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エントランスで、つい視線を巡らせる。
まだかな。まだかな。
受付口のロリクがどうも落ち着かない。
それは今ここにいる自分たちも同じだ。
実は今回、「急ぎの仕事じゃあ、悪いが、パートナーを借りるぞ!」と言われて調査員であるユギルにパートナーを奪われ……連れていかれてしまったのだ。
基本的に浄化師の仕事は二人ペアで行うのだが、指令発行前の事前調査なので最低限の人数でいいといわれて自分は待機することになったのだ。それもこれも指令発行を行う事務がてんやわんやだったせいもあるのだけど……。
そんなわけでパートナーと引き離された数日が経過した。
今日あたり戻ってくるはずなのだが……。
「え、あ、ああ、そうだな。そろそろ、帰ってくるころ合いだよなぁー」
ロリクが声をかけてきたあと、すぐに何かに気が付いて立ち上がった。
「ユギル!」
「今帰ったぞ、嫁!」
門をくぐってユギルが駆け寄ってくる。
「ふふ、今回はいろいろと立て込んで、帰りが遅くなってしまった。すまんのお、土産があるぞ。酒じゃ」
「お、おう」
「なんじゃ、吾の顔になんぞついておるか」
「いや、そうじゃないが……おかえり」
「うむ、ただいま。ただいま。我が妻、恋しかったぞ」
いつも喧嘩ぽいやりとりをしているのに、やっぱり、この二人は夫婦らしい。
互いに見つめあって、嬉しそうに出迎えている。
自分だって、パートナーを……。
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その日、薔薇十字教団本部を訪れた老人は、温かい珈琲をひと口飲んでから話し始めた。
「ヘスティアの火をご存知ですかな?」
テーブルを挟んだ対面に座り、対応する司令部教団員はわずかに目を伏せて記憶を探る。
「確か、ヘーティア村のクリスマスの祭事で……。国章の形に並べた蜜蝋に、人々がトーチで火を灯していく、というものでした、か?」
「そうです」
老人――エトワール地区最西部の小さな村、ヘーティア村の村長が鷹揚に頷く。
「今年はぜひ、浄化師様にご助力願いたいのです」
「警備を兼ねて、毎年、数組は派遣しているはずですが?」
ゆるゆると村長は首を左右に振った。
「警備ではなく、点火を。ヘスティアの火は人々の平和を願う心。そこに国境も身分もございません」
「そうですけれど」
「なにより、今年は多くのことが起こりすぎました」
困り顔だった司令部教団員は、その一言ですべてをさとる。
一番記憶に新しいのはハロウィンのシャドウ・ガルデンと魔女の一件。その前に竜の渓谷でも事件が起こった。
その他にも、細かな騒動は毎日毎時のように起こっている。
善良な一般市民である村長が、どこまで知っているのかは定かではない。しかし、思いあたる節は山のようにあるのだ。
「浄化とは邪悪を祓い清めること。ヘスティアの火は、一年の穢れを燃やし、願いを天へと昇らせる行事でございます」
「……はい」
「どうか、浄化師様のご助力を」
村長が深く頭を下げる。司令部教団員はそっと息をついた。
「顔を上げてください。今年は警備と点火の任務として、発令させていただきます」
「ありがとうございます」
安堵したように老人が微笑む。司令部教団員も笑みを浮かべて頷き、ふと窓の外に目をやった。
雪でも降りそうな、灰色の重い空が見える。
「今年ももう終わりますね」
ヘスティアの火はクリスマスの一週間前に行われ、クリスマス当日まで蜜蝋の火は燃え続ける。
ずっと晴れていればいいなと、珈琲を飲みながら司令部教団員は思った。
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日ごとに気温が下がり、冬の足音がさらに近づいてきたと実感する今日。リュミエールストリートを歩く人々は厚手のコートを着たりマフラーをかけたりと、手を擦り合わせながら冷たい空気から身を守っている。
「さあ、いらっしゃいいらっしゃい!」
そんなリュミエールストリートに、寒さに身を縮めた人が驚いて思わず体を伸ばしてしまいそうになるような明るい青年の声が響いた。
ワインレッドのバンダナを頭に巻き、同じ色のジャケットを羽織った青年の後ろにある屋台の看板には「ヴィンツァー」の文字と、湯気の立っている赤ワインの絵。そう、これはホットワイン屋だ。屋台の内側ではワインレッドのバンダナを頭に巻いた女性が鍋をかき混ぜている。
