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冬が、来る。
森に残った紅葉が葉を落とし、肥沃な森の黒土の上で薄く霜をつけていた。
サクサクと重なる足音がビスケットに似た音をたてる。
まもなくこの土地は柔らかな新雪で覆われるのだろう。
ノルウェンディ、トゥーネ地区。
大自然溢れるその地域にサルーグと呼ばれる村がある。
人口千五百人ほどの小さな村だが、帯状のオーロラや良質なチェス駒を生産する村として意外と知名度は高い。
そしてサルーグ村と言えば不思議な森の伝承が謳われている。
季節に反し、森の中で苺やベリーが実るのだ。
彼らはそれを冬苺と呼ぶ。妖精の悪戯と言う者も居れば、冬の神に思いを寄せる春の女神の贈り物だとい言う者もいた。
不思議な森の一部は冬が近づくと開放され、誰もが自由にベリーを摘むことができた。
森を抜け村の中心地へ近づけば、黒々とした針葉樹と丸太の小屋が並び、苔の生えた屋根からは竈の煙が立ち上っている。
広場の中心では冬祭りの準備が行われていた。
松の実が練り込まれた固いクッキーに、藤で編まれたカゴに盛られた巨大なキノコ。
真紅の毛糸で編まれた竜のタペストリーに、真っ赤な林檎のタルト。
屋台のテントが張られ、村中にオーナメントが飾りつけられている。
すでに多くの観光客が訪れているのか、村とは思えない賑やかさだ。
鬼ごっこをする子供たちの集団をやりすごし、浄化師達は村長の家へ向かった。
彼らは祭りの準備を手伝えという指令を受けている。
同時に祭りを楽しんで来いとも。
村長から提示された仕事を見て、彼ら額をつきあわせて考えた。
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教団本部、室長室。
山のように重ねられた書類とインクの匂いに混じって、紅茶とコーヒーの香りが残る。
そんな部屋で、マリエル・ヴェルザンディの未来が話し合われていた。
「つまり、黒炎魔喰器を量産化するにはカルタフィリスが必要だと、メフィストは言ったんだな」
室長であるヨセフが問い掛ける。
それに応えるのは大元帥クロート。
「ああ。正確には、有能な魔道具作りの能力を持ったカルタフィリスが必要らしい」
「なるほど。つまり、マリエル・ヴェルザンディ、お前は我々にとって必要な人物ということになる」
どこか言い含めるように、ヨセフはマリエルに言った。
これにマリエルは静かに返す。
「迂遠な物言いね。私に何をさせたいの?」
「それは二の次だ」
マリエルの警戒を解くようにヨセフは続ける。
「俺達の目的の第一は、お前を受け入れ護ることだ」
「……ありがとう、って言えばいいのかしら? その見返りが、貴方達への協力ということ?」
「それはお前を保護するための建前だ」
ヨセフは苦笑しながら言った。
「カルタフィリスであり、元終焉の夜明け団であるお前を保護するためには、それなりの名目が要るんでな。名目がなければ、余計な所から入る横槍を躱すことが出来ん。こちらとしては、お前が我々の戦力強化に利することがなくとも保護するつもりだが、何事も建前は必要なんでな」
「……ずいぶんと、人の良い話ね」
「いいや、それは違う」
マリエルの言葉を否定し、ヨセフは続ける。
「俺がお前を保護するのは、お前を助けようとした浄化師達が居るからだ。彼らの、そして彼女達の思いを尊重するのが俺の仕事だからな」
「……そう」
マリエルはヨセフの言葉に、大事な2人のことを、そして助けてくれた浄化師達のことを想い、小さく呟く。
それはどこか、自分を責めているような自罰的な匂いがあった。
そんな彼女に、同室している、魔女のセパルが呼び掛ける。
「罪悪感を感じちゃダメだよ。キミを助けたくて、みんな頑張ったんだから」
視線を向けてくるマリエルに、セパルは続ける。
「助けて貰って、嬉しかったら、ありがとうって言えば良いんだよ。それでも足りないって言うのなら、何かをしてあげれば良いんだ。助けてくれたみんなに報いたいって気持ちは、間違ってないんだから」
「……私は」
セパルの言葉に、マリエルは迷うように呟く。
それは自分のような存在が、他人に何かを報いても良いのかという後ろめたさを感じさせる。
他人からの好意をほとんど受けずに生きて来た彼女は、誰かに好意を向けることに不器用だった。
そんな彼女に、セパルは続けて言った。
「急がなくても良いよ。少しずつ、前に進めば良いんだから」
「……でも、私は――」
マリエルは、その先の言葉を飲み込む。
カルタフィリスであるマリエルは、今までの人生で、すでに自前の魔力は残り少ない。
エリクサーによる供給がない今、長くて数年の命だろう。しかし――
「大丈夫!」
セパルは言い切った。
「キミは死なないよ。そのためにも、アイツをとっ捕まえないとね」
「……ずいぶんと他人行儀な物言いだな」
セパルの言葉にヨセフが返す。
「お前の父親なんだろう。メフィストは」
「そうだね。ここ100年近く会ってないしボクに後始末を押し付けて逃げるようなヤツだけどさ」
笑顔でセパルは言う。
目は全然笑っていなかったが。
「……なにをしたんだ、一体」
胡乱に尋ねるヨセフに、セパルに同行しているウボーとセレナが応えた。
「とりあえず一番最近で分かってる所だと、うちの家の食客をしてた時に、思いっきり金目の物を持ち逃げされました」
「美術品を50数点と貴金属類を20キロ。あとは魔結晶を倉庫ひとつ分と現金を2億ほど」
「その後、後始末は任せまーす、なんて手紙が送られてきてね。ふ、ふふ、ふふふふ……」
その時のことを思い出してるのか、殺気の篭もった笑顔を浮かべるセパル。
ヨセフはセパルの様子に、軽くため息をつくと言った。
「報告書を読んだが、イイ性格をしているようだな。それだけに、すんなりと協力するかが問題だが」
「それは大丈夫。なんだかんだで人が好きなヤツだから、ちゃんと理由を言えば協力すると思う。何か見返りを求めるかもだけど、その時はこっちが対処するから」
「ふむ、それならば、あとはメフィストを探すだけだが」
「今、教団の中に居るんだよね?」
「その筈だが……姿が見えんな」
「あ~、それ多分、犬に化けたりして隠れてるんだと思う」
「……そうか。なら、探さねばならんな」
などということがあった次の日。
「はははっ! 捕まえてみて下さーい!」
教団本部内をメフィストは逃げ回っていました。
アホみたいに逃げ足が速いです。
「無駄無駄無駄でーす! アナタ達が1歩進む間に、私は3歩進んで2歩下がってるのでーす!」
2度手間じゃねぇか。
そんな突っ込みを誰かが入れつつ、メフィストを追っかけます。
目的は、マリエル・ヴェルザンディを助けるための方法を聞く事と、彼女が関わるらしい黒炎魔喰器について聞き出すこと。
ついでに、何か持っていそうなのでカツアゲしようと、セパルは言っています。
さて、この状況、アナタ達はどう動きますか?
