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教皇国家アークソサエティにも、梅の木ってあるんですよ?
遠くニホンから贈られた梅の木は、今年もアークソサエティ中で綺麗に咲きました。
梅の木の中でのお祭りも開催されていて、あなたたちも梅花祭りを楽しみたく会場へとやって来ました。
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会場内は、梅にちなんだ飲み物や食べ物が沢山売られていて、どれにしようかと悩むのは、一般人も浄化師も同じですよね?
「私、これが良いわ」
「じゃあ私はこれ」
美味しそうな食べ物を見て、気分ウキウキな女性浄化師たち。それを見ながら次々と露店から飲み物や食べ物を買う男性浄化師たち。
今日ばかりは任務を忘れ、純粋に梅花祭りを楽しみたいのです。
沢山の美味しそうな物を両手いっぱいに抱えながら、あなたたちが来たのは、ひときわ大きな梅の木の下。そう、あなたたちは梅の花を見ながら宴会を始めることにしました。
花より団子とは言わないでほしいです。みんな梅の花が咲くのを楽しみにしてたのですし、梅を使った珍しい料理も待ち焦がれていました。
「んー! 美味しいー!!」
「こっちも美味しいわ、オニギリというのでしたよね? ニホンの料理はシンプルですが素敵ですわ」
「これは梅が入ったピザか、意外だが旨い!」
梅のオニギリ、梅サラダ、梅ソースピザに梅巻き寿司。和洋折衷ですが、それはニホンの梅が、アークソサエティに受け入れられているという証です。
持ちきれないほど沢山買ったのに、直ぐに無くなっていく梅料理の数々に、「これじゃ全然足りない」と、また露店へと走る数人の浄化師たち。こんな時は、男性浄化師が使い走りにされるのも世の常です。
「いやぁ、売り切ればかりで、買うのに苦労したぜ」
「全くだ、どれだけ並んだことか……やっと買えたんだぞ?」
「?? それは何?」
「梅ゼリーと書いていた」
淡い琥珀色のゼリーと、同じ色の飲み物を見て、やはり美味しそうと、みんなで分けて食べ出したあなたたち。冷たいゼリーに、ほんのりと甘い飲み物は、みんなが大好きなものですよね?
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しかし5分10分と時間が経つにつれて、少々様子が変わって来ました。
「へっ? あたしぃー? いま、すごくいいきぶんよぉ」
「!?!?」
顔が真っ赤で舌ったらずの言葉使い、普段と違う感じに慌てたパートナーが、彼女の飲んでいる物を少しだけ飲んでみれば……
「これ酒が入っているぞ! こいつは酒が弱いんだ、しかも……」
「なぁに、取らないでよぉ、それとも飲みたいの? こんなに沢山あるのですから、みんなものもうよぉぉ」
パートナーが「絡み酒なんだ」と言う前に、あなたたちにも梅のお酒を勧める彼女。
実は『ウメシュ』と呼ばれる、梅を漬け込んだ果樹酒なのですが、買ったほうも、飲んだほうも『ウメシュ』ということを知らなかったらしいです。
「ゼリーと侮っていたが、これにも酒が入っている」
「ああ、飲み物と同じ味だ。つまり、この梅の酒に漬け込んだ梅を使ったゼリーということだな。みんな大丈夫か?」
彼女が勧める『ウメシュ』を見て、考え込むあなたたち。既に飲んだり食べたりしてしまっている者も居ますが、これから飲むのは考えてしまいます。
「こうなれば飲むしかないでしょう!」
「いやいやいや! 全員で飲んでしまうのは不味いだろ!?」
「飲んだもの勝ちよ、あなたは飲まないの?」 潔く飲んでしまうか、我慢して介抱役に回るか、これは運命の別れ道。酔っぱらいとは時に予想外の行動をするものです。
さあ、あなたは『ウメシュ』を前にして、どんなお酒の飲み方をするのでしょう?
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●チョコレート職人の災難
早朝のルネサンス地区、商業地域。
しゃれた店舗が立ち並ぶエリアだ。優美な、あるいはシックな建物が、朝焼けに映えて美しい。
しかし。
「いででででででででででででででっ!!」
まったくもって相応しくない絶叫が、通りに響き渡ったのだった。
「パパ!? どうしたのよ!」
若い女性が階段を駆け下りてきて、作業場へ駆け込んだ。
独特の甘い香りが濃密に漂う。
作業台の上には、ずらりと並んだチョコレート。丸や四角、白に茶に黒。どれも繊細な飾りつけが施されている。
「パパ!」
そこで彼女が見たものは。
「シ、シモーナ……助けてくれ、立ち上がれん」
つぶれたカエル――もとい、白い調理服姿の中年男性が、腰を押さえて苦しむ姿であった。
「もうっ! だから人を雇おうって言ったじゃない!」
シモーナ・ヴァッレは怒っていた。
父親のマリオ、少々体重オーバー気味の彼を助け起こすのが大変だったから――ではない。
「無理しすぎなのよ! 全部の商品を自分で作るなんて、無茶を通り越してただのワガママだわ!」
「す、すまん……だけど、今日の分の商品は作りきったんだよ」
シモーナは眉を吊り上げる。
「それで!? 営業はどうするつもり!? 今日は1年で一番混む日なのよ、わかってるわよね!?
