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「よってらっしゃい! みてらっしゃい!」
陽気な呼び声が周囲に響く。
「たんたん狸の軽業興行! シコクより、はるばるやって来た!」
呼び込みのチンドン屋が三味線や小太鼓を打ち鳴らし、チラシを配る。
ついでに配るのは、チラシ以外にも。
「はい! 飴をひとつどうぞ!」
竹串に刺さった細工飴を、集まってくれた人達に手渡していく。
見れば、それは狸の形をしている。その形は。
「あめ、あげる~」
チンドン屋に連いて歩いている豆狸達の姿に似ていた。
まるまるころっと小さい豆狸達は、後ろ足で立って宣伝の手伝いを。
いつも着ている袢纏は、明るい色の半被に変わっている。
「つなわたり、するの~」
「おどりもするよ~」
かわいらしい豆狸達が宣伝をすれば、一緒に歩いている美男美女達も宣伝に抜かりはない。
「軽業だけじゃ物足りない。そんな人には、化け狸の化け術も披露するよ」
そう言うと、美男美女たちは人間サイズの狸姿に。
後ろ足ですっくと立つその姿は、獣人型のライカンスロープに見えるが、実際は妖怪な化け狸。
今、街中を歩き宣伝しているのは、シコクの化け狸の頭領、隠神刑部が率いる妖怪狸達の集まりだ。
シコクからチュウゴク地方に出てきた彼らは、妖術を活かし、見世物をして回っていた。
その理由は、西ニホンの反政府軍活動を探ることにあったが。
「盛況なようですね」
「うん。人気があって何よりだね」
薔薇十字教団ニホン支部長、安倍清明の言葉に、魔女セパルは返す。
彼らは、妖怪狸達の呼び込みを、少し離れた場所から見ている。
「この調子なら、隠密活動も巧くいきそうですね」
清明は、小さく笑みを浮かべ言った。
それは妖怪狸達に、幕府転覆を掲げる反政府軍の活動を秘密裏に調べさせていることを意味していた。
反政府軍は、軍と言っても統一された集団があるのではなく、各地域に小規模な集団に分かれている。
そのため、中々実態を掴むのが難しく、探りあぐねていたのだが、魔女セパルの伝手で協力することになった妖怪狸達により、状況が変わりつつある。
妖怪狸達が見世物として各地を回り、そこで得られた情報を渡す、という活動をしていた。
色々な物に化けられる妖術が使える妖怪狸達は、さまざまな場所に潜り込むのに適しているのだ。
そして各地を巡るのに警戒をされないよう、見世物として人気が出てくれれば、より隠密活動はしやすくなるという塩梅である。
「危険なことはさせたくないんだけどね」
セパルの言葉に、清明は笑みを浮かべたまま返す。
「それは重々承知しています。彼らが安全に動けるよう、こちらも便宜を図っています」
「本当?」
「もちろん。信じて下さい。私は嘘がつけない性質ですので」
嘘つき清明とも呼ばれる彼は、笑顔のまま言った。
ちなみに彼がそう呼ばれるのは、よく大法螺を吹くからだ。
曰く、自分はキョウで最強の鬼、酒呑童子と相討ちになった安倍清明の生まれ変わりである、などなど。
そういった信じがたいことを平然と口にするのだ。
元々が捨て子な彼は、捨丸という名前だったのだが、そうした大法螺を吹いている内に、自分の名前を安倍清明と改名までした過去を持つ。
そんな彼に、セパルは笑顔で返す。
「ありがとう! 助かるよ!」
「いえいえ、こちらこそ」
セパルと同じように、笑顔で返す清明。
傍で見てると、非常に胡散臭かった。
そんな2人は、今後のことを話し合う。
「それで、これからどう動きますか?」
清明の問い掛けにセパルは返す。
「とりあえずは、見世物の人気がもっと出るように頑張らないとね。人気が出れば出るほど、色んな所に行きやすくなるし。だから、浄化師のみんなに協力して貰うつもり」
「浄化師ですか」
「うん。浄化師のみんなが、色々と動きやすくなるようにするのも目的だけどね。今回みたいな催しに参加してれば、ニホンでの反発も少なくなるだろうから」
「ええ、それは確かに。少し前に、友好目的で本部の皆さんには動いて貰い、巧くいきましたから。お蔭で、色々と各地の情勢が探りやすくなりました」
「それは良いね。でも、今の所は西ニホンで手一杯って聞いたけど」
「はい。元々、幕府のお偉方の大半は、エドさえ安定していれば、地方は切り捨てても構わない方が多いですから。上様や側用人の何人かは、それをどうにかしたいようですが、中々巧く行っていないようですね」
「ん~、教団のニホン支部で、どうにかできないの?」
「無理です。人手が足りません。西ニホンで手一杯で。幕閣の大半からも、東ニホンは捨てても良いから、西ニホンに集中しろと」
「……どういうこと?」
「西ニホンの反政府軍の中心は侍です。西ニホンは、教団が鎖国を開放させた時の強引な手法に疑念を抱き、警戒心が強い地域ですから。その上、貿易により資金が十分にある。そんな場所で反政府軍の活動が大きくなれば、幕府の威光が大きく削られると危機感を抱いているんです」
「……そうなんだ。なら、東ニホンは、どうなの?」
「あちらは、妖怪が主体ですから。東ニホン、これはエドのあるカントウを除いたトウホク地方が特に顕著ですが、幕府が見捨てた地域です。東ニホンは西ニホンと違い、大陸伝いの貿易を行うことが出来ず、収入が細い地域です。そのため、ヨハネの使徒やべリアルの脅威から身を守る術が乏しい場所でした」
「でした、ってことは、今は違うってこと?」
「ええ。トウホク地方が荒らされることに怒ったトウホク地方の妖怪達が、ヨハネの使徒やべリアルを撃退し、ある程度の安定を得ています。ヨハネの使徒はともかく、べリアルは妖怪達では滅ぼせないので、身体をバラバラにした状態で封じているようですが」
「……妖怪に任せてるだけで、他の人達は何もしてないの?」
「いえ。妖怪達の活動に賛同して、協力する侍や住人もいるようです。しかも、悪路王を名乗る人物が、そうしたトウホク地方の反政府軍をまとめ上げているという情報もあります。そうした情勢ですが、幕府は放置に近いです」
「……なんで?」
「反政府軍の主体が妖怪達だからです。いざとなれば、悪妖討伐の名目で潰せば良いと、たかをくくっているようで」
「……イイ性格してるね」
「はい。ですが、そんなことはさせません。そのためにも、まずは西ニホンの反政府軍の活動を抑え、東ニホンに尽力を避ける余裕を作りたいのです」
「そっか……分かった。なら、頑張らないと。浄化師のみんなにも、大変だけど、手を貸して貰わないといけないね」
「はい。そのための便宜は、可能な限りさせて貰います」
そんな話し合いが終わり、教団本部に依頼が舞い込みました。
内容は、ニホンで妖怪狸達が行っている興行の手伝いをして欲しいという物でした。
これを受け、指令が出されました。
指令内容は、次の通り。
お客さんの呼び込みや、舞台興行の手伝い。
他にも、ニホンで本部の浄化師が受け入れられやすくなるよう、舞台興行の行われるお祭りに参加してみるのも推奨されています。
この指令を受けたアナタ達は――?
