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朝、東方島国ニホン、エド、裏通りに建つ長屋『江川(えがわ)』の一室。
「よしっ、新作のお札完成!」
札売りの雄の妖狐が大声を上げ、天井に向かって両腕を振り上げた。卓には、うにゃうにゃと何やら書かれた紙切が幾つもあった。
「後は誰かに試して貰う必要があるが……」
札完成の次に考える事は、効果の威力。
「そうだ、浄化師さんとかに頼もうか。悪い人達ではないみたいだし、長屋の宴会にも来ていたが、良い人達だったし。この国の人以外にも通じるか試してみたいし」
妖狐は閃いた。最近、変わった人達がニホンを訪問し周辺を賑わせている事から。
思い立ったが吉日とばかりに妖狐は、完成したばかりの札を含んだ沢山の札を手に協力してくれる浄化師を捜しに行った。
「僕は妖狐の太吉(たきち)だ。破邪の札、幸運の札、安眠札、呪いの札とか色んな札を売って生計を立てている札売りだ」
そして、浄化師が見つかると太吉は、まずは自己紹介。
「このお札は、獣札(けものふだ)と言って、獣になる事が出来るんだ。使い方は札を握り締めて、なりたい獣を頭に思い浮かべるだけでいい。効果は、今日の朝から夜までだ」
続けて、協力を取り付けようと出来立ての札の説明をした。
「どうだ、試して貰えないか? もちろん他の札を試してもいい?」
説明を終えた太吉は、改めて協力を受けて貰えるか訊ねた。
聞き終えた浄化師達は、好奇心から札を受け取ったり中には危険と感じ断る者もいたりと様々だった。
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「実験に協力して欲しいの」
おっとりとした声で、リリエラ・ワルツはアナタ達に言いました。
いま居る場所は、教団のとある施設です。
そこそこの大きさのテーブルを囲むようにして、アナタ達は居ます。
緑手の魔女とも呼ばれているリリエラは、小皿をテーブルの上に置き、続けて言いました。
「ニホンに作る薬草園に、植えようと思う物のひとつなの」
リリエラの説明に、アナタ達は小皿に乗った種に視線を向けます。
それは見た目はアーモンドの様な種でした。
「食べると、変身が出来る魔法が掛かる種なの」
この説明に、なぜそんな物を薬草園に植えるのかと質問すると、リリエラは応えます。
「怪我とか病気をした時に、一時的に違う物に変身できたら、進行を止められるかもしれないと思って。一番良いのは、怪我や病気をする前の姿に変身させて、効果が効いている間に、対処する準備をするのが目的ね」
回復のための物ではなく、時間稼ぎの物のようだが、確かに実現すれば画期的だろう。
「でも、まだまだ、品種改良しないといけなくて」
元となる木は、魔力を注ぐことで、色々と性質を変える魔法の植物とのことだが、今の所、リリエラが目指す効果をもたらす種が出来ているとは言い辛いらしい。
「だから、何度も何度も実験を重ねて、役に立つ物を作る必要があるの」
トライ&エラーは、あらゆる進歩には必要なこと。
とはいえ、それに身体を張るのは、ちょいと辞退したい所だが。
そんな気持ちを察したのか、にこやかな笑顔を浮かべ、リリエラは続ける。
「食べても、危ないことはないし、効果も一日あるか無いかだから、大丈夫。多分、小動物になっちゃうぐらいね」
十分に大ごとでは?
そんな風に思う者も居れば、なにやら目を輝かせる者も。
その眼差しは、パートナーに向いている者も居たり。
これは、逃げた方が良いのでは?
そんなことを思う者も居ましたが、指令を受けた以上、逃げられません。
「味は美味しいから。1粒だけでも効果はあるけど、食べれば食べるほど、効果時間は長くなるわ。長く試してみたい時は、1粒以上食べてみてね」
リリエラは、のんびりとした声でそう言うと、魔法の種が乗った小皿を、アナタ達に差し出します。
さて、この状況?
アナタとパートナー。一体、どちらが食べますか?
