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薄花色の秋空の下。『教皇国家アークソサエティ』全域は、ハロウィンムードに彩られていた。『エトワール』の中心街にあるメインストリート、リュミエールストリートでは街路樹が赤や黄色に衣替えし、街の至る所にかぼちゃの中身を切り抜いた顔の置物やコウモリを模った紙や金属の看板を掲げていた。露店ではハロウィン仕様のカボチャ料理やスイーツがたくさん売り出されている。オバケや十字架の貴金属も売られていたり、頬や腕や足などに様々な要望に応えて絵を描く変わったお店もあった。それが意外と人気らしく、若者を中心に長い行列になっている。
外を歩く人の服装は夏に比べて落ち着いた色が増えた一方、仮装をして楽しんでいる姿もあちこちに見受けられた。年齢層は幅広く、皆がこのハロウィンというイベントを楽しんでいた。エクソシスト達も異常がないか巡回しつつ、ハロウィンムードを楽しんでいた。
陽が落ち、空が夜色に染まっていく。街中にロウソクやランタンの灯りが燈り、ハロウィンムードはさらに盛り上げを増していた。そんな人々が集まる中心街に突如現れた一人の幼女。体にそぐわない大きめの黒衣を纏い引きずり、右手に仄暗いランタンを灯し持ち、逆の手には何も入っていないバスケットを持っている。サイズの合わない帽子を深々と被って歩く姿はとても可愛らしく『魔女』のようだった。だが、あまりにも幼い容姿に誰も本物の魔女だとは思ってもいなかった。
「トリック・オア・トリート!」
幼女に話し掛けられた一人の女性。女性は「なあに?」としゃがみ込んで幼女と目線を合わせる。
「お菓子をくれなきゃイタズラするよ!」
きらきらと輝くまん丸い瞳にふわふわと靡く繊細な長い銀髪。袖から手が出ないのか、黒衣と一緒にバスケットを差し出している。全てが可愛らしい幼女に女性はポケットから飴玉を取り出した。
「んーあなたの様な可愛らしい女の子にイタズラされるのも楽しそうだけれど、やっぱりイタズラは勘弁してね」
バスケットに飴玉を入れた。すると幼女は嬉しそうに笑顔で頭を下げた。その時、被っていた帽子が落ちてしまった。咄嗟に幼女は帽子を拾い上げて走り去っていく。
「……いまの尖った耳、もしかして本物の魔女!?」
女性は怖くなり、急いで巡回中のエクソシストに先程あった話を説明した。
エクソシスト達に緊急の招集が掛かり指令が発令された。
指令内容は、容姿は幼くまだ危険対象にならない可能性が高いが、念のために見つけ出して混乱を避けたい狙いがある。見つけ次第、一時的に教団で保護し『世俗派』か『怨讐派』を聞き出す。手荒な行動は控えつつ、交戦状態になった場合のみ捕縛を許可する。というものだ。
盛り上がりを見せるハロウィンイベント。混乱を避けるためにもエクソシストの方々お願いします!
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「えーと、何だったけ、トリックオアトリート、って言うんだったかな」
扉の向こうで、浄化師達を出迎えたのは、南瓜人間でした。
「今月より司令部配属となったトウヤだ、よろしくお願いするよ」
突然の南瓜人間の出現に、怪訝な表情を浮かべる浄化師達。
そんな浄化師達の鈍い反応に、トウヤと名乗った青年は渋々といった様子で頭に被った南瓜を外した。
「貴様、まさかその被り物気に入っておったのか……」
トウヤの後ろで顔を引きつらせるデモンの男に「可愛いだろう?」と、トウヤは笑顔を返す。
「ハロウィンといえば南瓜だそうだね、何でも南瓜をくり抜いて祭事用の灯篭を作るそうじゃないか」
トウヤの目は輝いている。
よく見ればトウヤの抱えている本には「わくわくはじめてのハロウィンパーティ」なる題名が見えたような気がする。
「こやつ、つい先日ハロウィンなるものの存在を知ったらしくてな」
エンジュ、と短く名乗った鬼人はどこか疲れた表情を浮かべた。
「そやつが浮かれ気分のまま、その場の勢いだけでハロウィンの用意した結果があの様よ」
エンジュが顎で指した先を見ると、そこには南瓜があった。
そしてその南瓜の横には南瓜。
上には更に南瓜が積まれており、すぐ隣の机の上には大小様々な南瓜が所狭しと並べられ──
「これ、目を逸らすでない」
司令部の一角を占拠している南瓜達の姿に、浄化師達は思わず踵を返そうとする。
「いやー、気合い入れすぎちゃって」
参ったねと、然程困った様子もなく笑みを浮かべるトウヤに、エンジュは深い溜息をつきながらこめかみを押さえる。
何となくエンジュの日頃の苦労が垣間見えたような気がして、浄化師達はほんのちょっとだけ同情した。
「ハロウィンに南瓜は欠かせん、それは分かる。しかしいくら何でもこの量はまずい」
エンジュの言葉に浄化師達は頷く。
現に司令部の皆さんも、司令部の一角を占拠する南瓜達に行く手を阻まれ些か居心地が悪そうにしている。
「……という訳でだ、この南瓜をお前達の手でらんたんとやらに加工するなり、調理するなりして減らして貰いたい」
浄化師達は互いに顔を見合わせる。
そして南瓜の山に視線を向ける。
この南瓜達、結構な数ありますけど本当に減らせるんですかね?