いつもの人数じゃ足りないってさんざん言ってたのに、パパまで動けないなんて冗談じゃないわ!」
「ううっ……」
マリオ・ヴァッレは娘の剣幕に頭を抱える。
それに構わず、シモーナは両手を自分の腰に当てて胸をそびやかした。
「とにかく、手伝ってくれる人を増やさなくちゃならないわ。どうにかして探すから、パパは休んでて」
「だけど、まだホットチョコレートの仕込みが」
「休・ん・で・て!!」
「……はい」
●バレンタイン・デイ
――アルバイト急募!! 本日1日のみ 資格・経験不問
詳しくはショコラティエ『ルチアーノ』まで――
あなたとパートナーは、必死さが伺えるその張り紙を見たのかもしれない。
もしくはたまたま、店の前を通りかかったのかもしれない。
そうでなければ店の評判を聞いて、わざわざやってきたのかも。
ルネサンス地区にあるショコラティエ『ルチアーノ』は、煉瓦造りの小さな店だ。
表通りから少し入った場所にあるため超人気店というわけではないが、古くからの住人に好まれている。
売りは多彩なボンボンショコラ。クリームやナッツ、果物、お酒が入っているものもある。どれも味は折り紙付き。
落ち着いた内装のカフェスペースもあるから、チョコレートをお茶請けにのんびりするのもいい。
だが今日は、この小さなショコラティエも混雑すること間違いなしだ。
なにしろバレンタイン・デイなのだ。
バレンタインといえば、親しい友達や好意を寄せる人、そして恋人に、思いを込めてチョコレートと手紙を贈るのが習わし。
復興の進んだ近頃では商業的にも盛り上がりを見せ、チョコレート以外の贈り物を売り込む傾向もあるようだが……
今日はバレンタイン・デイ。
あなたは、どう過ごしますか?
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「ああ、やっと見つけた。やぁアリバ。元気かい?」
「グラース。久しぶりだねぇ」
片手を挙げて近づいてきた、氷のように色素が薄い少年をアリバは笑顔で出迎える。
小柄なグラースはアリバの隣に並び、青年が磨いていた蒸気機関車を見上げた。
「今年も走るんだね」
「もちろん。『ファラステロ』はバレンタインデーの夜の象徴だからね」
「知名度は物凄く低いよ」
それなのに象徴だなんて、とグラースに笑われたが、アリバは穏やかな表情のまま肩を竦めただけだった。
バレンタインデー。
二月十四日を中心に、その前後一週間程度にわたって行われる風習だ。恋人や好意を寄せる相手、親しい友人、家族などにチョコレートと手紙を渡す、というのが主な内容だった。
近年では男女関わらずチョコレートと手紙を贈る日として定着しており、商機を見出した商人たちがチョコレート以外で周りと差をつけよう、と煽り出している。
妖精アリバの特別夜行蒸気機関車『ファラステロ』はロスト・アモール以後、なんらかの理由で二月十四日の夜に傷心を抱えて街を行く者や、招待状を持つ特別な者を楽しませるため、運行されてきた。
「今年はどのあたりの予定だい?」
「ノルウェンディかなぁ。去年はアークソサエティだったから」
夜空を走る『ファラステロ』は毎年、異なる国を走り人を拾う。
チョコレート色の蒸気機関車を眩しそうに見上げるアリバに、グラースは口ごもってから、言いづらそうに提案した。
「今年もアークソサエティじゃ、だめかい?」
「どうして?」
「……オベロンが、浄化師を拾えって」
「オベロン? なんだ、彼、生きてるのか」
「物騒だね。元気だよ」
「だって夏ごろから一度も会ってないし」
唇を尖らせ、アリバは音信不通になっている旧知の仲である妖精の顔を思い浮かべる。
もっとも、本当に死んだとは思っていなかった。人々よりはるかに長い寿命と頑丈な肉体を持つのが妖精だ。
特に春精オベロンはどのような困難の最中にいようと、のらりくらりと生き延びる。
「それで? 彼、今どこに?」
「……薔薇十字教団の本部」
「えぇ? どうして? 前に会ったときはエトワールに住んでたよね?」
自由奔放な友人だとは思っていたが、どうして前回会ったときから全く違うところに居を移しているのか。なぜ『ファラステロ』の運行先を決めたがるのか。
全く分からず、アリバはこめかみに指を添えた。
「うん。分かる分かる。もう謎すぎるよね。僕のときもわざわざ浄化師がくるように手配したりしたんだよ、オベロン」
「氷精迎えに? どうしてもぼくたちと浄化師を接触させたがってるってこと?」
「たぶんね。いや、実際いい人たちだったんだけど」
その話は脇に置いて、と氷精グラースは片手をひらひらと振る。