「ホットワインはいかが? シナモン、クローブと体を温めるスパイスたっぷり! そしてオレンジと蜂蜜、リンゴで甘くしたホットワインだよ! アルコールが苦手な人やお子さんにはブドウジュースで作ったものもあるよ! ワイナリー直送のホットワインだよ! さあ、いらっしゃい、いらっしゃい!」
パンパンと売り子の青年のハキハキした呼び声と軽快に手を叩く音に足を止め、屋台へと向かう人の姿も見え始めた。
「はい、お待ち。熱いから気をつけておくれよ。そうそう、カップはこっちの棚に返しとくれ」
売り子の青年に負けず、明るく大きな声で女性が葡萄の絵が描かれた陶器のカップにホットワインを注ぎ、手渡しながら客に言う。
そんな二人の明るくエネルギッシュな呼び込みの甲斐があってか、屋台にはあっという間に人だかりができた。
「はい押さないで! 順番、順番にご注文をお受けしますからね~!」
詰め寄る客を青年が手際よくさばいていく。ホットワインを受け取った客たちは街灯の下やベンチなど、思い思いの場所でカップに口をつけている。
さあ、あなたもパートナーと一緒に、冷えた体をホットワインでほっと一息ついて温めませんか?
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ユーリ、シグマ、ハンナ、……シグルド。
あなたたちのことを私は決して忘れないわ。
そう、たとえ、私が死んでも、忘れない、忘れない。忘れない。
心が壊れてしまう、深い悲しみと共に。あなたたちを誰ひとりとして忘れない……。
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受付口に指令をとりにくると言いあいに出くわした。
「えー、えー、えー! 浄化師さんってめっちゃ働き者って聞いたんっーけどぉ、この依頼、受けともらえるのいっつすかー?」
「指令として発行しても、すぐには……あ、こら」
「えーえーえー! こまりっすー! 俺ぇ、マスターにお願いされたんでぇ、こう、スピーディーに!」
「ちょ、こら、引き出しあけるなぁ~。あ、いいところにきた!」
ロリクさんと、えーと、知らない人が受付でやりあってる……?
改めて、ロリクに紹介された青年は今回の指令の依頼者、だそうだ。
金髪の髪に青い目をして、にこにこと笑っている。
「ハーイ、ピースピースっ! 自分、スクートゥムっていいまぁす。よろしく! えへへ。かっこいい名前っしょ? マスター……ああ、先生からもらったんすぅ! あ、で、指令、よろしくー?」
うるさ……いえ、大変明るい人ですね。
「あー、ごほん。こいつの持ってきた指令っていうのが、魔女の……かかわっている事件なんだ」
「あ、自分が説明するとぉ」
「長くなるから俺が説明する」
お願いします、ロリクさん。
少し東にいった森に――トゥレーン。古い言葉で嘆きを意味する森がある。
そこの森には魔女の一族が住んでいたそうだが、勇気ある浄化師たちによってすべて退治された。
たった一人を除いて。
その魔女の名は――忘れられて久しいが、大変強力な魔女だったそうだ。幾人の勇敢な浄化師によっても捕えることが出来ず、森の奥深くに隠れてしまったそうだ。
森の名をもじり、悲嘆の魔女と言われた彼女はたった一人で、森に存在し続けた。誰も彼もから忘れ去られても、なお。
今年。
トゥレーンの森は急速に枯れ始め、動物たちが死に、川は黒く濁り、魚が腹を見せて浮かぶようになった。
森へと足を踏み入れたヒューマンは、誰も戻ってこなかった。
「森の奥で魔女が嘆いているっすよー。ああ、つまりっすねー、悲嘆の魔女は死んだっすよー。けど、めっちゃ強くてー、自分に魔法をかけたんすよー。
『決して悲しみを忘れない』という呪いっすー。森にいる生き物は全て彼女の悲しみの唄で、自分の最も悲しい思い出に囚われて、動けなくなって死んじゃってるんすよー。そのうえ、魔女の魔法って基本、協力者がいるんっすよー? 浄化師みたいっしょー? この魔女の魔法に手を貸しているのは、この森自身みたいっねー? 魔女と森、なにか共感したのかわかんねーすっけどぉ」
困った困ったとスクートゥムがため息をつく。
「まぁ、ほっといてもぉ森は枯れて終わり、魔法も使えなくて自滅しちゃうんだと思うっすけどー。
それってさすがにまじやばくない? マスターにそれを浄化師さんたちに依頼して止めるようにって言われて、俺っちが、今回みなさんに依頼にきたわけっすー?