南瓜の山を前に、浄化師達の顔には不安が浮かぶ。
これでも頑張って減らした方だとエンジュは言うのだから驚きだ。
「作業場として食堂の一部の使用許可は取っておいた、加工や調理したものは我々が責任を持って近隣の祭り会場に届けよう」
「まあせっかく用意したんだ、好きなだけくり抜いて行ってくれ」
トウヤは再び南瓜を頭に被り、微笑んだ。
南瓜で全く顔は見えないが、微笑んだ。
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流れ出る血は止まらない。
その日、魔女リアンは、魔女メイカをかばって死んだ。
雨に打たれ、灰色に濡れた体はついに動くことを諦める。
それは、世界の端っこで起きた小さな悲劇。
だけど、リアンの友人であるメイカにとっては何よりも堪えがたい事実だった。
大切な人を失ったメイカは、苦しそうに顔を歪める。
浄化師達による捕縛から辛くも逃げ出した後、息も絶え絶えのメイカは地べたに這いつくばった。
「リアン! リアン!」
メイカはリアンの頬に手を触れると、もう二度と目覚めることのない彼女の意識に何度も呼びかけた。
魔女はエレメンツと変わらない容姿を持ち、人では使うことができない魔法を行使し、また、人を喰らう存在として人々から恐れられている。
魔女リアンは数多くの人々を喰らい、あまたの村を焼き払った。
そのため、浄化師に捕縛の指令が下されたのだった。
「絶対に、リアンを死なせたことを後悔させるんだから!」
メイカは復讐を誓った。
しかし、リアンとは違い、メイカが使える魔法はただ一つだ。
そして、それは呪いにも等しい魔法だった。
「絶対に許さないんだから!!」
悲鳴にも近い慟哭を上げた後、メイカはそのまま力尽きて地面に崩れ落ちる。
メイカによって放たれた魔法は、彼女が死んでもなお、教団で発現した。
「おい、そろそろ部屋から出てこいよ。寮母さんが困っていたぞ」
その日、いつまで経っても部屋から出てこないパートナーに業を煮やして、あなたは寮母の許可を得て、パートナーの部屋へと赴いていた。
残酷なほどに穏やかな空気が流れる部屋には、あなたとパートナーしかいない。
ベッドに横たわるパートナーは、体調が悪いのか酷い顔色だった。
パートナーの様子を見て、あなたは不安そうにつぶやいた。
「具合、悪そうだな。今日は休んだ方がいいんじゃないのか」
「なんで」
泣き出しそうに歪んだパートナーの顔には、はっきりと非難の色が浮かんでいた。
「なんで私、浄化師になったんだろう?」
「突然、どうしたんだよ?」
悲しみのこもった涙が頬に流れる中、パートナーは躊躇うようにこう続ける。
「私、魔女を――リアンを死なせた浄化師なんて嫌い! 出て行って!」
「おい、なに言って……?」
「出て行ってよ!!」
まるで追い詰められた獣のような剣幕だった。
あまりに強く激しいパートナーの拒絶に面食らい、あなたは心底困惑した。
パートナーの身に、何か異変が起きている。
それだけをかろうじて察したあなたは、身体を震わせるパートナーに手を伸ばす。
「本当にどうしたんだよ……」
あなたの疑問に、パートナーは答えない。
ただ、怯えたように、パートナーの表情は硬く強張るだけだ。
あなたが仕方なく、パートナーの部屋から出ると、他の部屋でも同じような現象が起こっていた。
「確か、魔女リアンって、司令部で捕縛の指令が出されていた魔女の一人だよな……」
別の浄化師達が指令を受けて、魔女二人の拘束に赴いた。
しかし、その際の戦闘で、魔女は二人とも死亡したという報告を聞いている。
「魔女リアンについて調べてみるか」
そのとらえどころのない意味深な言葉が、取り乱したパートナーの行動とともに、妙にあなたの頭に残ったのだった。
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ハロウィン。
それは仮装とお菓子の祭典だ。
正式ないわれはあるのだが、今ではお祭り騒ぎのひとつとして、様々な催し物が開催されていたりする。
いまリュミエールストリートで行われている物もそのひとつ。
それがリュミエールストリートを使っての合コンだ。
リュミエールストリートに仮装姿で赴いて、同じく仮装姿の相手に声を掛け。
相手がその気になれば、お喋りやちょっとしたお買いもの。
気が乗れば、食事にお酒。
その先は、お互い合意でひとつよろしく。
言ってみれば、気軽なナンパとデートの場を提供するということだ。
もっとも、あくまでも同意の上の話。
リュミエールストリートに店を構える商店としても、野暮でつまらぬ輩はお断りと、冒険者達を雇って周囲を警護して貰っている。
なので安全が保障される中で、ちょいと浮かれた気持ちで訪れる者も多い。
カフェテリア「アモール」では、カボチャのラテアートを楽しむカップルが。
大手ファッションショップ「パリの風」では、様々な仮装姿を楽しみ、時にねだられる光景も。
フリーマーケット「オルヴワル」では、お菓子の屋台や魔女やカボチャの人形など、ハロウィンにまつわる物が売られている。