「夏の終わりだったかな。オベロンがソレイユでおばけヒマワリっていう騒動を起こしたんだよ。知ってる?」
「知らない」
「二人組の人間がひまわり畑に入ると出られなくなって、相手が秘密を告白したら出られるっていう、彼らしい悪戯なんだけど」
「うわぁ……」
「そこで調査にきた浄化師たちに会って、興味を持っちゃったらしくて」
「住んじゃったんだ……」
「住んじゃったんだよ。教団本部に。まだ人間たちにはバレてないだろうけど」
深くため息をつき、アリバは両手で顔を覆う。グラースは背伸びをして、アリバの肩を労わるように叩いた。
「次はきみの蒸気機関車に乗せたいんだって」
「そう……。いや、それ自体はいいんだけど。ごめんね人間たち……。ぼくの友だちが妙なことに巻きこんじゃって……」
「とりあえず招待状、ちょうだい。僕が配ってくるから」
「オベロンは!?」
「冬は眠くてダメだって」
「春の妖精だもんねぇ!」
自棄気味に叫んだアリバが指を鳴らすと、グラースの頭上から白い封筒が降り注いだ。小柄な氷精はすべて落とさずに受けとる。
「ありがと。じゃ、今年も頑張って」
「うん。グラースは氷精迎えお疲れ様。人間たちのこと守ってあげてね。あとオベロンにひと段落したら会いにきてって言っておいて」
「はーい」
とん、とグラースが軽く地を蹴る。氷雪を含んだ風が少年の細い体を天高く舞い上げ、どこかに運んで行った。
友を見送った車掌は大切な蒸気機関車を見つめ、小さく笑う。
「さて。オベロンはなにを企んでいるんだろうねぇ」
二月十四日。
いつも通り自室で目を覚ました数名の浄化師の枕元に、一通の招待状が置かれていたことが、該当者たちからの報告により判明した。
教団からの指示は――特別夜行蒸気機関車『ファラステロ』に乗車。十分な危機管理を行った上でこれを楽しみ、車内で発生した報告すべきことは書類にまとめ、後日提出せよ、とのことだった。
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「お願い!チョコレートを作るのを手伝って!!」
此処はアークソサエティの教団本部内。
あなたたちは教団寮に向かって歩いていたところに、急によく組む浄化師に捕まってしまい、こんなお願い事をされてしまいました。
いきなり言われたあなたたちは面食らってしまいますが、よく考えみればバレンタインデーまで後わずか。
彼女がどうしてこんなお願いなのか、漸く理解出来ました。
「手伝ってくれるの? ありがとう!」
心よく手伝う事を了承したあなたたちですが、彼女のほうは、まだなにかありそうな雰囲気が気になります。
話の続きを促してみると……
「あのね、あのね、手紙をどうしようかなって。素直に好きって書くほうがいい? それとも別のほうがいいのかな?」
風習とも言いますが、バレンタインデーにチョコレートと手紙を一緒に渡すのが普通の渡し方なのです。
ですが、聞かれたあなたたちも困ってしまいました。だって、パートナーに自分の思いを手紙に書いて渡すのは凄く恥ずかしいから。
素直に好きと書いてパートナーに引かれないだろうか、普通にありがとうと書いたほうがお互いの為なのか、本当に迷ってしまいますよね。
「ま、まずは手作りチョコレートを渡すの、あの人喜んでくれるかな?」
それには喜ぶよと頷きましたが、手紙は困ってしまいます。
彼女が言うように、別の方法で渡すのはダメなのでしょうか?
此処でずっと悩んでいても仕方ないと、彼女のほうが率先して行動開始しました。
「じゃ手作りチョコレートの材料を買いに行きましょう」
チョコレートを作る場所は教団寮内にありますが、肝心の材料は教団にはありません。
彼女とあなたたちは、一番始めにチョコレートの材料を街に買いに行く事にしました。
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シーズンですから、街にはバレンタインデー用のチョコレートの材料や、手紙を渡すためのレターセット、メッセージカードなどを扱う店が沢山あります。
「いっぱいあるね、どれにしよう?」
良さそうな店に入り見回せば、色とりどりのチョコレートに、豊富な種類のレターセットたち。
その中には少々レターセットとは違う物もありますが、これはこれでアリだと思えてしまうのですから不思議です。
「私のパートナーは、あまり甘いものが好きではないの、だからビターのチョコレートにして、手紙はどうしよう。あ!これなんて面白くない?」
彼女が手に取ったのは、ビターの板チョコレートに、書いた文字が食べられるペン。でも何故ペンなのです?