魔女のいる場所までは俺っち、案内できるんでぇ。みなさんついてきて、魔女をぶっころーしちゃってください。そういうの得意っすよねぇ?
今、悲嘆の魔女は樹になっちゃってるんですよねぇー。死ぬ前に自分を樹にかえちゃったんっすよー? なんでそこまでここから動きたがらないっしょねー? まぁ燃やしやすくてめっちゃよくない? ふふふ」
そうそう。と付け足して彼は口にした。
「俺っちは悲しい思い出がないんでぇ、大丈夫っすけど、浄化師さん達は、悲しみに囚われないように注意しちゃってくださいねー?
最悪、戻れなくなっちゃいますよー? まぁ、お手並み拝見、拝見。
みなさんのやり方、ばっちり見てますねぇ!」
●
森の奥で、大樹が歌う。
地上に根をおろし、上半身だけは女の姿――彼女は眠るように目を閉じて、泣きながら歌う。
優しい子守歌。
ユーリ、シグマ、ハンナ、……シグルド。
大切な私の……決して忘れないわ。
たとえ、どれだけ悲しくても。
忘れてしまうより、ああ、ずっといい。
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俗に、そのことに触れると人を怒らせる話題のことを「地雷」と言う。
大きな事件のない時でも、薔薇十字教団には街の巡回の依頼が定期的に届く。
浄化師が巡回するだけで、全てとは言えぬものの事件を未然に防ぐことができるし、ベリアル出現などの異変を早期に発見できるのだ。
今日も1組の浄化師が巡回の仕事を終える。
少し前から雲行きが怪しくなっていたところ、しとしとと雨が降り出した。
この時期の雨はことのほか冷たい。ともすれば、雪混じりになることもある。
少し休んで体を温めてから帰ろうか。
ちょうど目の前に喫茶店があるのに気付き、どちらからともなくそんな言葉が出る。
喫茶店で出されたコーヒーはほわりと良い香りの湯気を立て、疲れを癒してくれる。
仕事の緊張が解けたのもあり、2人はリラックスして会話に花が咲く。
リラックスしすぎたのがいけなかったのだろうか。
ついつい、余計な一言が喰人の口から出てしまう。
「でもさ、本当は俺じゃない奴と契約したかったんじゃない?」
本人としては、軽い冗談のつもりだったのだ。だがその一言は、祓魔人にとっては所謂地雷というやつだったらしい。
「なによ、それ……!」
彼女は血相を変えて席を立つと、駆け出すように店を出る。
「え……おい、待てよ」
一瞬呆気に取られた喰人だが、すぐに自分が拙いことを言ったのだと理解し、遅れて立ち上がる。
窓の外は雨。日も暮れかけて気温も下がってきている。
冷たい雨の中駆けていく祓魔人の後ろ姿。
「待てってば!」
喰人は祓魔人を追いかける。
やっとのことで追いつくと、自分が濡れるのも構わずに、上着を脱いで祓魔人の濡れた肩に掛けた。
「ごめん、無神経だった」
喰人は掛けた上着の上から、祓魔人の肩を優しく抱きしめた。
それを遠くから見ていた喫茶店のマスターが、
「言ってくれれば傘くらい貸すのに……」
と呟いた。
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その日、薔薇十字教団司令部に届いた一通の手紙には、短いながらも心がこもった文字がつづられていた。
要約すればこうだ。
一週間前、坂道を転げ落ちて足に怪我を負い、うずくまっていたところを浄化師様に助けていただきました。
その浄化師様はお名前も名乗らず、当然のことをしただけだからと微笑んでくださり、大変、感銘を受けました。
なにかお礼を。日ごろ、陰になり日向になり私たちを助けてくださっている浄化師様方に、なにかできることを、と考えさせていただき、この度、アチェーロ渓谷の紅葉狩りにご招待しようと思いついた次第です。
