も、ない。
「皆が……」
 想起する。顔。声。懐かしい、日々。
「先生が……」
 撫でる、手。抱きしめる、腕。軽い、げんこつ。温かい。
「そこに……いるんだ……」
 鈍い音。諸共に、潰れる瓦礫。
「あ……」
 小さな手が、千切れて。跳んで。砕けた。
「――――――っっ!!!」
 絶叫して、殴りかかる。
 キリリ。
 哂う、音。
 また、蹴り飛ばされる。
 瓦礫の上。焦げた肉の臭いが、肺を満たす。
 駄目なのか。
 倒せない。何度、斬っても。殴っても。傷、一つ。曇り、一つ。あの手を、掴む事さえも。
 恐怖が、湧き出る。絶望が、満ちる。
 同じ。
 昔と、同じ。何も、出来ない。
 負けて。壊されて。奪われる。
 ああ。
 ああ。
 こんな、事なら。
 こんな、無力なら。
 無力な、自分なら。
 いっそ。
 いっそ。この手で。
 ――壊して、しまいたい――。
 キリリ。
 音が鳴る。
 見下ろす、朱い輝き。何故か。何故か、とても優しく見える。
 光の中。何かが、見える。凝らす、目。そこに、いたのは。
 ああ。そうか。
 『お前』が、終わらせてくれるんだな。
 救いを求める様に、手を伸ばす。
 光の中の『彼』が笑う。応じる様に、手を伸ばす。
 安堵。最期の息を、吐く。
 笑う。光の中の、『ナツキ』が。
 差し伸べられた手が、刃に変わる。三本。横たわる、ナツキの胸。真っ逆さまに。

 弾かれ、散った。

「ナツキ! 目を覚ませ!」
 声と共に、ナツキの頬を掠めて地面に突き刺さるホープ・レーペン。
「把握した! この使徒は、お前の仇ではない!」
 短剣を散らし、刃を届けたルーノが告げる。
「此れは、『アダマス』! 恐らくは、お前のトラウマを纏って具現化した!」
 ルーノは、看破していた。
 聞き及んでいた、アダマスの性質。
 蜃の権能。上回るであろう、虹龍の力。
 ナツキの、過去。
 付合する、情景。
 使徒の姿。
 全てのピースを掻き集め。組み合わせ。
 そこに、ナツキの声が確信を持たらす。
 導き出した、解は一つ。
「此れは儀式だ! 私達が己を縛る鎖を断ち切り、次の段階に進む為の!」
 ナツキはまだ、動かない。虚ろな視線で、宙を見つめたまま。
「立て、ナツキ! そして乗り越えろ! お前を捕らえる、この牢獄を!」
 そう、覚えている。あの日の、彼の言葉。守る為に強くなりたいと告げた時の、瞳の輝きを。
 その想いは本物で、何があろうと屈しはしない。
 信じている。だから。
「しっかりしろ! こんな事で屈してどうする!? 」
 届ける。届け続ける。
 彼が。強い彼が。諦める事など、あり得ない。
 あっては、いけない。
 だから。
「守る為に、強くなるのではなかったのか!?」
 導くのだ。
 もう一度。
「立て!」
 あの、尊き決意を。
「ナツキ!」

 声が、聞こえる。
 あいつの、声が。
 呼び覚まされるのは、あの誓い。

 孤児院が襲われた時。怖くて、動けなかった。
 炎の中に。
 瓦礫の下に。
 消えていく。
 先生。
 友達。
 家族。
 声。
 姿。
 温もり。
 その時の手は小さくて。
 伸ばされた手を掴む事すら、出来なかった。
 それが、悔しくて。
 悲しくて。
 だから。
 だから。
 強くなろうと思った。
 逃げずに、立ち向かえる様に。
 伸ばされた手。
 今度こそ、残す事なく掴める様に。
 大事なものを、守る為に。

「……そうさ……」
 掠れた声で、呟く。
「そうなんだ……」
 強さを求める理由は、怒りでも恐怖でもなく。
 守る為。
 例え、如何なる驚異に対峙したとしても。
 例え、如何なる恐怖が蹂躙したとしても。
 不屈である事。
 立ち続ける事。
 弱き者。
 守るべき者達の、刃たる事。
 それこそが、今の自分がある意味。
 課した矜持。
「忘れちゃ、駄目だ……」
 弛緩していた身体。力を、込める。
「ルーノの、言う通りだ……」
 ひび割れていた心。覇気を、満たす。
「強くなるって、決めたんだ……」
 聞こえる、彼の声。その向こうに、皆の声。
「ここで諦めたら、あの時と変わらない……」
 呼び掛ける。懐かしい声が。皆が。『頑張って』、と。
「負けられない……」
 投げ出していた手が、ピクリと動く。
「奪わせない……」
 伸ばす先、地面に突き立ったホープ・レーペン。
「絶対、絶対に……!」
 力強く、握り締める。
「諦めて、たまるか!!」

 咆哮が響く。
 吹き上がる、黒炎。
 猛り立つ希望の生命(いのち)を纏い、立ち上がるナツキ。
「すまねぇ、ルーノ!」
「遅いぞ。ナツキ」
 並び立つ彼を横目に見て、ルーノは眼前の使徒に向かって不敵に笑う。
「では、踏み台になってもらおう! 私達が、次に進むための扉の鍵に!」