「あのね、直接手の甲に気持ちを書こうかなって。ほ、ほら! 恥ずかしかったら食べちゃえばいいしね」
それを聞いて、あなたたちもなるほどと思ってしまいます。そんな渡し方もアリかなって。
店の品物を見ても、他にも色々な手紙の方法がありそうです。
手作りチョコレートと手紙を、あなたたちはなにを選び、どう渡すのでしょう。
そしてパートナーは、あなたたちの行動で喜んでくれるのでしょうか?
そんな期待と不安が入り混じる中で、あなたたちもチョコレート選びを始めました。
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彼女は自分たちの腕首に触れ、そっと瞳を閉じた。
「――平穏とはいきませんが、お2人の未来は明いものが見えます」
「こんな俺たちでもか?」
「たとえ浄化師様であっても感情はあるはずです。あるでしょう彼女に? そして彼に?」
瞳を開いた占い師は、俺のパートナーの顔を見て、にっこりと微笑み、その先……俺の隣に居る彼女は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。これは本当に期待していいのかと、俺は心踊ってしまう。
噂で聞いた占い師だったが、俺はパートナーと来れて良かったと思う。少しだけ彼女との距離が近付いた、今はそれで十分だ。
「あれで良かったの?」
占いを終えた【椿 志穂(ツバキ シホ)】は、同じ占い師仲間に話し掛けた。
「いくらマインド・ビジョンの持ち主だって、今は恋愛を得意とする占い師なんだよ。浄化師相手に最悪の結果なんて言えるかい?」
志望は教皇国家アークソサエティが認めた精神系魔術師なのだが、精神医療に準じるには少々勉強不足で、今はこうして占い師の仕事をしている。
彼女は過去を視ない、そして過ぎる未来も視ない。それは占い師としての必要要素の1つ。
誰でも嫌な占い結果は聞きたくない、占い師に求めるのは幸せな結果だけ。そう思うからこそ志望は、恋愛だけを軸にして占いという少し先を見る。
「もし違えば、思い込みと言えば良いさ。真実よりも思い込みが勝つ時がある、違うかい?」
「そうね、思い込みは視せる未来をも変えてしまう事があるから」
「そう思っておきな、ヴェネリアで有名な恋愛占い師様」
そんな仲間入りたちの話を聞きながら、志穂はすっかり白銀に覆われたヴェネリアの街を見詰める。少しでも心の安らぎになれば、そう願って。
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その日、教団では巡回任務の浄化師たちが交代の為に帰還していた。
その中にヴェネリア巡回だった、あの2人の姿があり、帰還早々待機中だった仲間たちに話を持ち掛けた。
「夏のヴェネリアも良いが、冬のヴェネリアも良かったぜ、泳げないがな」
「それはそうだろう、冬の海に飛び込む馬鹿も居ない」
「まあな、でも水上マーケットは賑やかだった。特に今話題の占い師! これが当たると大評判で、俺たちも占ってもらったさ」
「それで結果は?」
「明るいものが見える、ってな、なぁ!」
「……………」
彼女は無言でまた顔を真っ赤にしてしまったが、俺としてはあの占い結果にかなり満足している。そうだろ? 先が分からない俺たちに、明るい未来が見えたんだ、これを仲間に言わずになんとする?
へーとか、はぁーとか、気があるのか無いのか分からない返事だが、この話自体には興味があるような雰囲気がある。
だから俺は仲間に向かって捲し立てる。今のヴェネリアがどんなに楽しいのかを。
「降る雪を見ながら船に揺られるのもよし、シーズンオフだから露店や店は人が少なくて見放題、ついでに有名な占い師ときた、次の巡回任務にヴェネリアを選ぶのも悪くないぜ?」
巡回任務とは言うが、教団本部があるこのアークソサエティ、そして程近いヴェネリアでは任務というよりも、少しだけの余暇が半分といったところ。
ヴェネリアの様子を見ながら有事に備える、そんな意味合いを込めながらも時間的自由は存在する。だから占いに行ったり、少しばかりの観光も出来るわけだ。
冬のヴェネリアに行ったことがない浄化師たちは、この話に興味津々。
件の占い師に一緒に占ってもらいたい。冬の水上マーケットをパートナーと一緒に歩いてみたい。
そんな興味と思惑がマッチして、あなたたちもヴェネリア巡回任務を希望した。
上手く指令部からの許可が下り、あなたたちを含む巡回任務の浄化師たちは、心待ちにしていたヴェネリアへと出発した。
占いか、散策か、あなたはどちらをパートナーと一緒に楽しむのだろう? そして占い師は自分たちにどんな占い結果を示してくれるのか?
