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『放浪王子と毒舌娘』――開演です。
……――。
「ちょ、ちょっと待って。全然ロマンス感ないんだけど!」
「でも一応ロマンス劇場って……ほら」
「確かに書いてあるけど、大丈夫なの? このタイトルで」
ブリテンに存在する、民衆のための観劇場。
不定期に訪れる旅の劇団によって催される劇なのだが、今回の演目には驚く観客も少なくはない。
――とある王国の放浪王子と、小さな村で暮らす毒舌娘の恋物語。
(劇は佳境に差し掛かり、再び幕が上がる。)
自由気ままな放浪王子は、旅先で出会った村の娘と仲良くなり、数年が経過しました。
再び訪れた娘の家で、王子は衝撃を受けます……。
「貴方とは一緒になれません」
「それは何故?」
「貴方と私では、あまりに違いが有り過ぎるからです」
「身分の差かい? 今時そんなことを気にするなんて、キミらしくない」
「王族としての責務を放棄して放浪の旅に出ている貴方が身分を語るんですか……、片腹痛いわ」
と言いつつも一切嘲笑すら浮かべていない彼女に放浪王子は焦ります。
「放浪しているのには訳があるんだ。こうして各地を視察して回ればいろんな物が見えて来る。きっとこの国の為に何か役に――」
「十年も帰らずにどう役に立っていると?」
「!? ……や、僕が城に帰らずとも書状で全て――」
「これでもですか?」
「な、何だい、それは!?」
娘が取り出したのは一枚の似顔絵入りのビラ。
「国王様が貴方をお探しの様ですが。書状を送られているのなら何故このような物が配られてくるのでしょうね」
王子はビラを手に、わなわなと震えます。
「ぼ、僕が……こんなっ、……こんなに老けているわけがない!!」
「……」
「一体何を見たらこんな不細工に描けるんだ!?」
「頭の中まで放浪していらっしゃるようで」
「酷い!」
「当然です。放浪の旅に出て十年も経っているんですよ? 今現在の貴方を想像して描くしかなかったのでしょう……御用絵師様もお気の毒に」
「気の毒なのは僕じゃない!? こんな風に描かれてさ。どうせ誇張して描くならもっとカッコイイ方向に誇張して欲しかったよ」
「いえ、案外特徴を捉えていると思いますよ? この辺の髭なんて旅人感満載で、あとはもう少しボサボサに髪を伸ばして……顔に傷なんかも入れておくとグッと悪人面に――」
「何を勝手に描き込んでるんだい! これじゃあお尋ね者の手配書になってしまう。未来の夫を犯罪者呼ばわりするなんて、なんて妻だっ」
「相手の同意も無く妻呼ばわりする男は犯罪者で充分かと」
「すまない、先走り過ぎたね。キミは可愛い僕の婚約者だった」
「頭の中ではスキップまでなさっているようで。恋人でもなく、ましてや三年も音信不通になるような方と一体いつどうやって婚約まで至ったのでしょうか」
王子が最後にこの村を訪れたのは三年前。――だというのに王子の発言はあまりにも自分勝手。
娘が怒っても無理はありません。
「僕たちが友達以上恋人未満だって言うのかいっ?」
「いえ、それも行き過ぎかと。百歩譲ってただのご友人、それ以上でも以下でもないですね」
「譲歩された友人なんて、最早以下ではっ? なんてことだ……僕は恋人のつもりでいたよ」
「とんだ妄想ですね。告白のコの字もない相手とどう恋人になれというのでしょうか」
「なら今告白したらキミは頷いてくれるということだね……?」
「……」
一瞬押し黙る娘は気恥しそうに視線を逸らします。
彼女も少なからず王子のことを想っていたのだが、彼の頭の中が解読不能でずっと戸惑っていたのでした。
「……それなら何故、一緒になれないなんて言うんだい?」
「放浪している貴方とは、流れる時間が違うからです。いつも置いていかれている気がして……」
「ハっ! ――だから『この僕』はこんな老け顔なのか!」
お尋ね者の手配書と化したビラをくしゃくしゃと丸める王子に、娘からは溜息が一つ零れます。
「……根に持ち過ぎです」
放浪の旅をしているだけあって、言動がふらふらと飛んで歩く王子。
――しかし次の瞬間、娘は驚きに目を丸めます。
突然テーブルに置かれた見慣れない植物。緑色の葉の中に白い花が覗きます。
「ドラセナ。幸福の木とも言われている植物だよ」
「とても、甘い香りがします……」
ポンポンのように小さな花がいくつも集まって咲く可愛らしい姿は、彼女の心を魅了しました。
「数十年に一度しか咲かない花なんだ。これをどうしてもキミにプレゼントしたくてね」
「まさか、それで三年も?」
「見つけても持ち帰るまでに枯れてしまっては元も子もないからね。大好きなキミの為ならなんてことはないさ。――どうか、僕と恋仲になって欲しい」
自分のためにしてくれたことだと思うと、娘はこれ以上怒る気にはなれません。
「仕方のない人ですね。でも、嬉しいです。ありがとうございます」
「こちらこそ。それと、この花には素敵な花言葉があってね。『幸福』『永遠の愛』『幸せな恋』そして『隠し切れない幸せ』!! どれも僕たちにピッタリだと思わないかい?」