飲み屋街「ボヌスワレ・ストリート」に目を向ければ、明るく楽しく飲んで騒ぐ者達も。
そんなリュミエールストリートで行われている、ハロウィンにかこつけた合コンに浄化師達は参加することに。
もちろん指令である。
理由は一つ。魔女のテロを防ぐための抑止力としてだ。
魔女の過激派である怨讐派が、ハロウィンに人食いをするべく動き出した。
それを防ぐために参加するよう指令を受けたのだ。
もっとも、警護が厳しいリュミエールストリートに魔女が来る可能性は低いので、盛り上げも兼ねて楽しんでくるようにとのお達しが。
そうしてアナタ達はリュミエールストリートでの合コンに参加している。
魔女が居ることに、気付けぬまま。
「貴女が生きて帰って来れて、本当に好かったわ」
魔女アルケーの言葉に、魔女セパルは返す。
「ありがとう」
2人が居るのは、臨時で設置されたオープンカフェ。
合コンで立ち話というのも味気ないので用意された物のひとつに、ウボーとセレナという名前の男女2人と共に居る。
合計4人。
穏やかにお茶をしながら、その場に居た。
燃えるような赤毛をしたアルケーは、友であるセパルに言った。
「それにしても、相変わらず無茶をするわ。教団に直談判しに行くなんて」
いま彼女が口にしたのは、セパルが教団に赴き、教団「室長」であるヨセフ・アークライトに会いに行ったことだ。
これにより、魔女の過激派である怨讐派のテロ行為が事前に伝わり、現在は浄化師による抑止が行われている。
「ごめんね、心配させちゃって。でも、必要な事だったから」
セパルの言葉に、変わらぬ穏やかな笑みを浮かべたままアルケーは返した。
「気を付けてね。貴女が殺されでもしたら、私は怒りで爆発しちゃう」
爆炎の魔女とも呼ばれるアルケーに、セパルは変わらぬ笑顔で返す。
「気を付けるよ。それにしてもアルケー、キミは他の怨讐派の子達と一緒には行動しないんだね」
「ええ。だって、子供を食べるって言うんですもの。ダメでしょ、そんなの」
どろりとした濁りを瞳に宿し、アルケーは続ける。
「子供を殺すだなんて。そんなの、アイツらと一緒だわ」
夫と子供を魔女狩りで殺されたアルケーは、断言するように言う。
「私たちは魔女だもの。魔女狩りをした人間なんかとは違うわ。だから、参加しないことにしたの」
「これからも?」
セパルの問い掛けに、アルケーは笑顔で返す。
「心配しないで。少なくともここで、私は何も出来ないわ。この距離なら、私が何かするよりも早く、首を刎ねるぐらいは出来るでしょう?」
「嫌だよ」
セパルは即座に返す。
「君を死なせたくないし、殺したくない。そんなことのために、教団に連れて行かれそうになったキミを助けた訳じゃないよ」
これにアルケーは、これまでとは違う、泣きそうな表情を一瞬だけ浮かべ返した。
「冗談よ。私も貴女に殺されたくないわ。それに、私の復讐は終わってるもの」
お腹に手を当てながら、アルケーは続けて言った。
「でも、復讐できずにいる子達や、心の整理がつかない子達は違うわ。殺そうとするでしょうね」
「だから止めたいんだ、アルケー。キミなら、他の怨讐派の子達の動きを知っているんじゃないかな?」
これにアルケーは、微笑みを浮かべながら応えた。
「居るわよ、ここに。若い子達を、ここに連れて来てるの」
「それは知ってる。だからこっちも、世俗派の若い子達を連れて来てるんだ」
多くの人々でごった返すリュミエールストリート。
ここに何人もの魔女が訪れていると、セパルとアルケーの2人は言っている。
だが、それは問題ではなかった。
「大丈夫よ。怨讐派に居ると言っても、あの子達は人間を傷付けられないわ」
「だろうね。でも、止めてくれる誰かがいなきゃ、どうなるか分からない」
「だから、世俗派の若い子達を連れて来たの?」
「そうだよ。それに――」
セパルは信じるような笑顔を浮かべ言った。
「浄化師の子達も、ここには来てるんだ」
「……浄化師が、助けてくれるというの?」
「違うよ。ここに魔女が来てることは伝えてないから。でも、間近で浄化師を見ることが出来るチャンスだよ」
「それで何かが変わるかしら?」
「分からない。でも、切っ掛けにはなるよ」
セパルは、リュミエールストリートを歩いている魔女達と、浄化師達に視線を向け言った。
「知らなきゃ、何も変わらないよ。魔女の中には、浄化師を殺し屋みたいに思ってる子もいるからね。身近で見れば、自分達と同じだって、思えるかもしれない」
「……そうね。そうなれるなら、良いわ」
静かにアルケーは返し、セパルと同じように若い魔女達と、そして浄化師達に視線を向けた。
そうした中、アナタ達はリュミエールストリートでの合コンに参加しています。
魔女が居ることも、魔女に見られていることも知りません。
ですがアナタ達が、アナタ達にとっての日常を過ごしている所を見ることで、若い魔女たちの意識が変わる切っ掛けになるかもしれません。
そのためにも、リュミエールストリートでのハロウィン合コンを楽しんでください!
