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サンディスタム。
砂漠とオアシス、そして大河たるナイル川の国。
この国は砂漠という特殊性から、定住して住まう民だけでなく、遊牧民も数多い。
彼らは部族ごとに分かれ、時に協力し、あるいは敵対しながら過ごしてきた。
そんな彼らの中に、青衣の民と呼ばれる部族が居る。
鮮やかな青の衣を男衆が好み身につけることから、青衣の民と呼ばれているのだ。
勇猛果敢にして商売を行う彼らは、サンディスタムの各地を巡りネットワークを作っている。
そんな彼らと教団は、接触を図る機会を得た。
切っ掛けは、とある指令で青衣の民と、彼らに縁のある浄化師が接触したことだ。
浚われて死んだと思っていた子供が生き残り、教団で浄化師として生きていたと知り、それを喜んだ青衣の民が好意的に教団との接触を望んだのだ。
話を聞くと、彼らは自分達を襲ってきたヨハネの使徒を返り討ちにし、その残骸を多く手にしているという。
その話を聞いて、躍起になったのは教団資材部。
転移方船の修繕や、魔導蒸気船の製造にヨハネの使徒の残骸を持って行かれ、スッカラカンになった資材をゲットするチャンスと、是が非でも交渉して手に入れて来てくれと、血走った眼で指令を催促されている。
そうとう一杯一杯らしい。
その話を受け、事前に話し合いが行われていた。
「青衣の民は、階層による分業を成し遂げた部族です」
冒険者ギルド『シエスタ』の2階。
秘密の会談にも使われる個室で、ギルドの紹介業者であるクロア・クロニクルが、その場に居る他の3人に説明する。
「最上位は青衣を身につけることを許された貴族層ですが、これは男女で役割が分かれています」
「戦うのは男で、家を守るのは女、みたいな?」
魔女セパルの問い掛けに、クロアは応える。
「大雑把には、そんな感じですねぇ。青衣の民は好戦的ですから、戦いとなれば逃げません。
ですがそれで知識層が死んでしまえば、部族の知恵や伝統が絶えます。
それを避けるために、女性が教養の元となる知識や伝統を受け継ぎ、伝えていく役割を持っているんです。
そのため、女性の方が権力の強い女系社会なんですよ」
「女性が知識層ってことかしら? なら、詩とか音楽とか好きなのかしら?」
死んだふり浄化師のセレナの問い掛けに、クロアは返す。
「ええ。あの部族だと、音楽や詩作は必須ですからね。それが出来ないと、プロポーズも出来ませんから」
「世知辛いな。それで、クロさん。貴族層以外の階層は、平民と奴隷、ということかな?」
死んだふり浄化師のウボーの問い掛けに、クロアは続けて説明する。
「ええ。平民は、貴族や他部族との混血や、奴隷から平民に上がった者ですね」
「奴隷から平民って、そういうのアリな部族なの?」
セパルの問い掛けにクロアは返す。
「アークソサエティの奴隷とは、性質が違いますから。
元々は、青衣の部族が略奪行為で浚ってきた人や戦闘で負けた人が奴隷階層です。
ですが定住で農耕や鍛冶といった役割を任されている内に、必要不可欠な層になりましたから。
今では、戦闘をしない代わりに、諸々の後方支援をする階層になっています。
平民になりたければ戦え、さもなくば仕えろ。というヤツです」
「なるほど。海賊国家から始まったノルウェンディの成り立ちに近いんですね」
身内にノルウェンディの王族が居るウボーは、続けて言った。
「となると、その段階まで進んでいるなら、大分混血が進んでいるでしょう?」
これにクロアは応える。
「ええ。平民層だと、割と奴隷階層との混血が多いですね。
貴族層も、混血すると平民層に移りますが、稀にですが奴隷階層と婚姻する人もいるみたいです。
分業階層性社会を維持するために、貴族層は純血に拘っているみたいですが。
多分あと2、300年ぐらいしたら混ざっちゃうと思いますよ」
「つまり、部族を維持する知識階層の貴族の女性が一番偉くて、その次が貴族の男性。
戦えて部族に貢献できれば平民で、出来ないと奴隷。
でも奴隷といっても、兵役義務が無い代わりに納税が厳しいだけで、特別に虐げられている訳じゃないと」
セレナの言葉に、クロアは頷く。
「アークソサエティに当てはめると、そんな感じですねぇ。
あとは、商人としての性質も強いので、交渉事は厳しいですよ。
場合によっては、値段交渉で戦いになりますから」
「戦い、といっても、色々とあると思いますが、どんな感じですか?」
ウボーの問い掛けにクロアは返す。
「相手を見極めるための戦いってヤツですねぇ。
信頼するためにも、相手の力を推し量るってヤツです。
なにしろ一度認めた相手は、とことん信頼するようになりますから。
砂漠のような過酷な場所で生きるには、それぐらいのことが必要なんだと思いますねぇ」
「それを踏まえて、交渉にあたる必要があるってことだね」
セパルの言葉に頷くクロアだった。
そんな話し合いが終ってから数日後。
ひとつの指令が出されました。
内容は、サンディスタムの青衣の民という部族と交渉し、彼らが所有しているヨハネの使徒の残骸を買い取ることです。
同時に、終焉の夜明け団の暗躍により荒廃しているサンディスタムの復興を助けるために、彼らのネットワークを借りることが出来るようにして欲しいとの事です。
相手はこちらに対して、好意的なようです。その好印象をより強くして貰えるよう、事前に彼らの好む銀細工や紅茶を送っています。
ですが交渉は、かなりタフな物が求められます。
場合によっては、荒事にもなるので、気を付けてとの事です。
この指令、アナタ達は、どう動きますか?
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砂漠とオアシスの国、サンディスタム。
その特殊性から、飛び地の街も数多い。
オアシスの中継点として賑わうカルガの地も例外ではない。
普段は賑わいをみせるこの街は、今は喧騒に包まれていた。
それは終焉の夜明け団からの襲撃に対処するため。
カルガでは、浄化師達の活躍により捕えた終焉の夜明け団を訊問し、この地にエリクサー生成の魔方陣が設置されようとしていることが発覚。
即座に派遣された浄化師達が、現地の魔術師たちと協力して解除に奔走。
あと少しで解除できるという所に、伝令が飛び込んでくると、100人以上の集団が近付いて来るとの報告が。
その風体から、恐らく終焉の夜明け団と思われ、襲撃が見込まれることから、魔方陣の解除を中断し迎撃の準備をしていたのだ。
その準備は、無駄になることは無かった。
街の外周で物見に動いていた魔術師から、総数200人近い終焉の夜明け団と思われる相手が陣形を取っていることが連絡される。
問題はそれだけではなく、物見に出ている魔術師の連絡によると、魔術により高速移動し近付いてくる2人組が居るとの報告も。
終焉の夜明け団と、謎の2人組。
場合によっては、2方面での対処が求められる状況に、浄化師達が中心になって事に当たることに。
こちらの戦力は、街に居る魔術師が20人。
多少の荒事はこなせるものの、200人近い相手と戦った経験のある者は居ません。
そしてアナタ達、浄化師が戦力の全てです。
あとは街の住人が数百人居ますが、非戦闘員です。
絶望的な戦力差ですが、どうにかしなければいけません。
どうするべきか?