「ええ、確かに隠し切れていませんね。恥ずかしいので、出来ればその緩み切った不細工な顔だけでも隠して頂けたら助かるのですが」
告白を受けても毒舌は健在のようです。
「実物見て不細工ってあんまりじゃないかい!? 自分で言うより酷い衝撃が胸にっ。――それより、 良かったらキミも探しに行かない?」
「え……?」
「この植物は低木種だけでも五十種類以上あるとされているんだ。キミと幸せを探しに、是非行きたいね」
娘は暫し考えます。
「悪くない提案ですね」
「本当かい!? じゃあ……!」
「ただし、一度お城に戻られてからというのが条件です」
「あ……はい」
しゅんとする放浪王子に微笑む毒舌娘。
こうして、今度は愛しい恋人を連れて放浪の旅に出ることになったのでした……――。
――コミカルなロマンス(?)劇場、閉演後。
「あの似顔絵は傑作だったわね!」
「ふふ、本当に良く描けていたわよね」
「ねえ、見て? 好きなお花を持って帰れるんですって!」
「ちゃんと花言葉も添えられているのね……素敵だわ」
「こんな花見た事無いよ。あいつにプレゼントしたらきっと喜ぶぞっ」
観劇の感想を交わしながらそれぞれ好きな花を選んで帰って行く人々。
そして明日は千秋楽。多くの来観者を見越して沢山の花が用意された――。
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「戦闘がさぁ……。なーんかよく分かんないっていうか、うまくいかないっていうか」
教団寮の食堂で、新人浄化師の片割れ、祓魔人クラウジオ・エイツがテーブルに突っ伏した。
「アライブスキルとか立ち回りとかさぁ……。なんかいろいろ……」
「いろいろ、ですか」
テーブルを挟んで向かい側に座るクラウジオに上目遣いに見られ、司令部教団員はそうめんを飲みこむ。
「なんか教えて……。いろいろ……」
「漠然としすぎていて分からないんですけど。っていうかほら、浄化師になられたときに、一通りの戦闘マニュアルは目を通してますよね?」
「読んだけど、分かんないっていうか」
「困りましたねぇ」
トマトを口に入れて咀嚼し、嚥下。よし、と司令部教団員は頷いた。彼女もまた新人ではあるが、どうにかしたいという思いだけは一人前だ。
「まずは『装備』の話です。身につけてますか? 装備。武器、防具、その他の携帯品。指令に行く際には、装備は整えないと。これは戦闘指令以外にも言えることです」
「ふむふむ」
続けて、とクラウジオは視線で促す。
「あと『アライブスキル』。浄化師さんたちが使う、特別な魔術ですね。魔力が枯渇しない限り使えます。浄化師さんとして経験を積めばあれこれ習得できるものです」
「そういえばそういうのもあったな……」
「それと『魔術真名』なんかもありますね。これはパートナーの方と契約する際に決めていただいた、特別な合言葉のようなものです。発すればお互いの能力を最大限に解放できますが、パートナーと触れあうこと、が条件に入っていることをお忘れなく」
「手をつなぐとか、ハグするとか、だっけ?」
「そうです。ちょこっとでもいいので、触れあってくださいね」
お箸の使用に慣れていない司令部教団員は、フォークにそうめんを絡ませながらさらに考える。
これ以上、説明すべきことはあっただろうか。
「あとは、会敵したときどうするのかとか、どんな風に戦うのかとか、そんなことを考えておけばいいと思いますよ」
「ふぅむ……」
ごちそうさまです、と手をあわせた司令部教団員は、食器が乗ったお盆を持って立ち上がる。
「難しく考える必要はないのです。あとは経験って感じですから。ちょうど簡単そうな指令があるので、出しておきますね。参加してみてください。大切なのはー?」
「装備、アライブスキル、魔術真名、それとやる気?」
「そんな感じです。他の浄化師さんたちとも、作戦会議をしたり、協力したりして、勝利を掴んでください。戦いだって浄化師さんの本分ですから」
「だよねぇ」
「帰ってきたらレポート、よろしくお願いしますね。ご武運を」
会釈をして去っていく司令部教団員を見送って、クラウジオはようやく上体を起こした。
「あ、やっば。たぶん指令のタイミング、被るわ。参加できないな、これ」
心の中で司令部教団員に謝って、新人浄化師の祓魔人もそうめんを食べることにした。
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今日も今日も指令を受け取りにエントランスへと向かうと……。
「はぁ? またお前、出張! てめぇいい加減にしろよ! ようやく帰ってきたと思ったらまたかよ! いい加減にしろ! 離婚するぞ! このイケメンがっ!」
「仕方なかろうが! 浄化師は万年人手不足ゆえ! 吾のような有能な者はもれなく社畜じゃあ! 離婚したらまた求婚するぞ、この愛い者め!」
うわぁ……いつも指令出してくれるロリクと、調査担当のユギルさんが、なんか喧嘩してる。あれって深刻な喧嘩? いや、痴話げんか?