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センダイ藩。
ニホンのトウホク地方における雄藩だ。
東ニホンとしては珍しく、アークソサエティとの交流による貿易を目指したこともある。
もっとも、それは激化するヨハネの使徒やべリアルとの戦いにより頓挫したが。
その生き証人の1人である吉次郎は、おぼろげな記憶の残る故郷に足を踏み入れていた。
(まさか、生きて戻る日が来るとは思いませんでしたね)
目的地に向かいながら、吉次郎は心の中で呟く。
(父や母なら、喜んだかもしれませんが)
アークソサエティとの軍事同盟も視野に入れた使節団。
その一員として、幼い吉次郎を伴い訪れた父と母。
だが、激化する情勢に帰ることが出来なくなり、現地に根を下ろそうとするも巧くいかず。
貧困と失意の中、死んだ。
独り残された吉次郎は、父母の無念を晴らすように成り上がりを夢見ていた。
成り上がるためならばと、終焉の夜明け団とも関わりのある商人の下で働いていたが、そのことが発覚することで巻き添えを食らい。
結果、アークソサエティでの商売が実質不可能になっていた。
そんな自分が、冒険者ギルドをニホンに設立するプロジェクトに関わるというのは、中々に酔狂な運命だと、吉次郎は思っていた。
(まぁ、それ以外にも、やらなければいけないことは山積みですが)
自分と共に、一緒に目的地に向かっている一団のことを思い浮かべながら、吉次郎は思う。
(私に任せるというのは、どういう了見なんでしょうね?)
今、共に目的地に向かっているのは、狸オヤジといった風体の男と、美女2人。
狸オヤジは、冒険者ギルドの紹介業者であり投資家でもあるクロア・クロニクル。
美女2人の内ひとりは、おっとりとした金髪碧眼のリリエラ・ワルツ。もうひとりは、黒色の肌をした30代に見える妖艶な色気を漂わせているナディヤ・ドレーゼ。
ともにエレメンツに見える2人は、投資家でもある魔女だ。
彼らは少し前、浄化師達によるプレゼンに賛同し、ニホンへの投資を決定した者達の一部。
吉次郎が忙しく働いている中、物見遊山とばかりに、ニホンのあちらこちらを見て回っていた。
(イイご身分で)
そう思いつつ、本人は自覚は無いが、まんざらでもない。
「アタシは、貴方を買ってるんです。そんな安売りをするほど、貴方の野心は易くないでしょ?」
吉次郎がプロジェクトを任されるに当たって、告げられた言葉。
それが、知らず心に残っていた。
(私は、10億なんかじゃ足りやしない。もっともっと、価値のある男なんだ)
それは意地であり、決意。
自らの価値を他人に認めさせるのだという、成り上がりを求める意志。
吉次郎とは、そういう男である。
彼は成り上がるための最初の一歩として、目的地に辿り着いた。
「始めまして親分さん。私は吉次郎と申します」
辿り着いた目的地は、センダイ藩の氏神を祭る社。
そこで待っていた、地元の博徒の親分に、吉次郎は深々と頭を下げた。
「おう、よく来たな。まずは社に行くか。話はそれからだ」
子分を引き連れて、親分は社に向かう。
「行きましょうか」
吉次郎は、後をついて来ていたクロア達に呼び掛ける。
そして一行は社の中に。
そこでは、センダイ藩に根を下ろす博徒の親分が数人待ち構えていた。
彼らとの会談が吉次郎の目的だ。
何故かと言えば、冒険者ギルド、そしてその他諸々の投資対象となる施設。
それを設置する土地を取りまとめているのが、ここに居る博徒達だからだ。
妖怪達によるヨハネの使徒やべリアルの駆除が成されるよりも前。
侍達と同じように、場合によっては彼ら以上に命を張った彼らは、その功績により、センダイ藩の氏神である竜神『正宗』が治める土地を自由にする権利を藩から与えられている。
これは、ドラゴンから八百万の神となった正宗が、今はいずこかに隠れてしまい、居なくなっていることも大きい。