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これは、どういうことなんですか。ウィリさん!
「えーと」
ちゃんとした説明求めますよ?
「五徹キメて作業するのはよくないと思うザマスよ」
ごもっとも! あんたなぁ! これどうするんだ!
現在、浄化師たちの手と手はがっつりとくっついていた。
指が絡み合い、しっかりとつながっている状態。恋人繋ぎである。
ことの発端は、さまざまな道具を作ることを生業としている魔術鍛冶職人ウィリが「ちょっとめんどくさい液体作ったザマス、悪いザマスが、瓶にいれるの手伝うザマス」といったので、彼の作業室に訪れて仕方なく手伝った。手伝ったはいいのだが……。
「あっ」
ウィリがそう呟いた瞬間、思いっきりこけた。それを助けようとしたのが運のツキ。
ウィリの手にもっていた液体がかかったのだ。
そうして、現在に至る。
「怒らないでほしいザマス。一時間もしたら自然と外れるザマス」
え、まって。一時間はこのまま?
「そうザマス」
きりっとした顔で言い切られた。
「ちなみに、そのくっついちゃーうの液にはいろいろなものがはいっているザマス」
ネーミングセンスないなぁ。ウィリ。
「うるさいザマス! 聞くザマス。それには惚れ薬の成分もはいってるザマス! 惚れ薬の成分っていうのは、つまりは脳の誤作動を起こすもの。手を繋いでいるだけでどきどきしてしまう、相手を意識してしまうそういう成分ザマスっ」
お、おう。
「一時間も手を繋いでいたら、もうキスしたくなるほどに相手が愛しくなるザマスよ」
……ちょっとぉおおお!
「えへザマス」
こ、こいつ、悪いと思ってない。絶対に悪いと思ってない!
「実際、キスしたくなるかとか思わず告白しちゃうのかは個人差があるザマス。
薬の効果が本当にきくのかもぶっちゃけ試作品なのでわからないザマス。全然作用しない可能性もあるザマスし、効果抜群の場合もあるザマス」
え、えー。
「まぁ、これ、最近嫁に構われないから強制的にくっつきたいとか泣きついてきた狐面の浄化師の依頼ザマスが」
なんだろう、誰が依頼者か、すげー想像ができる。え、薬の効果っていうのは。
「今回、薬をつくるのに使用したニムファの幻覚作用を持つ成分が惚れ薬的なアレとして使用できるかの実験も兼ねているザマス。
ようは、幻覚作用でくっついている相手がすごく素敵に見えるザマス。相手に一ミリ単位も関心がなければ、まぁかっこよく見えてどきどきするなぁ程度ザマスが、実は好意を無意識にも持っていたらもう世界はきらきらするし、一つ一つの動作にときめいて胸が苦しくなるザマス。だから恋愛要素なんてないと本人同士が思えばたいした効果はないザマス」
は、はぁ。
「一時間後にはなんでときめいていたのかと思う程度ザマス」
もし、好意を持っていたら?
「どきどきし続けるザマスね。無意識でも持っていたならもう大変かもしれないザマス、きっと」
ひぇ。
「なーんて、嘘ザマス。手が離れたあと、じわじわと薬の成分が抜けて落ち着くザマスよ。そんなわけでたいして害はないから安心するザマス。僕は眠いので寝るザマス。おやすみザマス」
え、えええ!
「一時間、どう過ごすかは好きにするザマス。あ、結果はレポートをまとめておくザマス。研究の足しにするざま……すやぁ」
言うだけ言って毛布にくるまって寝やがったよ、こいつ!