 感情のない筈の、使徒の目。それが、少しだけ笑んだ様に見えた。

 ◆

 5・『いつか、すれ違った手を』

 仄暗い世界の中に、悍ましい呼気が揺れる。
 目の前に立つのは、異形の怪物。
 皮膜が張った、長い腕。潰れた豚の様な鼻。赤く光る、大きな双眼。血生臭い息。裂けた口。覗く牙は、剃刀の如く。
 直立した身体の中心。鳴動する、朱の魔方陣。
 ベリアル。
 スケールは、3。素体は、蝙蝠。
 ダラリと下げた右手の中には、一振りの小さな短剣。
 スケール3が武器を所持している事は、珍しくない。けど、あまりに貧弱。刺した所で、心臓はおろか筋肉を抜く事すら出来るかどうか。
 無視する気になれなかったのは、異様な気配。前にも、感じた事がある。
 神気。
(……つまりは、喰らわないに越した事はない。と言う事か……)
 脳内でそう判断して、アルトナはベリアルの手の動きに注意を注ぐ。
 そして、気になる事はもう一つ。
 チラリと横を見る。そこに立つ相方、シキの様子がおかしかった。
 青ざめた顔。
 乱れた呼吸。
 小刻みに、震える身体。
 力なく下がった手に辛うじて引っかかるテンペストは、その心の様にフラフラと揺れる。
 何かを、思い出している?
 直感と、経験が告げる。その様は、忌まわしい記憶に怯える者。過去の恐怖に縛られる者のそれ。
「キ……」
 悍ましい、声が響く。
「キキきききキき……」
 ベリアルが笑う。ビクリと震えるシキ。その様を愉しむ様に、ベリアルは濁った声で話す。
「きキキキき……。怖イか? コぉワァイかぁア?」
 誂う様に囁きながら、ヒョコリヒョコリと近づいてくる。
 後ずさる、シキ。完全に、飲まれている。
 まずい。
 直感的に、思う。恐れは隙を生み。恐怖は身体を縛る。人を狩る事が存在理由のベリアル。その隙間を、逃す道理もない。
「シキ! 動け!!」
「!」
 アルトナの声に、ビクリと反応するシキ。我に帰った様に、テンペストを構える。発砲。
 如何に乱れていようとも、身に付けた技術は確か。黒炎に包まれた弾丸が、違う事なく胸の魔方陣を貫く。一瞬、シキの顔に浮かぶ安堵の色。けれど――。
「ききキきキキき……」
 そこには、砂に還る事もなく嗤い続けるベリアルの姿。
 青ざめて固まるシキに、再び刃を向けて近づく。
「ちっ!」
 舌打ちしたアルトナが飛び出す。瞬時で距離を詰め、剣を構える。
 一瞬早く、ベリアルの目が此方を見た。咄嗟に、反撃に備える。けれど、ベリアルは動かない。薄笑みを浮かべたまま、アルトナを見つめる。
(……どう言うつもりだ?)
 訝しく思うも、立ち止まる理由にはならない。どの道、懐に入らなければジリ貧。
 縮まる間合い。構える型は、横一文字。最後の一歩。踏み込むと同時に、一閃。ベリアルの胸の魔方陣を、真っ二つに。
 切り抜け、振り返る。
「何!?」
 思わず漏れる、驚きの声。
 そこには、たった今切り捨てた筈のベリアルが、全く変わりの無い姿のままで立っていた。
(確実に魔方陣は断った筈……)
 魔方陣はベリアルにとって絶対の弱点。その存在意義は、人間にとっての心臓に等しい。心臓を抉られて、生きている人間はいない。ならば、答えは一つ。
「お前、ベリアルじゃないのか?」
 アルトナの問いに、その『ベリアルの様なモノ』はキキと哂う。
「いいゃア? ベリアルだヨォ。タダぁ……」
「ただ?」
「浄化師(キミたチ)が言うソレとハァ、ちょっと違ウかなァ?」
「……どういう事だ?」
 天を指差す、細い指。
「ココは、エリニュスの境界。ソシテ、君達は『心臓』ヲ追って来た。ナラ、答えハ簡単ダろウ?」
 試す様な声音。言う通り、理解は容易い。
「……『アダマス』……」
「当たりィ」
 哂う。酷く、楽しそうに。
 秘密が、バレた。いや、バラした。なのに、動揺も焦燥もない。何かを企んでいるのかとも思うものの、詮索した所で時間の無駄だろう。
 それに、まずやるべき事がある。
「シキ!」
 ベリアルを成した者の向こうで、変わらずに立ち竦んでいる相方に呼び掛ける。
「聞いていただろう! こいつは、ベリアルじゃない! 目を覚ませ、此れは……」
「違う!」
 彼を目覚めさせる筈の声は、彼自身によって遮られる。
「違う……違うんだ……」
 戦慄く声が、呟く。
 自分に向けてではない。虚空に向かって、吐き出される。まるで、熱病の合い間の幻の様に。
「コイツは……だって、コイツは……」
 見開いた目。凝視する先は、ベリアルを成した者の額。そして……。
「左手(そこ)に! 兄(メイナード)を持っているんだ!!」
「!?」
 突然の、絶叫。思わず、彼の視線を追う。
 短剣を持つのとは、反対側の手。
 何もなかった筈の手。ソレが、ぶら下げていた。
 シキと同じ、緑の髪を鷲掴みにして。
「ソうさねェ……」
 ベリアルは、語り掛ける。異様に、静かな声で。
「怖いヨネぇ。怖イだろうネェ……。何せ、コノ子は……」
 ゆっくりと、上がる手。ぶら下げたソレを、突き付ける。
「シキ(君)のセイで、死んだンだかラねぇ!」
 薄く目を閉じた、白い顔。懐かしく、忌しい。彼の顔。
 シキは、息を飲んだ。

 霧の向こうから現れた姿。
 見た瞬間、妙な既視感に囚われた。
 蝙蝠のベリアル。それも、スケール3。
 ずっと、忌避していた記憶。掘り返される。
 正直、逃げ出したい衝動に駆られたのは確か。けれど、そんな真似は浄化師としての矜持が許さない。アルトナに、情け無い様を見せるのも嫌だった。
 なら、選択肢は一つ。
(さっさと、片付ける!)
 そう判断して、テンペストを構えようとした時、ベリアルの額が目に入った。
 ザックリと深く刻まれた、傷。
 一瞬で、全身の血が下がる。
(これって……もしかして……)
 そんな馬鹿なと、自分の思考を否定する。
 けれど、目に映るそれはあの日の記憶にあまりにも合致して。
(……メイナードを、殺したベリアル……? まさか……でも、あの額の傷は……)
 混乱する思考を見透かす様に、ソイツが笑んだ。全てを肯定する、忌ましくも懐かしい笑み。
 悍しい、確信。心臓が、キュウと悲鳴を上げた。

 シキの兄、『メイナード・ファイネン』は弟の彼に対して厳しい人だった。否、厳しかったと言うのは正しくない。彼は、シキに嫉妬心を抱いていた。
 長男として生まれ、家を継ぐ事が決められていた彼は、次男でそんな柵とは無縁なシキの自由を羨んでいた。どうにもならない鬱屈を、露骨な嫌味と言う形でぶつけ、シキもまたそんな兄を嫌って避けていた。
 けれど、そんな歪な兄弟関係はある日唐突に終わりを告げた。
 突然現れた、ベリアル。狙われたシキを庇う様に、メイナードは死の爪の前に身を投げ出した。
 結果。
 メイナードは死に。
 シキは生き残った。
 以来、その光景は彼の魂に染み付いたまま。
 消えないし。
 消すつもりも、ない。