期待と僅かながらの不安を胸に、あなたたちはヴェネリアに到着する。
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浄化師の集うエントランス。行きかう人々に混じって、明るい足音が響いた。
「仕事を頑張ったかいがあったぁ! 連休貰っちゃった」
新人の女性浄化師が、軽い足取りでパートナーの元へと向かう。
早速どこへ行こうか。
何なら彼をデートに誘おうか。
鼻歌交じりに頬を緩ませ、ツインテールを可愛く揺らす。
彼女の頭の中は休日のスケジュールで、すでにいっぱいだった。
新年や冬のイベントで賑わう時でも、浄化師はいつも忙しい。
そこで日ごろの仕事への労いもあり。2、3日の貴重な連休を貰ったのだ。
たかが数日。されど数日。
やりたい事も行きたい所も、山のようにあるのだから。
「あ! こんなところにいた!」
探してたんだよ、と笑う彼女。
肩を叩かれた彼は、眺めていた地図からパートナーへと視線を移した。
「ねぇねぇ、今度のおやすみ、どこに行くか決まった?」
「うん。それなんだけどさ」
再び視線を地図に落とす彼。
指で紙の地図を撫でるように指差すと、此処に行こうと思う、と呟いた。
「そこには何があるの? スキー場? 遊園地? おいしいレストラン?」
彼女の眼が輝く。もちろんデートを期待して。
しかし――。
「ううん。俺の故郷(ふるさと)」
彼は、平然と言ってのけた。豆鉄砲を食らったように、彼女の目が点になる。
「ふる、さと? ……帰れるの?」
「うん。俺の故郷。もちろん条件付だけどさ。此処に俺の妹たちが住んでいて……浄化師になってから会いに行ってなかったなぁーって」
語る彼に、彼女はしょんぼりと頭を下げた。
里帰り。つまり彼とは離れ離れだ。
しかも彼女の方には家族がいない。いくら兄妹について語られても、ちょっとピンと来ていなかった。
そして、何より。
「そっかぁ……里帰り……。心配だよ……」
彼女の脳裏に思い浮かんだ事は。浄化師になる時に教わったことだった。
(家族の存在がサクリフェイスや夜明け団に知られたら、大変な事になるんだっけ……)
敵の尾行に気づかず、気づけば大事な人が敵の人質に――というのは、過去にあった話だと聴いている。
一言に故郷と言っても、気軽に会いに行ける存在ではないのだ。危険が伴うし配慮も要る。
(もし、彼に万が一の事があったら、私はどうすれば?)
かといって。彼女はアドバイスをする自信もなく、潤んだ瞳を下へ向けた。
私はどうしよう。呟けば、彼が顔を覗き込む。
「それなんだけど。お前も一緒に来ないか?」
ガバッと顔を上げる彼女。
「いいの?!」
「もちろんだ。妹に会いに行くって約束しちゃってて――あ、もちろんお前の都合が合えばだけど!」
慌てて取り繕う彼の頬は少し赤い。
彼女にとって、パートナーの故郷へいくなんて考えもしなかったけど。
「好きな人の家にご挨拶……これはひょっとして、ひょっとするのでは?!」
「いや、そーゆーのじゃないからな?! あと妹には俺達が浄化師って秘密にしてくれよ!」
驚く彼と違い、彼女は満面の笑み。
「うん、まかせて! 私も一緒に行く!」
こうして2人は、仲良く里帰りすることとなった。
そして。
休暇をとっていたのは、彼らだけではない。
やり取りを見ていた浄化師の1人が、故郷かぁ、と呟いた。
君もその1人かもしれない。
もし、一緒に行こうといったら、自分のパートナーはどんな顔をするのだろう。
驚くのか? 笑うのか? それとも――。
たまには懐かしい場所へ、足を運ぶのもよいかもしれない。
こんな機会は、滅多にないのだから。
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教皇国家アークソサエティのブリテン。技術革新の為の特区で、その技術力で栄え得た富は文化を育て、観光客も多く訪れる街。
そんな街の住宅街にある、大きな屋敷の立ち並ぶ一角。
お手入れ簡単長持ちJ印の鍋、で有名なジョンソン家の別荘の玄関扉が長らくぶりに大きく開かれた。
「まったく、せめて冬が終わってからにしていただきたいものだ」
いたく不満げに別荘の中を歩き回っているのはジョンソン家の執事フランツ。
数日前ジョンソン家の一人娘ライリーが突然
「私、別荘でお友達とパジャマパーティーをするわ」
と言い出したのだ。
ライリーの母が亡くなって以来使われる事がなく、最近では少し前にライリーが誘拐された際にエクソシストが捜索に来ただけで、メンテナンスが行き届いていない空き家の状況になっていた。
そんな場所に友人を呼ぶと言うので、慌てて状執事が態の確認に来たのだ。
玄関ホールの壁にはライリーの父リンク・ジョンソン氏と亡き母メラニー・ジョンソンの大きな肖像画が掛けられている。
「旦那様、奥様、失礼いたします」