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「またのお越しをお待ちしております」
買い物を終えた客が店から出ていく際に、店主はそう言った。
ここは教皇国家アークソサエティ『ソレイユ』の中に存在する、一つの店。
少し古い雰囲気を漂わせるその店は、だがしかし、客足は途絶えていない。
雰囲気が良いのか、そこには老若男女問わず、誰でもやってくるのだ。
誰が来ても良いように、何を求められても良いように、店にはぬいぐるみやアクセサリー、ペンや食器などと言った様々なものがある。
曰く、ここに来ればよほど大きなもの、高価なものでなければ、大抵のものは手に入るらしい。
「――ふぅ、さて」
店の主である年老いた男性『ロレンス』は、客がいなくなった店内を嬉しそうな表情で回る。
人当たりの良いと評判の彼は、いつも笑顔で接客をし、客の話を嫌な顔一つせずに真面目に聞いてくれるという。
それが相談事であればアドバイスをし。
それが愚痴であれば、延々と付き合うのだ。
買うものがなくても、客はロレンスと話をするために店に訪れることがある。だがその客が店から出ていく時には、何かしらの商品を購入している。
そのせいか、この店はほどほどに繁盛をしている……が、彼にはそれはどうでもよさそうだ。
店の中を一周し、客が手に取って位置が乱れた商品を一通り元に戻し終えたロレンスは次に来る客を待つ時間に休憩すべく、椅子に座った
「……少し疲れましたね」
長年続けている彼でも、流石に歳には勝てないのか。呟くようにそう言った。
ならばいっそのこと、引退でもすればいいのではないだろうか。
少なからず静かに余生を過ごすだけの余裕はあるだろうに。
それでも続けるのは、一体何を思ってのことだろうか……と。
「…………」
椅子に座っているロレンスは、首に着けていたネックレスを手に取った。
「――君が遺した店は、しっかりと私が守っていますよ」
そのネックレスに語り掛けるように。
まるで大切な人に語り掛けるように、彼はそう言った。
「最初は大変な仕事だったけど、今では私の生きがいになっています。人の話を聞いて、人の笑顔を見る――これほど素晴らしい仕事は他にはないでしょう」
――いや、それでは商売人失格ですね、と彼は苦笑する。
「……でも、今ならわかる気がします。『人の笑顔を見るのが好き』と言った君の言葉が」
彼が言う『君』――それは彼の亡き妻のことだ。
曰く、彼は若い頃にとても美しい女性を妻にした。だがその妻は若い頃に亡くなってしまったと。
そしてこの店は、その妻から受け継いだものだと。
なるほど、それならばロレンスが続けようとしている理由がなんとなくわかる。
「だから私は死ぬまでこの仕事を、店を続けます。君が遺した、大好きな君が遺してくれた、色んなものを守るために」
そう言って、彼は休憩が終わったからと立ち上がる、が。
「――おっと、すみません。休憩していたものですから、来店されていたことに気づきませんでした。これも歳のせいなのでしょうか、若い頃に比べて耳が遠くなっていますね」
話しかけにくかったのだろうか、そこには声をかけようとして困惑していた一人の客の姿があったことに気づいた。
その人物――服装から判断するに、その客は『浄化師』らしい。
店に入ったはいいが、店主がネックレスを見ながら独り言を呟いていてどうしようかと――そういうことだろう。
独り言を聞かれていたか、と恥ずかしそうに笑みを浮かべた彼は、だが。
「さて、何をお求めでしょうか?」
笑顔で対応する。
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彼らは、追い詰められた者の眼をしていた。
「何なんですか、ここは」
若い男が、年かさの男に尋ねる。
その声は、恐怖で震えていた。
「……分からん。だが、止まる訳にはいくまい」
年かさの男も声を震わせながら、若い男を鼓舞するように声を掛け前へと進む。
いま2人が居る周囲は、形容しがたい恐怖が広がっていた。
場所は、何ら変哲のない林の中。
けれど吸い込む大気にすら、怖気を走らせるような恐怖が満ち。
前へ進めば進むほど、避けようのない恐怖と直面する。
そんな確信を、持たざるを得ない。
だというのに、2人は目的地に向け、前に進むしかなかった。
なぜなら彼らは、失敗したからだ。
彼ら2人は、終焉の夜明け団であり、直近の命令を失敗している。
終焉の夜明け団の、最終的な目的とされる『計画』。
その助けとなる魔方陣の起動に失敗したのだ。
もっとも、それ自体は『計画』への影響は、ほとんど無いらしい。
起動を命令された魔方陣は、本体から伸びた枝葉のようなものであり、すでに大元は発動の第一段階まで進んでいると、幹部である女達に聞かされた。
けれど、だからといって、許されることは無かったが。
失敗の埋め合わせのため、ある場所にある『なにか』を持ち帰るよう命じられたのだ。
それが何であるのか尋ね、答えを聞いて後悔した。