「ききキきキキき」
 悪夢の具現が、嘲笑う。その手に、兄の首をぶら下げたまま。
「懐かしイねぇ。狂おシいねェ。晴れタカイ? 逃れたかイ? アノ家から逃げ出して。全部捨てタ振リして、浄化師にナッて。それデ、コの子から!」
 嘲って、突き付ける。
 血の滴る、彼の首を。
 ビクリと震えて、後ずさる。
 また、笑う。酷く、酷く。楽しそうに。
「駄目ダねェ。ソウだロウねぇ」
 笑う。ゲラゲラと。ケタケタと。あの日の、ままに。
「許セないよネェ。憎いヨネェ。気持ち気づけズにぃ、死なせチまッた自分ガ!」
 一歩、近づく。
 一歩、退く。
「駄目だヨゥ。コレは、君の罪ダ。君が、償わなくチャ、いけないノサ。君自身に、復讐スル事で!」
「!」
 足が、止まる。
 贖罪と言う名の、枷が絡まる。
「いい子ダ……」
 振りかざす、短剣。
「さあ、コノ怨讐を!」
 破魂の刃が、落ちる。

(……これが、シキの兄貴を殺したっていうベリアルの姿か……)
 これまで見た事のない相方の様子に息を吐いて、アルトナは考える。
 これは、シキ自身の傷。彼自身が、向き合うべきモノ。他者が、介入すべきモノではない。例え、どんな立場であろうとも。けれど、それを前提としても、これは違うと確信出来た。
 自身への復讐と言う形の、贖罪。
 それをすれば、かの時命をかけた兄の想いは無駄となる。無意味とされる。
 断言出来る。こんなモノは、体のいい自己満足だと。
 ならば。
(今の俺に、出来る事は……)
 答えは、たった一つ。

 一陣の、風が吹いた。
 短剣を握った右手と、首をぶら下げた左手が飛ぶ。
 ポカンとするベリアルとシキの間。割って入った、アルトナが問う。
「シキ、アンタは……これが怖いのか? この、ベリアルの形が」
「アル……」
 困ったかの様にアルを見る、シキ。
「そう、なのかも……」
 答える。まるで、密かな悩みを打ち明ける様に。
「メイナードは……このベリアルに、殺されたから……」
「そうか……」
 頷いて、前のベリアルの形を見る。
 切り飛ばした筈の両手は、いつの間にか元通り。
 短剣も。メイナードの首も。当然の、様に。
 けれど、ベリアルの形は立ったまま。まるで、何かを見守る様に。
 確認して、また語り掛ける。
「シキ、何がメイナードとアンタの間にあったのか、俺は知らない」
「アル……」
「けど、アンタはそれで良いのか?」
「良く、ない……けど、どうすれば……」
 相棒だからこそ、漏らす弱々しい声。ほんの少し間をおいて、視線を向ける。
「武器を取れ」
「!」
「俺達はずっと、ベリアルにそうしてきた。やるしかない。そして、歩き続けろ。それが」
「…………」
 ――メイナードがアンタに託した、自由(つばさ)なのだから――。
 見つめる、強い視線。ふと目を閉じて、笑う。
「……アル、相変わらずちょーいけめん!」
 そう。君と一緒なら、いつかきっと。
 落ちかけていたテンペストの台座。強く、握り直す。
「よし、行こう! やろうぜ! アル!」
 凛と響く、力強い声。
 そこに、昏い枷はもうなくて。
 ぶら下げられた、彼。少し笑って、綺羅と散じた。

 ◆

 6・『自分と言う、闇の果て』


 彼女は、見てきた。
 あまりにも、見え過ぎる目で。
 彼女は、聞いてきた。
 あまりにも、聞こえ過ぎる耳で。
 醜悪な、人の様。
 果てで嘆く、死霊の声。
 犯す毒。
 いつしか、心は凍てつき。
 己さえも、否定する。

「……そうか。そう言う、事なんだ……」
 目の前の光景を見て、ヴォルフラムは全てを理解する。
「これは、具現なんだ……。自分の中の痛みの、写し鏡……」
 虹の霧の果て。現れた『彼』が、全てを物語る。
「……そう言うの抉ってくるとしたら、僕の方だと思ってたけど……」
 『彼』の前で立ち尽くす、彼女。
「君の方なんだね……」
 震える小さな背中を見つめて、そう呟いた。

 カグヤ・ミツルギの生は、否定から始まった。
 否定に、満ちていた。
 男子を望んだ父に、生まれた事を否定され。
 彼が望んだパートナーを全て弾いてしまった事で、存在そのものも否定された。
 父の声から逃げた暗闇。
 その先に待っていたのも、また否定。
 汚泥の様に渦巻く、死霊怨霊の声。
 自身を否定された者達の怨嗟が、更なる否定を叫ぶ。
 私達は否定された。ならば、お前も否定されろと。
 父に。
 家族に。
 血族に。
 同族に。
 そして、己に。
 否定されろ。
 否定されろ。
 否定されろ。
 優しい母の声など、塗り潰される程に。

 ヒトは否定され続けると、存在意義を見出せなくなる。
 自分は、愛されない。
 要らない。
 無意味な存在と。
 それは、幼い程に顕著で。
 泣いてる子を放置し続けると、いずれ泣かなくなる。
 泣いても、誰も来ない。
 意味がない。
 無駄だ、と。
 そのまま育てば、愛情を知らない。
 否。
 受け取れない、人になる。
 自身へ向けるべき、愛さえも。


「ヴォル……」
 目の前に立つ彼に、呼びかけた。
 否。
 それは、呼びかけなのだろうか。
 ひょっとしたら、ただ独り言ちただけなのかもしれない。
 だって、ほら。
 彼の目は。
 私を、見ていない。

 アダマス=エクスピラビットは、遺恨の具現。
 創造主、エリニュスは復讐と裁きの神。
 遺恨と復讐。
 象られるのは、自身への憎悪。
 晴らす事も。
 忘れる事も叶わずに。
 延々。
 炎々と燃え続ける。
 無限の悲しみ。怒り。
 それらを持って、エクスピラビットは代行する。
 己という罪人への復讐を。
 裁きを。
 二度と目覚めぬ、眠りの果てに。