肖像画であってもつい声をかけてしまうのは執事の職業病なのか、それとも感じてしまっている何かを気配に語り掛けたのか。
別荘はそれほど広くはない。リンクとメラニーの若い夫婦の新居として建てられ、当時ジョンソン家で副執事だったフランツが執事に昇進しジョンソン家の若い跡継ぎ夫妻と共にこの屋敷へと移って来た。しかし、小さな天使ライリーが生まれて間もなくリンク氏は相次いで両親を亡くし、ジョンソン家の当主となり生まれ育った屋敷へと戻った。
以降、この屋敷はジョンソン家の別荘という扱いになっている。
「なつかしいな」
小さなメラニーが手に絵具を塗り、屋敷中を歩き回った後がまだ少し残っている。
「大きくなったら、どんなにいたずら天使だったかを教えてあげるのよ」
ライリーを愛おしそうに抱きしめたメラニーはそう言って微笑んでいた。
そのメラニーも今は居ない。十年前サクリファイスによって殺されてしまった。
「奥様……」
歳のせいか、最近は直ぐに感傷的になってしまう。
にゃぁぁん……
フランツが声に驚いて振り返ると、白い猫が長い尻尾をピンと上に立て一目散にフランツの方へと向かってきている。
すっかり忘れていたが、以前この別荘を捜索したエクソシストから猫が居ると聞いていたのだ。
――何たる失態! しかし、今更思い出しても手遅れだ。
子供の頃、大きな猫に襲われ大泣きして以来フランツは猫が苦手なのだ。今思えばあの猫はフランツと遊びたかっただけなのだが、やはりあの時の恐怖が蘇る。
他に使用人が居れば、何とかしてもらえるが今この屋敷にいるのはフランツただ一人。
歩みよる猫と、距離を保とうと後退るフランツ。
「た、頼む。こちらへ来ないでくれ」
なんとか距離を保ち、一度玄関を出て誰かを連れてくれば、と思ったのだが……。
「にゃ!」
どこから現れたのか、いつの間にか3匹の白い仔猫がフランツの足元でじゃれていた。
しかも、その中の一匹が
「ねぇ、おじちゃん、遊ぼうよ」
と、フランツに話かけてきた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ジョンソン家の別荘に、フランツの悲鳴が響き渡った。
昼下がりの裏路地に掲げられた看板。
――探偵マウロ どんな仕事も断りません――
その看板を見ているフランツ。よく見ると、その頬には少し血がにじんでいる。
扉に手をかけようとするも、思いとどまり背を向け立ち去ろうとした瞬間
ドンッ!
「きゃぁ、ごめんなさいっ!」
扉が開き、中から飛び出して来たライリーがフランツの背中に激突した。
「お嬢様っ!」
「やだ、フランツ。こんなところでどうしたの? 別荘に行ったんじゃなかった?」
「いえ、その……」
「その顔の傷どうしたの? 血が出てるわ! こちらへ来て!」
そう言って、今出てきたばかりの扉を開け、フランツを中へと促した。
「喋るねこ……ですか」
この探偵事務所の主マウロが、小さく身震いをしながら言った。
そんなマウロを見て「ガハハハ」と大きな声で笑うのは、声同様大きな身体のテオ。彼はマウロの幼馴染で、近くの肉屋の店主だ。
「笑うな」
マウロがテオを睨みつけたが、テオは一向に気にしている様子がない。
「執事さん、この探偵も猫が苦手なんですよ」
テオの言う通りなのだ。しかも、苦手にもかかわらず、依頼案件の2割ほどが迷子猫の捜索である。多少扱いに慣れたとはいえ「苦手」と言う気持ちが相手にも伝わるのか「こっちも苦手だ!」と言わんばかりに毎回爪をお見舞いされているのだ。
しかも、今回はその猫が喋ると言うのだ。
「そうなんですか。では、お願いするのは難しいですね……」
そう言って肩を落とすフランツの頬には、大きな傷テープが貼られており、その隣にはライリーが満足気に救急箱を手に座っている。
「あら、猫ちゃん、可愛いのにどうして苦手なのかしら。大丈夫よ、フランツ。別荘の猫ちゃんは私が何とかするわ」
「それはいけませんお嬢様」
フランツがきっぱりと言い放った。
「そうだよ。猫ならネズミ対策にウチにもいるけど、知らない猫は気を付けないと危ないな。その猫を狙ってる奴らもいるしな」
珍しくテオまでか慎重な態度を見せるため、ライリーが残念そうな顔をした。
「猫ちゃん、可愛いのに」
「可愛いかどうかは主観の問題だが、中には危険な猫もいるし、それを狙って危ない連中も寄って来るからな」
マウロの真剣な声に、流石にライリーも異議を唱える事を諦めた。
「あの人達に頼むしかねぇのかもなぁ」
テオの言葉に、一瞬フランツの眉間にシワがより厳しい顔になった。
「ダメよフランツ。もう、エクソシストは信用できない、なんて言わせないわよ」
ライリーにそう言われて、フランツが笑顔になった。
「そうですね、お嬢様の誘拐事件以降短い期間に何度も助けていただいておりますからね」
「では、私の方から教団にお願いしておきましょう」
安堵顔のマウロがポンと膝を打った。