迷いながらも、終焉の夜明け団に対処するべく、街の入り口にアナタ達が来た瞬間でした。
終焉の夜明け団の陣の只中で、爆発が起こります。
それは空から放たれた火球が弾けたものでした。
混乱する終焉の夜明け団。
そこに、空から降り立つ1つの人型が。
野性的な青年に見えるそれの胸には、虚無の空洞が。
それはスケール5べリアル。
最強のトールと、仲間のべリアルに呼ばれていた個体でした。
トールは、終焉の夜明け団の只中に降り立つと、楽しそうに笑いながら言いました
「遊んでやる! 俺に喰われたくなけりゃ、死ぬ気で来い!」
そう言うと、次々終焉の夜明け団を素手で引き裂くトール。
終焉の夜明け団を殺しながら、アナタ達にも言いました。
「テメェらも来い! 来ないなら失せろ!」
戦いを楽しんでいるトールは、どうやらアナタ達との戦闘も望んでいるようですが、逃げるなら追う気はないようです。
ただし逃げれば、残された街の住人を、トールは食い殺すつもりです。
逃げられる訳もありません。
街の魔術師20人と一緒に、戦おうとした時でした。
物見の連絡にあった、謎の2人組が到着します。
それは30代初めに見える男と、1人の女性。
大剣を携えた男は、随伴する女性と共に、トールの元に突進。
無数の終焉の夜明け団をすり抜け、男が大剣をトールに叩きつけます。
腕で受け止めるトール。
しかし浅くですが、傷を与えます。
「ははっ! 面白れぇ! 誰だテメェ!」
噛み付くように問い掛けるトールに、男はあえて声を大にして応えます。
「薔薇十字教団大元帥! クロート・アクィナス!」
それは失踪したと言われている、大元帥の名。
べリアル化した恋人を魔喰器に変えて貰ったあと、いずこかに消えた人物。
噂では、べリアル化した恋人を元に戻すため、その術を探しているとも言われている人物です。
彼の名乗りを聞いたトールは、楽しげに笑います。
「いいぞ! ご馳走じゃねぇか! 本気で遊んでやる!」
今までとは比べ物にならない魔力を放出し、無数の雷球を生み出すトール。
一気に解き放ち、高速で撃ち出されたそれを、クロートは全て回避。
それを見てトールは喜びます。
「やるな! でも逃げてばかりじゃ、俺は殺せねぇぞ!」
「そのつもりはない」
クロートは静かに返すと、共にある女性に言いました。
「オーゾン。ジョブレゾナンスだ。いけるな」
それはクロートの恋人である、べリアル化した女性の名前。
人ではなくなった彼女は、クロートに応えます。
「ええ。任せて」
オーゾンは応えると、光の粒子に代わり、クロートの持つ大剣型の魔喰器に同化。
その途端、クロートの戦力が膨れ上がるのが感じられる。
「は、ははっ! なんだそれ! 見たことねぇぞ!」
「当然だ。メフィストが言うには、異世界の技術らしいからな」
奇妙なことを言うと、クロートは息もつかせぬ斬撃を連続で放ち続けます。
大喜びで、迎え撃つトール。
「面白れぇ! もっと楽しませろ!」
近づけば微塵にされるような攻撃を出し合い、クロートとトールは戦いを始めました。
100人を超える終焉の夜明け団。
スケール5べリアル、トール。
失踪した筈の大元帥、クロート・アクィナス。
この三つ巴が戦っている中で、アナタ達はどう動くべきかが、いま求められています。
この状況、アナタ達は、どう動きますか?
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「お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
教団本部の会議室のひとつで、金色の刺繍が施されたローブに身を包む少年が深く一礼した。
見た目の年齢にそぐわない大人びた口調とすっと伸びた背筋が印象的な、小柄なその少年は、指令を見て集まった浄化師の顔を順に見る。
「ぼくはサウィン。こっちはポモナ。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、世俗派の魔女です。まだ見習いの身ではありますが」
「よろしくな!」
緊張してはいるものの、落ち着いた言動のサウィンの隣。彼と同じローブを着崩してまとうポモナが片手を挙げる。
こちらはサウィンと対照的に、子どもらしく屈託のない笑みを満面に浮かべていた。
なにか言いたそうに自分より高い位置にあるポモナの横顔に視線を投じたサウィンは、しかし話を進めることを優先したのか、ローブの内側からなにかをとり出して浄化師たちに見せる。
白く小さな手のひらで光るのは、直径二センチほどの丸い石だった。首から下げられるように、華奢な鎖がつけられている。
「去年の騒動から一年が経過しました。怨讐派は壊滅したとはいえ、世間には魔女をきらう風潮がまだ残っています。もちろん、浄化師さまたちの間にも」
苦いものを食べたようにポモナが顔をゆがめた。その理由を――彼が元は怨讐派の魔女であり、脱走して世俗派に保護されたという過去を知る一部の浄化師たちの目に、労わるような色が浮かぶ。
親友の顔色の変化についてサウィンは指摘も説明もせず、言葉を続けた。
「魔女がしてきたことや伝承を考えれば、無理もありません。ですがぼくたち世俗派はそれの払拭を願っています。……そこで、これです」
「これは魔女の守り石。おれたちはアストロン・アルゴって呼んでる。災いを退け……なんだった?」
「願いを結実させる、魔女の加護がかけられた石です」
一番近くにいた浄化師に、サウィンが鎖つきのアストロン・アルゴを渡す。
濁ったような銀色の石は体温とは異なる熱をほのかに宿していた。よく見れば、石の内部に柊のような植物が刻印されている。
「本当に力があるかは分かりません。ぼくたちにとってもお守りでしかないというか……。実を言えば、最初に習う魔法なんです」
「この石になんでもいいから魔法をかけるんだ。うまくできてたらヒイラギが中に浮かぶ。それで、魔法を使う素質があるかどうかを調べてるんだってさ」
「かけた魔法自体は発動しなくて……。なんというか、魔力をただむやみに流している、というイメージなんです」