 カグちゃんは、否定されてきた。
 ずっとずっと、否定だけを刻まれてきた。
 普通なら。
 本当なら。
 恨む筈だ。
 怒る筈だ。
 拒絶する筈だ。
 自分にそうする人達を。
 そうさせる、環境を。
 そんな、世界を。
 自分を嫌いだって言う相手を、同じ様に嫌いだって言う。
 自分を拒絶する世界を、同じ様に拒絶する。
 逃げちゃ駄目だって、言われるかもしれない。
 何の解決にもならないって、怒られるかもしれない。
 それじゃ同じ事の繰り返しだって、軽蔑されるかもしれない。
 でも。
 でもさ。
 それは、与えられた術(すべ)で。
 平等に持ってて当然の権利で。
 人間なんて、どうせちっぽけなものさ。
 自分と、あと数人抱えたら。もう、いっぱいだ。
 余計なモノまで抱え込んだら、飽和して壊れてしまう。
 沈んで、しまう。
 誰かを救おうとして、自分が壊れちゃったら。何の意味も、ありゃしない。
 そんな事は、きっと。
 ううん。
 絶対、間違ってる。
 自信を持って、言える。
 だって。
 だって、そうじゃないか。
 あの娘が。
 僕を救ってくれた、あの娘が。
 優しすぎて。
 純粋すぎて。
 全部を、抱きしめようとして。
 出来なくて。
 苦しんでる。
 泣いてる。
 自分を。
 たった一人の、自分を。
 嫌いだって、言わなきゃいけない程に。
「……カグちゃん、君にとって自分は、信じられないかい?」
 届けなきゃ、いけない。

 否定された私。
 否定しか、されなかった私。
 否定されなきゃいけなかった、私。
 私が、否定する私。
 居ちゃいけない私が、居ていい理由は一つだけ。
 ヴォル。
 ヴォルが好きって言ってくれるから。
 ヴォルが、必要って抱きしめてくれるから。
 私は、自分を肯定出来る。
 この世界に、立っていられる。
 ヴォルが、好きと言ってくれる私。
 ……言い換えれば、ヴォルに嫌われたら。私の意味は泡沫と、消える。
 ……怖い……。
 彼に。
 ヴォルに。
 ……嫌いだと。
 ……いらないと、言われる事が。
 ……怖い。
 ……怖い……。

 虹色の霧の向こうから現れたのは、ヴォルフラムだった。
 さっきまで、後ろを歩いていた筈なのに。怪訝に思うカグヤ。
 後ろを見やると、いた筈の場所に彼はいない。いつの間に、追い越されたのだろう。得体の知れない霧の中。潜んでいるだろうアダマス(敵)を警戒する為に、ピッタリとくっついていた彼。感じていた温かい気配が消えて、驚くのと同時。眼前の霧から湧き出す様に、彼は現れた。
 走る、警戒感。身構える。
 得体の知れない神威が、相手。どんな事でも、起こりうる。味方の姿を借りて惑わしてくる事も、当然の様に想定の内。
 けれど、自信があった。自分とヴォルフラムは、一つ。例え、どんな権能であろうと。必ず見破れると。
 だから、その懸念は一瞬で晴れた。気配。魔力の波動。生気。匂い。『彼』だった。目の前に立つ彼は、間違いなくヴォルフラムだった。
 ホッと息をついて、駆け寄る。顔を見上げ、『どうしたの?』と訊こうとして。
 凍りついた。
 見下ろすヴォルフラムの目が、カグヤを見ていなかった。
 カグヤという存在を、直視していなかった。
 感情の読めない、冷たい眼差し。それは、まるで……。
「ヴォ……ル……?」
 混乱しながら後ずさった時、彼の身体がピクリと動いた。ゆっくりと持ち上がる、肉断ち斧。鈍く光る切っ先が向けられるのは……。
「ヴォル……敵……? 私、が……?」
 冷たい眼差しが、肯定の光を放つ。まるで、ベリアルや使徒に向ける……いや、それよりも、ずっと冷たい。
 カグヤは、知っている。この眼差しの、意味を。
 だって、それは父がずっと彼女に向けていた眼差しだから。
 そう。
 これは、怒りや敵意。憎しみや嫌悪ですらない。ただ、不要なモノをゴミとして切り捨てる時の目。
 視線の先に、何の感情も持たない証。
 理解は、早かった。
 分かり過ぎてて。
 あまりにも、当たり前の感覚過ぎて。
「ヴ……ォル……」
 呆然と、呟く。
「いらなく、なっちゃった……?」
 理由なんて、訊かない。
 聞いても、意味がない。
 ただ、傷が深くなるだけ。
 でも。
 それでも、せめて。
 せめて、答えだけでも。
 声だけでも、聞きたくて。
「私は、いらなくなった……?」
 答えは、返らない。
 最期の、お土産。
 それすらも、無意味なのだろう。
「じゃぁ……しょうがない、ね……」
 涙は、出ない。
 出る訳も、ない。
 空っぽだから。
 もう、何もないから。
 掲げられる、斧。冷たく。冷たく、光る。
「いいよ……」
 呟く。空っぽの、声で。
「いい、よ……」
 空っぽの、微笑みを浮かべて。
「寧ろ……ヴォル(貴方)に殺されるなら、本望……」
 それが、せめての証に。なるから。
 斧が、落ちる。
 カグヤの頭目掛け。真っ逆さまに。
 寸前、斧がぶれて。
 三本の、短剣に変わる。
 刃が、突き刺さって。
 響き渡る、甲高い音。
 同時に抱きしめる、暖かい腕。
「ああ、間に合った」
 諦めて。
 諦め切れなかった、声。
 戦慄いて、上を見る。
 求めていた笑顔が、そこにあった。

 僕が愛して止まないカグちゃんは、愛の判らない子だ。
 だから。
 彼女を抱く腕にギュッと力を込めて。
「僕が君に愛を囁かない筈、ないでしょ?」
 耳元で、甘く。この上なく、甘く囁く。
 そう。
 何時だって、僕は愛を囁く。
 彼女には、過剰なくらいでないと届かないから。
 キッと見つめる先には、もう一人の自分。
 理解している。
 カグヤが、自分を間違える筈がない。それなら、答えは一つ。コレは、自分。違う事なく、もう一人の『ヴォルフラム・マカミ』。
 でも、それに何の問題があろう。
「彼女を傷つけるモノは、何だって許しはしない。例え……」
 弾かれて、地に落ちた短剣。踏み砕く。渾身の、怒りを込めて。
「僕自身であっても……」

「……ヴォル……?」
 痛いくらいに抱きしめる腕に、自分の腕を絡めるカグヤ。
 その熱が。
 痛みが。
 息苦しさが。
 彼が、彼である事を伝える。
 彼の想いが、潰えぬ事を証明する。
 彼女が在る意味を、肯定する。
 溢れる涙が、彼の袖を濡らす。
 絶対の絆の証を、刻む様に。
「私、いらなくない、の?」
「当たり前でしょ?」
「私、生きていていいの?」
「僕が、その証だよ」
 冷えていた身体に、熱が戻る。
 踏みしめる、足。しっかりと。
 もう、大丈夫。
 交わす、微笑み。想い。全て。