「『法の書』の材料となったモノです」
それは終焉の夜明け団にとって最秘奥のひとつ。
アレイスター・エリファスが作り出したと言われる魔導書だ。
幹部の女は答え、続けて言った。
「最近になって、地上に現出したようです。廃村にあるようですが、存在するだけで、周囲に影響を与えているようですね。既に、教団にも情報は行っているようですから、いずれ浄化師達も向かうでしょう。その前に、獲りに行きなさい」
この言葉に、増援を懇願し、即座に否定された。
「駄目です。これは罰です。貴方達だけで行きなさい。
奪われたら? 別に、構いませんよ。すでに必要な『法の書』は揃っています。無ければ無いで構いません。
それに今は、サンディスタムや、他の国々の活動が大事です。ついでの仕事に、余計な人員を割く気はありません。
だから、貴方達だけで行きなさい。頑張りなさい。失敗したら――食べてしまいますよ」
本気なのは、目を見れば分かった。
むしろ失敗することを望んでいる。
恐怖にまみれた魂の味を楽しみたいと、思っているのは明らかだった。
だからこそ、彼らは必死に目的地を目指す。
そして辿り着いた。
そこは、取り立てて特徴のない廃村だった。
元々は林業の中継地点として作られ、取るべき木がなくなり、捨てられた場所。
そこには先客がいた。
「貴様ら!」
憎々しげな声を、彼らは上げる。
そこに居たのは、シルクハットを被ったタキシード姿のカイゼル髭の男と、仮面の男。
「オーウ。2度目でーす。おっひさー」
「向こうは会いたくなかったと思うぞ」
仮面の男は、カイゼル髭の男である、魔女メフィストに突っ込みを入れる。
そんな2人に、終焉の夜明け団である男達は言った。
「貴様らと、浄化師どもが邪魔をしなければ、こんな所に来なくて済んだんだぞ!」
「知らん。自業自得だろ」
「いんがおーほーでーす」
「殺す!」
塩対応な仮面の男とメフィストに、終焉の夜明け団の2人は殺意を向ける。
するとメフィストは言った。
「怒るのダメでーす。あれが反応しちゃいまーす」
それを無視し、終焉の夜明け団の2人は攻撃魔術を放とうとした。
その瞬間、地獄が広がった。
「……なんだ、これは……」
突如として変わり果てた周囲に、終焉の夜明け団の2人は掠れた声を上げる。
特徴のない廃村が、一面の荒野に変わる。
そして次々地面が盛り上がり、そこから何体もの死体が現れた。
死体は、終焉の夜明け団の2人が殺した人々だった。
「ひっ!」
恐怖の声を、終焉の夜明け団の2人は上げる。
反射的に攻撃魔術を当て、近付いてくる死体を粉砕。
だが粉砕するたびに、新たな死体が地面から現れる。
それを、さらに攻撃魔術で破壊。すると新たな死体が――
無限に繰り返すループが始まる。
「殺されれば好いんですよー。自分が殺した数だけ」
のほほんとした声で、疑似的な地獄に囚われた終焉の夜明け団の2人に、メフィストは言った。
もっとも、その声は届いていない。
疑似的な地獄に囚われ続ける終焉の夜明け団の2人に、メフィストは肩をすくめるように溜め息をつくと、仮面の男を探す。
すると仮面の男は、過去に囚われていた。
仮面の男の目の前に、1人の少年が居る。
それは過去の仮面の男。
視線の先には、肉体を融かされ、魂を赤き石に封じられる無数の人々が。
命じているのは、父。誇るように見ているのは兄達。
少年でしかない仮面の男は、何も出来ず見続けている。
「それは貴方の罪ではないでーす」
疑似的な地獄に囚われる仮面の男に、メフィストが声を掛ける。
すると仮面の男は、メフィストに気付き、大きく息を抜いて自分を取り戻した。
「正気になりましたかー?」
「……ああ。なんなんだ、今のは」
「ただの疑似的な地獄でーす!」
「地獄か……なら、本当のことなんだな、お前の言ったことは」
「そうでーす! だから早く、ブツを取りに行きますよー」
「分かった……どうした?」
急に、林の中に視線を向けたメフィストに、仮面の男が尋ねる。
すると、メフィストは微妙に困った声で返した。
「誰かこっちに来てまーす。多分、この魔力量だと、浄化師ですねー」
「拙いな。下手をすると、影響を受けるぞ」
「ですねー。だから早くブツを探しますよー」
2人はそう言うと、廃村を探索し始めた。
そんな状況の廃村に、指令を受けたアナタ達は、訪れることになりました。
指令内容は、とある廃村で奇妙なことが起るので、それを調べて欲しいというものです。
依頼人は、廃村の元住人。
数年前に離れた故郷の様子を見に訪れると、昔自分が世話をするのを忘れ干からびて死んだミドリガメに、襲われそうになったとのこと。
きっとミドリガメの幽霊の呪いです! どうにかしてください!
そんな訴えにより、廃村に訪れることになりました。
明らかな異常事態が起こっているとは、思わないまま。
犯した罪か、囚われた罪悪感。
そういった物が強ければ、奇妙な世界にパートナーと共に捕われることになる、この状況。
アナタ達は、どんな行動をとりますか?