そうして彼らが実効支配する土地に、吉次郎は冒険者ギルドだけでなく、それ以外の投資を行う施設を作るつもりなのだ。
利用しやすく広大な土地という利便性だけでなく、センダイ藩の氏神が守護する場所という権威。
絶好の場所である。
だからこそ、そこを支配する親分達とは、色よく話をつけたいのだ。
そう吉次郎が思っていると、親分の1人に先手を取られた。
「早速だが、幾ら払える?」
前振りさえない値段交渉。
これは、吉次郎がニホンへの投資のために手に入れようとする土地に、幾ら出せるかという問い掛けだ。
「50億までなら」
さらりと、吉次郎は返す。
どよめきの声が上がり、吉次郎は手ごたえを感じる。
吉次郎が自由にして良いと言われた額は10億だが、それを元手に、今では100億まで増やしている。
やり方は、銀行に10億を預け、それを担保に10億を借り。
数字上は20億になった所で、それを抵当に40億の融資を受け。
さらにそれを元手に、債権を作り売り捌いて作った100億。
今回の投資が失敗すれば、地獄のような借金が待ち構えているが、そうしたリスクを取ってでも、使える金を増やしている。
(いけるな)
周囲の状況に吉次郎が内心ほくそえんでいると、涼やかな声が遮った。
「つまらんのぅ」
声の主は、1人の少女。
刀の鍔を左目の眼帯にした、華やかな着物姿をしている。
着物姿と言っても、動き易そうに改造され、どこか傾(かぶ)いた見た目。
彼女は続ける。
「海を越えて来たというから、どんな楽しいことをしてくれるかと思えば。金を積むだけでは、つまらぬぞ」
この言葉に、博徒達の雰囲気が変わる。
それまで吉次郎を良しとしていた雰囲気から、どこか距離を取るような気配に。
(なんだ、この娘)
吉次郎が次の行動を取れないでいると、後ろで座っていたクロアが口を挟む。
「噂通り、遊び好きですねぇ。五郎八(いろは)さまは」
それはセンダイ藩主の愛娘にして、竜神正宗より竜眼を与えられたという少女の名。
(クロアのジジィ、魔女と物見遊山してると思ったら……調べてやがったな)
吉次郎が表情を変えず、内心で歯噛みしていると、五郎八は楽しげに笑い言った。
「我の名を知っておるなら、話は早い。確かに我は、遊び好きじゃ。此度の件も、ひとつ遊びで決めようぞ」
「遊び、ですか?」
警戒する吉次郎に、五郎八は変わらぬ笑顔で返す。
「博打をしようぞ。こちらは土地を、そちらは金を。ともに賭け、楽しむとしようぞ」
そこまで言うと、さらに付け加える。
「そうじゃ。浄化師とやらも連れて来い。遊び相手になって貰おうぞ」
この申し出に、吉次郎は目まぐるしく頭を回し、最善だと思える応えに賭けた。
「では、楽しんで頂きましょう。その分、お代は頂きますが」
この応えに、笑みを強める五郎八だった。
などということがあった数日後。
アナタ達は、指令で博打をすることになりました。
とりあえず元手は50億。最大で、100億まで賭けても良いとの事です。
賭けの種類は、アナタ達で選んでも良いとの事ですので、ポーカーにブラックジャック、麻雀にサイコロと、好きに選べます。
この状況、アナタ達は、どう賭けますか?
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その稲荷神社では、七夕祭りが真っ最中だった。
久々の、大きなお祭りである。
賑やかに、ハレの日を楽しむべく、2週間以上の長きに渡って執り行われている。
海を渡って来た浄化師達も参加したというこのお祭りは、噂を聞き付け、近隣以外の人々も訪れ賑わっていた。
そのお祭りで、テロが起るとの情報を、薔薇十字教団ニホン支部は手に入れた。
ニホン支部長である『安倍清明(あべの せいめい)』は、アナタ達を招集し指令を告げる。
「トウホクの稲荷神社でテロが起るとの情報を手に入れました」
その情報は、一体どこから?