 復讐が在るべき意味が、消えた。

 ◆

 7・『狂気の恩師は花園に哂う』

 満ちる霧の中を、ラニとラスは話しながら歩いていた。
「エリニュス、エライ感じ悪かったわね!」
「復讐の神か。創造主である以上、アダマスより強いんだろうな。直接戦わないのは、せめてもの温情か……」
「んな筈ないでしょ!? どーせ、あたし達が酷い目合うのを肴に、麦酒でもかっ食らうつもりなのよ! あのチンピラ女神!」
 愚痴る相方に溜息つきつき、ラスは言う。
「どの道、相手はアダマスだ。手強い事に、変わりはないぞ」
「ッ上等!! どっちみち、やるしかないんでしょ!」
 猛るラニ。ラスが苦笑したその時。
 霧から溶け出す様に広がったのは、広大な花園。舞い散る花弁と、噎せ返る程に甘い香気。軽い目眩が、二人を襲う。
「な、何?」
「本部の敷地じゃない。エリニュスの権能か……?」
 ラスが、ラニに向かって手を差し出す。
「何が起こるか分からない。魔術真名を発動しておこう」
「う、うん」
 戸惑いながらも、ラニは彼の手に己を重ねた。

「……ほう、伴侶を見つけたのか」
 唐突にかけられた声。目を向けると、一人の男性が立っていた。
 見た目は、20代後半。端正な顔が、穏やかに微笑んでいる。
「――――!」
 瞬間、ラスが目を見開く。
「久しいな。ラス」
「先、生……!」
「誰よアイツ……って、先生!?」
 驚いたラニの目に映ったのは、真っ青になって震えるラスの姿。
「……ラス?」
「立派になったな。見てくれ、は」
 浮かれて響く、男の声。
「よし。久しぶりに、稽古をつけてやろう。外見に相応しい腕になったかどうか……」
 ますます青ざめる、ラス。原因は、明白。
「アンタ、一体……」
 振り返った瞬間、目の前には歪んだ男の笑顔。
「な!」
「そら、武器を取れ」
 掲げるのは、ラスのそれよりも大きな斧。
「殺すぞ?」
 薙ぎ払う。
「速っ……!」
 初動が遅れるラニ。鈍く光る刃が彼女の胴を割る寸前、後ろに引かれる。
 抱き寄せたラス。抱きしめたまま、傍らの斜面をゴロゴロと転がる。一方、ラニ。突然の密着に赤くなるものの、それどころじゃないのは重々承知。ゼエゼエと、今にも過呼吸を起こしそうなラスの背をさすりながら、問いかける。
「何なの、あいつ! 知り合い!?」
「……『レイン』だ……」
「レイン……?」
 ラスは、話す。

 幼い頃に喰人としての素質を見だされた彼は、訓練の為に施設へと入れられた。
 その時、先生を務めたのが『レイン』。
 教え子を慈しみ、育てる事を喜びとし。
 教え子を壊す事に悦びを感じる、破綻者。
 その教育は、苛烈。
 実際に死亡した教え子の数は、両手の指を数えてもなお足りず。
 ラスは、死にたくない一心で逃げた。
 共にいた、仲間を捨てて。

「何よ、それ……。マジもんのイカレ野郎じゃん……」
 絶句するラニに頷くと、ラスは大きく息を吐く。
「逃げられた、筈なんだ……。なのに、どうして今更……」
「逃がす筈、ないだろう」
 上から響く、声。
 見上げた先、歪な笑顔。
「可愛い、生徒だぞ?」
 落下の勢いを乗せて、落とす斧。
 咄嗟に左右に避ける二人。花園を割る、刃。
 嬌声と花の躯を散らし、レインが哂う。
「さぁ、戦え! 死にたくなきゃ、戦え!!」
 長大な斧を、振り回す。鍛えた膂力と、研ぎ澄まされた技。殺意の狂気を纏った、実直真摯な技術。この上ない、脅威。
「ラス! やるしかないわ!!」
「……っ!」
 武器を取る二人。表裏斬を放ったラニが、背後に回る。息を合わせて、挟撃。素早く旋回する斧が、容易く弾く。
「くっ!」
「こんの……!」
 隙を見て、武器の破壊を試みる。乱れ切りを放ち、錯乱を誘う。
 けれど、全て無駄。
 ありとあらゆる攻撃を返し、居なし、一方的に。
「クハハ! どうしたどうしたどうした!!?」
「くぅ!」
 大きく弾かれたラニが、花の中を転がる。
「強い……って! ラス!?」
 体勢を立て直した彼女が見たのは、レインと対峙するラスの姿。
「どうした? 手が震えているぞ?」
 誂う様な。いたぶる様な声で、レインが囁く。
「懐かしいなぁ。私が稽古をつけてやる時、お前はいつもそうやって震えていた。愛らしく、子猫の様に」
 レインの手が、斧の柄を離す。重い音を立てて、花の中に突き立つ斧。
「なぁ、ラス」
 空になった、手が踊る。
「あの時、何で私はお前を殺さなかったと思う?」
 まろび出る、小さな短剣。手の中に、収まる。
「すぐに殺してしまうのが、惜しかったからさ」
 近づく。
 ゆっくりと。
「お前は良く出来た生徒だった。造り。実力。才能。心。全てが」
 赤い舌が、ベロリと蒼をさした唇を舐める。
「だからな、大事に育てようと思ったんだ。じっくり、ゆっくりと」
 蒼い瞳が、燃える。昏い昏い、狂気の炎。
「硝子の塔は、綺麗に組み上げた上で崩すのが、最高だ。大事に大切に積み上げて。ようやく、と思っていた矢先……」
 スウと伸びる手。冷たい刃が、ラスの首筋に当たる。
「お前は、いなくなってしまった」
 首筋を、撫でる。
「あの時の喪失感。取って置きのご馳走が、消えたしまった。全く、悪い子だ。だが……」
 顔を寄せる。互いの呼気を感じる距離。
「お前は、戻ってきた。私の腕の中に。あの頃のまま……いや、もっと綺麗に組上げられて!」
 感極まった声。ラスの全身を這い回る、悪寒。
「さあ、始めよう! 今度こそ! 味あわせてくれ! お前の、悲鳴を! 血を! そして……」
 ピタリと止まる、刃。
「『復讐』の、成就を……」

 恐怖に縛られる、ラスの顔。
 見せた事のない、弱さ。
 それが、彼女の決意を新たにさせる。
「……アンタは、何度もあたしを助けてくれた。だから……」
 握り締める、剣の柄。
「今度は、あたしが守る!」