そういえば、あの二人、浄化師としてパートナーで、夫婦だったけ? これは犬もくわぬなんとやらでは?
「あー、気にしないで、気にしないで。あの夫婦、二人とも仕事が忙しいせいで、しょっちゅう喧嘩してるんだ。すべて、仕事がいけないんだ。せめて、週七日休みの仕事なら」
などと通りすがりの他の職員は言うが――あ、この人も疲れてる。
そんななか、二人の言い合いがヒートアップしていく。
「結婚のとき寂しい思いはさせないとかぬかしやがったくせに仕事、仕事、仕事で、てめぇ本当にいい加減にしろよ。仕事と結婚しろぉ!」
「は! その言葉そのまま返すぞ! そのうえ汝、顔がいいと室長のことをほめておったな。浮気か!」
これは、出直しておいたほうが、あ、やべ。ロリクに見つかった。
「おー、ちょうどいいところにお前らきたなぁ~。今日の指令、きてるぞ~」
うわぁ。こわい。
「待て、まだ話は終わっておらんぞ!」
ひぇ。まだ喧嘩続行ですか?
「……今日の指令は俺が依頼主になる! 悪いが、喰人だけ、俺ときてくれ。ちょっと話にのってもらおうか」
「汝……ふん、では、祓魔人側は吾とこい。汝らに話がある」
あ、やばい。これ、断れないやつだ。
そんなこんなで依頼というわけで、いつもは一緒にいるパートナーと引き離されてしまった。
呼ばれたのは広い部屋で、紅茶とクッキーが用意されている。
「本当に、あの旦那は嫉妬深いし、束縛は強いし、しょっちゅう仕事でいない、結婚前は優しかったし、気が利いたっていうのに」
はぁ。
「お前らへの依頼は別に愚痴を聞いてほしいわけじゃない。今回はパートナーに思うところがあるだろう。ここでがっつり語れ! 同じ喰人同士だ。いろいろと思うところあるだろう」
パートナーについて語るかー……。
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「妻はこう、働き者なのだが、がんばりすぎて心配なのだ。はぁ仕事で忙しいことは悪いとは思っておるぞ? 料理はうまいし、配慮はある、ゆえに浮気せんか心配なのだ。忙しくてかまえんからなぁ……なに、のろけではないさ。妻のことだ、どうせ、喰人どもにパートナーのことを語らせておるだろう。汝らも日ごろ、いつも一緒のパートナーに対して思うことがあるのではないのか? ここでは鬱憤晴らしじゃ、語るがよい」
パートナーについて……。
「愚痴でも、心配でも、のろけでも。ここには同じ祓魔人しかおらん。初対面かもしれんし、依頼で何度か顔を合わせたものもおるじゃろう。こういうときこそ、好きに語るがいいし、聞きたいこともあるだろう? 内緒話というところじゃ」
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「今回は、実戦訓練だ。だいじょうぶ、だいじょうぶ、危険なことはないから、たぶん」
いつもは受付で指令を渡してくるロリクが珍しく、浄化師たちを率いて平野の道を進む。
今回は「新人も増えたことだから、そろそろ戦闘訓練の一つもするかなぁ」と言い出したのだ。
目が眩む晴天。
緑豊かな、平坦な道を進む。
「俺も一応浄化師のはしくれだから戦えるんだが、今はパートナーのユギルが別地方の調査に出ていてなぁ。
最低限のサポートと助言しかできんが、まぁ、お前たちならいけるだろう。
最悪、危険だと思ったらお前ら全員連れて逃げるくらいなら今の俺でもできるからな」
からからとロリクは笑って、ろくでもないことを口にする。
ふ、と彼は真顔になってここに集まった浄化師たちを横目で見る。
「浄化師っていうのは命をかけて正義と平和を守る。だからこそお前たちはある程度の自由と守るべきルールが存在する」
淡々とロリクは説明をする。
それは、たぶん、浄化師となったときにはいやでも習うことだ。
浄化師はベリアルやヨハネの使徒といった世界の脅威を討伐し、世界の救済を遂行する存在である。
いろんな理由でここに集まった者たちは浄化師となった。
「今回はいろんなパターンがあるがオーソドックスな敵にしようと思う。
ヨハネの使徒の討伐だ。なんでも今朝がた、平野にいるのを見かけたという。数は三体」
ロリクはそう告げるといきなり立ち止まり、振り返った。
「さて、ここでヨハネの使徒についてのおさらいだ。あいつらは3パターン存在するが、今回は地上稼動型だ。
スピードとしては最高で60キロは出る上、なかなかちょこまかと動く。今回の個体の大きさは3mのものらしい。
あいつらはだいたい500kg~2000kgほどの重さもあるから潰されないように気を付けろ。
あいつらはコアがある。それさえ破壊すれば停止する。
逆を言えばそれを破壊しない限りは動き続けるから注意がいる。