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「はいはい。よくよく、おいでなさいました。さてはて、お望みは如何? 人生? 未来? それとも恋? いえいえ、皆までおっしゃらなくても結構なれば。全ては、承知の上でございます。やつがれは『道繰り(みちくり)の魔女』。変えられぬ道、教えられぬ道はございません。 お望みのモノは、何物でも。如何様にでも。お教えしましょう。変えましょう。やつがれは『道繰り』。アナタ様の思うままに求めるままに。無論勿論、対価代価はいただきますが。いえいえ、憂慮、ご心配はいりませぬ。決して断じて、支払いに困る事ではありませぬ故。万事は承知。よろしいですか。ご承知ですか。それではそれでは、読み解くといたしましょう。アナタ様の行く道辿る道。希望願望望むモノ。全て全てお教えしましょう。変えましょう。やつがれは『道繰り』。全て全ての道行きは、この手の上の戯言なれば」
教皇国家・アークソサエティは南のルネサンス。その街中で、奇妙な噂が立っていた。
月の赤い上弦の夜。街の何処かに小さな見世物小屋が立つと言う。見た事もない動物・植物が飾られたその奥に、一人の女性が座っている。
光と闇が絡み合う衣装に、長い黒髪を流した彼女。訪れた者に、こう告げる。
「自分は『道繰りの魔女』。あなたの望む道を教えよう」と。
そこで、訪れた者は告げられる。自分の運命を。進む道を。その先にある未来を。それは希望・夢・恋。人の持つ想い全てに及ぶ。その果てに、彼女は言う。その道行きを、変える事も出来るのだと。望みさえすれば、出来るのだと。
望む者もいれば、望まぬものもいる。
問題となるのは、その後。
件の魔女に会ったという者が、度々不幸になるのだという。
ある者は家族を失い。
ある者は恋人と破局し。
そしてある者は、夜の闇の中で消息を絶った。
そんな事が続くうち、街の人々の間には不吉な噂が立ち始める。
かの女性は本物の魔女。道を示す代価に、その人間の大切なものを奪っていくのだと。
噂は拡大し、やがて行方をくらました者達は魂を抜かれ、ベリアルの餌にされたのだと言う話まで流布される様になった。
ここに至って。教団に複数の依頼が届く様になった。
依頼者の年齢は文字を書ける様になったばかりの少女から、達筆極まる年配男性まで様々。内容は一様に件の噂の真相を解明し、その通りであれば問題の魔女を討伐して欲しいとの事。
教団も最初はただの噂と無視していたが、依頼の封書は日々山を高くしていく。その内、とうとうベリアルの話まで絡み始め、ここに至って教団も腰を上げざるを得なくなった。
指令を受けたのは、数組の浄化師達。
彼らは事の真相を身を持って確かめるため、妖しい赤月の下、寝静まる夜街の中へと踏み出した。
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今日、浄化師が一人死んだ。
冬は待っている。朽ちていくものもあれば、新たな生命の息吹が芽吹くのを待つように冬は静かに佇む。何もかもが寒さで身動きできず、眠りについたような季節だ。まるでモノクロで書かれた絵画のような乾いた景色が広がる。
その日はいつもとどこか違う空気が混じっていた。静かで緩慢な、見覚えのある気配。棘のような冷やかな風が肌を刺していく。
その死を知ったのは、サクリファイスの事件が収束に向かう最中のことだった。
亡くなった浄化師の名前はエリノア・ツェベライ。
その名前には聞き覚えがあった。話したことはなかったが、同期だったので互いに顔見知りだった。親しい仲でもなく、廊下で会えば挨拶をする程度の関係だったが、よく笑う少女だったと記憶に残っている。
エントランスホールで彼女のパートナーだった男性が人目をはばからず泣き崩れているのを見た。その男性は仲間の浄化師に支えられながらその場から引き剥がすように立ち去っていく。
後から、その浄化師の女性は市民を庇い、ベリアルに殺されたという話を耳にする。亡くなった浄化師を惜しむ声が聞こえる。
あなたは同期が死んだことを知り、言いようのない複雑な感情が過ぎる。
それでも悲しむには彼女のことを知らなすぎた。
彼女の遺体は故郷に帰ることも家族の元にも引き渡されることはない。遺品についてもだ。それはパートナーであっても何一つ渡されることはない。パートナーに残るのは、記憶と死亡書類だけ。
教団に入った以上、その身は教団のモノというわけだ。
密やかに病棟の地下で火葬され、霊安室に埋葬される。そして、死んだ浄化師の身内には死亡したことすら知らせない。
それでも教団に入れば、一定の身分と衣食住が保証される。それを求めて浄化師になる者も少なくないだろう。
浄化師は目には見えない首輪を填められながら、生きるのだ。
こんな仕事だ。浄化師として戦っている以上、命の保証など誰もしてくれない。