「ん?」
 ラスの頚動脈を断とうしていた手が、ピタリと止まる。
 走る剣閃。旋回した斧が、受け止める。
 哂う、レイン。
「お姫様か。どうしたのかな?」
「うっさい! ラスから離れろ!」
 噛み合う刃。鍔迫り合いながら、呼び掛ける。
「ラス、しっかりしなさい! あたしがいるの!」
「!」
 我に返る、ラス。ラニは、続ける。
「守護天使のタケル様、覚えてる? あの人、言ってくれたのよ? 『主らは、二人で一つか』って!」
 押し込む、斧。耐えながら、なおも。
「なら、あんたはあたしの片割れ! あんたの敵は、あたしの敵!」
「ラニ……」
「倒れちゃ、駄目よ! あたし達には、家族がいるの!」
「……かぞ、く……」
 呼び覚ます。共に歩んできた道の果て。新たに結んだ、絆。
「あたし達には、守らなきゃいけない人達がいるでしょ!? 一緒に、帰る場所があるでしょ!?」
「は! 要するに、ラスを盗られたくない訳だな? 泥棒猫が!」
 嘲る声。激しく響く、破激音。ラニの剣が、宙を舞う。
「きゃあっ!」
 倒れたラニ。立ち上がる前に、斧が落ちる。
「立てば、肩が裂ける」
 勝ち誇って哂う、レイン。睨むラニを、舐める様に見つめる。
「ラスの女、か。面白い。いい余興だ」
 取り出すのは、あの短剣。
「お前の悲鳴を塗せば、さぞやいいスパイスになって奴を彩るだろう」
 伸びる、手。ラニの、胸元。
「良い声で、鳴け」

 覚醒は、一瞬だった。
(戦わなきゃ、ラニが殺される!)
 脳裏を過るのは、見捨ててしまった仲間達。
(……そうだ、今度は……)
 彼らが、言う。『頑張れ』と。
(今度は……)
 そう。
 この為に。
(逃げない)
 今度こそ、守る為に。
(絶対に)
 自分は、生きてきたのだから。
「逃げるものかぁああ!!」
 咆哮と共に、押し寄せる覇気。驚愕と共に振り返ったレインの目に映ったのは、闘神の如きラスの顔。
 振り下ろされる、斧。
 受ける、斧。
 粉骨砕心からパイルドライブ。先とは違う、決意の威力。レインの顔が、驚愕に歪む。
「ラス……貴様……!」
「理解した! お前は、レインだけど、レインじゃない!」
「何!?」
「お前は、俺が仲間を捨てた俺に向けた『復讐』の具現だ!」
「!」
「なら、負けない! 絶対に! 俺自身に、もう誰も殺させはしない!」
「ほざけ!」
 憎悪の言葉と共に薙ぎ払う、斧。
 真正面から受け止めず、受け流す。
「やっぱり、強い。アンタは、まだ『教え子』を殺し続けてるのか?」
「黙れ!」
「なら、それもここで終わらせる!」
 ぶつかり合う、斧と斧。
 拮抗する、力。
「頑張れ! ラス!」
 ラニが、叫ぶ。昔の皆と。今の皆の、声と共に。
 満ちる、力。
「……負けて……」
 レインの形。その中心が、軋みを上げる。
「負けて、たまるかぁあああ!!!」

 雄々しき叫び。断末の音すら、かき消した。

 ◆

 8・『血塗れ聖母』

 神との、同盟……。
 手を取り合えたら、どんなに嬉しいだろうと思っていた。
 だけど……。

 赤黒い色を映す、厚い霧。血の色。悍ましく悲しい、屍の色。鉄錆と腐臭すら香ってきそうな幻覚。そんな煉獄の帳の中、リチェルカーレは震えながら立ち尽くしていた。
 彼女の目の前。震える事すら叶わず、棒立ちになるシリウス。そして、彼の目の前には、全身を血に塗れた女性が一人。
 シリウスは、知っている。
 その女性が、誰なのか。
 世界の、誰よりも。
 世界の、何よりも。
 だって、その女性(ひと)は。
 たった一人の、母だから。
 自分が初めて、死に導いた人間(ひと)だから。

「わたしが、頑張るから――」
 彼女がぽつりと返した言葉に、シリウスは目を丸くした。
 見つめてくる二色の眼差しに、静かに首を振る。
 エリニュスは、言った。己の素体は『虹龍』だと。虹龍は、『蜃』の本体。なら、狙いは知れていた。
「蜃の力を使うなら、俺の方が効率的だ」
 その言葉に彼の想いを知り、リチェルカーレは悲しみを滲ませる。
 辛かった。
 情けなかった。
 彼をまた、あの悪夢に落とす。
 他に術を持たない、自分が。
 涙を堪えるリチェを見て、シリウスはフと表情を緩める。
「……自覚は、あるんだ。俺は、弱い」
 呟いた声に、顔を上げるリチェルカーレ。続けた言葉。万感が、胸を満たす。
「ううん。 貴方は、強い」
 迷いなく、告げる。
「強くて優しくて。大好きな、わたしのシリウスよ」
 一息に言って、ぎゅっと抱きつく。
「忘れないで……。側に、いるから……」
 頷く、シリウス。
 重ねる、手。
 せめても、力を。
 唱える、魔術真名。満ちる力を感じた、その時。
「は~ん。成程、『済み』か。テメェら」
 揺蕩う霧を揺らし、遥か高みより響く声。仰ぐ先に感じる、圧倒的な存在感。
「この声……」
「エリニュスか!?」
「知ってんなら、遠慮は要らねぇなぁ。結構結構」
 シリウスの問いなど意にも介さず、一方的に話を進める。
「ま、オレは天使共みてぇにお人好しじゃねぇし。ガラクタ遊びの出来損ないみたいにお上品でもねぇ。とびっきりドギツイのを、ストレートだ。思う存分……」
 せせら笑う、気配。
――悪酔いしな――。
 瞬間、世界の色が変わった。
 虹色の帳は赤黒い濁血の雨幕に変わり、周囲には鉄錆と死臭が立ち込める。滑つく感触に足元を見れば、地面は固まりかけの血溜りと化していた。
「――――っ!!」
 息を呑むリチェルカーレを守ろうと、シリウスが動きかけたその時。
 彼の足を、誰かが掴んだ。
 思わず見下ろした視線。血塊の沼から伸びた、青白い手。その指に見とめる、見覚えのある指輪。
 怖気が走った瞬間、『彼女』がヌラリと血の海からまろび出る。
 目の前スレスレに伸び上がった顔。焦点の合わない、濁った翡翠。血に塗れて顔に張り付いた黒髪の間から、それだけは『彼女』のままの声が鳴る。
「久しぶり……。シリウス……」
 それは、いつか見た天使の幻想の様に美しくもなく。
 いつか出会った、人形遣いの傀儡の様に端整でもなく。
 ただ、死。
 その瞬間の絶望と苦悶だけを切り取った、文字通り『死の記憶』の具現。
 覚悟していた筈。何度も繰り返して、耐えてみせると決意していた筈。けれど、突きつけられたモノは、その覚悟と決意を枯れ木の様にへし折った。
 死の瞬間の母と言う、文字通りの地獄を彩って。