さて、俺からの助言は以上だ。もっと聞きたいことがあれば今の内にな。向こうもこちらに気が付いたようだ」
ロリクが腰からジャマダハルをとりだし、低く構えた。
戦いの前の高揚と緊張が走る。
風の唸る音を浄化師たちは聞いた。
見ると、5キロほど先でも、わかる。その白い光沢の化物――犬と馬が合体したような、どこか不格好な化け物。
3体のヨハネの使徒。
白と金色の神々しい化け物の顔といえばいいのだろうか、そこに青く輝く宝石――コアが浄化師たちを捕えている。
彼らは土煙をまいあがらせ、真っすぐに浄化師たちに突撃してくる。
すべての命を、刈り取るために。
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夏場のクローネ鍾乳洞にベリアルが棲みついたという連絡が薔薇十字教団に入る。
クローネ鍾乳洞は、夏場のリゾートとして人気の観光スポットであるが、今回ベリアルが棲みつき、かなり危険な場所と化してしまったとのことだ。
どうにかしてベリアルを討伐し、観光ができる状態を取り戻してほしい。それが今回薔薇十字教団に依頼された指令である。
エクソシストたちが討伐に乗り込もうとした時、更なる連絡が入る。物見遊山でやってきた若者がベリアルに襲撃されて、鍾乳洞の中に閉じ込められてしまった。
若者は二人。一人は鍾乳洞の奥の方に逃げ、ベリアルの魔の手から逃れている。もう一人は、一瞬の隙を突き、鍾乳洞の外に逃げ延びていた。
そして、仲間が一人閉じ込められていると連絡したのである。
鍾乳洞の奥は深く、人がギリギリ入れるくらいの地帯もある。ちょうど、そのスペースに若者は逃げ込んだため、ベリアルの攻撃から逃れられた。
しかし、ベリアルは鍾乳洞の壁に突進し、若者を食い殺そうと躍起になっている。現在のところはまだ壁は厚く、時間的な余裕はあるが、そう長い間逃げられないだろう。
壁が崩れてしまえば、若者の命はない。
そのため、早急に若者を救出し、ベリアルを討伐してほしい。ベリアルは一体であり、エクソシストたちが協力し合えば、攻略はそれほど難しくはないだろう。
ただ、鍾乳洞の中は若干薄暗い。日差しの角度により、鍾乳洞内は幻想的なムードに包まれるが、時間的な猶予はあまりない。早急に救出作戦を遂行してもらいたい。
ベリアルは基本的に不死であり、一般的な攻撃では攻略ができない。ベリアルが死に瀕すると、その身から鎖に捕らえられた魂が出現する。
この際に出現する鎖を魔喰器で喰うことで、魂は光となって天へ帰っていく。
ベリアルがいる一帯は、それほど、大きなスペースではなく、観光スポットでもあるので、あまり派手な魔術を使うのは推奨されない。
武器を使い、ベリアルを攻撃しつつ、鎖を喰うとよいだろう。但し、ベリアルは絶えず飢えているので、エクソシストを見ると、目の色を変えて攻撃してくるはずである。
今回のベリアルは、元が狼であり、それがアシッドの影響で魔物と化してしまっている。
鉤爪のようになった前足の攻撃は鋭く、触れてしまうと大きなダメージを負うだろう。
また、スピードも速く、一瞬の隙が命取りになる。基本的には四足歩行であり、爪による引っ掻きや、鋭い牙による噛みつきが主な攻撃になる。
鍾乳洞内はそれほど広くないので、ベリアルのスピードはそれほど発揮されないが、狼を元としているため、夜目が利き、薄暗い中でも活動するのに優れている。
まずはスピードを殺し、着実にダメージを与えていくとよいだろう。
鍾乳洞内を破壊しないのであれば、多少の魔術を使うのは可能である。
魔術を行う者、武器を使う者、それぞれが協力し合いベリアルの討伐をしてもらいたい。
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盛り上がりを見せた七夕祭りが終わり、七月も残すところ数日と迫った頃――。
「こんなに沢山余っちまって、どうしたもんか……」
「これは処分するしかないんじゃないか?」
場所はアークソサエティの中心街から離れたとある小さな村。
六十過ぎのしゃがれ声で話す村長とその息子が、庭先で頭を抱えていた。
「処分っつってもなぁ。こんな立派な『竹』、使わずに捨てちまうのは勿体ねえだろ」
「そうは言っても……、じゃあ何かいい案でもあるのか?」
息子に問われ、顔の皺を更に深く刻んで考え込みながら、十本近くある竹をジッと睨みつける。
村の七夕祭りの後、余った竹を庭に借り置きしたはいいが、使い道が思い浮かばないまま今に至ってしまった。
「……そうだ!」
「っ? 親父、何か思い付いたのか?」
ポンと手を打つと、驚いたようにこっちを見る息子にニヤリと笑む。
「流しそうめんだよ! 夏にはもってこいだろ」
「ナガシソーメン?」