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東方島国ニホンには四季がある。まあ、どこにでにも季節はあるのだが、ニホンの人たちの誇りだからそういうことにしてあげよう。そして、ニホンには梅雨がある。エクソシストたちが交流のために訪れた時期は丁度、梅雨にさしかかる頃合だった。
その日は朝から雨粒が地面を叩く音が響いていた。天気のせいで人通りは少なくなり、賑やかな通りに面した宿では珍しいことに、どこか眠たげな雨音だけが部屋に響いていた。今日は急ぎの予定もないし、いっそこのまま午睡でもしてしまおうか。そう思ったところで、宿の扉をノックする音が響いた。宿の女将が手紙を持ってきたのだ。
「私たちに手紙?」
「ええ。差出人の名前も封筒に書いていないし、そもそも飛脚の来る時間でもなかったので怪しさ極まりないと思ったのですが、一応浄化師? の方々ならこういう事もよくあるのかなあと思いまして……」
いや、ないと思う。あったかもしれないけど。まあとりあえず読むことにしよう。どうせ雨の中を出かける気も起きないし。
「そう思ってるやつが多すぎる。出かけてくれ。それで僕のところまで来てくれ」
これ心を読んでくるタイプのやつだ。仕事の予感を感じながら読みすすめる。
「エクソシストの皆様。僕は八百万の神が一柱、檜の舞台に宿る者だ。真の名までは明かせないが、とりあえずヒノキさんとでも呼んでくれればいい。ヒノッキーも可。
さて、折り入って頼みがある。僕が司っている舞台に一つ、長らく使われていないものがある。舞を神に捧げるための舞台だ。外国(とつくに)の戦士たちよ、どうか、干からびた観客たちと舞台を哀れに思って一つ舞をやってくれないか。君たちの本業である戦闘をそのまま魅せてくれたらいいんだ。熱く良い戦いというものはそのまま踊りという要素を孕むし、また魂を奮わせるものでもあるから。
自分は舞台を司るから大抵のものは用意できるが、舞う主役の人間だけはそうやっても用意できない。晴れの日はまだ通行人をどうにかして舞台にあげることも出来るが、雨の日は少々難しくてね。これからに備えると君たちにお願いするのが一番いいんだ。
謝礼は用意するし、事が終わればお茶と菓子くらいは出そう。是非考えて欲しい」
封筒には神社への地図も同封されていた。なるほど、ここに来いという訳か。……まあ、どうせ急ぎの用事もなかったし、友好を深めて来いというのが教団の意向である。拒絶する理由は薄かった。神社に向かえば他にも招待を受けたのであろうエクソシストの姿が見つかる。
「いやあ、本当にありがとう☆ 敵役はこちらで用意しといたよ、命のない大道具だから容赦なくなぎ倒してくれて構わない。あと衣装も一応こちらでも用意したから好きに使ってくれていいよー☆」
なんだかノリの軽い神様(愛称:ヒノッキー)に乗せられるようにして準備を終えて舞台に立ち、神楽の音と共に幕が上がる。そういえば、「敵」についてヒノッキーは語らなかったな、と思った。
下手の暗がりに目を凝らせば、闇の中にふわりと鮮やかな和傘の色が浮かび上がる。朱色、常盤緑、梅紫の三色の傘だ。和傘がくるりと回って天を射し、それらを構えていた存在が全貌を明らかにした。黒髪を結った等身大の日本人形だ。本当に人形なのだろうか、と思わせるほど白磁の肌は艶かしく、身にまとった鮮やかな色の着物を引き立てている。彼女たちはひらりと動き、それぞれの獲物を露にした。
右側に立った白緑の着物を纏う人形が扇と符を構え。
左側に立った本紫の着物を纏う人形が弓と薙刀を構え。
先頭に立った紅色の着物を纏う人形が、闇に白く煌く日本刀をゆるりと正眼に構えた。
ひらりと上から舞い散った赤い花びらが横一文字に切り払われ、戦いの開始を告げる。
「うーん、強さの設定をちょっとミスったかな? まあ、日頃本気で戦ってる皆なら大丈夫だよね☆ 舞台の上の傷なら、舞台の下で僕が治せるし……ま、頑張ってね☆」
神の呟きは湿り気を帯びた檜に吸い込まれてゆく。
さて、このたびの神前試合、いかなる戦いが繰り広げられるのだろうか?
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空に浮かぶ太陽が沈み始めた頃――一人の浄化師が街の中を走っていた。
何やら急いでいるらしきその浄化師、その目的地は自分のパートナーの元だ。
急いでいる理由は、個人的な事情でパートナーと離れていたから。
数日の間、パートナーから、街から離れていたのだ。
そのことを申し訳なく思っている浄化師は、不安にさせたパートナーに会うために、風のように走っている。
しかしまあ、いつ何時共に行動しているとはいっても、小さな子供ではないのだからそこまで心配することでもあるまい。
だが、今現在息を荒げて走っている浄化師は、一つだけ、とんでもないことをしていた。
それはあまりにも簡単で、けれどもとても重要なことだ。
そう――その浄化師は、パートナーに『私事でしばらく留守にする』と言っていなかったのだ。
何も言わずに外出――つまりそれは、相手は知らないということ。
けれども浄化師は童ではない。一々パートナーにどこに何をしに行く、など伝えることはしないだろうに。
だからそんなに急がなくても、心配しなくてもいいのではないか、と疑問に思うことだろう。
――ところで話は変わるが、『浄化師』という肩書は、一体どういう立場であるのか、説明できるだろうか。
浄化師といえば、指令を受けてそれを解決する者……一応合ってはいるが、それが目的ではない。それではただの万事屋だ。
浄化師――それは、ベリアルやヨハネの使徒と言った世界の脅威を討伐し、世界の救済を遂行する者を指す言葉だ。
悪に立ち向かう正義……なるほど、響きが良い言葉だ。思わずカッコいいと言ってしまいそうになる。
しかしながら、正義の味方といっても敵以外のモノが全て自分の味方とは限らない。
自分達の知らないところで恨みを買っている可能性も十分に考えられる。
となれば、事情を知らせずに急に姿を消した相方の帰りを待ちわびているパートナーの気持ちは痛いほどわかるはずだ。
もしかして――とか。
まさか……など。
最悪な展開を数えきれないほど想像していることだろう。
故に、浄化師は一秒でも早くパートナーの元に戻って安心させなければいけないのだ。
もちろん怒りの説教を受けるだろうが、そもそも自分が悪いのだ。それは受けて当然の罰だ。
だからこそ、謝罪や反省、パートナーのご機嫌取りをしなければいけない、と。
しなければいけないことを考えた浄化師は、ようやくパートナーがいる部屋の前までやってきた。
乱れた息を整える為に、何度も何度も深呼吸をして。
覚悟を決め、ガチャリと扉を開けて恐る恐る中に入る。
一体どんな表情をしているのか、どれほど心配させたことか、パートナーの様子を想像する浄化師は、しかし。
パートナーの姿を見ることはできなかった。
部屋の中にいると思っていたパートナーは、部屋の中にいなかった。
一体どこに行ったのだろうか、と考える中で浄化師は最悪な展開を考え。
迷わず部屋から出て行こうとした――その瞬間!