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冬を間近にひかえた晩秋、海より魔が来たるという。
伝承の話だ。
潮魔――ちょうま――と呼ばれている。熔けた黄金と血を混ぜたような色の夕暮れどき、潮騒がふと鎮まった瞬間にそれは来る。
いづくより来たりしか、陸(くが)に向けゆっくりと魔が歩んでくるのだ。ひとつふたつではすまない。何十体いるのか、まるで海の亡霊のようにくろぐろと。
姿形は、様々。大きいもので人間大、小さなものなら腰あたりまで。藁のように痩せた人型のものあり、岩に手足が生えたようなものあり。共通しているのはいずれも、蟹のような外骨格に覆われているということ、甲殻類のなりそこないのような頭部から、二本の目を飛び出させているということ。
あくまで伝承の話だ。眠れぬ夜の百物語、そのひとつとされている。
しかしときとして伝承は真実である。
口伝がまことになるのか、まことが口伝になったものか。
数日前のことだ。早くも雪ちらつく北方の海岸に、潮魔の群れが目撃された。
群れは陸を目指すも陸には上がってこない。波打ち際までたどり着くと闇に紛れ、朝になる頃には嘘のように消え失せているという。
種明かしをすればなんのことはない、なんの戯れか海の八百万の神が、海岸に低スケールべリアルを大量に打ち上げているにすぎない。陸まで上がってこないのは、ベリアルなりの理由でもあるのか。
上陸せぬ以上人的被害はないだろう。一番近い集落でも海からは遠い。捨て置いても現状、さしたる被害はないかもしれない。
しかし万が一、がないとは言い切れぬ。それこそ潮目が変わったとでもいうかのように。
危険の兆候が危険そのものへと化す前にこれを殲滅すること、これが本件の指名となる。
静かな海に奏でられるは、外骨格の擦れ合う音だ。
音楽としては、いささか寂滅にすぎよう。
刃の音魔術の炎、あるいは硬いものが砕ける響き、これをもって協奏曲を奏でるも一興ではないか。
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樹氷群ノルウェンディ。
木々が生い茂る広大な森林と氷が国土の殆どを占める国だ。
この国では冬に差し掛かった今の時期、とある祭りに関わる宴の準備で大わらわになる。
それが冬至宴卓祭、ユール・ボード。他の地域では、ユールと略されて呼ばれるのが一般的だ。
森に居る雪猪や雪アライグマ、他にもトナカイなどの動物を狩り獲り、保存食を作る。
その時に、森の植物で作った飾りで彩られた饗宴をするのだ。
この祭りには、ひとつの謂れがある。
それはノルウェンディの古語でユールレイエンと呼ばれ、他の地域ではワイルドハントと呼ばれる、疾風の軍神に率いられた軍勢に料理を振る舞ったという逸話だ。
ワイルドハントは、オーディンと呼ばれる八百万の神に率いられた軍勢のことで、教団が隆盛する以前の冬の時期に走り回っていたという。
オーディンは冬の時期に、悪霊を狩り獲るために配下の軍勢を率いて疾走していたらしい。
それを労うためにノルウェンディの民が宴卓を設け、さまざまな料理を捧げたのが祭りの始まりだ。
教団が隆盛する前は、実際にオーディンや配下の軍勢が訪れたらしいのだが、今では形だけが残っている。
このお祭りが他の地域にも広がり、アークソサエティなどではクリスマスと合わさって楽しまれていた。
ノルウェンディでは、観光大国ということもあり、観光客誘致のお祭りとして大々的にイベントが行われている場所もある。
けれど今、ノルウェンディの王であるロロ・ヴァイキングが開こうとしているのは、本来の、軍神を迎え入れるためのお祭りだった。
「それじゃ悪ぃが、べリアル共をしばいちゃってくれや」
森を前にして、ロロがアナタ達浄化師に頼みました。
「毎年、オーディン様に供える料理に使う動物をここで狩っちょるんじゃが、今年はべリアル共が湧いたみたいでのぅ。低スケールのヤツじゃけぇ、儂らでもぶちのめすことはできたんじゃが、イレイスを使えんけぇ、滅ぼすことができんで放置しちょるんじゃ。悪ぃんじゃが、そいつらに止め刺しちゃってくれや」
話を聞くと、お供えの動物を狩り獲るため、普段は人が入ることを禁じている森に低スケールべリアルが出没したとのこと。
ノルウェンディの民はヴァイキングの子孫ということもあり勇猛果敢で、低スケールべリアル程度なら戦闘不能にすることはできるのだが、イレイスが使えないので戦闘不能にしたべリアルを森に放置しているとのこと。
放置している場所は記録しているので、そこに案内するのでイレイスで完全に討伐して欲しいと言われました。
「まだ完全には再生しちょらんじゃろうから、そいつらは始末するんは楽じゃと思ぅわ。じゃけど、他にも出るかもしれんけぇ、気ぃつけて頼むわ」