「何だ? 知らねぇのか。この竹を縦に真っ二つに割ってそこに素麺を流して食うんだよ」
呆れ半分と、少し得意げに説明すると……、
「それってもしかして、麺を織姫の織り糸に、麺が竹の水路を流れて行く様を天の川に見立てたっていう七夕と一緒にニホンから伝わってきた夏の風物詩……!」
「……知ってんじゃねえか」
しかも思いの外詳し過ぎる解説に驚き半分、悔しさ半分。
「親父の話を聞くまで忘れてたんだよ。でも流しそうめんか、俺もまだやったことないし、いいんじゃないか?」
「そ、そうか」
息子の賛同を得て、打開策が見えてきたことに安堵する。
「そうと決まったら早速準備だな!」
「ハッハッハ、お前もやる気じゃねえか」
善は急げと作業に取り掛かる息子と一緒に、竹を切る音を庭に響かせたのだった。
――数日後。
「これはまた立派なモンができましたねぇ」
「本当、凄いわ!」
「当然だろう。誰が作ったと思ってんだ」
真っ二つにした竹を繋ぎ合わせて長く伸びた竹水路が三本完成した。
それを取り囲む村人達。
村長自身、使い捨てにしてしまうには勿体ないほどの出来栄えだと自負している。
「俺も驚いたよ。しかも、余った竹を刻んで器にするなんて、親父もセンスあるじゃないか」
「ここまで来て余らせちまったら格好悪ィからな。少し作り過ぎちまったが、まあいいだろ」
息子に褒めちぎられ、自慢げに胸を張ると、周りから笑い声が上がる。
集まった二十人ほどの村人に対し、器が少し余ってしまっているのは確かだ。
「私達まで招待してくれて嬉しいわ」
「本当よね。流しそうめんなんて初めてだから、凄く楽しみにしていたのよ」
女性達の好感触の声が照れ臭くて、鼻の下を擦る。
「ありがとよ。じゃんじゃん食べてってくれ」
「親父、鼻の下伸びてるぞー」
すかさず息子に茶々を入れられ、「煩ぇ」と尻を叩く。
「ダラダラ喋ってねえで、お前はさっさと準備に取りかかれ!」
「わ、分かったよ。……まったく、直ぐ手が出るんだからなー」
そうこうしている内に着々と準備は進み、竹の水路に水を流し始めると歓喜の声が上がった。
「そうめんも瑞々しいわね」
「どうせ水流すなら、持ってきた野菜でも冷やしておくか」
「それは良い考えね!」
各々が持ち寄った食べ物や飲み物などでテーブルが溢れ返っている。
なかなかに豪勢な流しそうめんの会だ。
「見て! 私は六色そうめんを持ってきたの」
「六色そうめん?」
村娘の手元を覗き込むと、六つの色の素麺が木箱の中に綺麗に並んでいた。
「こりゃ凄いな。どうすりゃこんな色になるんだ?」
「緑は抹茶、赤は紅花、茶色はそば粉、青が高菜で黄色がクチナシ、そして紫は紫芋で色をつけたの。最近では果物で色付けすることもあるそうよ」
「なるほどなぁ、色が違うってだけで賑やかになるな」
顎を擦りながら感心していると――、
「六色そうめんって言ったら……」
と、息子が横から口を挟んできた。
「七夕さまの歌にもある『六色の短冊』だな。魔術六方陣思想と同じ六色にしたのは厄除けの意味が込められてるって話だ」
「お前はいつからウンチク野郎になったんだぁ?」
「親父……、せめて博識って言ってくれよ」
「でも本当、良く知ってるわよね」
六色そうめんを持ってきた娘が感心したように言う。
「まぁ、昔ばあちゃんから聞いた話だけどさ」
と、鼻の下を指で擦りながら呟く息子。――何処かで見た光景だ。
「あと、白を加えた七色を七夕の日に食べると更に縁起がいいとか、ばあちゃん勝手に言ってたな」
「それは素敵ね! 私も来年からそうしようかしら」
そんな中、話を聞いていた村人の一人が徐に手を挙げた。
「陰陽とか厄除けで思い付いたんだが、この流しそうめん、浄化師さんにも食べてもらわないか?」
「流しそうめんを?……それは、ここに招待するってことか?」
「ああっ。街や村の為に危険な仕事だって沢山請け負ってくれてるんだ。いつか恩返ししたいと思ってたんだよ」
「私も賛成よ! 六色そうめんなら任せて。まだ家に沢山あるから」
「俺も賛成だな。浄化師さん等の無事を祈って、盛大にやろう!」
集まった村人全員が頷き、多くの目が此方に集中する。
もちろん、反対する理由などあるはずがない。
「よぉし、分かった! 手伝える奴は前に出てきてくれ」
こうして村長の呼び掛けに応えた村人達により、この後準備が進められ、八月の初めに薔薇十字教団に一通の招待状が届けられた……――。
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教団本部の一室で、1人の浄化師が助手の浄化師に声を掛けた。
「そろそろルーキーの中にも、慣れて来たのが出てくる頃だなぁ」
四十を過ぎたヒューマンの浄化師は、椅子にだらしなく座りながら続けて言った。