『――――……っ』と。
突然、謎の重低音が部屋に響いた。
その音を聴いた浄化師は、別の最悪の展開を考え、警戒しながらもだが静かに部屋の中に戻った。
部屋の中には自分一人、しかし自分以外に何かがいることは間違いない。
その姿を捉えるべく、浄化師は静かに部屋の中を調べる。
すると、ふと――その目にあるモノが映り込んだ。
死角になっていて気づかなかったようで、寝台の傍に人が……パートナーが床に倒れていたのだ。
血の気が引いた浄化師は慌ててパートナーの元に駆け寄る、が。
『ぐぅうううう……っ』――という、先ほど部屋に響いた重低音がパートナーから聴こえたことがわかると、それが一体何なのかを理解した。
ああ、そうだ。これは空腹時に鳴る音じゃないか、と。
何とも情けない内容に思わず脱力した浄化師に、倒れているパートナーが一言。
「――――」
小さいその声は、だがしっかりと自分の名前を呼んでいた。
――そうか、そういうことだったのか。
何故パートナーがここで倒れているのか。何故空腹なのか、それがようやく理解できた。
突然消えた自分を、パートナーは心配していたのだ。それもものすごく。
この数日、嫌な展開を考えて不安でたまらなかったパートナーは食事を摂っていなかった。
呑気に食事などできるわけない、と考えていたのだろうが、しかし体はそうはいかずに力尽きてしまった。
そこからどれだけ時間が経っていたのかはわからないが、パートナーは自分のことを心配し過ぎていただけだと。
……つまりはこういうことなのだろう。
嗚呼、自分のせいでパートナーに迷惑をかけてしまった、と。
素直に謝っても絶対に許してはくれないだろう、とそう思う浄化師に。
『ぐぅううう……』と、パートナーの体から鳴るその音が、浄化師に目的を見つけさせた。
――そうだ、まずは食事を用意しないと。話をするのはそれからだ!
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「いや、実際困っていまして」
貴方達の前に座った藩主、『富岡・平金(とみおか・ひらかね)』はお茶を点てながらそう言った。
ここは、東方島国ニホン。そこに存在する藩の一つ、トミオカ藩の領地内。
何故、そんな所に貴方達はいるのか。
事の発端は、教団の打ち出したある方針。この都度、ニホンと教団との間に結ばれた友好関係。それをさらに強固なものにするために、教団はニホンの統治者である徳川家に対してこんな申し出を行った。
「何か、困り事があれば力になる」
そうしたらまぁ、相手方はすぐに飛びついてきた。とにかく、何か色々あるらしい。一国を治めると言うのは、大変なのだ。
その中の一つが、このトミオカ藩での一件。まあ、とにかく行ってみてくれと平服されて、教団は貴方達を派遣した。
到着早々、貴方達は藩主である平金の城に招かれ、今に至る。
「本当に、困っているのです」
貴方達にお茶を差し出すと、平金はまた深々とため息をついた。
「ご覧下さい」
そう言って、襖の向こうに見える山々を示す。
それを染めるのは、桜色。そう。かの藩を囲む山々は、沢山の桜の花に彩られていた。見るからに、雅この上ない光景。けれど、この上なく不自然な光景。今は新緑の季節。桜なんて、とっくに散っていて然るべき時期なのに。
「季節が、止まっているのです」
平金、曰く。
古来より、この周辺地域は一柱の土地神に守護されてきた。
其が神、名を『珠結良之桜夜姫(たまゆらのさくやひめ)』と言う。
少女の姿を模した彼女は、樹齢5000年を経た桜から生じた自然神。限られた範囲ではあるものの、季節を統べる力を持つと言う。彼女のお陰で、この地域は夏が厳しくなる事もなく、冬が過酷になる事もない。春は常に穏やかな芽吹きを迎え、秋はいつも豊かな実りを約束される。
話を聞く限り、とても良い神様じゃないかと思うのだが。首を傾げる貴方達に、平金は疲れ果てた笑みを向ける。
「良い神だと、思ったでしょう?」
はい。そう思いましたけど? そう答える貴方達に、平金は引きつった笑みを浮かべる。
「では、何でこんな事になっているとお思いで?」
示す先は、また襖の向こう。満開の桜に飾られる景色。穏やかな、春の光景。何か、問題でも?
「大ありなのですよ!!」
絶叫する平金。ビビる貴方達。平金は叫び続ける。まるで、溜まっていた鬱憤を吐き出すかの様に。
「考えてみてくだされ!! 季節は、伊達や酔狂で移ろう訳ではないのです!! 春も夏も秋も冬も!! 皆、正しく巡ってこそ恵みは育まれるのです!!」
そう言うと、平金はズンズンと貴方達の横を通り過ぎて、閉まっていた方の襖をパッシーンと開いた。
そこにあったのは、先に見た桜華の風景とはまた別のもの。遠い山の麓まで広がる、田畑。茶色い土壌や、揺れる水面ばかりが目立つ、田畑。見れば、この季節にはある程度まで育っているべき作物達。それが皆、小さな苗のままだった。
貴方達は、ハッとする。
「お分かりいただけたか?」
平金が、深い苦悩を浮かべながら大きく溜息をつく。
「季節が止まるとは、こういう事なのです」
そう。全ての生命は、移ろう季節の中で成長する。季節が止まれば、それに倣う者達もまた歩みを止めてしまうのだ。
「お陰で、この地域は作物の収穫も、川の魚の成長も遅れ、毎年キュウキュウの生活を強いられているのです」
なるほど。それは重大な問題である。と言うか、第一次産業の枯渇は国の衰退につながる。冗談事ではない。その災厄を起こしているのが、かの神であると?
