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・慣れという名の恐怖
人は未知をこそ恐怖する。
昔、とある賢者はそう言った。
目の前に現れた狼の群れよりも、むしろ暗闇に響く無数の遠吠えの方が怖ろしいのだと。
それは言いえて妙であろう。確かに人は未知なるものを恐怖する。
しかし、つまりそれは、人は見知ったものであれば、それが例え命の危険を及ぼすものであったとしても少し見くびってしまうということでもある。
ここは教皇国家アークソサエティの一角。
集落と集落をつなぐ道の中ほどにある茂みである。
その森の入り口で二人の若者が口論をしていた。
「いや、これ以上はやばいって。ここ、あれだろ? ミミズ沼が近いところだろ?」
「大丈夫だって。今時期はまだミミズは動き出してないから心配すんな」
不安げな様子で帰宅を促す男と、それをたしなめながらきょろきょろと地面を見渡し何かを探す男。
二人とも腰に木製のかごを装着しており、その中には相当な量の草が入っている。
どうやら森で食料となる植物を採取しているらしい。
自分で食べるつもりなのか、それとも売り払ってお金にするつもりなのかは窺い知れないが。
「大体、怖がり過ぎなんだよ。ここはいつも俺が使ってる庭みたいなもんだから」
怖がる相棒をさておいてずんずんと先に進む男。
「本当に大丈夫なんだろうな……」
不満を漏らしながらも結局しぶしぶ後ろに従うもう一人の男。
ここで一人だけ帰るとなると、まるで自分だけがビビって帰ったみたいで気に食わない。
一種の意地ともいえるが、実際には場の空気に流されて逆らえない性格というだけである。
「大丈夫、大丈夫。ここ数年はこの辺で被害者はでてないし」
相棒の不安を和らげようと意識して明るい声を男が出す。
ミミズ沼というのはこの森に存在する沼の異名である。
正式な名称はアシッド湿地帯。
名前の通りアシッドに汚染されてしまった沼地であり、ベリアルの発生率が非常に高く、普通の人は近寄らない危険地帯である。
特に出現率が高いのがドレインワームと呼ばれる巨大ミミズであり、その為現地民からは『ミミズ沼』という異名で呼ばれていた。
とはいえ、ここはまだその湿地帯からは距離があり、アシッド汚染の影響も薄い。
ベリアルとの遭遇率はそれほど高くなく、故に男が言うように数年被害らしい被害は聞かれていない。
その意味では確かに安全だと思うのも無理はない。
ガサッ!
「ん? 何か落としたか?」
「……いや、なにも」
しかし、それは致命的な勘違いである。
今まで被害が出ていなかったのは『そこが危険だと誰しもが理解していた』からだ。
決して『安全な場所だから』ではない。
それを男は理解していなかった。
「おい、足元に……」
「えっ?」
後ろの男の警告が届くよりも早く、足元の地面からドレインワームが飛び出し男の首筋に食らいつく。
「あっ……が――」
「う、うわぁぁぁぁ!」
悲鳴も上げられず倒れた男の代わりと言わんばかりに後ろの男が大声を上げる。
「た、たす……」
「ひっ、ひぃ!」
助けを求め伸ばされた手を避けるように足を引っ込め、男は一目散に駆け出す。
一切の躊躇いなく、非情とも言える判断。
だが、結果的にそれは正しかった。
ガサッ! ガサガサッ!