「どうしたの……? シリウス……。どうして、泣きそうな顔をしているの……?」
 『彼女』が詠う。優しく。悍ましく。
 シリウスは、返さない。『それ』を口にすれば、きっと全てが崩れてしまうから。
「呼んでくれないの……? シリウス……。『母さん』て、呼んでくれないの……?」
 返さない。返せない。『彼女』が、哂う。
「そうよね……」
 血塗れの、手が上がる。
「呼べないわよね……」
 頬を、撫でる。
 むせ返る様な、血の匂い。
「私は……私、達は……」
 『彼女』が、哂う。
「貴方のせいで、死んだのだから」
 鼓動が、鳴る。

 お母さんの姿をした『何か』が、シリウスを責める。
 喘ぐような、呼吸。
 強張る様に、鈍い動き。
 心臓の。心の痛みが伝わる。
 ずっと、深く。魂の奥底まで刻まれてしまった、傷。
 きっともう、消える事はない。

 過去と、向き合う。そう思うだけで、息が出来なくなる。
「……あの人を、殺したのね……。シリウス……」
 ああ、知っているのだ。あの、事を。
 消えた、父の亡骸。最期の瞬間。思い出した心が、軋んで止まる。
「……私もまた、殺すのかしら……?」
 違う。そんな事はしない。叫ぼうとして、気づいてしまう。それなら、何故自分は剣を握っているのか。
 見透かして、また哂う。
「殺して……殺して……」
 スウと上がる手。後ろを指差す。後ろの、彼女を。
「次ハソノ娘ヲ、殺スノカシラ?」
「…………!」
 ああ。やっぱり俺は、弱いままだ。
 絶望と、諦め。トプリと、沈む。

 ――誰も、救えない――。
 ――覚えたのは、殺す術だけ――。
 ――殺す、事だけ――。
 ――こんな自分なんて、いない方が――。

「そうよ……。シリウス……」
 『彼女』が、囁く。優しく。愛しく。残酷に。
「貴方は、死を導く……。大事な人の傍にいては、いけないの……。じゃないと、憎んでしまうわ……。父さん(あの人)の、様に……」
 血塗れの腕が、身体に絡む。抱き締める。
「だから……だからね……」
 首に回された、手の中。
「こちらへ……おいでなさい……」
 光る、刃。
「可愛い、子……」
 悲しい愛を紡ぐ、血塗れ聖母。

 気づいた訳ではない。
 ただ、そうしなければいけなかった。
 そうしなければ、彼が連れて行かれる。
 それは、確かな事で。
 嫌だった。
 絶対に、嫌だった。
 だから、叫ぶ。
 呼び掛ける。
 引かれる、彼の魂を。
 ここに。
 自分の元に。
 縫い止める、その為に。

「お父さんは! 貴方を恨んでなんかない!」
 リチェルカーレの声に、シリウスがハッと顔を上げる。
「だって、言っていたもの! シリウスを、助けてって!」
 そう。あの時、戦いの中で消えゆく彼は。
「笑っていたわ! 貴方が、無事だと分かったら!」
 あの人は、父親だった。どうなっても。どう終わっても。最期の最期まで。『お父さん』、だった。
 だから。だから。
 お母さんも、きっと。いいえ。必ず、同じ。
 自分を傷つける貴方の姿なんて、望む筈がない。
 だから、どうか。
「お願い! 自分を、追い詰めないで!」

 聞こえたリチェの言葉が、意識を戻す。前を、見る。
 母の顔で呪詛を吐く、何か。形だけの、『何か』。彼女の声がぬぐい去った、薄皮。今なら、分かる。
 そう。『コレ』は、自身の破滅を願う、己の具現――。
 顔を歪め、突き放す。
 恨めしそうな、眼差し。そこにもう、母の魂は感じない。
 そして、シリウスは理解する。
 己の、限界を。
 ――大切なモノなんて、いらない。
 そうすれば。
 一人だけなら。
 もう、失くす事もないと。
 ずっと、そう思ってきた。思おうと、してきた。
 だけど。
 無理だ。
 もう、無理だ。
 これ以上は、捨てられない。

 リチェルカーレは気づいていた。
 シリウスが、退かない理由を。
 『彼女』に、縛られているからだけじゃない。
 逃げれば、矛先は向かうのだ。
 彼の背後にある筈の、『捨てられない』モノ達へ。
 血を吐く様な、彼の声。
 震える背中。
 それでも、庇い続ける。
 そう。
 『捨てられない』モノ。
 その中に、確かにリチェ(自分)も。
 満ちる、万感の想い。
 ならば。
 答えよう。
 彼が、これからも。
 優しく、気高い。
 その願いの元に有れる様に。
 ずっと。
 ずっと。
 支える様に。
 抱きしめる。

 翠水晶の剣士が、吼える。
 ……母を、返せ。
 その人の、姿を装うのは許さない。
 蒼く閃く、アステリオス。
 今は信じよう。
 悲しみの闇と。
 憎しみの血溜り。
 切り裂いて、走り抜けた先。
 守った命が。
 確かな未来を、育む事を。
 今は誓おう。
 背に負う、この温もりがある限り。
 もう、決して。
 迷わぬ事を。

 違えずそれが、あの人達も願う事だから。



 9・『黄昏茶会』

 何処かで、鳴いた気配。
 『あら?』と宙を仰いだ彼女が、ニヤリと笑んで呟く。
「また、アダマスが壊れましたのね。なかなかどうして、順調な様で結構な事ですの。ねぇ……」
 お茶を一口、流す視線の先には。
「ヨナ・ミューエさん?」
 そう言って、『最操のコッペリア』は酷く愉快そうに微笑んだ。