「良いことだぜぇ。浄化師として腕を磨いて、腕を上げてきたってことなんだからなぁ」
「ええ、良いことですね。そういう点では」
この場にいるもう1人、若いライカンスロープの浄化師は用意した書類に抜けがないか確認しながら返す。
「でも、良いことばかりじゃないですよね」
「ああ、まったくもってその通り。だから俺達に、ルーキー達に説明する仕事が回って来たってわけだ」
浄化師の男性は、女性から書類を一枚受け取り内容を確認する。
そこには『存在理由の偏りによる変調の対処法』と書かれていた。
「人間、存在理由は大事だけどねぇ。俺たち浄化師は、常に中庸を心がけなきゃならない。でなきゃ、最後の最期はべリアルになっちまう」
いま男性の浄化師が話していることは事実だ。
浄化師は、ある条件によりべリアルと化してしまうことがある。
ひとつは、べリアルを倒さずに魔喰器にべリアルを食わせない状況が長く続く場合。
これは教団に所属していれば定期的にべリアル駆除の指令が出されるので気にする必要はない。
しかし、もうひとつ。こちらが問題だ。
それは浄化師が自身に課した存在理由。
つまりはレゾンデートル。その偏りによる変調の行きつく先だ。
自身の存在理由に偏り過ぎる、あるいは掛け離れ過ぎることで、それは1つの症状となって現れる。
それが「アウェイクニング・ベリアル」だ。
これには2つの症状がある。
ひとつ目が「自身の存在理由」を見失ってしまったことで発症する「アムネシア・ベリアル」だ。
戦闘能力が低下し、『目的』に対する感情や意識が薄れていき、記憶が薄れるといった症状が起る。
例えば、パートナーを守ることを存在理由に持つ者が居れば、症状が進めばパートナーへの興味をすべて失ってしまう。
ふたつ目が「自身の存在理由に傾倒しすぎる」ことで発症する「ルナティック・ベリアル」だ。
戦闘能力が向上し、「すべての『目的』を同時に遂行しなければ、すべてを失うだろう」という強い焦燥感と絶望感に襲われ、発狂状態になってしまう。
例えば、パートナーを守ることを存在理由に持つ者が居れば、症状が進めばパートナーに拘り過ぎ、パートナーに近付く者全てを攻撃することさえある。
ひとつ目の「アムネシア・ベリアル」の行きつく先は、心の死だ。
最終的に廃人となり、戻ることはない。
ふたつ目の「ルナティック・ベリアル」の行きつく先は、べリアル化だ。
しかも戦闘経験などをそのまま保持した、低スケールのべリアルなど比べ物にならない凶悪なべリアルが発生することになる。
「べリアルを狩り獲る浄化師がべリアルになっちまったら洒落にならねぇ」
「だから、そうならないように指導するんですよね」
2人の言葉通り、存在理由の偏りによる変調は避けることができる。
方法は、難しい訳ではない。
常に中庸であることを心がけ、行動に移しさえすれば良い。
「とはいえ存在理由なんてのは、心の問題だ」
「ええ。だから分かっていても偏り続けてしまうこともありますね」
「ああ。特にパートナーを守りたい、なんてのは悪いことじゃないしな。それだけに譲れず、アウェイクニング・ベリアルを発症させちまうことがある」
「そうなっても、まだ諦める必要はないんですよね」
「おお。そのためのパートナーなんだからな」
2人の言葉は事実だ。
存在理由の偏りによりアウェイクニング・ベリアルを発症させたとしても、即座に廃人になったりベリアルと化してしまう訳ではない。
たとえ発症しても、パートナーとの絆次第で元に戻れる可能性は残っているのだ。
心からの呼び掛け。
あるいは行動。
パートナーを思う心をぶつけることで、中庸に引き戻すことができるようになるのだ。
「ま、チャンスは無限じゃないがな」
それもまた、事実だ。
パートナーとの絆による引き戻し。
それが立て続けに失敗すれば、もはや手遅れだ。
「今までの統計からすると、指令を4つこなし続ける間に引き戻せなければ、2度と機会は訪れません」
そうなれば、心の死が訪れ廃人となるか、べリアルになるしかない。
「決して少ないチャンスじゃない。だが、多い訳でもない」
「だから、そういうことにならないように、普段から気を付けてもらう必要があるんですよね」
「そういうこと。だからこその教習だ。せいぜいルーキー達には勉強して貰わないとな」
「そのためにも頑張りましょう」
「へいへい。分かってますよ」
そんなやり取りがあった数日後。
アナタ達は、教団の一室に集められ存在理由に関する話を聞くことになります。
その後に、それぞれパートナーごとに個室に分けられ話し合いをするよう求められました。
話し合いの内容は、次のようなものです。
もし存在理由の偏りにより「アウェイクニング・ベリアル」を発症させてしまった時にはどうするのか?