困ったような表情で懸命に伝えようとするサウィンに、ポモナは何度か頷いてから、
「でさ、それ面白ぇんだぜ。魔法をかけたときは色がないんだ。でも、最初に誰かが触ると色がつく」
「触れた方によって色は様々です。色がついた時点でアストロン・アルゴは完成します。ですが、自分で持っていても意味がないといわれています」
「魔女の加護はそれを渡されたやつにつくんだ。大切な人に贈ることがゼンテーってこと」
言い終わるより早く、ポモナは懐から首飾りに加工されたアストロン・アルゴをとり出した。林檎のように赤い石を見て、サウィンがはにかむ。
「ポモナが持つアストロン・アルゴは、ぼくが作ったものです。ぼくのはポモナが作ってくれました」
「一緒に作って、交換したんだぜ」
幼い魔女たちは顔を見あわせて笑う。
「今回はアストロン・アルゴを作っていただけないかと思い、お声をかけさせてもらったんです。すみません、指令なんて大げさな形で出して……」
「魔女の文化を知ってもらおうって思ってさ。おれのアイデアなんだぜ!」
交流、というほど大げさなものではない。ただ、秘されてきた魔女の文化をひとつ、体験してみるだけだ。
あの騒動から一年経った、ハロウィンのこの時期に。
「みなさんには原材料である石をとってきていただきます。魔法はぼくたちでかけるので、あとはお好きに加工してください」
「相手に渡すのを忘れんなよ!」
「稀に魔物が出ますが、それほど危険なものはいないはずです。みなさんであれば簡単に突破できると思います。それでは、ええと」
ささやかなものではありますが、と気弱にサウィンは微笑む。
「素敵な贈り物を作ってください」
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サンディスタム王宮、ファラオの間。
サンディスタムの王であるファラオを除けば、ファラオの親族と神官以外は入ることを許されない場所。
そこで王弟メンカウラーは、兄であるファラオ、カフラーに呼び掛けた。
「兄上! なにとぞ、終焉の夜明け団を殲滅するために、御力を御貸しください!」
「ならぬ」
玉座に座りながら、カフラーは鷹揚に返した。
それを聞いたメンカウラーは、思わず言葉を詰まらせる。
だが現状を変えるため、諦めず訴えかけた。
「何故ですか! 奴らが国を害していることは明白です! ならば――」
「もう、よい」
言葉を遮り、カフラーは言った。
「純朴は愚かさの裏返しでしかないぞ、メンカウラーよ。いい加減、気付け」
「兄……上、なにを……」
縋るように声を掛けて来るメンカウラーを、冷めた目で見ながらカフラーは応えた。
「あれらの行為は、我が許している。邪魔をするな、愚かな弟よ」
一瞬、メンカウラーは何を言われたのか、分からなかった。
だが理解と共に、どうしようもない激情が言葉となって溢れて来る。
「何を言ってるのです兄上! 国を、民を、害する奴らを、許すというのですか!」
「そうだ」
平然としたカフラーの言葉に、メンカウラーは言葉を無くす。
その顔には血の気が引き、苦悩を張り付けている。
「本当に愚かだな、弟よ」
呆れたようにため息をつき、カフラーは支配者として言い切った。
「民とは王の所有物だ。それを収穫し使うことは、我の絶対の権利。それにこれは、この国を栄えさせるために必要な代償だ」
「何を言っているのです! 国を支える民を犠牲にして何の繁栄があるというのです!」
「アークソサエティを誅することが出来る」
道理を語るようにカフラーは言った。
「要らぬ民を潰し作ったエリクサーを使い、我らを差しおいて魔術国家を詐称する傲慢なる国に思い知らせる。そのための犠牲だ。何の不思議がある」
それは自分の手足を食い潰し、誰かを呪う言葉に他ならない。
けれどカフラーの表情には、後ろめたさも狂気もなく、ただただ理性的な光が瞳には宿っていた。
正気のまま、数多くの人間を犠牲にすることを良しとしている人間の眼をしている。
「させません!」
カフラーの行いを止めるべく、メンカウラーは叫ぶ。
だがカフラーは心を動かすことなく、神官達に命じた。
「捕えよ。殺せ」
ファラオの言葉に、即座に神官達は応じる。
卓越した魔術師である彼らは、魔術を用いメンカウラーを拘束。
そして殺すべく、それぞれが攻撃型の魔術を起動し――
「待て」
カフラーが制止の声を掛ける。
神官達が、次の下知を待っていると、カフラーは小さく呟いた。
「違うな……この場で殺すのは、我らしくはない……確か、2人の想い出の地があったな。殺すなら、そこか」
何かを確認するように呟くと、次いで神官たちに命じた。
「シーワの地に連れて行け。そこで王族の処刑法にのっとり、心臓を貫き殺すがよい。傷付けるのは心臓のみだ。他を傷付けることは許さん」
カフラーの言葉に従い、神官達はメンカウラーを拘束したまま、その場から連れ出そうとする。
するとメンカウラーは、引き摺られながら、カフラーに呼び掛けた。
「兄上! なぜ、何故なのです兄上! 兄上は、そんな方では無かった筈だ! あの女が、あの女が来てから、兄上は変わられた! あの女は、アスモデウスは何処に居るのです!」
「何を言っている、弟よ」
慈愛に満ちているとさえ言える穏やかな声で、『カフラー』は言った。
「ここに居る」
自分の胸に手を当てて言った。
「……なに、を……?」
呆然と聞き返すメンカウラーに一瞥も返すことなく、もはや興味がないと言わんばかりに、ファラオである筈のそれは、神官達に去るように手を振る。
それに従い、神官達はメンカウラーを連れて外に出た。
そして今、メンカウラーは、シーワと呼ばれるオアシスに拘束されていた。
王に連なる者を殺す正式な作法を守るために、水も食料も与えられず2日が過ぎている。
あと1日、そのまま放置された上で、心臓を貫かれ殺される。
死が近付く中でメンカウラーが思うのは、死ねないという想い。
(こんな所で死ぬ訳には……兄上の凶状を止め、民を守らねば)
だが、その想いは叶わず、彼は殺される――
筈だった。
しかし救いの手が現れた。
突如、激しい戦闘音が響く。
それは攻撃魔術と攻撃魔法が撃ち合う音。
(何が起きている!?)