貴方達の問いに、平金は神妙な顔で頷く。聞く話からは、とても邪悪な存在とは思えない。なのに、何故そんな無体な事を。訝しがる貴方達に、平金は言う。
「宴なのです」
宴?
「姫は、大層な祭り好きなのでして。毎年、春になると宴を開きます。その場を飾る華を、我々里の者に要求するのです。我々がそれに応じなければ、かの神はそれが果たされるまで季節を止めてしまうのです」
華?
頷いた平金が、潜める様な声で言う。
「ええ。姫には、宴の他にこの上なき好物がありまして……」
真剣な顔だった。まるで、恐ろしい禁忌に触れる様な、怯えた声だった。その雰囲気に飲まれ、貴方達も顔を引き締める。
「姫は……」
平金の口が象る。畏怖すべき、その真実を。
「綺麗なモノや可愛いモノが大好きな、物凄い美可愛フェチなのです!!」
………。
流れる沈黙。何て言うか、反応に困る。
「毎年、宴の時期が来る度に我々に要求するのです!! 飛び切りの美形か飛び切り可愛い男女を見繕って宴の彩りにしろと!!」
少々、立て直す。なるほど。理解した。つまりは、人身御供という訳だ。華にされた人々は、もう帰ってこれないと……。
「何言ってるんです? 帰ってきますよ? 普通に」
思いっきし否定された。せっかく、真面目に考えたのに。
「一晩宴で相手をさせられたら、翌朝には帰されます。大体、酷い二日酔いで二、三日寝込みますが」
……無問題じゃない? それ。
「問題大ありです!! 見たでしょう!? 季節、止められるんですよ!? 相手よこさないと、宴始めない。宴終わんないと、季節も進まないぞと抜かすんですよ!!」
いや、だったら、ご要望を叶えて差し上げては……? だって、普通に帰ってこれるんでしょう? 等と提案するが、平金のおじさんはブンブンと頭を振る
「ダメなのです!! 一度お相手をした面子には飽きてしまって、次は違うのと言うんです!! いる訳ないでしょ!! そんなのそうそう!! 有限資源なんですよ!? 美形は!! で、たまに気に入ったのがいても、少し歳取ったらジジィやババァはいらん言うし!! 人間は歳取るもんでしょう!? そうでしょう!? それを、こっちの苦労も知らんとあのガキャあぁああ!!」
まずい。頭に浮いた青筋がビクンビクンしてる。このままじゃ、切れて救急案件になる。取り敢えず、お茶飲ませて落ち着かせる。
ゼエゼエと息をつきながら、平金は言う。
「そんな訳で、今年はとうとう人手がなくなりまして……。宴が始められないのです。このままでは米も育たず、年貢も収められません」
なるほど。深刻だ。って言うか、面倒くさい事この上もない。さて、どうしたものか。頭を捻る貴方達。と、そんな貴方達を、ジッと見つめる平金。キョトンとする貴方達に向かって、彼は言う。
「そう言えば貴方方、結構イケますな……」
これ以上ないくらい、意を伝える言葉だった。あ、やばい。そう思って辞退しようとした瞬間。
「お願いしますぅううう!!」
怒涛の勢いで、平金が迫ってきた。
「お願いします!! どうか!! どうか、お力をお貸しください!! 何、大した事はございません!! 一晩!! ほんの一晩、姫の宴の相手をしてくださるだけでいいのです!! 大丈夫!! 大丈夫です!! 戯れに神露の飲み比べさせられたり、夜伽の相手しろと迫られたり、求婚されたりするかもしれませんが、大した問題じゃありません!!」
いや、大丈夫じゃないだろ!? それ。
狼狽する貴方達の後ろで、スパーンともう一つの襖が開く。いつの間に集まったのか。大勢の人々が、藁にもすがらんと言った表情でこっちを見ていた。ひょっとして、城中の人手をかき集めたんじゃないか? これ。
そんな人々が、一斉に平伏する。
「どうか!! お願いいたします~!!」
逃げ場なんて、もうありはしないのだった。
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夕方、東方島国ニホン、エドの通り。
上陸した浄化師達を友好的に受け入れた現地人達は、大層歓迎した。
そして、一部の祭り好きの提案により、夕方から夜にかけて、夜市が開催される事になった。
イカ焼き、りんご飴、お面屋、的当てなど、様々な屋台が通りの両端に軒を連ね、行き交う人々を楽しませる。
「どうだい、我が島国ニホンは素敵だろ?」
「オイラの作った握り飯は美味しいぞ、1つ、どうだ?」
「ねぇねぇ、面白い話、教えてよ! あたし、このエドから出た事無いの」
特に、浄化師の姿を見付けるなり住人達は、親しげに話し掛ける。この国を知って貰いたい、浄化師達と仲良くしたいという思いが言葉の端々から見て取れる。
「なぁ、夜になったら、もっとすごいのがあるんだぞ」
「花火が上がるんだ、花火! 夜空にばぁあんとさ」
住人達は自慢げにとっておきを話す。夜市の楽しみ方は屋台巡りだけではないようだ。
よく見れば、通りを歩く地元民の中に明らかに人外の姿がちらほらと見られる。
「あぁ、ありゃ、遊火(あそびび)って言って、ただの鬼火だ。現れたと思ったらどこかに行ったり分裂したり一つになったりするが人畜無害だ」
「妖怪と言えば、キョウトだけど、物見遊山とか勉学とか旅の者がこのエドにもいるんだよ」
住民達は、異邦者たる浄化師達に快く説明する。
「まあ、とにかく我がエドの夜市を楽しんでくれ」
気の良い住民の言葉に従い、浄化師達は夜市を満喫する事にした。
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海に面したこの村では、昔から漁が盛んだ。
勇ましい男たちは船に乗って荒波を越え、或いは浜辺から巨大な網を投げたりして生計を立てる。
日に焼けることを厭わない女たちが陽気に笑って魚をさばいたり、海藻を干したり。