今まで男が立っていた場所も含め、周りの地面から次々と新しいワームが顔を出す。
もしも男が友人を助けようとしていれば、あるいは少しでも逃げるのをためらっていれば彼もまたワームの餌と化していただろう。
「あ……ぎ……」
倒れた男がかすかにうめき声をあげる。
ワームの牙には麻痺性の毒があり、もはや体を動かすことはおろか、悲鳴を上げることすらできない状態だった。
「あが……」
故に、数体のワームが群がり、貪りつくしても、茂みに男の悲鳴が響くことは無かった。
・苦言
「まったく……いい大人が行っていい場所と悪い場所も分からんのか」
一枚の紙をペラペラと翻しながら小さな子供が呟く。
いや、正確には彼は子供ではない。確かに外見は10歳かそこらの少年だが、彼はれっきとした教団付きの職員である。
子供に見えるのはマドールチェであるが故で、生まれてからの年数でいえばそこらの大人よりもよほどの高齢だ。
「その山菜とやらが命と引き換えにしても惜しくない代物だったとは思えんがな」
寄せられてきた報告書に目を通し、一人毒づく。
彼の仕事は教団に寄せられた様々な依頼を教団に所属する浄化師達に依頼として卸す事である。
「地元の人間であるが故か。慣れというのは怖いものだな」
さらさらと慣れた様子で書類にペンを走らせる。
「確かに今年は例年よりも『ミミズ沼』の周辺地域でのベリアルの目撃情報が多い……。対処しておくべきだろうな」
そう言って、彼は机の上の『依頼行き』と書かれた箱に紙を放り込んだ。
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薔薇十字教団に属するエクソシストたちは、教団から制服を与えられている。
しかしそのアレンジは自由だ。
あなたもまた、エクソシストとして指令を受けるにあたり、戦いやすいよう、ちょっとした好みも加味して、制服のアレンジを依頼していた。
その仮縫いが今朝、完成したらしい。
連絡を受け、あなたはパートナーとともに、制服の試着に訪れた。
「不都合があったら、気軽におっしゃってくださいね。今ならまだ十分直せますから」
担当メンバーに案内された試着室に一人で入り、制服に着替える。
「これを着ると、背筋が伸びるなあ……」
腕を上げ、腰をひねって、着用感を確認。
「なんかちょっときつい気がするけど……まあいいか」
あなたは、試着室を出、待ち受けていたパートナーに笑顔を向けた。
「おまたせ!」
ところが、だ。
「わっ!」
パートナーに、早くこの姿を見てほしいと思っていたからだろう。
足元の段差に気付かず、思い切りつまづいてしまった。
「危ないっ!」
パートナーが手を差し出してくれるも、間に合わず、気づけばあなたは床の上。
「いった……腰打っちゃった。あーあ、せっかくの新しい制服も汚れ……」
「ってお前っ!」
手を伸ばしてくれていたパートナーが、大きな声をだす。
「え? なにか不具合でも……」
あなたは自身を見下ろし――。
「あああっ!」
思いきり叫んだ。
これでは、パートナーが驚くのも無理はない。
この制服を着たとき、きついと思っていたあの場所が、それはもうぱっくり破れていたのだから。
「見た? 見たよね? その反応は見たよね?」
「いやいやいや、気のせいだ。心配するな。見てない。なにも見てない」
「嘘、絶対見たよね! っていうか忘れて、今見たもの瞬時に忘れて!」
「そんな無理……って、いたっ! 頭を掴むな、揺するな、そんなことしても、見たものがそう簡単に忘れられるかっ!」
「あああ、やっぱり見たんだあああ」
これから長い付き合いになるのに、こんな失敗をやらかすなんて!
ああ、もういったいどうしたらいいの!?
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さあ、高らかに吼えろ。
ここに自分はいると。
喉が張り裂けるまで謳え。
存在を証明するために。
声を上げろ。
そうでなければ、誰にも届かない。
お前たちの信念を見せつけろ。
叫べ、アブソリュートスペルを。
これは神へと反逆する物語。
かつて人間は様々な種族と生物と共に生きていた。
それは懐かしき幸せの日々。
今は失われてしまった愛おしくも泡沫の時代。
人間が世界の禁忌に触れた瞬間、その優しい時間は呆気なく終わりを迎えた。
神は、神罰を下す。