状況を把握しようと、建物に放置されていたメンカウラーは、物音に集中する。
すると建物の戸を開ける音と共に、2人の人物が入って来た。
「助けに来たのでーす!」
「お前は胡散臭いから黙ってろ」
2人とも胡散臭い人物だった。
1人はシルクハットを被ったカイゼル髭の男。
もう1人は、仮面を着けた男。
「誰、だ……」
2日間飲まず食わずで衰弱し声を擦れさせながらも、メンカウラーは動じた様子もなく尋ねる。
これに仮面の男は、苦笑するように返した。
「お久しぶりです、殿下。アークソサエティへの留学から戻られて以来ですから、3年ぶりですね」
仮面を外して素顔を見せる男を見て、メンカウラーは驚きの声を上げた。
「ファウスト殿……?」
それはアークソサエティの支配階級である枢機卿。その1人であるファウストだった。
アークソサエティとの交流を目的にメンカウラーが留学した際、ホスト役として世話をみてくれた人物。
「なぜ、貴方が、ここに……?」
「目的は、貴方を助けることです。その後に、幾つかお願いしたいことがありますが」
「それは、どういう……?」
「詳しくは後でお話します。それよりも今は、ここでじっとしておいて下さい」
ファウストは、そう言うとメンカウラーの拘束を解除する。
そして言った。
「教団に、ここに終焉の夜明け団が居るという情報を流し、指令が出るようにしています。じきに来るでしょう。外に居る神官達は、彼らと共に倒します」
そう言うとメンカウラーを残し、外に出る。
そこでは、20名の神官達と戦う、4人の魔法少女姿の人物達が。
「お前らも道連れだー!」
「いつまでこんな事しないといけないんだー!」
「ちくしょー!」
「私は別にこのままでも」
1人を除いてやさぐれたことを言いながら、神官達の攻撃をなんとか捌いていた。
そんな状況の場所に、アナタ達は出くわしました。
シーワというオアシスに、終焉の夜明け団が居るとの情報を受け発令された指令に参加していたアナタ達。
なぜ戦闘が行われているのか、状況が分からずにいましたが、神官達が攻撃して来たので、まずはその対処に当たることにしました。
神官達と戦っているファウスト達は、とりあえずはアナタ達に攻撃してくる気配はありませんが、彼らに対してどういう行動をとるかは、アナタ達次第です。
この混戦した状況、アナタ達は、どう動きますか?
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サンディスタム。
この国では、数多くの国民が、人知れず消える事件が発生している。
それは終焉の夜明け団によるエリクサー生成が原因だ。
人間を材料にしたエリクサー生成。
それがサンディスタム各地で行われていることを、浄化師達が捕えた終焉の夜明け団への尋問で知ることが出来た。
これにより、サンディスタム各地に設置されている魔方陣の探索を本格的に開始。
ファラオの王弟であるメンカウラーの支持により、教団は積極的な活動を行うことが可能になっている。
それらは全て、浄化師達の活躍のお蔭だ。
彼ら、そして彼女達の活躍により、多くの情報が得られる切っ掛けとなり、各地で続々と魔方陣の発見に成功。
迅速に対処に当たっていた。
このまま進めば、サンディスタム内に設置された魔方陣は、全てが無力化されるだろう。
そうなる前に、終焉の夜明け団はエリクサー生成を急いでいた。
「同志マリエル。よくぞ来てくれました」
「相変わらず、薄ら寒い笑顔ね。人形遣い」
サンディスタムの廃墟となった街のひとつ。
そこに、マリエル・ヴェルザンディと人形遣いは居た。
街の入り口で出迎えた人形遣いに、上役からの指示で訪れたマリエルは冷たい声で返す。
これに人形遣いは、変わらぬ笑顔を浮かべ応えた。
「大事な同志をお迎えするのですから、笑顔ぐらい浮かべますとも」
「息をするように嘘をつくのね。貴方にとって私は、せいぜいが実験材料でしょうに」
冷ややかな声に、人形遣いは傷付いたというように大仰に返した。
「そんな! とんでもない! 信じて下さい!」
「……もういいわ。それより、魔方陣のある場所に案内して」
三文芝居に付き合っていられないと、マリエルは先を促す。
これに人形遣いは、変わらぬ笑顔を張り付けたまま、魔方陣のある場所に先導する。
道中、マリエルは人形遣いの左腕を見て言った。
「新しい腕を付けたのね」
「ええ。あの時、切り落とされましたから」
それは少し前、浄化師との戦闘で切り落とされた腕のことだ。
切り落とされた左腕は、右腕よりもほっそりとした物になっていた。
「偶には女の腕を付けてみました。どうです?」
「どうでもいいわ」
心底興味がないというように返すと、続けて警告するように言った。
「あの時のように、自爆に私を撒き込むのは止めなさい。警告は一度だけよ。2度目は殺すわ」
「そんなに怒らないで下さい。あの程度、カルタフィリスである貴女には大したことでは――」
人形遣いが言い終るより速く、マリエルは一瞬で口寄せ魔方陣を発動。
漆黒の刃をした鎌を召喚し、人形遣いの首を刎ねた。
「2度は無いと言ってるでしょう。私を、その名で呼ばないで」
刎ねられた首を拾いながら、人形遣いは返す。
「これはこれは、申し訳ない。物覚えが悪いもので」
軽い口調で返しながら、人形遣いは首を切り口に付け、魔力の糸で繋げ固定した。
それを見ていたマリエルは言った。
「貴方の絡繰りは、分かってるのよ。本体の場所も、アークソサエティの何処かに居ることまでは掴んでるわ。最後通告よ。2度と、私を怒らせないで」
「……ええ、肝に銘じておきますよ」
お互いを切りつけ合うような気配のまま、2人は魔方陣のある場所に。
そこは、元々は街の広場として、ファラオの言葉を聞くための場所だった。かなりの広さがある。
そこに、100人以上の少年少女たちが捕らわれていた。
皆一様に、恐怖に顔を強張らせ、息を潜めている。
見ればその多くは、まだ子供と言ってもいい年頃で、ライカンスロープや、半竜のデモンが多いように見えた。