「……どういうつもりなのですか?」
 用意された純白のテーブル。席に着いたヨナは、勧められた紅茶には手も付けず、対面に座るコッペリアの形に問いかける。
「どうもこうも……」
 茶請けの焼き菓子をカリカリ頬張って、優雅に紅茶を一口。
「折角の機会ですから、親睦でも深めようと思っただけですの」
 微笑む顔は、まるであどけない女児そのもの。もっとも、態度は相応にふてぶてしいが。
「大体の見当は、ついている」
 ヨナの横の席で紅茶を飲んでいたベルトルドが、言う。
「ここは、エリニュスの箱庭。落ちたのは、『心臓』。霧は、『蜃』と同質。なら、ここにいる『お前』は、さしずめそれらが具現した『何か』だろう? 『本物』が、ここにいる道理もないしな」
「あらあら。粗野な印象でしたが、なかなか聡明ですの。認識を改めますの。ベルトルド氏」
 笑顔で返されたベルトルド。『そりゃ、結構』と、また紅茶を一口。
「ベルトルドさん、何が入ってるかも分からないのに。そんなカプカプと……」
「別に、変なモノは入ってませんの」
「……こんなモノを使っておいて、説得力があるとでも?」
 憮然とした顔でテーブルに置くのは、例の短剣。
「ああ、ここは女神(アレ)のルール内ですから。弱みを見せると、勝手に飛んできますの。お気を付けになって。効果てきめんでしたものねぇ。ヨナさん」
 シレっと言う。
「相方も、大変そうでしたの。『気をしっかり持て』って。こちらを牽制しながら」
「貴女……」
「よせ、ヨナ。時間の無駄だ」
 止めて、コッペリアを見る。
「話を進めろ。お前は、何だ? その形をとって、何をしたい?」
「何も何も……」
 哂う瞳は、ヨナを見る。
「以前、お話の約束しましたもの。ねぇ……」
 コトリと置く、カップ。
「ヨナさん」
 見つめる瞳は、深淵。

 人類に仇なす為に生みだされた、創造神の意思の代弁者。ベリアル。
 彼女は、中でも特に嗜虐的な個体。
 心許せる相手では、ない。
 姿を認識した瞬間、構えた。今まで、そうしてきたように。
 けれど、そんな素振りも見せず。彼女は、言った。
「この間は、死道の兄弟がお世話になりましたの。お陰で、満足だったでしょう」
 感謝の意に、満ちた声で。

「何を、話す事があると?」
 問う声音には、わざと棘。
「人の敵である、ベリアル(貴女)と」
 ソレは、人の魂を奪い、己が糧とする。
 脅威、そのもの。
 あらゆる犠牲を払い、人は対抗する術を模索してきた。
 私も……。両親だって、例外ではなかった。

「根本的な誤解が、拭えませんのねぇ」
 呆れた様に、彼女は言う。
「わたくし達は、別に害虫じゃありませんの」
「何を……」
「わたくし達は、『抗体』ですの。世界と言う生体を蝕む毒を駆逐する、白血球」
「……人が、毒だと?」
「分かってるでしょうに。『探求者』」
 笑む。
「見たでしょう? 知ったでしょう? 昔の事。今の事。何でしたら、先の事まで。教えますの?」
 予感が、告げる。聞くな、と。
「ほらね」
 また、哂う。
「認めなさいな。毒は、『そちら』の方」
 到底、理解出来ない。したくない。都合のいい、理論。
 でも、理解する必要はない。相手は、ベリアル。
 倒すべき、人類の敵。
 間違いは、ない。
「そう。わたくし達は、人の敵。でも、世界の敵はそちら側」
 やめて。
「認めれば。悔い改めれば。道は、あるかも」
 交渉の余地は、ありません。
「主は、全てを等しく愛している」
 やめて。
「人もまた、同じ。貴女達が『人の道』を捨て、『別の道』を選ぶなら。主は必ず、導いてくださる」
 貴女が。
「それは、わたくし達にとっても喜び」
 何を喜び。
「容易い事。そして、気づいている事。賢しい、貴女達は。今の人の在り方が、過ちであると」
 慈しみ。
「悲しみしか、創れない事を」
 悲しむのか。
「分かって、いるのでしょう? だからこそ」
 聞かせないで。
「『わたくし』が、顕界したのだから」
「そんな事は、知りたくない!」
 叫びと共に、テーブルを叩く。
 転がるカップ。
 ベルトルドは押し黙り、彼女は愉悦の笑みを浮かべる。
「……では、貴女は……」
 揺れる呼吸を飲み込み、問いかける。
「貴女のその思考すら、神に植え付けられた疑似的な人格の可能性と考えた事は?」
 その、自信に。
「この世界を、失敗と呼ぶ神の何を信じられますか?」
 その、拠り所に。
「それでも、神の僕と言うだけの存在なら」
 その誇りに、せめても傷を。
「それ以外の感情は、全て不要でしょう……?」
「それは、貴女も同じ事」
 ――叶わない。
「貴女の思考は、人の思想に植えられたモノ。それに委ね、主の理想を失策と呼ぶのは、貴女。ならば、貴女もまた『人』と言う概念の僕。感情は、借り物。無意味」
「…………!」
 押し黙るヨナを、愛しく見つめる。
「貴女は……何者なの……?」
 絞り出した、問い。声音は、悍ましい程に憎々しい。
 でも、それすらも。
「わたくしは、ベリアル。空っぽの、糸繰り人形。そして……」
 対する声音は、酷く優しく。
「人(貴女)の、写し身」
 力が、抜ける。落ちる様に、椅子に座す。
「危ないですの」
 声。風切り。ヨナの頭目掛けて落ちてきた短剣を、ベルトルドの拳が弾く。
「……俺達の身に起こった全てを知った上で、そこを突いてくる」
 静かな声。激情は、ない。
「本当に、意地が悪い……」
 鼻にしわ寄せ、笑う。
「だが、ここで燻っていては見せる顔がない奴らがいる……」
 想起するのは、道に浮かぶ者達の声。
「神を憎む理由など、幾らでもある」
 そう。それがどんなに愚かでも。
「奴らの矜持に、命を賭して付き合うのも随分な話だ」
 進むしかない、道だから。
「憎しみや怒りで以て、打ち滅ぼすべきは神ではない」
 己を己と、知る限り。
「己、自身だ」
 『人』として、ある限り。
「結構、ですの」
 笑って、右手を胸に添える。
 握り潰す、『心臓』。
「なら、存分に喰らい逢いましょう。空っぽの、矜持をかけて」
 崩れゆく、存在の中。『彼女』は、届ける。
「お茶会は、楽しかったですの」
 呆然と見つめる、ヨナに向かって。親しげに。
「機会があれば、また」

 散ると共に、霧が引く。
 遠くで鳴る鐘。
 その中の出来事が。
 夢か。現か。
 知る術は、もう何処にも。
 ない。 



神々の扉
(執筆:土斑猫 GM)



*** 活躍者 ***


該当者なし




作戦掲示板

[1] エノク・アゼル 2020/06/26-00:00

ここは、本指令の作戦会議などを行う場だ。
まずは、参加する仲間へ挨拶し、コミュニケーションを取るのが良いだろう。