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エントランスの前に二人の男女の姿があった。
一人は茶色の柔らかい髪を編み込みした小柄な少女で、もう一人は銀色の髪の真面目そうな青年だった。
少女の名はきらら。
青年の名はジオニード。
この二人は先日とある事件がきっかけで浄化師になったばかりの新人の浄化師だった。
きららはエントランスに貼られている依頼を凝視していた。
依頼の内容は首都エルドラドにある一つの大きなホテルでハロウィンパーティが行われると言うものだった。
このホテルはエルドラドの中でも有名なホテルらしく、毎年この時期になるとホテル内の会場でハロウィンパーティが開催されていた。
ホテルの経営者がいつも教団側にお世話になっているので日頃の感謝の意味も込めて、今年は浄化師達もハロウィンパーティに招待するとの事だった。
ハロウィンパーティには豪華なお菓子とご馳走が出るらしく、パーティに必要な衣装からメイク、髪のセットまでホテルのスタッフに申し出れば全て用意して貰えると記載されていた。
ハロウィンパーティは貸し切りでは無い為他の貴族の客達も来るようで、その子供達に向けたちょっとしたイベントが行われているようだった。
仮装した子供達から「トリックオアトリート」と言われたらお菓子を渡すと子供達は喜び、渡さないと顔にラクガキをされると言う悪戯をされてしまうのだ。
それはハロウィンパーティに参加する為には例え子供達に悪戯をされても怒ってはいけない事が参加条件として依頼内容に記載されていた。
きっと子供に向けたイベントだからなのだろう……。
悪戯をされて怒ってしまっては子供達が可哀想だし、何よりハロウィンパーティのイベントの一貫だ。
そしてパーティの夜にはホテル内で部屋に宿泊出来るらしかった。
出される料理の他に酒も出るらしく、いくら飲んでも大丈夫なように、もしくはパートナーと特別な一日を過ごせるようにとホテル側が配慮をしてくれたものだった。
「ジオニードさん、わたし……」
「分かってる。これに参加したいのだろう」
「凄いですね! どうしてわかったのですか!?」
ジオニードの顔を見て驚くきららにジオニードは小さく苦笑した。
「そんなにガン見していたら誰だって分かるだろう。お前はとくに分かりやすいからな」
「むぅ。わたしそんなに分かりやすいですかねぇ」
少しだけ唇を尖らせるきららにジオニードは
「ああ。分かりやすいよ」
と、そう答える。
「わたしこれに参加して他の浄化師さん達と仲良くなりたいんです。わたしまだ同じ浄化師の友達がいないから……」
少しだけ寂しそうに小さな声できららは言う。
「なら参加しょう」
「え?」
「参加して他の浄化師さん達と仲良くなりたいんだろう? これに参加して友達を作ったらいいんじゃないだろうか。それに私達は契約をしたばかりだ。ここで……その二人の思い出を作るのは悪くはないかと思うのだが……」
ジオニードは何処か少しだけ気恥しそうに言った。
だが彼の僅かに別の意味を含めた言葉に、鈍感なきららは気づきもしないで馬鹿正直に彼の優しさだと受け取ってしまった。
「ジオニードさん、有難うございます。では早速申し込みにいきましょう!」
そう言いながらきららはジオニードの手を引き、その場から離れて行ってしまった。
その数分後。
エントラスト内に貼られたハロウィンパーティの依頼を見て、あなた達は内容を確認した。
そして申し込みをする為にその場から動いたのだった─────。
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人々から愛され続け、今なお大いに盛り上がる行事が年に数回、存在する。
とはいえ、それらの行事が始められた頃と比べれば、その意味合いは多少変動したり忘れ去られたりしていくものだ。
元々は悪しき者たちを祓う宗教的要素の強かったおどろおどろしい夜も、今ではすっかり仮装を楽しむ祭りとなってしまった。
確かに非日常な催しを心から堪能する生き物のエネルギーは、悪霊だなんだを退散させるに相応しい眩しさを持ってはいるのだろう。
そんなハロウィンには、もうひとつ、大切な要素があった。
即ち秋の収穫祭である。
今年の作物の無事の収穫を祝う為、というよりは、無事に収穫出来たことを祝う祭りという意味合いが大きくなり、こちらもまた在り方そのものは変わってはいるものの、兎に角食に感謝する祭りとしてその姿を残していた。
「今年もいろんなお店が参加してくれてるみたいねー」
「ね! 本当に楽しみ!」
「まあ、この夜のせいで確実に体重は増えるんだけどね……」
来るハロウィンの夜に向け着々と準備を進める市街地を、ヒューマンとエレメンツの少女たちが胸を躍らせて歩いて行く。
彼女らが行くメインストリートの左右。