そこまで言うと、ロロは巨大な斧を手に言いました。
「儂は祭りの飾りに使う木を切りに行くけぇ、手ぇ空いちょるんが居るんなら、ついて来てくれぇや」
そして用意されていた大きなテーブルを指さして言いました。
「全部終わったら、祭りのご馳走振る舞っちゃるけぇ、食べて行ってくれや」
視線を向けると、ロロが連れて来た大勢の料理人やメイドに執事が、宴の準備をしていました。
この状況で、アナタ達に求められるのは、次の通りです。
ひとつ目は、森の中にいる、再生途中の低スケールべリアルの討伐。
ふたつ目は、祭りに使う木を切りに行くロロの護衛。
みっつ目は、祭りの料理や飾り付けの手伝いです。
全てが終われば、祭りに参加して、食べて飲んで貰いたいとの事でした。
この指令にアナタ達は、どう動きますか?
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彼女達は、愛されるために作られた。
ホムンクルス。
死者蘇生法である『アナスタシス』。
それにより生み出された8人の彼女達は、作り手である『彼』に吐き捨てるように言われた。
「贋者が」
愛する人を蘇らせる。
そのためだけに『彼』はホムンクルスを作り、そして尽く失敗した。
器となる肉体は完璧だった。
生前の記憶の全てを組み込まれた肉体は、召喚する『彼女』の魂を取り込み、何一つ欠けることなく復活を可能にする筈だった。
しかし、全てを失敗した。
8回も繰り返したというのに、用意した肉体に召喚されたのは『彼女』の魂ではない別人。
「神め」
失敗の度に『彼』は、この世界の創造主にして法則の定め手たる神を呪った。
だがどれほど呪おうと『彼』の愛する『彼女』が蘇ることは無く、8人目のホムンクルスを作った所で、この方法は諦めた。
そして8人のホムンクルス達は残された。
生前の記憶の全ては、召喚先の肉体に組み込まれた記憶の上書きで消え失せ。
自分達の作り手である『彼』への愛を、理由もなく抱きながら。
それは肉体に強制された愛であった。
けれどそれでも、愛だった。
愛されたい。愛したい。
ホムンクルス達の望みは、それだけ。
なのに叶えられることは無い。
どれほど求めようと『彼』にとってホムンクルス達は偽者でしかなかったからだ。
愛されたいのに愛されず、それでも求め続け叶うことのない長い年月は、ホムンクルス達を壊していった。
決して愛されることは無いと知りながら、愛されようともがき続け、少しずつ少しずつ狂っていく。
ある者は愛されるために献身に身を捧げ、全ての生き物を『彼』の供物にしようと決めた。
ある者は愛さない『彼』の傲慢を正しいと思い、全ての生き物に傲慢な愛をもたらそうと決めた。
ある者は愛してくれない『彼』に憤怒を抱き、その怒りの全てを他者にぶつけようと決めた。
ある者は愛する『彼』に自分のことだけを見て貰おうと、その練習として、自分に関わる記憶以外の全てを他人から奪おうと決めた。
ある者は愛する『彼』を自分だけの者にするため、その練習として、誰かの身体を壊しつくし死ぬまで介護しようと決めた。
ある者は愛する『彼』の肉体を求め、その練習として、誰かの心臓を奪い続けようと決めた。
ある者は愛する『彼』の全てを望み、その練習として、誰かを食べ尽くそうと決めた。
そして色欲たる彼女、アスモデウスは、愛する『彼』のことをいつも考えていた。
彼のことを理解すればきっと、愛して貰う方法が分かるに違いない。
だから彼女は、『彼』の全てを真似、『彼』のようになり、『彼』のことを知ろうとした。
けれど無理だった。
どれだけ真似ようとしても、彼女と『彼』の間には埋めようのない差があった。
あまりにも『彼』は高みにあり、真似しきることはできなかった。
だからアスモデウスは思った。
いきなり『彼』に成ろうとしたのが間違いだった。
まずは『彼』以外の誰かになることから始めようと。
より多くの誰かに成る経験をすれば、いつかきっと『彼』になることもできる筈だ。
妄想が心を侵す。
そしてアスモデウスは、誰かに成り変わることを始めた。
好意を覚え、愛するようになった誰か。
彼らに尽くし、彼らの全てを真似、最後は彼らそのものに成り変わる。
それを成し遂げた彼女は思う。
かわいそうだと。
だって、全てを真似たなら、それは自分が愛する人になったということ。
それは『本物』になったということだ。
だとしたら、自分に成り変わられた人達は偽者になってしまう。
だって『本物』に自分は成ったのだから。
それは、とてもとてもかわいそう。
だから、殺した。1人の例外もなく。
愛した人を偽者にしたくなくて、殺してあげた。
でも愛していたからこそ、身体は残してあげた。