現在、アチェーロ渓谷は紅葉が見ごろを迎えています。
日夜お忙しく働かれておられる浄化師様方のお心が、少しでも休まることを願って。
これを機に、ぜひいらしてください。
アチェーロ渓谷の近くで菓子屋を営んでいる者より。
「確か、メイプルシロップの産地でしたよね。この時期はキノコや山菜もとれたはずです。秋の草花も美しく、危険な野生動物も少ない場所です」
手紙を横目に指令をしたためながら、司令部教団員は頬を緩める。
「メイプルミルク、甘くておいしいんですよねぇ……。大きなキノコの石突をとって、傘の内側にバターをたっぷり塗って焼いた、キノコバターもいいですね……。どれも今が食べごろのはずです」
あの絶品を思い出した彼女は、口の端から垂れそうになったよだれを慌てて拭った。
「危ない危ない。なによりも紅葉ですね。セーヌ川の支流の小川は、きっと落ちた葉で真っ赤に染まっています。暖かい格好で、木陰で読書をするのもよさそうですね。絵に描くのも楽しいでしょう」
過去に一度だけ、つり橋からアチェーロ渓谷の紅葉を見たことがある。
視界一面に広がる、燃えるような赤。息をのむほど強い生命力を感じられる光景に、しばらく見入っていたのが懐かしい。
「私もまた行きたいですねぇ。温かいメイプルミルクを片手に、紅葉を見るのです。ああ、確かメイプルシロップ入りのお酒も売ってましたっけ」
次々と浮かんでくる記憶の数々に、司令部教団員は小さな声で笑った。
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「リネット、お願いなのだワ~!!」
大きな声で懇願されながら両肩を揺さぶられ、教団司令部に勤務する教団員リネット・ピジョンは、この店に来たことを後悔しはじめていた。
尻尾でハートを作る二匹の猫の看板が目印の『カフェ・ルピナス』は、サンドイッチとコーヒーが美味しいと評判で、以前から気になっていた一軒だった。抱えていた案件が一段落したので、ちょっと息抜きをしたかっただけなのに、どうしてこんな面倒なことになったのか。
リネットは深々と嘆息し、兎にも角にも揺さぶるのを止めてもらうために相手の手を押さえた。
「落ち着いてよ、サリー。話は聞くから、ゆっくり説明して頂戴」
「ああ、ありがとうネ! 流石リネット、あなたは最高の友達ヨ!」
「はいはい。私の中であなたの評価は最高に厄介な友達になりつつあるけど、まあ、とにかく座って」
サリーもといサンドラ・フォレスターはサーバルキャットの耳と尻尾を持つライカンスロープで、リネットの学生時代の同級生だ。商家の出だが、両親ともにまだ溌剌としているので卒業後は実家の店を継がずに「人生経験値を積んできます!」と旅に出て数年戻らなかった。ようやく帰ってきて自らの店を開いたのが、去年のことだ。幼いころから親の商売につきあって各地を転々としていた影響か、言葉のところどころに不思議なイントネーションがある。
「今日この時間にルピナスに来たのは、天のお導きかしらネ!」
職業柄、サリーは世間の流行には敏感で、今日も近頃評判の良いカフェ・ルピナスをチェックするためにやってきて、そしてランチを食べに訪れたリネットの姿を見つけたというわけだった。
「お店、うまくいってないの?」
「そう! あ、ううん、ピンチってほどじゃないのだケド、予想したほどは上手くいってないのネ。ちょっとマンネリっていうか……それで、打開策を考えてるのだケド、是非! 是非! リネットの力を借りたいのヨ~!!」
この友人、声が大きい。
リネットはテラス席を選んだ自分の選択を褒めた。
「お店の名前は……『365日の歌』だったかしら」