禁忌に触れたものたちを滅ぼすために「ヨハネの使徒」を放ち、世界中に降り注いだ「アシッドレイン」により、生きとし生けるものは異形の化け物「ベリアル」へと変貌してしまった。
剣や銃などの通常の手段ではベリアルを完全に消滅させることができない。
唯一それを可能とする者のことを「浄化師(エクソシスト)」と呼んだ。
浄化師は「魔喰器(イレイス)」を振るい、ベリアルに喰われた魂を解放し、ヨハネの使徒を葬る。
そのため、魔術組織「薔薇十字教団」は浄化師の素質を持つ者を強制的に集うようになる。
あなたは教団によって集められた浄化師の一人だ。
いや、まだ浄化師の素質を持つ人間に過ぎない。
浄化師は一人ではなれない。喰人と祓魔人の両名がいなければ、成り立たないのだ。
あなたは浄化師になるため適合者と契約することになる。その契約の際に、「アブソリュートスペル」が必要となる。
別名「魔術真名(まじゅつまな)」。喰人と祓魔人が契約の際に決める「絶対の信念を込めた言葉」だ。
アブソリュートスペルを発することで、浄化師は魔力を解放し、互いの能力を最大限に引き出すことができる。
だが、この言葉はそれだけではないのだ。
アブソリュートスペルは決して祈りの言葉ではない。
何に変えてもやり通すという強い信念がこもった魔術誓約。
自分自身への誓いであり、譲れない願いであり、何者にも侵されぬ強い意志でもある。
互いのつながりを示す言葉であるアブソリュートスペルは双方で決める。
二人では話し合って決めることもあれば、契約の際に自然と頭に思い浮かぶことさえある。浄化師の数だけ千差万別の経緯で決まる。どんなにアブソリュートスペルが決まらなくとも最終的には自然と見いだすのだ。
まるで必然だというように。
これは二人が「信念の言葉」を見つける話。
さあ、二人で高らかに叫べ。
それがあなたたちの歩みを示す言葉となるだろう。
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ある寒い日の事です。
浄化師である喰人と祓魔人は、教団の本部に出かけた帰り、あまりに寒いので近くのカフェに寄っていく事にしました。
清潔で明るい店内でストーブの近くに案内され、コートを脱いで一息つきます。
いくらか暖かくなってきたところで頼んだホットドリンクが運ばれてきました。
喰人はカフェオレ。祓魔人はブラックコーヒーです。
それぞれ、マグカップの熱さを指先で、飲み物の熱さを口で味わいながらしばらく黙っていましたが、やがて喰人の彼女が言いました。
「ね、あれ見て」
壁に大きくかけられている花の絵画の事です。
祓魔人は怪訝そうな顔をします。
「よくある花だろ、どうした?」
「あれ、あなたと初めて出会った時も咲いていたわよね。私、よく覚えているわ」
「ああ……そういえば」
祓魔人は頷きました。
「初めて会った時、私の事、どう思った?」
喰人はからかうような表情で祓魔人をのぞき込んでいます。
「お前こそどう思っていたんだよ」
祓魔人はちょっと怒ったような顔になりつつも、話し始めました。それに、喰人も答えるのでした。
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冬の夕暮れ。
低く位置する紅い太陽は、まもなくその役目を月へと引き継ごうとしていた。
人々もまた一日の勤めを終え、各々が安らぎを得られる場所へと帰っていく……。
それは、この人気のない墓地を訪れる彼女も同様であった。
「お待たせ致しました……御主人様」
黒のメイド服に身を包んだ女性は、とある墓の前にユリの花を手向けると、墓石に積もった雪を白い手で少しずつ払っていく。
「本日のご子息様も健康で明るいご様子でありました。少しだけお話する機会を得られたのですが、どうやら学校の魔術試験にて優秀な成績を修められたとの事……。貴方様に似て、文武両道の才に恵まれているようですね」
冷たい雪がその手に染みる。
だがその冷たさなど意にも介さぬ様子で楽しそうに語り続ける彼女。
雪を払い終えると白いハンカチを取り出し、愛しい人の身体を洗うように、丁寧に磨き上げる。
「こうしておりますと、お屋敷でお世話させて頂いていた頃を思い出します。今にして思えば、まるで夢のような……楽しくて明るい日々。奥様に対して負い目が無かった訳ではありませんでしたが……私は、例え愛されることはなくとも……貴方様と一緒に居られるだけで、至上の喜びを感じておりました」