愛した人に抱いた愛を、形に残しておきたくて。
自分が狂っていると気付けぬまま。
そしてアスモデウスは誰かを愛し続けた。
愛し、尽くし、全てを知り、成り変わり、そして殺す。
幾度となく繰り返す。
それが罪だと理解できぬまま、何度も何度も何度も何度も……――数え切れぬほど繰り返し、いま断罪を告げる者が、彼女の前に現れた。
◆ ◆ ◆
「兄上の仇、今ここで果たす!」
サンディスタム、ファラオの間。
浄化師と共に現れたメンカウラーは、玉座に座る『カフラー』たる彼女に宣言する。
だが、その応えは穏やかな物だった。
「見事だ、弟よ」
感嘆するように手を叩き、続けて言った。
「この場を守る筈の神官共が逃げた所を見ると、我に気付かれることなく根回しを終わらせていたのだろう? お前を殺すように命じ、そこから生き延びた後の僅かな時間で、そこまで出来るとは。よく、そこまで成長した」
「……なにを、言っている……」
おぞましさにメンカウラーは、一歩退きそうになる。
なぜなら、今『カフラー』の振りをしている相手が、本物であるように思えたからだ。
兄であり、ファラオであるカフラーであれば、きっとこう言うに違いない。
弟であるメンカウラーがそう思ってしまうほど、目の前の相手は『本物』だった。
だが、だからこそ、メンカウラーは退くことはできない。
兄に成り変わり、兄の全てを奪った相手。
その憎き仇敵を許すわけにはいかない。
「貴様の戯言に耳を貸す気はない」
浄化師達の助けを借り、メンカウラーは宣戦布告する。
「貴様の犯した罪、この場で裁く。抗うなら幾らでもするが良い。偽者め」
「……偽者?」
瞬間、殺意が溢れる。
色欲のホムンクルスにして『恋喰い』のアスモデウスは、その本性を現した。
「……馬鹿な子」
粘土をこねるように『カフラー』の姿が歪む。
ほんの数瞬で歪んだ肉体は整えられ、美しい、けれど酷薄な女性の姿となった。
「余計なことを言わなければ、生かしてあげたのに」
玉座から立ち上がり、一瞬で4つの口寄せ魔方陣を発動。
4体のキメラを召喚し、少しずつ近づいてくる。
「殺すわ。もちろん、邪魔な浄化師も一緒に」
冷たく言うと、アスモデウスは近付いてきます。
この状況に立ち会っているのがアナタ達です。
アナタ達は、ファラオに成り変わっているホムンクルスと戦うメンカウラーに協力する指令を受け、今ここに居ます。
メンカウラーが戦いの場に来ているのは、兄の仇を打つことで、自分が正式なファラオの後継であると内外に知らしめるためです。
ですので、ただメンカウラーを守るだけではいけません。
メンカウラーと協力して、アスモデウスを打ち倒しましょう。
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廃墟の街に訪れたマリエル・ヴェルザンディは、彼女を呼んだ人形遣いに言った。
「他の信者はどうしたの?」
エリクサーを作るための協力要請。
それに応え現場に訪れたというのに、そこには人形遣い一人しかいなかった。
(気を付けて)
マリエルの内にある、もう一つの魂、マリーが注意を促す。
(大丈夫よ、マリー。分かってる)
警戒し、一定の距離を空けるマリエルに、人形遣いは楽しげに言った。
「誰も居ませんよ。ここに居るのは、私と貴女だけです」
無言でマリエルは、漆黒の鎌を口寄せ魔方陣で呼び寄せる。
「おやおや、恐ろしい」
人形遣いは、亀裂のような壊れた笑みを浮かべ言った。
「そんな物騒な物を出さなくても良いじゃないですか。私達は、同志なのですから」
「貴方が言うと、薄ら寒いわ。それより、仲間が居るなら、早く呼びなさい。まとめて相手をしてあげる」
「いやですねぇ」
ころころと笑いながら、人形遣いは応えた。
「誰も居ないと言ったじゃないですか。だって、ここに来るべき信者の全ては、私がエリクサーにしましたから」
「……なにを言ってるの?」
「そのままの意味ですよ」
にちゃりと笑みを広げる人形遣いに、マリエルは漆黒の鎌だけでなく、シャドウバインドも展開する。
人形遣いが何か動きを見せれば、即座に反応できる対応を取るマリエルに、人形遣いは言った。
「貴女をエリクサーにしたいので、100人ほど信者にはエリクサーの生贄になって貰いました」
「……だから、なにを言ってるの、貴方は」
怖気の走る悪寒が、マリエルの背中に走る。
それは人形遣いの言葉が、真実だと解っていたから。
本当に目の前の男は、自分の部下である100人をエリクサーにしておきながら、なんの後ろめたさも罪の意識も感じていない。
言葉を交わすだけで、それが分かるほど、目の前の人形遣いは外道だった。
「仕方なかったんですよ。貴女をエリクサーにする許可を貰うためには」
人形遣いは動く気配は見せず、笑顔を浮かべたまま言った。