「…………」
「おや? どうしました? 同志マリエル」
「……子供が多いのね」
「ええ。浚うのに楽でしたから。安心してください。魔力の強い者ばかりです。良い、エリクサーになりますよ」
「……そう」
どこか自分を納得させるような間を空けて、マリエルは言った。
「意識があるままでは、扱い辛いでしょう。仮死状態にするから、少し待って――」
「必要ありませんよ。そんなもの」
変わらぬ笑顔で人形遣いは返す。
「前回の時に、データは取りました。もう、仮死状態にする必要はありません。魔力の無駄遣いになりますから、このままにしましょう」
それは意識のあるまま、耐え難い苦痛を子供達に与え、エリクサーにするということ。
「否定はしませんよね? 今さらですし。それに――」
表情を硬くするマリエルに、一歩近づき、人形遣いは言った。
「余計な魔力は、貴女としても使いたくないでしょう? 前回の戦いで、私の自爆から余分な相手を守ったせいで、無駄に魔力を使っているんですから。予備のエリクサーは、あとどれぐらいあるんです? そろそろ補給しないと、自分の魔力を使うことになりますよ」
「……分かってる。好きにしなさい」
マリエルは表情を強張らせながら返すと、人形遣いから離れる。
誰も傍に居ない場所に辿り着くと、自分自身を抱きしめながら呟いた。
「ダメよ、マリー……私は、死にたくないの……貴女と、離れたくない」
自らの内にある、もうひとつの魂に語り掛けながら言った。
「そのためなら、私は何でもするわ……ええ、何でもよ……」
自分を騙し言い聞かせるように、マリエルは呟き続けた。
そんな、エリクサー生成がされようとする廃墟の街に、アナタ達は指令を受け向っています。
それは少し前の指令で捕えた、終焉の夜明け団から得た情報に基づいています。
エリクサー生成がされる場所を聞き出した教団は、それを防ぐべく、アナタ達を派遣したのです。
目的地で、指揮を執っていると思われる人物の情報も聞き出せました。
それがマリエル・ヴェルザンディ。
生身の人間に、この世ではない場所から呼び出した死者の魂を封入することで作られる、カルタフィリスであるとのこと。
通常カルタフィリスは、ふたつの魂が反発し合い、あるいは侵食することで死亡する筈ですが、マリエル・ヴェルザンディは奇跡的に共存しています。
それにより、カルタフィリスの成功例として、不死に近い再生力と膨大な魔力を有しています。
ですが、カルタフィリスは自分で魔力を回復させることが出来ず、しかも平時でも消費し続け、魔力が尽きれば土くれと化し死にます。
それを避けるために、マリエル・ヴェルザンディは終焉の夜明け団に協力しているようです。
彼女の攻撃手段は、口寄せ魔方陣からナイフを射出し、それで傷付けるか、あるいは対象の影にナイフを突き刺すことで、動きを固定するシャドウバインド。
これは体力の1割を消費することで、束縛から逃れることが出来るようです。
そして大鎌による近接戦闘と、守りの要となる魔力障壁を使いこなすとの事です。
こうしたマリエル・ヴェルザンディの情報は、捕えた終焉の夜明け団から、不自然なほど聞き出せました。
その一方で、彼女と一緒に居た、人形遣いと呼ばれている人物の情報は、ほとんど聞き出せませんでした。
これらリーダ格の情報以外には、100人近い生贄が捕らわれているとのこと。
そして30人近い終焉の夜明け団が居ることは聞き出せました。
状況は厳しいと言えるでしょう。
ですが、放置は出来ません。
この指令、アナタ達は、どう動きますか?
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「ちょっとすみませぇん、そこの浄化師さまぁ?」
教皇国家アークソサエティ「ソレイユ」を一人で歩いている浄化師に、後ろからある女性が呼び止めてきた。
その独特の話し方に多少心当たりがある浄化師は、それが誰かを予想し、一体何の用だと思い振り返る、と。
「新しい薬が出来上がったので、お試し、しませんかぁ?」
……ああ、そうだった。この人が呼び止める理由はそれだった。
呼び止めた女性――カーリンは、ソレイユでは『薬屋』として働き、その店の宣伝のためにこうしてたまに外で薬を売っている。
この前は確か……感謝の言葉が言えない人のために自白剤を改良したものを渡してきた、と記憶している。
なら今回は一体どんな薬を試そうとしているのか、と浄化師は話を聞く。
「今回はですねぇ、ちょっと面白そうなものを作ってみましてぇ」
……嫌な予感しかしない。
「これはぜひとも浄化師さまに使っていただくのがベストではないかとッ!?」
のんびりした口調から一変。
襲い掛かろうとする勢いでずずいっと近づいてきたカーリン。
その目は『逃がしませんよ?』と語っているように見えた。
「自分がいない間、パートナーの方が一体どういう風に過ごしているかどうか、気になりませんか気になりますよね!?」
まだ何も言っていないし答えていないのだが……そう言われれば気になる。
自分がいない間のパートナー、自分の知らないパートナーの一面……気にならない方がおかしい。
「そこでこの薬の出番です!」
そう言ってカーリンが懐から取り出したのは、透明な液体が入った小瓶。
「この薬、な、なんと――『透明になれる薬』なんです! あ、もちろん一時的なものですし、完全になれるわけじゃありませんけどねぇ」
にわかには信じがたいが……なるほど、この薬を飲めば透明になれるのか。
そう思い、その薬に手を伸ばす浄化師に、だがカーリンは手を引っ込めた。
「と、お思いでしょうけどぉ……そうじゃありませんよぉ」
思考が顔に出ていたのか、それを読んだカーリンはそう言った。
「透明になれる薬なんて、そもそも存在しませんよぉ。だって原理がわからないんですしぃ、そもそも存在していたら大問題になるじゃないですかぁ」
確かに、そう言われてみればその通りだ。
飲めば透明になれる――どうやって?
仮に透明になることができたとしよう。で、それで何をするのだ?