しゃがみこむ彼女の瞳から涙が伝う。
まるでそれを慰めるように、彼女が連れ添っていた大型犬はその悲しみを舐め取っていく。
「……あら、こんな私を許してくれるの……【ボッシュ】? あなたの大事な主人を奪ってしまった私を」
ボッシュと呼ばれたその老犬は、生まれた時から彼女とその主人の共通のペットであった。
それは10年以上前。彼等の関係が主従ではなく幼馴染であった頃からの。
「あなたはいつも優しいのね……そして……とっても温かいわ」
彼女は目の前の犬を抱きしめる。
最初の内は大人しくされるがままのボッシュであったが、突如彼女の腕からすり抜けると、彼女が背中を向ける森の方を向きうなり始める。
「ヴゥゥゥ……!」
「ボッ……シュ?」
ボッシュが威嚇する先。
その先にはボッシュより一回り小さな小型サイズの犬が3匹姿を現した。
この墓地は鉄柱で作られた柵を境に、辺りを森に囲まれた小さな墓地だ。
柵に空いた穴を通ってこのような生物が迷い込んでくること自体は少なくないのだが……
「い、いやぁぁ!!?!」
3匹の犬からは、その身体を突き破るように飛び出た無数の触手がうねる。
それはかつて、彼女の目の前で最愛の人を奪った悪魔の象徴……【ベリアル】の証であった。
「ヴォゥ! ヴォゥヴォゥ!!」
「ああぁ……ダメ、ダメよボッシュ! は、早く逃げなさいっ!」
彼女は必死に声をあげる。
だが、それが限界でもあった。
恐怖と後悔に飲まれたその体はすくんでしまい、座り込んだ状態から動けない。
それを悟っているとでも言うのだろうか。ボッシュは彼女を守るようにして離れようとはしなかった。
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それから時間が経ち、ベリアルの反応を検知した薔薇十字教団から指令を受けた浄化師達は墓地へ訪れる。
既に本来の命を【アシッド】によって奪われ、ベリアルと化したもの。
本来の命が終わりを迎える前に、残された誰かを守ろうとするもの。
貴方の行動は、このもの達に何をもたらすのであろうか。
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ある森の中でのこと。
狩猟と材木業で生計を立てていた老人が、遺体で発見された。
全身至る所に巨大な蜂に刺されたような跡が残されていたのだが、近隣の村の長老が念の為にと薔薇十字教団の調査員に死因調査を依頼したところ、微かながら残留するアシッドが検出されたのだという。
つまりこの老人は、ベリアル化した巨大な蜂──キラービーの群れに襲われたということが推測される。
教団の調査員で自身も浄化師であるジルド・ハンゼは、渋い表情を浮かべた。
「これはウシクイバチ種のキラービーでしょうね。この辺に棲息する種で、内臓まで貫通する毒針を持っているのは他に居ませんから」
「随分とお詳しいですね」
長老が幾分驚いた様子で訊くと、ジルドはオールバックの黒髪をがしがしと掻きながら、大したことじゃありませんが、と低い声で応じた。
「疫病学を専攻してた頃、病原菌を媒介する種の研究で節足動物学や昆虫学も学んだことがありまして」
だから、キラービーの種についても知見があるのだという。
それにしても、獣や家畜がベリアル化したというのであれば話は簡単だったろう。
しかし相手が群れを成す昆虫となると、少々厄介だ。
それも、老人の遺体を調査したところでは十数匹のキラービーがベリアル化していると思われる。
普通のキラービーでも集団ともなれば、恐るべき脅威となる。それがベリアル化しているのだから、これは自分とそのパートナーだけではどうにもならない。
「ハンゼさん。村は、大丈夫ですかねぇ」
「絶対に安全です、とはいえないでしょうね」
ジルドの渋面に、村の長老は盛大な溜息を洩らした。
だが下手な嘘をついて村人を安心させたところで、ベリアル化したキラービーの群れという脅威が去ってくれる訳ではない。
「全村民には戸締りを厳重にして、家から一歩も出ないようにと指示を出して下さい。私はこれから教団に浄化師の追加派遣を要請します」
それだけいい残すと、ジルドは遺体発見現場から足早に立ち去っていった。