「ええ、そう! 前に話したかどうか、忘れちゃったケド、誕生日のお祝いをコンセプトにしたセレクトショップなの。プレゼントに丁度良いものを集めてあるだけじゃなくって、誕生日パーティーのプロデュースやサプライズイベントの手配もしてるワ」
あたし、誕生日ってものが大好きなの、とサリーは胸の前で両手を組み、うっとりと呟く。
「うちのパパとママが誕生日パーティーに命かけてるタイプだからかしら。誕生日の、今日の主役はあたし! って感じがたまらないのよネ。で、まあ、必ずしも盛大でなくちゃいけないってわけでもないのだケド、一年に一度しか無い大切な日、いつもとは違う特別な時間を過ごすのって素敵デショ?」
リネット自身はそこまで誕生日を大仰に祝うタイプではないが、異論はないので頷く。
「それで、私に頼みたい協力って?」
「リネットは教団で働いてるのよネ。ほら、浄化師のひとって、二人一組なんデショ? 特殊な契約を結んだ、病めるときも健やかなる時も一緒のパートナーなのよネ!」
「ええ……?」
話の流れがわからず首を傾げるリネットをよそに、サリーは饒舌に続ける。
「その二人が、お互いの誕生日をどんなふうに祝ってるのか、知りたいの! 普通には無い繋がりがあって、命に関わる危険な仕事も一緒に乗り越える二人なんだもの、きっと特別な絆があるのよネ。そういう人たちが相手のためにどんなことを考えて、どんなお祝いをするのか、きっと参考になると思うのだワ~!」
「ええと……つまり、浄化師の皆さんから、誕生日祝いに関するエピソードを募集したいってことね」
リネットは話をまとめながら、思案を巡らせた。
「過去の誕生日エピソードももちろんだケド、もし近々誕生日の人がいるなら、そのお祝いのお手伝いもさせてもらいたいワ! 物より思い出って感じのお手伝いが出来たら理想ネ。必要があれば、アルバトゥルスのブルーベルの丘にだって、ベレニーチェ海岸にだって、テーブルセットでもなんでも運ぶワ!」
「今の季節ブルーベルは咲いてないし、海岸は寒いんじゃないかしら。まあ、それはいいとして、ええと……もし話を募集するとしたら、正式に指令として扱うことになると思うわ。でもそれには……」
「報酬がいるってことデショ! 何事もまず投資しなければ得るものも得られないものネ。そこをケチるようじゃあ、一流の商人とは言えないのだワ」
うんうんとサリーは頷く。
リネットは迷ったが、ここ最近、戦闘を伴う指令ばかりを処理していたこともあって、この平和的な依頼を受けたくなった。
シャドウ・ガルテンでの騒動、本部への襲撃、怨讐派の魔女たちの企みと、今年の秋は物騒な多忙さであったから、浄化師たちにとっても良い息抜きになるかもしれない。サリーは『金は天下のまわりもの』を家訓とするフォレスター家の才女であり、骨の髄まで気風の良い商人気質であるから本人が言った通り報酬をケチるようなこともないだろう。
こほん、と咳払いをして姿勢を正す。
「その依頼、お引き受けいたします」
せっかく仕事っぽく繕ったのに、サリーは気付いた様子もなく、がばりと身を乗り出してリネットの手を握った。ぎゅうぎゅうと両手で握られて、正直痛い。
「ありがとう~っ!! リネット、あなたは最高の親友ヨ! 恩に着るワ! サンドイッチ奢っちゃうのだワ!」
一番高いメニューを頼もう、と思うリネットであった。
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エントランスは賑わっている。
指令を受けるために掲示板を眺める浄化師たち。書類を運ぶ事務員、カフェーに向かう者、購買へと……。
自分たちもそろそろ目的を持って動かなくては、と思った矢先、書類の山とぶつかりそうになった。