自分だけでなくパートナーを守るために、アナタ達は話し合うことが求められています。
この指令に、アナタ達は――?
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連日、茹だるような暑さが続くこの夏。
地獄の釜に全身浸かっているような炎天下、疲労感が取れない浄化師も多いだろう。
この酷暑の中でも働く浄化師や教団員達を労う為、料理人達が教団寮の食堂で「かき氷パーティー」を開催することになった。
浄化師の息抜きになるだろうと司令部からもあっさりと許可が下りた。
この日の為に料理人達が研究してきたかき氷の発表の場でもある。かき氷と言っても侮る事なかれ。
お店で売っているような天然氷を使ったものは用意できないものの、負けず劣らず「美味しいもの」を食べさせたいのは料理人としての意地だ。多目的発氷符を使い発生した氷で、如何にふわふわとしたかき氷を作るかに腐心してきた。
濃厚でありながら雪のようにふわりと溶ける魅惑の口溶け。この触感を得る為、何度も味見してきた料理人達は頭をキーンッと痛めたり、お腹を壊したりしながらも完成させた。
もちろんかき氷に大事なシロップに加えて様々なトッピングも用意されている。
シロップにはまず王道であるイチゴ、ハワイアンブルー、メロン、マンゴー、オレンジ、レモン。
別の味が食べたい方の為に、グレープ、青リンゴ、パイナップル、アプリコット、蜂蜜レモン、パッションフルーツ、ライム、紅茶等もあるので、様々な味のシロップに迷ってしまうかもしれない。
さらにカルピスやラムネ等のジュースをかき氷にかけても美味しいだろう。忘れてはいけない練乳は標準装備だ。
かき氷には無限大の可能性がある。アイディア次第で様々な変化を遂げるデザートだといっていい。
では、食べたくなるように例を挙げていこうか。
まず、最初に紹介するのは旬の果物を使ったかき氷。
生の桃を加工し作った特製のシロップは果肉がごろりと残っているお得感。シロップを覆い貸すように生クリームがかけられている。上の飾りには、桃の果実で作られた花が美しく咲いている。
暑さで食欲が減退している人もこの桃の香しい匂いを一口食べてみたくなるのではないだろうか。旬の果物を味わいたい方におすすめの一品だ。
甘いものが苦手で大人な味をお求めの方は、コーヒーフロートのかき氷はいかがだろうか。コーヒーの苦みに加えてラム酒がほんの少し入っている。甘さが欲しい方にはバニラアイスを。生クリームを加えれば、まろやかさになるだろう。トッピングにはコーヒーゼリーを上にのせると、洒落たかき氷の出来上がりだ。
こんなときこそ、ニホンの味を楽しんでみてはどうだろうか。
宇治抹茶。東方島国ニホンからわざわざ取り寄せた抹茶をかけた一品。
トッピングには白玉と餡子がおすすめだ。練乳はお好みでかけるといい。
まずは、そのままの素材の味を試してほしい。するとひと味もふた味も味の変化を楽しめる。
最初の一口は抹茶のほの苦い甘さがじんわりと広がり、そこに練乳を絡めるとさらに美味しくなる。あんこは、こしあんかつぶあんか選ぶことができる。白玉以外にもあんみつ、まめかん、わらび餅、磯部餅、きなこ等があり、どこまでも味への追求ができる。
宇治抹茶以外にもきなこ&黒蜜はまた違ったニホンの味が楽しめる。醤油と黒蜜をブレンドしたソースの上から香ばしいきなこがどっさりとかけられている。上品な味わいはかき氷と言うより和菓子を食べている気分になれるだろう。
さらにこっそりと漬け物が用意されている。甘いものを食べた後にはしょっぱいものが食べたくなる心理を突いた心憎い気配りだ。
成人済みでお酒が大好きな方には、お酒をかき氷にかけるのはどうだろう。
リキュールにアイスワイン、ウィスキー、梅酒、日本酒、焼酎等選び放題だ。冷え切ったかき氷にお酒をかければ、冷たい風味が増す。大人だけが味わえるリッチなかき氷。きっとお酒好きにはたまらないはずだ。
みぞれ酒として飲んでみるなんて、今だけしかできない贅沢だ。