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ここは、「教皇国家アークソサエティ」芸術と音楽の街オートアリス。
劇場にほど近い広場にて、野外ステージの上で学生たちが劇の稽古をしている。数人の少女が憧れのまなざしを向けていた。
学生たちは裕福な学校の生徒。貴族の子息であり、誇りにあふれている。
二週間後に開かれる子供たち向けのチャリティイベントで、学生たちは劇を披露することになっていた。
演じるのは、『ロメオとギュレッタ』。年頃の少女に人気な悲恋の物語である。
準備は順調に進んでいたのだが――。
準備中に事故が起こる。稽古中、セットが崩れ、ベニヤ板がヒロイン役の女優に向かって倒れていく。
真っ先に気づいた主役の少年が少女の上に覆いかぶさるが――。少年は背中を怪我し、少女も足を捻挫させる。
激しい剣と剣による決闘シーンもある舞台だ。役を続けるのは不可能と医師にストップされる。
学生たちは緊急の会議を開いた。
辞退するか、代役を立てるか。
辞退。子供たちの期待を裏切ることはしたくない。
代役を検討したが、あいにく寄せ集めの劇団はギリギリの人数である。削れる役はない。一人二役が可能な脚本でもない。
そこで、学生たちは薔薇十字教団を頼ることに。
主役とヒロインを演じ、劇の成功に力を貸してほしい、と。
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教皇国家アークソサエティ内ブリテンにある毒花の森。
その名の通り森の中には一部のエリアで毒花が群生し、危険な動物が生息している上、ベリアル化した動物の目撃情報もある。その危険性は周辺に住む者のみならず知られており、今や毒花の森の一部地域は危険な場所とされ、寄りつく者も少ない。
ただ、森に群生する毒花は様々な病気に効く貴重な薬の原料となるため、今なお一部の命しらずな冒険者は危険なこの森に分け入ることを続けている。また毒花製の薬が貴重であることを理由に、周辺地区の自警団も森への立ち入りを完全に禁止にはできないでいた。
そんな中、薔薇十字教団司令部に一団の冒険者パーティーが一様に顔を青くして駆け込んできた。
報告を聞くと彼らは毒花の森で毒花を集める冒険者の一団で、昨日も7名パーティーで果敢にも毒花の森に毒花採取に向かったのだった。
司令部に駆け込んできた冒険者のうちの一人が息せき切って報告を始めた。
花の毒への対策も万全だったし熟練した冒険者が7人もいるということで、彼らは危険な森とは言え、恐れることはなかった。戦闘経験もそれなりにあり、ちょっとした猛獣や危険生物ならなんとかなるという自信もあった。
「最近じゃ、毒だけじゃなくベリアルがいるんじゃないかっていうんで、森に立ち入る人間が俺たち熟練の冒険者ぐらいになっちまってな。森の一部の地域じゃ毒花の数も増えちまって、並の量の毒消し薬じゃ間に合わねぇぐらい、毒の瘴気が立ち込めてるんだ」
どうやらベリアルの目撃が噂されてから薬用に毒花を採取にくる者も少なくなり、森の一部地域では毒花の毒素はもはや空気を穢すほどの濃度に達しているらしかった。
「もう普通の毒消し薬の数じゃ、まともに歩き回ることもできねぇぐらいで、ここに立ち入るんならよほど多くの毒消し薬を持っていくか、強力な治療の魔術が必要だ」
そんな毒の瘴気が立ち込める危険な森の中には、やはり噂通りベリアルの気配も感じられたという。
「この世のものとも思えねぇ鋭く高い声が聞こえたかと思ったら、大きな黒い塊が空から猛スピードで俺たちの方に向かってきた。俺はとっさに頭を抱えて毒花の茂みに伏せたんだ。すると、毒気を吸わないように息を止めてじっとしている俺の頭上で、大きな鳥の羽ばたき音と一陣の風が吹き抜けたんだ」
すると今まで黙っていた他の冒険者の一人が付け加えるように話し出した。
「俺も地面に伏せてたんだが仲間の叫び声を聞いて、とっさに顔をあげたんだ。すると、真っ黒な身体から触手が突き出た、今までに見たことがないような怪物に、二人の仲間が激しく襲われてるのを見たんだ。憶測だが、あれはソードラプターに似ていたよ」
さらに別の冒険者がさらに続ける。
「あいつらは絶対、ベリアルだよ! 森のソードラプターがアシッドに取り込まれてベリアルになっちまったんだ。奴らは木気の属性を持ってて襲ってくる前は、完全に森の木と同化するように溶け込んで、姿が見えないんだ」