色とりどり――だが定番カラーの紫とオレンジと黒が目立つ――の屋台やイベントテントが精力的に設置され始めていた。
モンスターのようなメイクを体験出来る会場もあれば、通例通りにお菓子と悪戯が横行する会場もある中、ここでは当日の正午から夜中の12時ぴったりまで、秋の味覚がそれこそ腹一杯無料で楽しめるイベントが開催される。
参加条件は、仮装していること。
少女の一団もその仮装の為の布地や化粧類を買いに向かうところだった。
りんご、ぶどう、梨、柿、栗、さつまいも、カボチャにキノコなどなど。
それらを普段はレストランやケーキ屋を切り盛りしている顔見知りのシェフたちが、腕を揮って調理する。
例えば、肉に垂らすソースやパイやスープやプリンやケーキなんかに。
そうして舌鼓をうった参加者たちは、これだと思った店に一票だけ投じるのだ。
日付が変わったあとに開票され、見事一位になった店とそこに食材を卸した農家は今年の『ハロウィン・マスター』として表彰される。
料理を供する側はもちろん一位を獲る為に本気になり、そして食する側も全身全霊で料理と向き合う白熱した時間になるのが毎年の光景だった。
好き嫌いのある子どもも、この一夜を境にして苦手だった野菜を食べられるように、なんてことも珍しくはない。
折角だからたくさんの味を楽しみたいと欲張ってしまうのが生き物の性であり、それ故に体重を気にする女性は板挟みとなってしまう罪作りなイベントでもあるのだが。
「でもやっぱりさ、普段おまけしてくれるパン屋さんとかにちょーっと贔屓しちゃうじゃん?」
「あー、一昨年だっけ? 自分の家が大家族だからっていーっぱい他から親戚呼んでズルして失格になった店もあったねー」
「うん。だからあれでしょ。今年からは公平な立場の票として薔薇十字教団の人たちも呼ぶんだって」
「わあ、エクソシストってこと? 確かになんか、あの人たちって食べても太らなさそう!」
「ていうかたくさん食べられそうじゃない?」
「いいな~」
羨ましい、と盛り上がりながらとある手芸屋に入って行った少女たちの背中を眺め、哨戒中だった歳若い祓魔人と喰人は無言で顔を見合わせた。
種族にもよるが、別にエクソシストは必ずしも食べても食べても太らない体質、ということもなければ、胃袋のサイズも個人差がある。
収穫祭に招待されている至って普通のふたりは、そっと制服の上から己の腹部に手を当て、せめて当日の仮装の衣装はウエストが苦しくならないデザインにしよう、と密かに決意した。
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おとなたちの声がする。扉に耳をあてる少年に、その会話はほとんど理解できない。
感じとれるのは不穏な空気。おとなたちは話を続けている。少年が悪戯をしたり、勝手に練習途中の魔法を使ったりしたときと同じような、怒りがにじむ声だった。
「世俗派」「裏切り」「始末」「浄化師」「教団」。
暗い部屋の空気を揺らす単語のいくつかを、少年は知っている。
少年はそうっと扉から体を離した。身分の高いおとなたちは、あの部屋で話しあいをしている。
他のおとなたちは、子どもたちが寝ている部屋を回っているだろう。きちんと眠っているか、悪夢を見ている子はいないか、確かめているのだ。
少年は枕や日中に盗んでおいた予備の毛布を使い、ベッドに細工をしてきた。きっと、揺すられない限りバレない。
用心深く外に出る。厚い雲が月を隠してくれていた。おかげで真っ暗だが、好都合だ。
「まってろ、サウィン」
大好きな友だちの名前を口に出すと、勇気が出た。闇で作ったような森も凶悪な野生動物も魔物も、ちっとも怖くない。
少年には魔法がある。遠くに――「教団」に行ってしまったサウィンに、絶対に会うのだという意思がある。
おとなたちが追いかけてくるかもしれない。たくさん叱られるかもしれない。考えただけで震え上がったが、少年は奥歯を噛み締めて堪えた。
だって。
おとなたちの勝手でおれとサウィンは引き離された。引きずられるように連れていかれたサウィンは今、教団にいるはずだ。
「すぐに、あいにいくから」
怨讐派とか世俗派とか、魔女とか浄化師とか、教団とか裏切りとか。
そんなもの、少年とサウィンの友情にまったく関係はなく、二人を遠ざける理由になんてならないのだから。
「ポモナ?」
教皇国家アークソサエティ、エトワール地区リュミエールストリートを、母と手をつないで歩いていた少年は目を見開く。
リュミエールストリートはハロウィンらしい飾りつけが行われ、一歩進むのも大変なほど、仮装した多くの人々で賑わっていた。
森の中で生まれ育ち、ほとんど出歩くことなく、ひたすら室内で魔法の研鑽に励んできた少年は、絢爛たる光景に少し怯えている。
「どうしたの? サウィン」
きょとんと母が問う。目立たない格好の、まだ若い女性だ。