「昼間からお酒なんて……」なんて文句を付ける奴は今日ばかりはいやしない。息抜きという名の大義名分を掲げて存分に楽しんでほしい。
ところでかき氷のトッピングには何を思い浮かべるだろうか。
思いつくところで言えば、冷凍フルーツ、ジャム、ゼリー、チョコ菓子、タピオカ、ウェハース、シリアル等であるだろうか。安心してほしい。あなたたちの為に全部揃えてある
変わり種ではチーズクリーム、フロマージュ、綿菓子、マシュマロ、ヨーグルト、マシュマロ等もある。
冷凍フルーツにはイチゴやラズベリーを始めとしたベリー系に、角切りにしたマンゴー、スイカ、キウイ、蜂蜜付けしたレモンの輪切り等の各種用意させてもらっている。
さらに彩りを加える為に果肉を残したフルーツソースの準備もばっちりだ。
あなたが想像するかき氷が作れる準備は万端だ。
料理人達のやりすぎ――……こだわりによって用意された。料理人達も好奇心でやらかしたわけではない。全て善意によって用意された、筈である。
様々なカスタマイズができる分、あなたのセンスが問われるのでそこは注意して頂きたい。
「おすすめで」の一言を料理人に言えば嬉々として作ってくれる。だが、食べることが好きならば全く問題ないが、個性的なかき氷ができあがるだろう。ただし、味は保証できる。
それでは長々と話してしまったが、かき氷パーティーへようこそ!
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教皇国家アークソサエティ内ブリテンのエクリヴァン観劇場――。
其処で上演されると言う喜劇があると噂が立った。
なんでも、ヒューマンとエレメンツとピクシーとの風変わりな恋愛物語だとか。然も、格安での観劇が可能で、美味しい屋台も並ぶとも。
わいわいと噂を聞きつけて集まってくる人々の中にも、チラシを見て首を傾げる者もいる。
「ピクシーが関係してるって書いているけど、悪戯しないよな?」
「まさかー。ピクシーが関わっているからって疑ったら可哀想よ?」
「それもそうだなー」
チラシには大々的に『ヒューマンの描いた、エレメンツとピクシーによる、皆様への熱く楽しい一夜を提供致します! 是非、恋人同士でどうぞ!』と書かれている。
なんとなく引っ掛かる文面だが、エレメンツ達は兎も角、ピクシー達が悪戯をしないで済むだろうか? いや、無い。
「恋人同士をいちゃいちゃさせるのだー」
「そうなのだー」
小さな瓶に詰まった惚れ薬を持って、ピクシー達が演劇の準備をしている。
ピクシー達に悪意はない。純粋に恋人達が仲良くしてくれれば嬉しい、と言う内容の悪戯だった。
無邪気な悪戯だが、悪戯には変わりない。
この演目は喜劇となるか? ある程度はエレメンツが止めてくれるので、悲劇とはならないとは思うが――。
真夏の夜の夢は一夜で終わるのだろうか?
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「今回は星祭りの警備だ!」
かっ! と目を見開いて、薔薇十字教団司令部受付担当の教団員ロリクが告げた。どうも最近、仕事が立て続けで、社畜のお疲れですオーラがぷんぷんしている。
「ここから数キロほど離れた山の上にある村で星を愛でる祭りがある。まぁ、ようは七夕のようなものだ。
で、今回、その祭りの警備を頼まれた。警備といってもそこまで緊張感のあるものじゃない。ただ酔っ払いが暴れたりとかしないように見張ってほしいってことだ。つまりは、お前らがいるだけで十分警備になるから、好きに観光してこいよ。ごほごほ」
え、ロリク、大丈夫?
「気にするな。最近、忙しくて……ちょっと夏風邪だ。
ごぼ、ごほ……えーとな、ここの祭りは星がきれいでなぁ、星の下、村の近くにある天の星という川に自分たちが紙で作った願いのかいた船を流す習慣があるそうだ。
ぜひともお前たちのお願いを流すといいぞ。俺? 俺は週七日休みの仕事につきたい。
または出張続きの旦那がさっさと帰ってくるように祈るに決まってるだろう!」
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