「貴女が役に立たないことは、2度の失敗で証明したんですがね。それだけでは上に、アナスタシス様に納得いただけなかったので、止む無く、許可をいただけるよう、エリクサーを献上したんです」
「馬鹿な、ことを……」
おぞましげにマリエルは返す。
「仲間でしょう。それを、そんな――」
「ただの材料ですよ」
平然と人形遣いは返す。そして続けた。
「ああ、そう言えば。知らなかったんですねぇ、貴女は。終焉の夜明け団の存在理由を」
「それは、アレイスター・エリファスを復活させる――」
「違いますよ。だって、あの御方は、まだ生きてますから」
「……は?」
突然の真実に戸惑うマリエルに、人形遣いは続ける。
「神を引き摺り降ろし、神に成り変わる。そのための国土魔方陣を発動するための燃料。
それにエリクサーを使うのですが、問題がありましてね。
凡人では質も量も賄えない。
より完成品に近いエリクサーを作るためには、多くの魔術師が必要でした。
だからこそ、集まって貰う必要があったのですよ。魔術師達に」
それは生贄を集めるための生簀。
終焉の夜明け団とは、まさにそれだと、人形遣いは言った。
「ふざけてるの……」
「効率的と言って下さい。耳に聞こえの良い理念や、適当に欲望を満たす餌をぶら下げるだけで、向こうから集まってくれるのですから。
それに、エリクサーにするまでは、必要な作業を彼らにさせることもできる。
労働もさせることの出来る家畜というのは、実に効率が良いでしょう?」
そこまで言うと、人形遣いは一歩、マリエルに近付こうとする。
その瞬間マリエルは、無数の口寄せ魔方陣から短剣を射出した。
人形遣いの身体に容赦なく何本も突き刺し、動きを封じる。
「身体をバラバラにしてあげる」
大鎌で切り裂くべく、一気に距離を詰める。
(こいつの身体が本体じゃないのは分かってる。でも、身体をバラバラにすれば、もう動くことはできない)
マリエルの見立てでは、いま目の前に居る人形遣いの身体は、死体だ。
脳内に展開させた特殊な口寄せ魔方陣で、遠隔地から死体を操る魔術の糸を展開させている。
自分は決して傷つかない安全な場所から、人の命を奪う。
それが人形遣いだ。
(いつか見つけ出して殺してやる)
決意と共に、刃を振り降ろすべく近付く。
あと一歩。その距離で、人形遣いは口寄せ魔方陣を展開。
(新しい人形を出すつもり?)
このままでは、人形遣いが召喚する方が速い。
だが、マリエルは止まらない。
どんな死体を出して来るのかは分からないが、それで攻撃して来るなら好きにすれば良い。
カルタフィリスは、魔力がある限りは不死身に近い。
傷を受ける覚悟で間合いを詰め、口寄せ魔方陣から一体の特殊なゾンビが現れるのを無視する。
そして刃を振り上げ、現れたゾンビを目にした瞬間、マリエルの血の気は退いた。
「お父、さま――」
それは自分が殺した父親、ヴォイド・ヴェルザンディだった。
マリエルの動きが止まる。
その瞬間を逃さず、現れたゾンビは雷撃魔術をマリエルに叩きつける。
悲鳴を上げ動きが止まるマリエルに、人形遣いが追撃で拘束の魔術を掛け、動けなくなったところで、エリクサー生成の魔方陣を展開した。
その瞬間、マリエルに激痛が走り、絶叫が響く。
そこから3時間。
未だマリエルは、エリクサー生成魔方陣に囚われていた。
苦痛の声が、途切れ途切れに零れる。
マリエルは肉と魂を、切り刻まれながら磨り潰されるような苦痛を味わい続けている。
「好い声です」
愉しげに目を細めながら、苦痛にあえぐマリエルの姿を人形遣いは堪能する。
なぜなら、それこそが人形遣いの目的。
より長く、より強く、誰かが苦しむさまが見たい。
マリエルをエリクサーにする理由は、それだ。
カルタフィリスなら、より愉しめる。
そのためだけに、彼女を殺そうとしていた。
興奮したようにマリエルの苦痛を愉しんでいた人形遣いは、突然舌打ちをする。
「どういうことです。何故邪魔が入る」
それは廃墟の街に張り巡らせた警戒の魔術に誰かが引っ掛かったことを意味していた。
誰かが、この場に近付こうとしている。
それはもちろん、アナタ達です。
少し前にあった指令、スケール5べリアルが大暴れをした指令で捕えた多くの終焉の夜明け団。
生きて捕えることが出来た彼らの数名から、人形遣いが拠点としている廃墟の街を聞き出し。
その調査指令に参加したアナタ達は、街に張り巡らされた警戒の魔術に気付き、何かがあるのではと進んでいます。
このまま進めば数分もしない内に、人形遣いの居る街の広場に辿り着くことが出来るでしょう。
その頃には、人形遣いは迎撃のため、何体かの特殊なゾンビを用意して待ち構えている筈です。
そこには、エリクサー生成魔方陣に囚われたマリエルの姿も。
この状況、アナタ達は、どう動きますか?