「襲われた二人には本当に申し訳ないが、このままじっとしてりゃ俺たちは全滅だ。俺は他の四人に大声で逃げるように言って、残ったみんなで転がるように森から脱出したのさ」
最初に話しはじめた冒険者が再び口を開く。
「あの二人は恐らくもう、この世にはいないだろう……」
その顔は苦渋に満ち、それに疲労の表情が加えられ悲愴感が漂っていた。
「なぁ、あんたらはベリアルを倒すのが仕事だろ? 」
「頼む、あそこのベリアルを討伐しに行くんなら襲われた二人の形見の品を見つけて持ち帰ってやってくれ。襲われた二人にはそれぞれ妻と子供がいるんだ」
ベリアルの目撃情報がもたらされた以上、いかなる場所であっても教団の浄化師なら討伐に赴く必要がある。
早速、正式に指令として「ブリテン地区の毒花の森のベリアル探査と討伐」が発令された。
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●彩りに想いを込めて
教皇国家アークソサエティ。
様々な種族が住むこの国家の西部にある巨大都市エトワール。
美しい建造物や美術品などが好まれ多くの観光客が訪れ、そして市民階級の者などがこの都市に住んでいる。
そのエトワールにある中心街にあるのがリュミエールストリート。
ここには洋服店や食堂などがひしめき合い、夜にはネオン煌く繁華街となる賑やかな通り。
そのストリートの一角にあるハンドメイドショップ『ロシューヌフローラ』。
老若男女通う人気のお店で、とびきり人気があるのが体験型の制作講座である。
現在開催されているのはマニキュアを使用した花の製作である。
それは有難いことに盛況でその評判は浄化師になりたてのあなたとパートナーである祓魔人の耳にも入っていた。
その評判とはマニキュアフラワーの色で相手に想いを伝えるというもの。
作業は簡単。
柔らかい素材のワイヤーで花の形を作り、幕を張るようにマニキュアを塗り、花びらを作って乾かせば制作は終了である。
最後に出来上がった花を数本束ねて花束のようにして、店員がラッピングをしてくれるのだ。
そのマニキュアの色は多彩に用意されており、色の組み合わせにより自分オリジナルの花束を作ることができる。
そして色にはいろいろな意味がある。
赤ならば情熱や勇気。
青ならば信頼に誠実、冷静。
などなど。
これらを組み合わせてオリジナルのメッセージを込めることができるということである。
まだパートナーと知り合って間もない浄化師にとっては制作中に会話もでき、そして花の色で今の心にある想いを伝えることができるという評判だ。
これから「よろしく」でも自分の目標を相手に伝えるでも良い。
そしてその制作したマニキュアフラワーは枯れることがないため、思い出としてもそして自身の相手への気持ちの初心の記念ともなるだろう。
さて、あなたはどんな思いを相手に伝えてみようか。
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「ガアアアアアアッ!」
獣の咆哮が、響いた。
それは断末魔であり、解放への雄たけび。
禁忌に触れた人間に神が放ったといわれる、魂を縛り肉体を変容させるウィルス『アシッド』。
その戒めの鎖から、解き放たれた声だった。
それを成したのは、浄化師(エクソシスト)。
アシッドに対して強い抵抗力を持った喰人(グール)と、喰人と契約を成すことでアシッドからの感染を防ぐことができるようになった祓魔人(ソーサラー)。
2人1組のパートナーが、アシッドに感染した『べリアル』を倒したのだ。
「これで、残りは幾つだ?」
すでに熟練の域に達した喰人の男性が、パートナーである祓魔人の女性に尋ねる。
「強力なのは、いま貴方が倒したので終わり。残りの低級の1体は、ちょうど今から倒される所よ」
そう言って視線で示した先に居るのは、新人の浄化師のパートナー1組と、彼らによって今まさに倒されようとしているべリアルだった。
べリアルは、中型犬の体中から触手を生やした姿をしていた。
魂を縛り肉体を変容させるウイルスであるアシッドは、生き物であれば何であれ感染し得る。
そうして感染し変容したものがべリアルだ。
いま目の前に居るべリアルは、元々は普通の犬だったのだろう。
だが、アシッドに感染した今となっては、見る影もない。