子どもたちは着物の裾を結わえて浅瀬で遊ぶ。
海を背にして浜を見れば、立派な松林が生い茂った景観がそこには広がっている。
浜に無限に広がる砂と、海水の塩害から村の生活を守ってくれている、ここいらでは欠かせない樹木が松である。
松林をここまで育てる偉業は、人間だけでは到底成し得なかっただろう。
塩害で山が傷むのを嫌った野槌や野干をはじめとする妖怪たちの助けもあり、今日の生活があるのだ。
本格的な冬になる前には、今でも種族を超えて皆で枯れ枝を集めて整備する。
この地域の社が松の神を奉っているのはなんら不思議なことではない。
海開きよりひとあし先に人と妖で祭りを開き松の神へ盛大な感謝の意を伝えることも、至極当たり前のことだった。
「――というのが、この村の簡単な歴史でなあ。そもそも戦も何もなかったような場所やさけ、敵といえば自然災害くらいなんですわ」
冷たい麦茶が入ったコップを傾け、御年九十になるというのに昨日も漁に出たらしい村長は笑った。
その真向いに正座して熱心にメモをとっているのは、この村が位置する海沿いを治める藩に先日やってきたばかりの祓魔人だ。
まだ少女と呼んでも差し支えない容姿で一生懸命に土地柄を学ぼうとする姿に、矍鑠とした村長は顔のしわを深める。
「まあその祭り自体はまだ先なんやけども、……ほれ、見てみい。今が一番子どもらははしゃいどるんです」
「?」
村長が指さした先。
開け放した大きな窓の向こうでは、己の相棒と一緒に数人の子どもたちが何やら綺麗な布地を風にはためかせて走り回っていた。
というかあの呑気な喰人は大の男のくせして一体何をしているのか。
「その祭りには一応正装があるんですわ。いやなに、ただの浴衣や、浴衣。柄はほんまやったら吉祥樹――松がええんやけど、若い人らは蝶だの花だの好きなもん選びたいやろからな、もううるさく言わんようにしてます」
なるほど。
あの子たちが握っているのは、これから祭りに向けて仕立ててもらう浴衣の生地なわけか。
まるで鯉のぼりのように青空を泳ぐ色とりどりの生地に目を奪われていると、何かを察してか村長が、ああほうや、と手を叩いた。
「日程的には祭りには参加出来ひんやろけど、どうせなら参加してみますか? 着付け教室」
「着付け教室、ですか?」
「はい。じょうかし、やったか。二人一組で動くのが基本なんでしょう? ほんならお互いが相手に着付けてやるんは仲を深めるのにうってつけや」
「……ええと、そういうのは男女でも、大丈夫なんですかね」
子どもに後ろから膝カックンを仕掛けられて盛大にすっころんだ相方から目を逸らし、おずおずと少女は問いかける。
鉢巻を締めた村長は豪快に笑った。
「裸でするわけやなし! 大丈夫や、ちゃーんと個室でやりますし、各組にそれぞれ着付けのプロがつきますから」
確かに、お互いに衣類を着せるなどというシチュエーションはめったにない。
元々深い絆で結ばれている浄化師にも、そうでない浄化師にも、いい機会なのかもしれない。
しばらく逡巡したあとに、お願いします、と少女は折り目正しく頭を下げた。
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東方島国ニホン。その中のアキ藩という領内のとある町には、こんな変わった催しごとがあります。
『あなたも一日オイラン体験をしませんか? 勿論オイラン衣装は完全レンタル式です。美麗で豪華な衣装をお好きにお選び、束の間のオイラン気分を楽しみましょう』
ここはかつて『遊郭(ユウカク)』と呼ばれた、絢爛ですが人の欲が渦巻く深く暗い場所でした。
見る物、触れる物、全てが艶やかで一目を惹くように作られた町だったのですが、藩が遊郭禁止令などというものを出してからは、遊郭は衰退の一途を辿っていたのです。
そんな中、このままでは本当に遊郭が無くなってしまうことを危惧した町の人々は、知恵を出し合って出した結論こそ、この豪華な施設を使用した、観光客向けのアミューズメントパークなのです!
観光地として生まれ変わった遊郭は、見どころが沢山あります。
普通の町人では着ることも出来ない、華々しいオイラン衣装。
金銀や高級木材をふんだんに使用された、こだわりの建築物の数々。
室内も、調度品の一つ一つにまで選び抜かれた、絵に描いたような雅なる世界。
スタッフがオイランや付き人に扮し、町を練り歩くオイラン道中。
一夜の夢を模した、目が眩むようなイルミネーション。
そんな夢の詰まったような、遊郭という不思議な空間を、手軽に疑似体験が出来るのです。
それはそれは魅力的なアミューズメント施設になっております。
オイラン衣装は、男女共にありますのでご安心下さい。
女性には、最高の品質の着物に、金糸や銀糸を惜しげもなく使われた、引きずるほどに長い煌びやかな打掛を多数ご用意。
ご希望により、髪を結い髪風に整え、繊細な装飾を施したカンザシやクシなどで、華やかさを更に演出することも出来ます。
男性には、粋なオイランを演出するために、裾の長い豪壮な着流しをご用意。
ご希望により、女性のような打掛から、軽くカンザシを付けるプランもご用意しております。
中でも一番の特徴は、男女問わず前に結んだ帯です。
着物が見えなくなるほどの、太く派手やかな帯は、オイランの気高き象徴。
ですが、この帯には他にも意味があり『今だけはあなたのもの』とも『心はしっかり結んで、簡単には開かない』など、ここに居たオイランたちの心の表れとも言われています。
ニホンでは、このような催しは珍しく『一度はアキ藩に行き、オイラン気分を味わって見たい』と言う人々が、連日このアミューズメントパークに押し寄せるほどの盛況ぶり。
――もし、パートナーと一緒にオイラン体験をしたら?