「お、おっと、悪い悪い。あたってないか?」
間一髪で書類とぶつからなかった。
山のような書類を持つのはロリクだ。よく受付で指令を発行し、説明を行ってくれる。たまーに現地訓練だーと戦闘にもイキイキとした顔で向かっているが。
今日は大量の書類を両腕にもって仕事に奮闘しているようだ。肩に乗っているひよこが、ぴよぉと鳴いている。
「……。よかったらこの書類、運ぶの手伝ってくれないか? ちょっとした場所があってな」
と書類を半分持たされた。
書類を持って通路を進む。
訪れたのは緑の多く、いろんな植物の鉢植えがある。本もあるし、机とソファも。なんだか贅沢な部屋だ。
ほかほかとあたたかくて、眠気すら押し寄せてくる。
「いいところだろう? ここの鉢植えはハーブが多くてな、紅茶なんかによく使うんだ。ほら、書類を置いて座るといい。今、今日焼いたアップルケーキと紅茶を出してやる」
書類を机に置いて、ソファに腰かける。
「ここは俺の隠れ家でな。仕事がたてこむとここにこもって仕事してるんだ。まぁ秘密の場所なんだから、ここのことは秘密な? さてと、ここは俺の客人以外は来ないから安心するといい。
今日はお前たち以外の客人はいないから好きに振る舞ってくれて構わない。
いや、お前たちを呼んだのはせっかくだし話をしようと思ってな」
ロリクが肩から卵のついたひよこを床に降ろす。ひよこはころころと転がり、ぴよぴよと鳴いている。
「最近、いろいろとあっただろう? 教団について思うことがあるなら、俺でよかったら話を聞こう。ばかやろーとかくそやろーとかいってもいいぜ?
自分たちの浄化師としてどうしたいのかやこういう指令がほしいとかの要望も大歓迎だ。そういうのがあれば探して指令発行をしよう。こういう冒険をして大変だったとかいう話もいい」
ふふっとロリクは笑った。
「まぁ、仕事が詰め込んでいて俺の気晴らしに付き合ってくれると思えばいい。そうだな、もし悩みがあるなら聞くだけは聞こう。俺はお前たちに前から言っているように……どんなときもお前たちの味方だ。一緒に悩んで考え、その問題に答えを出すようにアドバイスすることは出来る。むろん、すべてがお前たちの求めるものではないかもしれないけれど……。
さぁ、紅茶一杯とケーキ一つ分、お前たちの話、聞かせてくれ」
差し出された紅茶とアップルケーキ。
ぴよぉ。
ひよこの声がした。
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目覚めた世界は白、白、白……途方もなく真っ白だった。
天井の白さ、横を見れば真っ白いカーテン、ベッドも真っ白だ。
不思議に思っていると、薬品の匂いが鼻につく。
すると、カーテンをひく音とともに現れたのは医療班の濃い緑の制服のスタッフだ。
無表情で彼はキミを見て。
「失礼」
額に触れ、手首をとり、さらには腕に器具をまきつけている。
それをただ見ていると。
「体温、脈拍、血圧ともに正常ですね。おはようございます。……どうしてここにいるのか覚えてますか?」
冷静な声で尋ねられた。
ああ、そうだ。
ここにいるのは――。
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「え? 知らないの? 最近教団内でも噂になってるんだよ、その占い師! それがさあ、よく当たるんだって!」
噂好きで知られている教団女子がそう周囲に話しているのが自然と目に入る。盗み聞きしようとは思っていないが、その女子の話し声が大きく嫌でも耳に入るのだ。