そう訝るアナタ達に、清明は詳しくは返さない。
「確度の高い情報です。間違いはありません」
ただただ、確実な情報だということを強調する。
政治的な思惑が絡み、ニホン支部は本部からの独立性を必要としており、それがアナタ達への秘密主義に繋がっているのかもしれない。
あるいは、他の理由もあるのかもしれないが。
だが、そんな詮索は、今する余裕はない。
テロを防ぐべく、動くのが先決である。
「これは、祭りの会場に仕掛けられた爆破魔方陣の設置された箇所を記した地図です」
アナタ達に渡された地図には、祭り会場の詳細な見取り図と、そこに設置されているという爆破魔方陣の場所まで記されていた。
ここまで詳細な物を、どうやって手に入れたのか?
疑問は尽きないが、テロを防ぐべく清明の説明を聞き続ける。
「爆破魔方陣は、禁忌魔術であるヘルヘイム・ボマーを改良した物のようです」
清明の言葉に、少なからず動揺するアナタ達。
ヘルヘイム・ボマーは、サクリファイスが行おうとしたテロで使われようとした物だ。
なぜ、そんな物がニホンで使用されているのか?
清明は、その疑問には答えず、爆破魔方陣の詳細と解除方法だけを告げる。
「オリジナルのヘルヘイム・ボマーとの違いは、大きく2つ。ひとつは威力です」
元々のヘルヘイム・ボマーは、魔方陣に込める木気の魔力量により、威力の調整が出来る。
その性質を利用し、重傷化するが死なない程度に威力を抑えるような使用が好まれていた。
だが、今回の爆破魔方陣は違う。
この魔方陣は、周囲から木気の魔力を集める性質を持っている。
そのため、大気や地面からだけでなく、周囲を移動する人々からも微量であるが集め続け、威力を高めることが出来る。
おそらく祭り会場に設置したのは、被害者を多く出すためだけでなく、祭りに訪れた人々から、木気の魔力を集め威力を高めることも目的だと推測された。
すでに設置から少なくない時間が経過し、威力は相当上がっている筈だ。
「ふたつ目の違いは、時限性です」
元々のヘルヘイム・ボマーは、魔力回路を持つモノが魔方陣に侵入することで発動する。
だが今回の爆破魔方陣は、そこが時限式に変えられていた。
これは木気の魔力を集める時間を延ばすことで、より威力のある爆破魔方陣にするためだと思われる。
「発動の時刻には、まだ時間があります。発動時刻は、2日後の午後8時。祭りの最終日に、最も多くの人々が集まる時を狙っているようです。ですので、今から解除に向かえば間に合います。ただ――」
注意点を清明は説明する。
「この爆破魔方陣は時限式ですが、同時に、遠隔操作で爆破することもできます。そのためには、術者が一定距離まで近づかなければいけませんが、そうなる前に解除しなければいけません」
そこまで説明すると、清明は解除方法を教える。
「土気の魔力属性を持つ武器、あるいは魔術。もしくは土気の属性を持つ人物が魔方陣を攻撃することで、無効化出来ます。ただし込められた木気の魔力量に応じて、魔方陣は強固になっています。それを上回る土気の魔力をぶつけなければいけません」
つまり攻撃力が高い者であればあるほど、爆破魔方陣を速く解除することが出来るという訳だ。
「解除には、土気の魔力属性が必要になります。そのため、本来なら誰でも出来るという訳ではありません。ですが、その点に関しては、こちらの魔女殿の協力で解決できます」
「うん。任せて!」
力強く頷いたのは、魔女であるセパル。
彼女の説明によれば、ごく短時間だが魔力属性を変える魔法を掛けられるとのことで、それを利用すれば誰でも解除を行えるとの事だった。
説明を聞き終った所で、清明は指令を口にする。
「爆破魔方陣の解除をお願いします。時間はまだありますが、解除は早い方が良い。現地には、すでに事情を話し、アナタ達が現地に訪れる頃には、人払いをして貰えるように話はつけています」
話を聞き終わったアナタ達は、早速現地に向かいます。
魔導蒸気船『ホープ・スワロー』も使い、可能な限り足を速め、爆破予定の1日前の早朝には、現地に辿り着くことが出来た。