普通にオイラン遊びというものを、遊郭のスタッフが丁寧に教えてくれますし、着飾ったパートナーと二人でお話するのも良いかも知れません。
または、当時出されていた、豪華和懐石に舌鼓を打つなど、ニホンでしか出来ないことは沢山あります。
そして、窓辺に座り夜の華やかさとオイラン道中を、二人で楽しむことも出来るのです。
――普段とは一味違った、パートナーの姿を見たくはありませんか?
もしかしたら、いつもとは全く違うパートナーの一面を見られるかも知れません。
アキ藩遊郭アミューズメントスタッフ一同、心より浄化師様のご来店をお待ちしています。
これも友好の一環です、あなたたちも遊郭に行ってみませんか?
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その青年は、こともなげに言った。
「反政府軍の活動を探って欲しいんです」
それに対する応えは簡潔だった。
「良いけど、どうすんの?」
応えを返したのは、魔女セパル。
同伴する浄化師のウボーとセレナと共に、平然としていた。
「安請け合いしますね」
「いえ、これは渡りに船というヤツですよ。薔薇十字教団ニホン支部長、安倍清明殿」
ウボーの言葉に、安倍清明は、にこやかな笑みを浮かべていた。
いま彼らが居るのは、薔薇十字教団ニホン支部の本拠地である。
状況は、本部の特使としてニホンにやって来ているウボー達を、支部長が招き歓待している――
訳ではない。むしろ傍から見れば、ウボー達のような教団本部の人間が余計なことをしないよう釘を刺すために呼び出した、という状況だ。
そういう風に見られるのは、もちろん理由がある。
簡単に言えば、過去の教団のやらかしだ。
ニホンは、ラグナロクの影響で疲弊した際に、教団から支部を置くよう提案され今に到っている。
のではあるが、その当時の教団は無茶をしていた頃なので、かなり強引に支部を設置。
その際に反発があったのだが、記録には残さず、粛清に近いことをしている。
しかし現在では、ニホン人である安倍清明が支部長に就けるまでになっていた。
ニホンに来たウボー達としては、この状況からニホン支部に協力を得られるかが悩ましい所だったが、蓋を開けてみれば、支部長である安倍清明直々の要請である。
これを逃して堪るか、といった所であった。
たとえ、その内容が厳しい物だったとしても。
「反政府軍のことは、知っていますね?」
清明の問い掛けにウボーは返した。
「幕府に反感を持ち、討幕を行うことで、新政府を立ち上げようとしている集団だと聞いています」
「ええ、その通りです。と言っても、その実態は、小規模な集団が幾つも乱立している状態です」
「西ニホン方面と東ニホン方面で別れてるんだっけ?」
セパルの言葉に声明は応える。
「良く調べてますね。西ニホンは、チュウゴクやシコク地方の藩やキュウシュウ地方の藩に属している侍が中心です。こちらの伝手を、貴女はお持ちですね?」
清明に問い掛けられ、セパルは返した。
「あるって言えばあるけど、100年ぐらい前の伝手だから、当てにできるか分からないよ」
セパルは数百年の人生の中で、武術を納めるため世界中を回っていたのだが、100年ほど前にニホンにも訪れている。
その時に、さまざまな武芸者と知り合っていたのだ。
とはいえ、それも時間が経っているので、自信がないセパルである。
そんなセパルに、清明は言った。
「大丈夫でしょう。貴女の知り合いで、存命の方も居られます。コクラ藩の宮本伊織(みやもと・いおり)殿は、家老として辣腕を振るわれていますよ」
「えっ、伊織くん、家老になっちゃったの!? うわ~、すごいっ。お祝い送らなきゃ!」
喜ぶセパルに、ウボーとセレナも、祝うように嬉しそうな表情をしている。
そんな3人を見詰めながら、清明は言った。
「貴方達には、セパル殿の伝手を活かしながら、西ニホンにおける反政府軍の動向を探って欲しいのです。出来ますか?」
「良いよ。だったら、まずは刑部おじさんに会いに行くかな」
「刑部……化け狸の総帥、隠神刑部(いぬがみ・ぎょうぶ)のことですか?」
清明の問い掛けにセパルは頷く。
「そうそう。刑部おじさん、マツヤマ藩のお家騒動の解決をしたりして、あの辺りだと顔役だし。それに化け狸は変化の術が使えるから、協力して貰えれば大きな力になるよ」
「なるほど。では、頼めますか?」
「任せてよ!」
力強く請け負うセパルだった。
それから数日後。
浄化師である皆さんも同行して隠神刑部に会いに行くと、野原で大宴会が始まりました。
「踊れや踊れ!」
「ぽんほこぽんの、ぽんぽんぽん!」
獣人型のライカンスロープにも似た、狸の妖怪たちが大騒ぎです。
ぬいぐるみのように、ころっとした小さな豆狸に、人間サイズの化け狸。
ひときわ大きく立派な姿をしているのは、隠神刑部です。
いつもは威厳のある彼も、今はお酒を飲んで、ご機嫌です。
「はっはっはっ! 久方ぶりの再会じゃ! 今宵は飲んで楽しむぞ、セパル嬢ちゃん!」
「うんうん、楽しもう!」
すっかり出来あがってます。
そんな中、浄化師の皆さんも大宴会に参加することになりました。
狸の妖怪たちは、見知らぬ浄化師達と仲良く出来るか試すために宴会を開いていると言ってますが、楽しむのが目的なのは丸わかりです。
なので、この場に参加している皆さんに求められているのは、宴会を楽しむことです。
狸の妖怪達が用意した料理を美味しく食べるも良し。
変化の術で美男美女になった化け狸達に、お酌をされて歓待されるも良し。
豆狸を、もふるも良し。
歌に踊りに、芸を披露して楽しむも良し。
宴会を楽しみましょう!
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