その正体は、教団に助けを求めた世俗派に属する魔女のひとりだった。
「うーん……」
サウィンは目を擦る。人と人の間にポモナの姿を垣間見た気がしたのだが、そんなことあり得ないと、少年はよく知っていた。
母や自分が属する世俗派と、ポモナが属する怨讐派は、現在、喧嘩の最中らしい。ポモナとはもう会えないとサウィンは聞かされていたし、一晩ずっと泣きじゃくって、どうしようもないということを受け入れ始めていた。
しかし。
「あ……っ!」
また見えた。今度は見間違いじゃない。
「こら、サウィン!」
母の手を振り払い、サウィンは走り出す。
「ポモナ! ポモナってば!」
声の限り叫んだ。体力があまりないサウィンの息はすぐに上がる。耳のすぐ近くに心臓が移動したみたいだった。ばくばくとうるさい。
「まってよ!」
苦しさと嬉しさで涙が出た。走るポモナを見失わないよう、何度も袖でしずくを拭う。
聞き分けのいい子の振りをして、諦めたつもりだった。
どうしておとなたちの喧嘩に、ぼくたちが巻きこまれないといけないのかと、本当はずっと怒っていたし、悲しかったし、くやしかった。
「ポモナ!」
「……サウィン?」
光と喧噪あふれるリュミエールストリートの外れ。人気のない夜の街の片隅。
月を覆っていた雲が、見えざる手に引き千切られるように分かれる。秋の月明かりは少し冷ややかだった。
ようやく足をとめたポモナは、森の中を走ってきたのか泥だらけだ。魔法も使ったのだろう、顔色がよくない。
十歳に満たない少年たちはまだ、上手に大気中の魔力を扱えなかった。
「ポモナぁ……っ」
「サウィン。よかった、あえた!」
二人は抱きあい、わぁんわぁんと大声で泣いて再会を喜んだ。
しばらくそうして、涙がとまり始めて、ふとポモナは首を傾ける。
「そういえばここ、どこだ?」
「……え?」
周囲を見回したサウィンは、まったく知らいないところにいると気づいて、青ざめた。
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「なぁ、人間って本当に強いのか?」
そう言ったのは、竜の渓谷にいるドラゴンである。
竜の渓谷――。
「ドラゴンの最期の地」と呼ばれる自然豊かな渓谷で、ドラゴン達が穏やかに生活をしている場所である。
時刻は午後九時を少し回ったところ。すでに渓谷は静まり返っており、時折吹く風が妙に心地いい。
ドラゴンの横には、一体の老ドラゴンの姿があるこのドラゴンこそ、竜の渓谷に住まう老ドラゴンである。
老ドラゴンは少し考え込んだ後、切れ長の瞳を空に向けながら質問に答える。
「人間は強いかか……。それはお主の方が詳しいのではないか?」
すると、ドラゴンは笑みを浮かべ、
「俺の方が詳しい? なぜそんな風に言う?」
「人間は時としてドラゴンを襲う。それはお主も知っているだろう」
ドラゴンは魔術の道具として利用できる側面がある。
基本的に、この竜の渓谷は関係者以外立ち入り禁止されているが、中にはその掟を破り、ドラゴンの密猟を試みる不届き者がいるのも事実である。
人間の中には、ドラゴンを捕獲し、魔術道具にしようとしている。中には腕の立つ魔術師もいて、ドラゴンを苦しめるのだ。
その事実を、老ドラゴンは知っている。だからこそ、頭を悩ませているのである。
「確かに人間がドラゴンを捕獲しようとしている事実を知っている」
と、ドラゴンは告げる。
その発言には全くうぬぼれが感じられずに、極々自然である。
「なら」老ドラゴンは言う。
「人間の能力を知っているだろう。人間の存在は確かに脅威だ。しかし、ドラゴンには遠く及ばない。それが人間の限界だろう。
もちろん、子供のドラゴンが狙われる場合は別だ。子供のドラゴンは戦闘力が低いから、人間に殺される場合もある。
だが、お主は別だろう。お主は強いドラゴンだ。人間に遅れは取らない」
「もちろん、それはわかっている。俺は人間には負けない。だがな、気になるんだよ。本当に俺よりも強い人間がいないのか? ってな……。
どこかに俺を負かすような人間がいるのではないか? そんな風に感じるのだ」
ドラゴンの思惑が、いまいち見えてこない。
老ドラゴンは眉根を寄せながら、どう答えるべきか迷っていた。
このドラゴンと付き合いは長い。しかし、すべてを知っていると言えばそうではない。
このドラゴンは穏やかな性質を持っているものの、戦闘能力は高く、老ドラゴンも一目置いているのである。
「お主は何が言いたいのだ?」
老ドラゴンは正直に告げる。
すると、ドラゴンはケラケラと笑い、大きな体を揺り動かした。
「俺の望みは一つ。強い人間と戦いたい」
「強い人間と? なぜ戦う?」
「人間の戦闘力を見てみたいんだ。奴らの中には魔術が使える者もいる。そういった人間の中には、俺よりも強い奴がいるんじゃないのか?