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静かな場所だった。何処か山間の、大きく切り込んだ谷。深い深いその中は、生き物の気配はおろか、風の通る音すらしない。まるで、何かの眠りを妨げぬ様に、万物が息を潜めているかの様な場所。昏い昏い、奈落の如き深淵。それを、遥か高みの空から見下ろす者がいた。漆黒の洋装を纏った姿は酷く小柄で、一見すると女児の様にも見える。けれど、その愛らしい顔に浮かぶ表情はゾッとするほどに美しく、そして恐ろしい。大きな深紅の瞳を陽炎の様に揺らしながら、彼女は谷の奥底を見つめていた。
「……感じますの」
薄い花弁の様な口が動き、言の葉を紡ぐ。
「憎悪。悲しみ。そして、憤怒……。魂をささげ、魂縛の鎖につながれてなお、癒えないその痛み……」
歌う様に流れる声は、酷く冷淡で、優しい。
「その身体はすでにあなたのものでなく、想いもそれを縛れはしない。けれど……」
ニヤリと笑む。その麗美と無垢の底にある、途方もない悪意を具現する様に。
「真理は揺るぎはしない。対価は、必ず……」
そして、谷底に差し伸べる様に両手を伸ばす。
「故に、今しばしは籠の褥にて苦き微睡みを。時はもうすぐ。鍵は、すぐそこ。目覚めし果てには……」
心地良き歌声は、どこまでも悍ましく。
「堪えなき血の慈雨にて、存分にその御霊を潤してさしあげますの」
ベリアル三強が一柱。『最操のコッペリア』。彼女の声に応える様に、昏い谷の底。何かが微かに息を吹いた。
冷たい、冷気漂う森。生い茂る針葉樹の中を、幾つかの人影が走る。一人は、朱い髪を頭の後ろで縛った少女。走り続ける彼女を追うのは、二人の男女。皆、その服装から薔薇十字教団の浄化師である事が知れた。
逃げる少女に向かって、男性の浄化師が呼びかける。
「止まれ!!」
少女は、止まらない。女性の浄化師も、続けて声を飛ばす。
「止まりなさい!! 『カレナ・メルア』!!」
「止まらなければ、こちらも相応の手段を取らせてもらう!!」
投げかけられる、警告の言葉。けれど、朱髪の少女――カレナは止まらない。まるで、何かを目指す様にひた走る。乱れもしない鼓動の代わりの様に、胸の魔方陣が妖しく輝く。
「駄目か……」
「もう、完全に堕ちてしまったのでは……」
「やむを得ない!!」
男性浄化師が足を止め、所持していたロングライフルを構える。
「やるの!?」
「このままでは、遠からず町に入ってしまう! 犠牲者が出てからでは、手遅れだ!!」
相方の女性浄化師が苦悩を滲ませるが、すぐに頷く。印を結び、飛ばすのは鬼門封印。魔力の枷に囚われたカレナが、動きを止める。
「悪く思うな……」
呟きながら、スコープを覗く男性浄化師。狙いは、カレナの背中。正確に、胸の魔方陣を貫く位置。男性の指が、引き金を引こうとしたその時。
「ぐっ!?」
急に呻き声を上げると、ドウと倒れる男性浄化師。
「な、何!?」
驚いた女性浄化師が駆け寄る。見れば、男性の背には数本のダガーが突き刺さっていた。
「これは……。!!」
殺気を感じた女性が振り返るのと、彼女の胸に二本のダガーが突き刺さるのは同時だった。
「……ごめん……」
倒れ伏した同僚を見下ろしながら、『セルシア・スカーレル』は呟く。
「急所は外したから、死にはしないよ。だから……」
クルリと踵を返すセルシア。白銀の髪が、死神の翼の様にキラキラと輝く。
「もう、追って来ないで……」
視線を向ければ、そこにいた筈の少女の姿はすでにない。
「カレナ……」
そう呟くと、セルシアは消えたパートナーの後を追って駆け出した。
「また、逃げられたか……」
ここは、薔薇十字教団本部地下にある会議室。集まった班長達は、出された報告書を前に
談を交わしていた。
「これで、抜かれたのは三回目……。セルシア・スカーレル。そこまでの手練とは思わなかったが……」
「想う力は強し……と言った所でしょうか」
「感心している場合か! このままでは教団の沽券に関わる! もう生易しい対応はやめて、二人共粛清すべきではないのか!?」
「馬鹿な事を! 報告では、カレナ・メルアはまだ堕ち切ってはいない! ならば、彼女はまだ同胞! 出来うる限りの手段を試すべきだ!!」
「被害が出てからでは、遅いと言っている!!」
「琥珀姫から羅針盤を譲り受けた別働隊が動いています! メフィストにコンタクトがとれれば……!」
「間に合わなかったら、どうする!?」
喧々諤々。まとまる様子を見せない論議。その中で、彼女達の逃走経路から今後の予想方向を辿っていた男性班長の指が止まった。
「待て!!」
唐突に響いた声。全員の視線が、彼に集中する。
「どうしました?」
「これは……この場所は、まずい!!」
「と言うと……?」
「このまま行くと、『慟哭の柩』に行き着いてしまう!!」
「!!」
全員の顔から、一斉に血の気が消える。
しばしの、沈黙。
やがて、議長を務めていた男性が腰を上げた。
「少し、待っていてくれ。上の判断を、仰いでくる……」
そう残して部屋を出て行く彼の背を、皆はただ黙って見つめていた。
「さて。鍵は程なく届きましょうが……」
渓谷を見下ろす場所に降り立ったコッペリア。向こうに広がる樹林を見晴らしながら、一人呟く。
「大概、浄化師の皆様も、こちらの『予定』に勘付く頃合ですの。せっかくの歌劇、無粋な小蝿が飛び回るのは困りものですの」
独りごちるコッペリアの瞳が、紅く輝く。
「警備人くらいは、置くとしますの……」
途端、彼女の前に次々と展開する、八つの魔方陣。口寄せ。紅い光粉を産みの血飛沫の様に散らし、這い出すのは等しく八つの影。
それに愛しげな視線を向けると、コッペリアは優しい声で囁きかける。
「さあ、貴方達。要件は、分かっていますの?」
「ハイ……最躁の御方様……」
「全て、心得テ存じマす……」
「我が存在、須らク貴女様ノ意の為に……」
傅くそれらの頭を愛でる様に撫でさすりながら、コッペリアはもう一度果てを見つめる。
「さあ、早くおいでなさいの……。愛しき鍵。可愛い娘……」
怯え答える様に、冷たい風がビョウと鳴いた。
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これは彼の過去。
すでに亡くなった彼の物語。
彼にとって祖国とは呪いだった。
サンディスタム。
世界有数の魔術国家。
それだけを知れば繁栄を得ているように見え、少しずつ衰退し滅亡へと向かう国。