次は自分かもしれない。そんな考えが頭の隅のどこかにある。死ぬことを考えると、誰だって気が滅入るだろう。
浄化師でなくとも神が滅びを望んだこの世界に安息はない。誰もがそれを知っていて見て見ぬふりをしながら過ごすか、いつの日か誰かが救ってくれることを祈りながら日々を過ごすのだ。
浄化師は教団に繋がれている以上、否が応にも神という巨大な壁に抗いながら進む者もいれば、道半ばで倒れる者もいる。それが今回彼女だった。
この世界にエリノア・ツェベライという人間はもはや存在しない。その実感はまだない。
彼女の死はあなたも気づいていない内に小さなしこりを残すかもしれない。隣で同じものを見聞きしたパートナーを横目で見る。
彼女の死はあなたたちに何かしらの影響を与えるだろうか。それともただの日常として過ぎ去ってしまうのか。それは誰にも分からない。
けれども、あなたたちは契約の際に二人で決めた「アブソリュートスペル」を無意識に思い浮かべた。
彼女の紡ぐ物語は終わってしまったが、あなたたちの物語はいまだ終わっていない。
あなたたちは彼女の死に何を思い、何を決意するのか。
今は、今だけは彼女の冥福を祈ろう。
祈りは生きている者だけの特権なのだから。
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「雪祭りって知ってる?」
冬の盛りのある日、食堂でそう声をかけられ、司令部教団員のライカンスロープは手をとめて瞬く。
昼時を少し過ぎた食堂は空席が目立っていた。そうであるにもかかわらず、口を開いたまま固まる彼女の正面の席に座った女性は、最初から用があったのだろう。
挨拶もなにもなかったが。
「ノルウェンディの、冬のお祭り、ですか?」
「そう。じゃあその一種で、氷精迎えっていうお祭りのことは?」
飲み物だけを持ってきた彼女の名を、司令部教団員はようやく思い出した。
エイバ。世俗派の魔女だ。
教団本部を気に入っているのか、単に暇なのか、敷地内で見かける機会は多い。
「ヒョーセームカエ?」
「ノルウェンディのトゥーネあたりで行われてる、小さなお祭りよ。雪と氷を司る妖精をお迎えして、おもてなしするの。きちんとできたらその一年は雪害に悩まされないといわれてるわ」
「へぇ……」
「でもねぇ!」
急に大きな声を出され、司令部教団員は驚く。右手からスプーンが落ちそうになって、慌てて持ち直した。
「人手が足りないのよぉ」
「あー……」
話が読めてきた。
なるほど、人手不足を補うために浄化師を動員したいなら、司令部教団員という身分の自分に話しかけるのは実に理にかなっている。
指令として張り出せ、ということだ。
「もう少し詳しく教えていただいてもよろしいですか?」
「もちろんよ」
にこりとエイバは微笑み、穏やかな口調で氷精祭りについて話し始めた。
曰く。
樹氷群ノルウェンディ、トゥーネの片隅で行われている、国内でも知る人ぞ知る本当に小さな祭りである。
参加者はまず、雪を集めてかまくらを作る。形はなんでもいいが、中に椅子と丸いテーブルを置ける大きさでなくてはならない。
日が暮れると、かまくらに妖精に扮した子どもたちがやってくる。参加者たちはかまくらの中で子どもたちを待ち、やってきた彼ら彼女らに雪餅と呼ばれるお菓子をひとつずつ渡す。
それを、二十一時まで繰り返すだけだ。
「子どもたちの中にひとりだけ、本物の雪と氷の妖精――氷精が紛れこんでいるのよ。氷精は、まぁ、ピクシーの亜種みたいなものだと思ってちょうだい」
カップを両手で包むように持ったエイバは、一口飲んでから続ける。
「依頼したいのはかまくら作り。そのあとのおもてなしもお願いしたいの」
「承りました。でもどうして人手が足りなくなったのでしょう?」
「食あたりだそうだわ……。明後日の氷精迎えまでに万全の体調になってるか分からない、って主催者に相談されたのよ。あ、主催ね、私の知りあい」
「それは……。お大事に」
「ほんとね。ってわけだから頼んだわよ」
用はすんだとばかりに、一息で残りを飲み干したエイバが席を立つ。
出て行こうとした彼女は、思い出したように振り返った。
「そうそう。今年はモーンガータがランプを提供してくれるの」
「え!? 本当ですか!?」
シャドウ・ガルデンの有名な照明専門店、モーンガータ。
本来なら他国の小さな祭りに明かりを提供するほど暇がある店ではないはずだが、かまくら作りに浄化師がかかわると聞き、声をかけてくれたらしい。
「浄化師さんたちの功績よ。お礼言っといて」
「はい!」
ひらりと手を振ったエイバは食器を返却し、今度こそ食堂から出て行く。
「モーンガータ協力ですか。いいなぁ」
かまくらの中、美しいランプを見ながらおしゃべりしつつ、子どもたちをもてなす。
穏やかな夜に思いをはせて、司令部教団員は天井を仰ぎ見た。
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