俺は自分の力を試していたいのだ。本当に強い人間に勝てれば、俺はこの渓谷を守り抜ける。
管理するのはお前の仕事でもあるが、ドラゴン自身も戦うべき時があるのだ」
竜の渓谷は基本的にリントヴルム一族と、その協力者であるデモンが中心に守護しているものの、彼(ドラゴン)も、防衛活動に携わっているのである。
「なるほど。私はお主が人間に後れを取るとは思えない。しかし、自分の力を試したいという気持ちは理解できる。よろしい。一つ骨を折ろう」
「相手を探してくれるのか?」
と、ドラゴンは興味深そうに告げる。
老ドラゴンは一呼吸を置くと、ゆっくりとドラゴンを見つめた。
「薔薇十字教団。お主も知っているだろう?」
「エクソシストか……。まぁそれなりに知っているが」
「エクソシストは強力な能力を持つ。お主の相手としては不足ないだろう。連絡については、ワインドに相談をして、教団に連絡してほしいと頼んでみよう。
ドラゴンを手合わせしてみたい人間を募集する。いくらか集まるだろう。戦う場所は草原がいいだろう。広々として模擬決戦にはうってつけだ」
「エクソシストと戦闘か……。それは楽しみだ」
「満足か?」
「うむ、自分の力を試せそうだ。これはお互いにとっていい訓練になるだろう」
ドラゴンとエクソシストの戦闘。
模擬決戦という名目であるが、激戦が予想される――。
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「僕はウーベ。君たちに竜の渓谷のことで集まってもらったんだけどー、お願いしたいことがあるんだー」
ウーベと呼んでいいよ、と朗らかに言った男は丸まると太った体型で動く度にお腹がぽよんぽよんと揺れた。
ウーベルト・テルミンはどこもたっぷりと贅肉がついていて、顔も丸く二重顎でたぷたぷしている。天然パーマの金髪はふわふわとしているのと同じように話し口調もゆるふわとしたものだった。
「僕、他の部署だったんだけど、人手不足で引っ張られてきたんだー、これから何度か顔を合わせることもあるかな~? そのはずー、多分? まあいいや、とりあえずよろしくねー」
司令部の人材不足を垣間見た浄化師の無言が深くなったが、ウーベルトは気にした様子もなくマイペースに話す。
「竜の渓谷から依頼があったんだー、君たちも知っての通り、先の終焉の夜明け団の事件があったよね~。今後もそういったことが起こらないとも限らないから警備体制を考え直すそうだよー」
間延びした口調の割には内容はしっかりしたものだった。
「竜の渓谷の住人ではない外部からの視点で意見が欲しいだって~。実際に竜の渓谷に視察に行ってもらって、体感したことを報告書にまとめて欲しいんだよー」
つまり、ウーベルトの話を纏めるとこうだ。
先の事件で侵入経路は調査中だが、まだ不明な点も多い。警備体制を考え直したいが、内からでは気づかない点や見落としもあるだろう。なので、外の住人である教団からの目線で警備に穴がないか意見が欲しいということだった。
ウーベルトは丸まるとしたお腹を揺らしながら説明する。
「竜の渓谷は4つの地区に分かれてるよー、一つ目はね、ニーベルンゲンの草原。海原みたいに広がる草原は初めて見たらびっくりするかもねー。悩みなんて忘れちゃいそうになる光景だよ~。今は秋だから寒くも暑くもないし、お昼寝にはぴったりだよねー。でも、ドラゴンが気づかず踏んじゃうかもしれないからできないかー……」
ウーベルトは指折りに数えながら楽しげに語り出したかと思えば、最後にはがっかりと肩を落としていた。
「二つ目はねー、清澄の渓流。水辺を好むドラゴンや子供のドラゴンがよくいるよー。特に子ドラは好奇心が強いから遊びのつもりで突撃されて病棟送りになった浄化師もいるから気をつけてねー」
のほほんと戦闘職である浄化師が病棟送りにされた事実をさらりと告げられる。
「三つ目ー、遊牧草原。ドラゴン達の餌である牛や鶏、羊や鹿が管理者さん達の手によって大切に育てられているよー。でも、グロいのがダメな人は止めておいた方がいいかもねー、大きいドラゴンなら丸飲みだけど、ちっちゃいドラゴンはまだ食べるのが下手だからねー」
その言葉に勘の良い浄化師は「あっ」と察した者も多い。
「最後は竜の霊廟だよー、ドラゴン達が死した後に眠る墓地だから、とても神聖で大切な場所だよ~。ここで罰が当たるような行為をしたらダメだからねー」
両手で罰印をつくって一生懸命に説明するウーベルト。
「ここまでで分かりにくいことがあったら聞いてねー」
浄化師達に疑問がないことを確認すると、ふくふくとした頬を揺らしながら一度頷く。
「うん。エリアについてのお話はここまでー、竜の渓谷は広いからねー。移動手段について話すよー」
ウーベルトはハンカチで汗を拭いながら二重顎をたぷんと揺らし話を続ける。
「ニーベルンゲンの草原にある転移方舟で移動した君たちには、ドラゴンに乗って移動してもらうよ~、ドラゴンと一緒に空を飛ぶってロマンがあるよねー。さすがに徒歩だとエリアを見て回るのは大変だからねー、こちらから管理者さんたちにお願いしておいたんだー。高いところがダメな人はドラゴンがひく馬車やソリに乗って移動するといいよー」
長いこと話して疲れたのか机に置かれたコップから水を飲み干すと、ウーベルトは口を開く。
「移動に協力してくれるドラゴンは基本的に優しくて友好的だよー。これから竜の渓谷と仲良くする為にもお話ししてみるといいかもねー。浄化師に個性的な人が多いみたいにー、ドラゴンも色々な性格をしているよー、おしゃべりなドラゴンもいればー、長生きしているせいかマイペースだったり、ワンテンポすれたドラゴンもいるから話が噛み合わなくてもイライラしちゃダメだよー」
のんびりと間延びした口調で話されるとどうにも眠たくなってくる。浄化師の中には眠たげに瞼が落ちそうになりそうなのをパートナーからど突かれ叩き起こされている者も中にはいた。
「まあ、そんなに堅く考えずに観光がてらに行ってくればいいよ~、報告書楽しみにしてるねー」
こうして最後まで締まりがつかないまま、指令は発令されたのだった。
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