そうして解除に取りかかろうとした頃、それに爆破魔方陣を仕掛けた者達は気付いていた。
『おい! どういうこった!』
とある屋敷。その奥の部屋に設置された通信機器を通じ、『芦屋道満(あしや どうまん)』はグラバーに怒鳴る。
『爆破魔方陣を仕掛けた場所に浄化師が来てるぞ! 解除されちまうじゃねぇか!』
「……知っています。それに関しては、いま人を出しました」
爆破魔方陣を設置させたグラバーは、東ニホン反政府軍の実質的な頭目である芦屋道満に応える。
「潜り込ませた『イヌ』から情報が来ましたが、つい先ほどなので少し遅れました。ですが間に合います。解除される前に爆破させ、浄化師だけでも殺します」
『はぁ? 出来んのか?』
「もちろん。その際に、反政府軍になりたがっていた浪人共も連れて行きます。犯行は奴らが行った物として偽装し、その後情報操作します」
『そうかよ。なら良いけどよ。でもな、現場につく前に、近付いてるのはバレるぞ。向こうも、その辺は警戒して、周囲に見張りぐらいつけてんだろ』
「構いません。私達の協力者も同行しますから。彼らが邪魔者は排除してくれるでしょう」
『ホントかよ。信じられねぇ……分かった。じゃ、俺達も手を貸してやるぜ』
「……は? 待って下さい! いま貴方に動かれて、下手にこちらとの関係性がバレでもしたら――」
「心配すんな! 任せとけ!」
その一言を最後に通信は途切れる。
「馬鹿が!」
苛立たしげにグラバーの声が屋敷に響いた。
そうした状況になっているとは知らないアナタ達は、現場に到着すると、即座に解除に動きます。
時間は、朝の6時。人は神社の関係者ぐらいしか居ません。
爆破魔方陣が設置されているのは、神社の境内と、神社に通じる参道に一定間隔で設置された7基の鳥居の近くです。
早速、解除を行っていると、その途中で襲撃の連絡が。
清明の使い魔であるカラス達がアナタ達に告げます。
「犯人がこちらに近付いています! 魔方陣解除チームと襲撃者への対応チームに分かれて下さい! 場所は案内します!」
これにより、2つのチームに分かれ対応することに。
魔方陣処理班と襲撃者対応班。
急遽、編成することになり、動くことになりました。
緊迫するこの状況。アナタ達は、どう動きますか?
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東方島国、ニホン。
風情ある景色の中に、かなりの時代を生き抜いたと思われる建物群。
その建物達には全て、とある物がぶら下げられていた。
ニホンでは瑠璃細工と呼ばれる、つまるところガラスの加工品であるソレは。
夏の強い日差し、高い気温に抵抗するように涼しげな音を響かせる。
『風鈴』と呼ばれるその瑠璃細工は、見渡す限り同じ物は一切無く。
形や大きさ、奏でる音から描かれた模様まで。
多種多様な風鈴は、見る者を、そして聞く者を魅了する。
浄化師達が足を止め、風鈴の音に耳を傾けていると、不意に。
「見かけない顔だねぇ。ひょっとして新顔かにゃぁ?」
変に間延びした、緊張感の無い声。
頭上から聞こえてきたその声に顔を見上げてみると……。
うつ伏せに寝っ転がって、足をバタバタさせている猫耳の少年が一人。
空中に浮いて寝っ転がっているも何もないのだが、そうとしか表現できないのだから仕方が無い。
「にゃははは。初めましてにゃ~ん。僕は華斬(はなぎり)、見て分かるか分からないけど、風鈴の神様にゃ~ん」
風鈴の神様。
聞き慣れない神を聞いた気がするが、ここニホンには八百万の神がいると聞く。
その中に風鈴の神が居ても不思議ではないだろう。
「まぁ、今日は僕に風鈴を奉じる『風鈴華残(ふうりんかざん)』の日。外部の人たちも楽しんでいくといいにゃぁ」
欠伸をしながら、そんな事を呟いて、風鈴の神様はどこなりへと姿を消してしまった。
一陣の風を残しつつ。
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「お客さんなんて珍しいべさぁ」
吊されている風鈴を、より間近で観察しようと足を進めた浄化師達は、いきなりそう声を掛けられた。