「フェイスベールで顔が隠れているんだけどさ、あれはとびっきりの美人で間違いないよ! 目元で分かる! 伏し目がちな目が色っぽいんだもん。それに自己判断してもらったら、明るい性格ですけど、頭で考える前に行動しがちでしょうって指摘されてさ。その後に、一息おいてから行動するともっと良くなりますよって助言されたんだよね、あ~当たってるなあって思ったよね」
喋っている内にだんだんとテンションが上がってきたのか、声のボリュームが大きくなっていく。
「それに悩み相談までしちゃった! ――え? お前に悩みなんてあるのかって? ありますー! こう見えてもわたし色々とあんの!」
周囲に突っ込まれながらも、すぐさま反論する赤髪の教団女子は拗ねたようにそっぽを向いた。
「こう前向きになれるアドバイスをしてもらえるしさ。行ってみて良かったよ。機会があれば行ってみるといいよ! 私が並んだときには行列ができてたけどさ、占ってもらえる上に神秘的な美人さんが見れて眼福だから!」
占いがよく当たると言いたいのか占い師が美人だと言いたのか、それともどちらもなのか分からないが、彼女の熱意はこちらまで伝わってきた。
そんな噂を耳にしたタイミングで、司令部から「ボヌスワレ・ストリートにいる占い師カルメンに占ってもらうように」という指令が出ていた。
いつもの浄化師への息抜き的な指令かと首を傾げつつ、祓魔人と喰人はその指令を引き受けた。
さっそくボヌスワレ・ストリートに向かうと、あっさりと占い師は見つかった。よほど人気なのか占い師の周囲は人々で賑わっている。
路上の片隅に風変りだが洗練された天幕があった。こぢんまりとしているが、相談者が話を聞かれることのないようにと配慮されているのか厚い天鵞絨で覆われている。天鵞絨は秋らしい銀杏の落ち葉を連想させる深みのある落ち着いた色合いをしていた。
占い師カルメンを目当てに男女関係なく行列ができており、浄化師達は仕方なく最後尾に並ぶ。
天幕の中に入ってみると、思っていたよりも広く薄月夜のシフォン生地が幾重にも重なり揺れる。薄暗い中をライラックの灯りが神秘的な空間を作り上げていた。
占い師カルメンは簡易テーブルの前に静かに座っており、厚手の黒いテーブルクロスの上にはタロットカードが置かれてある。
噂好きの教団女子が言う通り、その占い師は黒いローブに顔半分を覆う紫のフェイスベールェイスに隠されていても匂い立つ美貌は隠せていなかった。
いかにも大抵の人間が想像する怪しげな占い師といった態なのに、彼女の持つ蠱惑的な雰囲気がそれすらも魅力に変えている。
まるで動物や虫が必要に応じてフェロモンを放つように、彼女も人を引き寄せる性質を持っているように感じられた。
カルメンは目だけで微笑むとあなた達に椅子に座るように促した。
君たちはこれから占い師カルメンに直接会って占ってもらう。
今後のことについて聞いてみるのもいいだろうし、パートナー同士これからも上手くやっていけるかを尋ねてみるのも面白いかもしれない。
もしあなたが迷いを抱えているなら今のままの自分でいいのか、この先どうしたらいいのか、聞いてみるといいだろう。何か気がかりなことがあれば、占い師に話してみるだけでもスッキリするかもしれない。
あるいは失せものについて尋ねたら、何かしらのメッセージをもらえるかもしれない。
あなた自身のことを占ってもらうのも楽しい筈だ。パートナーに言えずに悩んでいることをこっそりと相談してみるのもいい。何か解決の糸口が見つかるかもしれない。
もしかしたら占いなんて信じないという者もいるかもしれない。それもいいだろう。占いを信じるも信じないも人それぞれだ。
例えどんな結果が出たとしても、未来を決めるのは今を生きる君たち次第なのだから。
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