かつては随一の魔術国家でありながら、教皇国家アークソサエティに、その座を奪われし国。
彼が生まれた時には既に、そういう国だった。
だというのに、彼の周囲は、それを許さなかった。
何故あんな国が。
サンディスタムこそが、世界で唯一の魔術大国であるべきなのに。
どうして、こんなことになっている。
奪われた。
奪われた奪われた奪われた。
アークソサエティに、我らが手に入れるべき全てを奪われた。
妬みと憎悪。曲解と自尊。
ねじくれ歪んだ妄想を口にする大人達。
彼の周囲の大人は、全てがそうだった。
だというのに、彼らは何も行動には移さなかった。
先祖が積み上げた過去の遺産を食い潰し、全てをアークソサエティのせいだと妄言を口にしながら。
ただただ、享楽を貪っていた。
彼に、国の未来を押しつけながら。
だというのに、彼には逃げることは許されなかった。
なぜなら彼は、王であるが故に。
衰退する祖国を、捨てられなかったから。
だからこそ彼は、力を求めた。
祖国にかつての栄華を取り戻させる力を。
そのためなら、何を犠牲にしても良いと、思っていた。
力を得るために、彼はあらゆることを是とした。
たとえそれが、非道なことだとしても。
そうあることが、祖国の未来を繋ぐのだと、信じていた。
覇道を彼は歩む。
それは孤高の道。
彼を恐れ敬う者は居ても、傍に居る者は誰も居ない。
ただ1人を除いては。
「兄上!」
彼の弟は、いつも笑顔を絶やさなかった。
彼に会うたびにいつも笑顔を浮かべ、喜びを表した。
そうなるように、弟は育てられていた。
先王である父が、政治に関わることを疎み、12になったばかりの彼に王の座を譲ったあと。
何人もの側室を娶った中で、唯一生まれた男子。
それは、彼の次に王位継承権を持つ者が生まれたことを意味する。
だからこそ、彼の弟の周囲は、彼に敵意を持たれないよう、常に弟に言い続けたのだ。
彼はこの国の要であり、この国を栄えさせるために、己が身を犠牲にする者。
いつか彼の役に立つために、お前は努力しなければならない、と。
それは保身。
自分達の安穏を得るために、幼い子供に言い聞かせた、虚ろな作り話。
だというのに、弟はそれを信じた。
彼の傍に居たがり、それが許されると、花咲くような笑顔を浮かべ喜んだ。
犬だな、と彼は思っていた。
物事の分からぬ愚か者。
騙されているのにも気づけない愚者。
取るに足らない弟だと思い、彼と共にあることを許した。
自分では気づかぬ、穏やかな笑みを浮かべながら。
それが終わったのは、弟が15になった時。
アークソサエティより、弟の留学を求められ、別れなければならなくなった時だった。
それは言外に人質を寄こせと、言われたに等しい要求だった。
アークソサエティの属国だと、サンディスタムに認めさせるためのもの。
そうだというのに、弟は笑顔のままだった。
彼の前では。
笑顔のままの弟を見詰め、彼は言ってしまいそうになる。
止めよ。望まぬなら、ここに居よ。
けれど口に出せない彼に、弟は言った。
「兄上と祖国のために、必ず生きて戻って参ります」
それは自分の立場を自覚しての言葉だった。
愚かだと思っていた弟は、全てを知った上で、彼の前ではいつも笑顔を浮かべていたのだ。
それに気付けた彼に、弟であるメンカウラーは指輪を渡す。
「お受け取りください、兄上」
それは守りの指輪。
何年も掛け、自らの魔力を注がなければ作れない物だった。
それを渡し、メンカウラーは言った。
「今、私が兄上に残せる物は、それぐらいしかありません。
ですが、アークソサエティから生きて戻った暁には、きっとその指輪よりもお役に立ってみせます」
それは人質としてアークソサエティに訪れることの意味を理解しているからこその言葉。
アークソサエティで死んだとしても、兄であるカフラーに、何かを残したいという意志。
生きている時から渡された形見分けを、カフラーは受け取った。
そしてメンカウラーが傍に居なくなり、カフラーは少しずつ軋んでいった。
カフラーは知る。
自分がどれほど、メンカウラーに救われていたかと。
そして本当の意味で、誰一人傍に居る者が居ない中、カフラーは覇道を歩んでいった。
止める者は無い。
進むしかない彼は進み続け、1人の女と出会う。
出遭ってしまった。
それが、アスモデウス。
従順であり、献身的でさえあった彼女は、カフラーに尽くし続け――
――全てを奪い終らせた。
◆ ◆ ◆
「あと少しで着く」
秘密の通路を進みながら、メンカウラーは同行する浄化師であるアナタ達に言いました。
今アナタ達が進んでいるのは、王族しか知らない抜け道です。
なにかがあった時に、誰にも気づかれずに移動するための秘密の通路。
ここを移動しているのは、メンカウラーが兄であるカフラーに会うためです。
少し前の指令で、カフラーが成り変わられているかもしれないということを知ったメンカウラーは、兄と会うために移動しています。
兄であるカフラーは、1日に1回はここに訪れていることを知っているので、待ち構えるつもりです。
その際の護衛として、メンカウラーは教団本部に助けを求め、アナタ達は指令を受け同行しています。
進み続け、終点となる扉を前にして、メンカウラーは言いました。
「貴方達、そして教団本部には感謝している。これからも、そして今この時も、貴方達の力を借りることになると思う。よろしく頼む」
メンカウラーは、自分を落ち着かせるように言うと、扉を開け中に向かいます。
あとに続く貴方達が見たのは地下神殿。
石造りのそこは、かつてナール川の氾濫を制するための魔術を、とある巨木の八百万の神から与えられた場所。
その魔術を得た後は、王が信仰を集め神となるべく、ファラオと自らを呼ばせることを決めた場所でもある。
地下とは思えないほど広々としたそこは、照明の魔術道具により常に明るい。
だからこそ、最奥のファラオの玉座に座るそれに、皆は気付いた。
それはミイラだった。
気付いたメンカウラーは呆然と近付く。
「嘘だ……」
玉座に座るミイラの前に辿り着き、崩れるように膝をつく。
視線は、右手に嵌めている指輪に。
兄であるカフラーに贈った指輪を、ミイラはつけていた。
「兄上……そんな……なぜ……」
呆然自失なメンカウラー。
そんな彼の元にアナタ達が向かおうとすると、突如口寄せ魔方陣が発動。
現れたのはキメラ達。
殺意を漲らせ、アナタ達と、そしてメンカウラーを殺そうとします。
この危機的な状況。
アナタ達は、どう動きますか?