答えは決まっている――自分のやりたい放題。誰にも見えないし、悟られないのだから。
故にそのような薬は存在してはいけないのだと。
「ですので、それを疑似的に再現するためには、もう一つの薬が必要なんですぅ。それをパートナーの方に飲ませることで、特定の人物だけ見えないようにすることができるんですぅ」
そう言ってカーリンが取り出したのは、別の小瓶。その中には白い液体が入っていた。
「『盲点』ってご存じですよねぇ? 目の構造上視覚では見えない部分。
白の薬が目、透明の薬が盲点の代わり、と考えればわかりやすいですかねぇ」
なるほど、特定の人物にしか効果がないから透明の意味がない。
だがそれは、使い方次第では疑似的に透明になることができるのだと。
そう、例えば――白の液体をパートナーに飲ませて、透明の液体を飲んだ自分がその近くにいれば、パートナーは自分に気づかない。晴れて透明人間の完成だ。
そこにいるのに気づかない、まさに盲点。故に透明と変わらない。
「この薬、白色ですけど、無味無臭なんですよねぇ。使い方はお任せしますので、ぜひとも楽しんでくださいねぇ。あ、一応言っておきますけど、変なことには使わないでくださいねぇ。怒られるのは嫌ですからぁ」
終わったらちゃんと結果報告を――と、カーリンは浄化師に二つの小瓶を渡した。
それを受け取った浄化師は、どのようにしてパートナーに薬を飲ませようか、それを悩みながら再び街の中を歩く。
――ふと。
「あ」
浄化師が見えなくなったところで、カーリンはあることを思い出した。
「そう言えばぁ、伝え忘れていましたねぇ。あの薬、効果は三十分しかないってことをぉ……」
でも、まぁ良いか――と、彼女は忘れてルンルン気分で店に戻る。
何かが起きたら、それは使用した本人が悪いのだと、そう思って。
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ハロウィン。
それは仮装とお菓子の祭典だ。
正式ないわれはあるのだが、今ではお祭り騒ぎのひとつとして、様々な催し物が開催されていたりする。
そんなハロウィンが、リュミエールストリートで行われている。
去年も行われたのだが、その時には、秘密裏に魔女が関わっていた。
それはハロウィンに参加する浄化師達を間近で見て、今後の関わり方を考えるためだった。
結果としてそれは成功し、現在の魔女との融和、その切っ掛けのひとつとして成功していた。
そして魔女が大っぴらに世間に関わるようになってから、一周年記念のハロウィンに、魔女達も大いに協力していた。
世俗派の魔女の顔役の1人である、魔女のセパルが手配して、色々な場所で催し物の手伝いを。
もちろん魔女なので、魔法を使ってハロウィンを盛り上げている。
例えばそれは、変身魔法で望む姿にしてくれたり。
あるいは、魔法のじゅうたんで、空をゆったり飛んでみたり。
魔法の掛かった食べ物を、振る舞っている者も居る。
他にも、望むアクセサリーを目の前で作ってくれる者も。
そんな魔女達に負けまいと、リュミエールストリートの住人も盛り上げようと賑やかだ。
カフェテリア「アモール」では、箒に乗った魔女のラテアートを楽しむカップルが。
大手ファッションショップ「パリの風」では、様々な仮装姿を楽しみ、時にねだられる光景も。
フリーマーケット「オルヴワル」では、お菓子の屋台や魔女やカボチャの人形など、ハロウィンにまつわる物が売られている。
飲み屋街「ボヌスワレ・ストリート」に目を向ければ、明るく楽しく飲んで騒ぐ者達も。
賑やかで楽しいハロウィンに、大勢の人達が参加している。
もちろん、アナタ達、浄化師も例外ではありません。
魔女も参加するハロウィンに、魔女達との融和を演出するということで、指令として参加を求められました。
と言っても、楽しくパートナーとハロウィンに参加しさえすれば問題なしです。
ちょっとした買い物も、指令ということで教団が出してくれるとのこと。
折角ですから、パートナーに何かアクセサリーでもプレゼントしてみてはどうでしょう?
きっと喜んでくれると思いますよ。
参加してみませんか?
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誰かが、聞いた。
罰を受け、死を待つばかりだった咎人。それを、かの者が救ったと。
誰かが、見た。
怪しげな、魔術の贄とされた村。それを、かの者が救ったと。
誰かが、言った。
闇に囚われた、心と身体。それを、かの者が救ってくれたと。
その身は知れず。目的も知れず。在ると言う、証さえなく。飄々と災厄と災厄の橋を渡り歩いては、その種火を消していく。
まるで、気まぐれに現れては災いを刈り取る聖鳥(カラドリウス)の様に。
知る者は、かの者をこうとだけ呼んだ。
――『道化の魔女 メフィスト』――。
踏み入った瞬間、全ての情景が姿を変えた。一面の雪景色だった筈のそれは、今は昏く輝く化石木の森。空も。月も。太陽も。全てが見えない筈なのに、不自然な程に明瞭な視界。覆い尽くす琥珀の秩序は、今も昔も変わらない。かの地を知るいつかの時代の者達は、畏敬と畏怖の想いを込めて、名づけた。
――『琥珀の墓』――と。
気づけば、周囲は無数の蠢くモノ達に囲まれていた。獣もいれば、人もいる。中には、キメラと思わしきモノまでも。彼等全ては、その身を琥珀色の焔に包まれている。向けられる視線は虚ろ。対象が明確でない害意だけが、朧の様に伝わってくる。
『琥珀の番犬』。
この地にかけられた呪い、『魂縛り』に囚われたモノ達の成れの果て。
自我を奪われ、墓を守るためだけの存在に堕した彼ら。命ある限りに、ただただ異物の排除だけを願う。そして、想い叶わずに倒されたその時。呪いは倒した存在へと乗り移り、新たな番犬としてその魂を縛る。
忌まわしくも恐ろしい、永久機関。
番犬と呪い。その双方をくぐり抜けられなければ、『かの者』に会う事は叶わない。
易い事ではない。理解している。けれど、立ち向かわなければならない。今も、世界の何処かで戦っている『彼女達』のため。そして、いつかは同じ戦いに向き合わなければならない仲間達のため。
琥珀の焔に包まれた獣達が、唸りながら身構える。切り抜けよう。彼女達の、今のために。仲間達の、未来のために。背を合わせるパートナーと、頷き合う。想いは、一つ。番犬達が、牙を剥く。迎え撃つために、武器を構えたその時――。
「おやめ」