生き物であれば何であれ殺し、その魂を食らい縛り付ける怪物と化している。
絶対に、倒さなければならない。
だがべリアルは、通常の武器で傷付けても際限なく再生するため、倒すための特殊な武器を使用する必要がある。
それを、犬型の低級ベリアルと対峙した新人の浄化師が、口寄魔方陣を展開し出現させる。
魔方陣の色彩が緑色なのは、展開している浄化師の得意属性が木気なのだろう。
展開された魔方陣は、一瞬にして離れた場所に保管してあった武器を、浄化師の手元に届けた。
それは魔喰器。べリアルを倒し得る武器だ。
魔喰器は様々な形状をしているが、いま新人の浄化師が手にしているのは巨大な木刀の形をしている。
それを手に取りベリアルと対峙しながら、浄化師はパートナーの浄化師と手を繋ぎ、高らかに魔術真名(アブソリュートスペル)を口にする。
それは浄化師である喰人と祓魔人が、パートナーとして契約の際に決めた「絶対の信念を込めた言葉」。
発することで、安定させている魔力(マナ)の生産量を解放し、互いの能力を最大限に解放することが出来るのだ。
そのためには、魔術真名を口にする際に身体の一部を触れ合せている必要がある。
新人の2人は、浄化師となるまでは会った事もない間柄だったせいか、どこかぎこちなく手を繋いでいる。
けれどその眼差しは強く、絶対に目の前のべリアルを倒すのだという信念が込められていた。
それを証明するように、新人の浄化師達はべリアルに挑みかかる。
魔喰器を振るい、あるいは魔術を使い、べリアルに傷を負わせていった。
息を切らすほど全力で戦い、べリアルを瀕死の状態にまで追い込む。
それが、べリアルに囚われた魂を露わにさせた。
べリアルの身体から立ち上るようにして現れたのは、鎖に拘束された犬。
それは、アシッドに感染した犬の魂だ。
べリアルは、殺せば殺すほど強くなっていく。
殺した生き物の魂を取り込み捕え、自らの存在を強化するからだ。
いま目の前にいるべリアルは、べリアルになったばかりなのだろう。
最初に犠牲となった犬の魂のみが囚われていた。
それを開放するべく、露わになった囚われの魂を縛る鎖を、魔喰器で破壊し喰らわせる。
解放された犬の魂は伸びやかに体を震わせると、礼を言うように新人の浄化師達に触れるようにして、ふっと消え失せた。
同時に、べリアルの肉体が崩れ去る。
捕えていた魂が無くなり、存在を保てなくなったのだ。
「お疲れさん。今日の所は、これで良いぞ。ゆっくり休みな」
熟練の浄化師に労われ、新人2人は力を抜く。
それを苦笑するように見詰めた後、熟練の浄化師である男性は、パートナーの女性に問い掛けた。
「ここは、これで終わりだな。残りの場所は、どうなってる?」
「準備は終わってる筈よ。強力なのは、私達みたいな慣れた浄化師が倒して、残りの低級は新人の子達に任せる手はずが整っているわ」
いま2人が話しているのは、新人の浄化師を訓練することも兼ねた依頼の話だ。
浄化師は常に求められているため、才能があれば見つけ次第、半ば強制的に契約をさせられている。
そうしなければ、魔力を過剰生産する性質を持つ喰人も祓魔人も、長くは生きられないという理由もあるが、だからといって全員が浄化師となるべく訓練して来た訳ではない。
中には、戦闘とは関わり合いの無い生活をしてきた者もいる。
そうした新人を戦いに慣らせるために、ベテランがいざとなれば助けられる状況で、下級のベリアルとの戦闘をしているのだ。
それが、今のアナタ達の状況です。
ベテランの浄化師達が、いざとなったら助けられるよう準備しながら、犬型の下級べリアル達との戦闘を求められています。
ベテランの浄化師達に追い立てられたべリアル達は、殺気立った唸り声をあげ、今にも襲い掛かって来そうです。
戦いの場となる場所は、平地の草原。
移動をするのに、邪魔になる障害物はありません。
それは、敵であるべリアルに取ってもそうです。
この状況で、アナタ達は他の浄化師達と協力して、べリアルを全て倒さなくてはいけません。
どうしようもなく追いつめられれば、ベテランの浄化師達が助けてくれるでしょうが、そうなれば依頼は失敗。
報酬も、残念なことになるでしょう。
この状況、アナタ達なら、どう動きますか?
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