地元の人なのだろう。妙な訛りがあるが、特段聞き取れないような訛りではなかった。
「最近はめっきり減っちまってよぅ。……そうだ! あんたさんら、風鈴を作ってみねぇか?」
唐突な質問に、思わず顔を見合わせるが、そんなことは気にせずに話は続く。
「今日は『風鈴華残』の日。風鈴を華斬様に奉じてな、奉じた風鈴を思い人に渡すちゅうお祭りさ」
顔を見合わせたまま、けれども明らかに食いついた、と思われる反応を示した浄化師達は、その先の説明を心待ちにする。
「恋人、思い人。仲間や相棒。送る相手は人それぞれ。作った風鈴に絵や文字を入れて、華斬様にさえ奉じればそれ以外は自由。……どうじゃ、作ってみるか?」
その言葉に、浄化師達はゆっくりと頷くのだった。
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出店で賑わう祭りの最中。
ごった返す人や妖怪、あるいは神様などに揉まれ、僅かに疲弊してきた頃。
何気なく人通りの少ない場所を目指して彷徨っていると、ふと、出店の角に目が留まった。
『クジ屋』。
とりわけ珍しいわけでも、何か目をひくような物があったわけでも無いその店に近付いたのは、果たしてどちらからだったろうか。
人通りの少ない場所を目指したように、何気なくクジを引いてみることにしたのだ。
他のクジ屋のように、何が当たるかを大々的に宣伝してはいないし、そもそも見える位置に商品を並べてすらいない。
祭りの気に当てられて、財布の紐が緩くなった――言うなれば気の迷いの一種。
差し出された箱に手を入れて、ガサゴソとかき回し。
無作為に一枚のクジを引き抜いて、店主へと渡す。
クジの中身を確認した店主は、驚いたように眉を吊り上げた。
「ほぅ。お前さん達、運がいいね。こいつはまだ数組にしか当たってないはずさね」
その言葉を残して台の下へと潜り込んだ店主。
何のことだか分からずに、お互いに顔を見合わせた浄化師達だったが、そのすぐ後に顔を上げ、何かを差し出した店主の持っている物を見て納得した。
店主の手には、『屋形船から花火を見ようキャンペーン』と書かれたチケットが握られていた。
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チケットに書いてあった場所。
そして、指定されていた時間の少し前。
船乗り場であるそこに足を運んだ浄化師達を出迎えたのは、如何にも船乗りという風貌の男。
休憩中か煙草を吹かしていたその男は、浄化師達の姿を確認すると、煙草を踏んで火を消した。
「じじいから話は聞いてるぜ。乗りな!」
どうやら話は聞いているらしく、即座に船の中へと案内される。
入り口はやや狭く、身を低くしなければ入ることは出来なかったが、その入り口とは打って変わって、中は広々としていた。
中規模の宴会程度なら、開けそうな位の広さがある。
「さて、まずこの屋形船についての説明だ。これからたっぷり三時間掛けて、ここらの河を遊覧する。丁度二時間くらいの頃に花火が上がり始め、花火の終了と共に船着き場へと到着予定。ここまでで何かあるか?」
先ほどの男が、やはり身を低くして入ってきて。
入ってくるなり説明を始めた。
とりあえず説明は聞いたが、そこに何か意見があるかと聞かれれば、特に何も無いだろう。
「んじゃあ次、遊覧中は酒と食い物を出す。この二つに関して、何か要望はあるか? 酒の度の強さや、料理を魚中心、肉中心。あるいは精進料理にってのも可能だ。あー……精進料理ってのは動物系の食材を使わない料理のことだな」
どうやら、自分の好みで料理のコースなどを決めることが出来るらしい。
「もうすぐ出発。さぁ、何か要望はあるかい?」
男は、にっこりと笑って、二人の返答を待つのだった。
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夏の日差しが境内に降り注ぐ。
細くねじった手拭いを額に巻いた男たちが、大声で会話しながら屋台の準備をしている。