琥珀の輝きを震わせる様に、凛とした声が響く。途端、攻撃を止めて地に伏せる番犬達。連なる化石木の向こうから、聞こえてくる地鳴りの様な音。地が揺れて、大気が震える。木々をかき分け、現れたのは身の丈5メートル程の巨人。『ビルドギース』と呼ばれる彼の肩から、声は聞こえる。
「お迎えをする必要はない。通しておあげ」
巨人の肩から、飛び降りる。ブカブカのローブを引きずり、ブカブカのつば広帽の下から見上げる瞳。深い琥珀色のそれをクリクリと動かしながら、言う。
「要件は承知しているよ。おいで。話を聞いて上げる」
声の主は、幼い声で不遜に手招く。
この妖しの世界を統べし、最古の魔女。呼ばれるべき、真名は知られず。ただ、形容すべき言葉は一つ。
『琥珀姫』。
「『始まりの魔女』について、知りたいのだろう? ん? 知りたいのは、『道化の魔女』? ああ、今はそう呼ばれているのだったね。まあ、らしいと言えばらしいか……」
琥珀の結晶で作られたテーブル。座った彼女は、これまた琥珀で出来たカップからお茶を啜りながらそう言った。
「そうさね。ある程度は、知っている。わたしは、『アレ』と同じ時にて生じた。知らない仲じゃない」
そうして、またお茶を一口。
「まあ、そう慌てるでないよ。確かに、わたしは『アレ』を知っている。けれど、それだけだ。『アレ』の正体や、目的までは管轄外。与り知らぬ事だ」
言って、反応を見る。しばしの間。やがて、その顔に浮かぶ笑み。
「落胆しないか。だろうね。君達は、そんな事まで頼ろうとは思っていない。教えて欲しいのは、『アレ』の存在の真実だけ。何処にいるのか。いないのか。それだけだ。後は、全て自分達でやるつもりなのだろう。わたし諸々の部外者は、極力巻き込まずにね。だが……」
細まる瞳。紡がれる言葉は……。
「甘い」
なお、険しい。
「『アレ』は、わたし達一般の魔女とは一線を画する存在だ。その思考式・存在率は遥か高みにある」
綺羅綺羅と輝く、琥珀色の光。その中で、彼女の顔が影に落ちる。小さな口が、夜闇にチラつく星の様にパクパクと動く。
「分かるかい? 分かるだろう? 高みの存在と言う事は、それだけ真理に近いと言う事。そんな存在にこちらから干渉するのは、真理の深層に触れるのと同義さ。つまりは――」
スルリと上がる、小さな手。
「わたしの用意した対価では、足りないと言う事だ」
細い指が、パチリと鳴る。途端、部屋の壁が眩く光る。一瞬、閉ざされる視界。少しの間の後、目を開ければ、そこに広がっていたのは壮大な空間を映し出す神鏡(かみがね)と化した部屋の壁。
見晴らす事も叶わない夜空と化した部屋を歩きながら、彼女はその先を指差す。
「ご覧」
夜空の向こうに見えたのは、昏い海。そして、そこに浮かぶ大きな島らしきモノ。灯火らしき淡い光が象るその輪郭に、見覚えがあった。
「そう。ご存知の通り、『東方島国ニホン』さ」
鎌首をもたげる龍の様な形をした、ニホン。それを見下ろしながら、彼女は言う。
「この国のある場所に、『蜃(しん)』がある」
『シン』。聞いた事のない単語。怪訝な顔をする皆に、教えが伝わる。
「蜃と言うのはね、かつて存在した『虹龍(こうりゅう)』と言う霊獣の亡骸さ。些か変わった特性を持っていてね。それが、これから要り用になる。取ってきておくれ」
それだけでいいのか? と問うと、あっさり『ああ』と言う返事が返った。
亡骸の回収。言葉だけ聞けば、容易い事この上もない。例え霊獣とは言え、死んでいるのならば抵抗もないだろう。そう、皆が考えた。しかし。
「言ったろう。甘いと」
思考を読んだ様に、否定が飛んだ。
「さっき、何故『ある場所』と表現したと思う? 何故、明確な場所を言わないと思う?」
何故? 咄嗟に答えは浮かばない。すると、先取る様に彼女が言った。
「簡単さ。知られるべきではないからだよ。その存在も。在り処も」
言葉は、続く。
「勿論、その存在を知る者はいる。実際、数日前に終焉の夜明け団の木っ端共が10と5人、在り処へ足を踏み入れた。何処で仕入れたかは、知らんがね」
思わぬ言葉に、腰が浮きかける。かの組織の凶悪さは周知の極み。そこにいるのであれば、間違いなく戦闘になる。けれど、その懸念は次の一言で消えた。
「全員、狂って死んだよ」
「!!」
沈黙が、辺りを包む。絶句する皆を見渡し、彼女は言う。
「理解したかい? そう言う、代物だ」
琥珀の瞳が、昏く輝く。まるで、心の底を覗く様に。
「それでも、行くかい?」
なお、迷いはなかった。頷く皆を見て、彼女は溜息を一つ。
「そうかい。ならば、これから件の場所へ転送しよう」
途端、皆の足元に展開する魔方陣。琥珀の光の中で、彼女は言う。
「蜃の周りには眷属共がうろついているが、何、大した相手じゃない。ただ、気持ちだけは強く持て」
光の中で、彼女の姿が遠くなっていく。もう、声も届かないだろうか。そんな中で、彼女の口が動いた様な気がした。
『帰って、おいで』と。
その顔は、幼いくせにとても優しくて。気高くて。そして、寂しげで。
『琥珀姫』と呼ばれる理由を、初めて知った。
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薬草魔法植物園。
センダイ藩にある冒険者ギルドニホン支部の敷地内に、それはある。
広々とした建物の外観のそこは、屋根は光を取り入れやすいよう、樹氷群ノルウェンディの溶けない氷『固定氷塊』が使われていた。
中に入れば、初めて訪れた者は驚くことが多い。
なにしろ、外から見た広さと、中の広さは段違いだからだ。
これは魔女の魔法により、内部の空間が拡張されているためだ。
中では数えきれないほど、数多の種類の植物が植えられている。
ここで育てられた薬草は、外でそのまま薬として売り出されることもあるし、外でも育てやすい物は、育て方と共に広める計画だ。
そんな、薬草魔法植物園の園長に就任した魔女のリリエラ・ワルツは、アナタ達浄化師を前にして頼みごとをしました。
「魔法の植物を、貰って来て欲しいの」
どういうことなのか?
この問い掛けにリリエラは説明していく。
「魔法の植物は、八百万の神さまの近くで生まれることが多いの。だからアークソサエティだと、ほぼ絶滅状態になってるの」
リリエラの話では、教団の隆盛に伴い、アークソサエティに居た八百万の神は姿を消し、残っていた魔法の植物は乱獲で消えたという。
「でも、ニホンは違うわ。沢山の八百万の神様がいらっしゃるから、探せば見つかるの」
ならば、探してくる必要があるのか?