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夜を迎えたルネサンスの孤島、ローゼズヘブン。
海沿いにそびえる壁のような建物に囲まれた街の至るところから煌々と灯りが溢れている。昨今のハロウィンの熱気は、この街にも届いていた。
世俗派の魔女たちが主導するハロウィンの催し。いつもと違う格好で街を闊歩し、見知った顔が新鮮な反応をする……そんな連鎖反応は若者を中心に順調に広がりを見せているようで。
「去年参加できなかったリベンジ。今年こそはッ!」「一度は着てみたかったんだ。いつも制服で仕事してるから不思議な気分」などと漏れ聞こえる賑わい。
いつだって、いま、特別な夜にしたい。
いつもと違う衣装に身を包んだひとびとがそぞろ歩き回っているのは、そんな想いからだろうか。
海からの外敵を迎え撃つ要塞としての機能をそなえた街だが、芸術にも関心が強く、装飾に凝る店も少なくない。
世俗派の魔女たちが協力したハロウィングッズや限定メニューもそこここで目にする。
カフェバーでは、刻々と色の移り変わるローゼズヘブンの海をイメージしたカクテルが。
レストランでは、ジャック・オー・ランタンのカボチャまるごとを器にして、カボチャづくしアソートを。
仮装衣装をまだ迷っているなら、雑貨屋に行けばほとんど揃う。舞台好きの店主が取り揃えた品は魔女のアドバイスのおかげで、ゴシックでアンティークなものが増えた。
ほかにも、シアターや博物館など、独自でハロウィンらしいものを用意できなかった施設・商店も仮装客の訪問は歓迎しているようだ。
「変わった街だな……いや、もしかしてヨソもこんなものなのか?」
そんな街の様子を、空から伺っている青年がひとり。長い前髪で顔の右半分が隠れ、さらにフードを目深にかぶっている。ホウキに乗り空中を浮遊する――魔女である。
「大丈夫。だいじょうぶだ。そう、オレは今日から変わるんだ……!」
決意をあらためたように片手でグッと拳を握る。
(練習したとおりに。自然に、やわらかーく……)
笑顔を何パターンか、ぎこちなく練習しながら、街を目指し降り始めた。
そして、何度も練習してきたセリフを最後に今一度確認する。
「――やあ。ハロウィンのお祭りにようこそ。魔法の『おかしなお菓子』はいかがですか?」
今日だけの夜はまだ始まったばかり。
はるばる訪れる者を、それぞれの形で、歓迎する。
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夕方、教皇国家アークソサエティ、アルバトゥルス駅舎の前。
「ようこそ、我が駅へ! 現在、ハロウィンという事で、『ハロウィン鉄道の旅』の企画を催しております」
「世俗派の蒸気機関車が好きな魔女さんが、蒸気機関車でハロウィンを楽しもうと提案した企画だよ!」
「機関車の運転士や乗務員は、魔女さんが作ったお化け達です。ここを始発と終点駅として、アルバトゥルスの区画を一周する進路を夜明けまで繰り返しますので、お好きな時間に乗車して楽しんで下さい。ハロウィンで賑わう街の風景も素敵ですよ……あと、お化け達が驚かせたりする事もありますので、心を強く持って下さい。お化け達は夜明けと共に消えるそうです」
関係者達は、訪れた浄化師達に『ハロウィン鉄道の旅』とやらを説明した。
「駅舎内はハロウィンっぽく装飾していて、美味しいお店とか歌とか踊りとかあって、お祭りという感じで、蒸気機関車に乗るだけじゃなくて、駅舎内の散策だけでも楽しめるようにしてるよ。こっちも夜明けまで賑やかだよ」
「機関車内や駅舎内での仮装はしてもしなくても構いません。する時は魔女さんがお好みの仮装に変身させてくれるそうです」
よく見ると、駅舎内はいつもと違いハロウィン色に染め上げられ、大賑わいだ。
関係者が浄化師達に説明している頃。
「運転、運転」
「お菓子、お菓子、配る、配る」
「ご馳走、作る」
「びっくりさせる、びっくり」
「歌う、踊る、奏でる」
本日企画を行う蒸気機関車では、魔女に生み出された色んなお化け達がせっせと働いていた。見た所、お化け達の知性はあまり高くはない模様。
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