この問い掛けにも、リリエラは応えていく。
「いいえ。ある場所は分かっているの。それが富士樹海迷宮ね」
リリエラの説明は、次のような内容だった。
富士樹海迷宮。
それは霊峰と呼ばれる富士山のふもとに広がる大樹海に、重なるようにして存在する大迷宮。
元々は、ニホンの八百万の神を取りまとめる2柱の内の1柱『なんじゃもんじゃ』が作った物だ。
最初は、人間に乱獲されて絶滅しそうな動物や植物を保護する目的で作られたらしい。
だがアシッドレインにより、動物がべリアルになる事態が起り、動物系の八百万の神も感染する可能性が発生。
それを防ぐための避難場所としても使われているらしい。
元々、膨大な広さの迷宮だったが、そこに動物系の八百万の神がやって来ることで、さらに拡張。
それどころか、外に出られず暇なので、富士樹海迷宮の内部に、それぞれの八百万の神が新たに迷宮を作るという事態が発生。
しかも中には、作っている内に楽しくなってきたのか、迷宮を魔改造。
結果として、大迷宮の中に、大量の迷宮が出来るという魔境めいたことに。
そんな富士樹海迷宮の中は、外では見られない珍しい魔法の植物があるという。
現地に赴いて、貰って来て欲しいとのことだった。
これを聞いたアナタ達は、重ねて問い掛けます。
どうやって迷宮に訪れれば良いのか? と。
これに応えたのは、同席していた五郎八(いろは)です。
センダイ藩主の娘にして、竜神正宗から竜眼を与えられた彼女は、普段は眼帯で隠している竜眼を見せながら言いました。
「富士樹海迷宮に入るには、鍵となるものが必要なのじゃ。この竜眼も、そのひとつ」
話を聞けば、富士樹海迷宮に入るには、八百万の神に関わり合いのある何かを持って、富士の樹海に訪れる必要があるという。
「我の竜眼は、本来は正宗の迷宮に入るための物じゃが、今回は特別に、なんじゃもんじゃ様の迷宮に入れるようにしていただいた」
五郎八を伴えば富士樹海迷宮に入ることが出来、幾つかの場所を通った後に、なんじゃもんじゃの居る場所に辿り着くことが出来るという。
「道中にある魔法の薬草を採ることも許されておるし、なんじゃもんじゃ様の所まで行けば、望む魔法の植物をいただけるそうじゃ」
望むとは、どういうことか? と尋ねるアナタ達に、五郎八は続けて応えます。
「これこれ、こういう魔法の植物が欲しいのです、と頼めば、いただけるそうじゃ。
ただ内容によっては、断られるので、頼む時は気を付けるのじゃぞ」
ここまで話を聞いたアナタ達は、それぞれどんな魔法の植物を貰うかパートナーと話し合うことに。
そして話し合いも終わった数日後。
アナタ達は富士樹海迷宮に訪れました。
深い森を歩いていたアナタ達は、いつの間にか開けた草原に居ます。
「ここが、なんじゃもんじゃ様の鎮座される場所に通じる、最初の場所じゃ」
同行する五郎八が説明してくれます。
「ここには外では見られん生き物が居るからの。どれも人懐っこ過ぎて絶滅しかけたほどのヤツらじゃから、危険はないぞ」
説明している傍から、純白の羽を生やした天馬が空からふわりと降り立つ。
遊ぶの? というように五郎八に首を摺り寄せる天馬。
天馬の様子に苦笑しながら、五郎八はアナタ達に言いました。
「では、行くとしようぞ。急ぐ道中ではないからの。所々で休んでも良いし、ここに居る生き物と戯れても良いぞ。
あとは、場所ごとに魔法の薬草があるから、それを採っていくと良いぞ」
五郎八の話を聞き終り、アナタ達は出発することになりました。
さて、のんびりとハイキングがてら、魔法の植物を貰いに行く、この指令。
アナタ達は、どうしますか?
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砂塵の街サンディスタムの郊外にて発見された、終焉の夜明け団が設置したと思われる魔方陣を破壊した帰り道。
幸か不幸か、魔方陣の近くに人はいなく、帰路につくのは無事に任務を終えた浄化師たちだけだった。
「つまるところ、犯人も被害者も見つからなかったってことなんだけど」
浄化師のひとりが苦笑気味に笑って、肩をすくめる。
そうするだけの余裕がある帰り道だった。サンディスタムに戻り、魔方陣の発見者でもある依頼人に報告すれば、この一件は終了する。
――一陣の風が吹いた。
細かな砂を巻き上げた風は、暴風と呼ぶにふさわしかった。サンディスタム周辺の砂漠地帯では、ときおりこういった風が吹く。
話には聞いていたが、そのすさまじさは隊の浄化師の過半数の予想を超えていた。
なにも見えないどころか、目を開けば砂塵が入ろうとする。もちろん口も開けない。
誰かの悲鳴が聞こえた気がした。
体を引っ張られる感覚があった。
「……で、どこ、ここ……」
浄化師は呟く。
砂除けのマントも強い日差しを遮るためのフードもどうにか無事で、念のためにと携帯したままだった得物も手元にあった。パートナーも隣で口に入った砂を必死に吐き出している。
ただ、仲間たちの姿はなく、彼方に蜃気楼の如く見えていたサンディスタムの街もすっかり見えなくなっていた。
途方に暮れる浄化師は、右手からなにかが近づいてくる音を聞き、とっさに細剣の柄に手を伸ばす。
「警戒しないでくれ。君たち、浄化師だね?」
「……そうです。貴方は、サンディスタムの人ですか?」
現れたのはひとりの女だった。
砂漠の街の民族衣装を身にまとっていることから、浄化師は予想し言う。パートナーは口元を袖で拭いながら、困ったような目で女を見ていた。
疑問に満ちた二人分の視線を、女は悠然と受けとめつつ、ひょいと乗り物から下りる。
「そうだよ。ディラと呼んでくれ。こっちは砂トカゲ。名前はないよ」
「砂トカゲ?」
ディラが乗ってきたのは、砂色の体に琥珀色の瞳を持つ、大きなトカゲだった。飼い主に撫でられても無表情のままだ。
少なくとも浄化師とそのパートナーは初めて見る生き物だった。砂漠にのみ生息しているのかもしれない。
「触ってみるかい? 愛想はないけど、おとなしい子だよ。剣を抜けば噛んでくるけどね」
「あの、他に浄化師は見なかったか?」
しびれを切らしたようにパートナーが問う。
何度か瞬いたディラは、すっと目を細くした。
「サライカゼに巻きこまれたんだね」
問いではなく、断定の口調に二人は頷く。
サライカゼ――攫い風。あの強風は、サンディスタムではそう呼ばれているらしい。
「砂トカゲたちに探させよう。とりあえず君たちはこれに乗って帰るといいよ」
「え、でも、それじゃあディラさんは」
「アタシの砂トカゲ、いっぱいいるから」
けらけらと笑ったディラが指笛を吹く。
直後、平らだった砂があちらこちらで膨れ、中から砂トカゲが顔をのぞかせた。
「こんな感じの服を着た、迷子の人たちを探すんだよ」
命令したディラが手を叩けば、砂トカゲたちはただちに砂海に潜る。
「人を乗せてる間は砂の上を走るから、安心していいよ。じゃあ、街で会おう」
一体の砂トカゲにひらりと乗って、ディラは砂上を滑るように走って行った。
浄化師とパートナーは顔を見あわせる。
離散してしまった仲間たちのことは心配だが、自分たちにできることもありそうになかった。
「……乗る?」
「じゃなきゃ、帰れそうにないし」
恐々と砂トカゲに視線を送る二人を、琥珀の双眸が静かに見返す。
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