木陰で固まってお囃子の練習をする子どもたちの額から汗が流れた。
女たちは急造の屋根の下で大鍋を混ぜたり家から持参した握り飯を皿に並べたりしている。
「休憩ー!」
やがて女のひとりが甲高く叫んだ。
賑やかだった境内が一瞬だけ静まって、暑気も裸足で逃げ出しそうなほど大音声の雄たけびが上がった。
大人も子どもも関係なく、その場にいた者たちが炊き出しに群がる。女たちは手際よく昼食を手渡して行った。
「こら、つまみ食いしないの!」
「いてぇ! つねることねぇだろ!」
「お前さんの屋台、傾いてねぇか?」
「浄化師さんもくるんだろ? 多めにそばとっといて正解だったな」
「今年の金魚は特に大きくて……」
神の試練を受けるこの世界において、日々の営みは決して気楽なものではない。
だが、今はそれも嘘のようだった。
笑い声と笑顔があふれている。ハレの気がビャクレン神社を包んでいた。
――願わくは永遠に嘘であればいいと、ビャクレンは思う。
八百万の神の一柱であり、無病息災を祈る相手とされるビャクレンは、社の瓦屋根に腰かけて人々を見下ろしている。
思わず頬が緩むほど幸福だった。
同時に、ひたひたと迫ってきている強大な災禍のときを思うと胸が痛む。
眼下の人々。その何割か。
あるいは彼らが大切に思う者たちが、命を落としてもおかしくはないのだ。
「寿命ならともかく、神とやらに殺されるというのは、なぁ」
目を伏せた彼の耳に、不格好に屋根を歩いてくる足音が届いた。
振り返ると、皿を両手で持った少年が転ぶ寸前の格好でぷるぷる震えている。
「ビャク、レン様、おにぎり! どうですか!」
「ありがとう、クモト。とりあえずその態勢をどうにかしようか」
ビャクレンが慎重に皿をとると同時に、クモトが転倒して瓦にしがみつく。
物音を人々は気に留めなかった。
「余計なことを考えるのはやめておこう。今夜は御鏡祭。私の祭りなのだから」
「はい!」
元気に起き上がったクモトが、いそいそとビャクレンの隣に座る。
塩気が効いたおにぎりを、神と妖怪は人々を見守りながら頬張った。
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朝、東方島国ニホン、裏通りの長屋『ひなた』。
「今夜は、外で宴会でもしないかい? 家主さんから美味しい大根の煮物のお裾分けもあるし、忙しくて祭りに行けなかった者もいるだろう」
真面目そうな50歳程の男性が各家を巡り、声を掛けていた。
「いいですね、大家さん! 今夜花火が打ち上げられるそうですし、何より家主さんの煮物は俺の大好物です。あの人、本当に料理が上手ですよね」
「宴会か、楽しみだ。ここ最近忙しくて夜市とか祭りに行けなかったから」
話を聞いた住民の多くは、浮かれ待ち遠しくて仕方がない。
「美味しい物を持って来るんで、今月の家賃もう少し待ってくれませんかね」
大家の『久保田・兵助(くぼた・へいすけ)』の顔を見た途端、懇願する住民も数人いる。長屋の所有者の家主とは違い、男は家賃を集めたり管理を任されているようだ。
「……久保田さん、代々伝わる甘くて美味しいおはぎを作って来ますわ」
住民の中には、妖怪の姿もちらほら。
「長いすとか卓とかはこの損料屋(そんりょうや)のオイラにお任せあれ! 今回は貸し出し料は無料だ! オイラも騒ぐの好きだしさ」
大家が各家庭を回っている所に、20歳の陽気な青年がひょっこり現れた。生活用品の貸し出しや質屋をしているらしい。
「それじゃ、頼むよ、大木君」
大家は宴会の設備関係全てを『大木・雅大(おおき・まさだい)』に任せ、自身は声掛けを続けた。
「これも、長屋の管理を任されている者としての仕事、人間と妖怪、姿形だけでなく慣習も違う者同士が仲良くするには交流が不可欠!」
全ての家に声掛けを終えた所で、大家は何やら使命感に燃えていた。
「そう言えば、何とかというどこぞから来た人がいたなぁ。そういう人達が来てくれたら、宴会ももっと盛り上がるだろうな……ちょっと、捜してみようか」
大家は、浄化師がこの国に来たという話を耳にした事を思い出し、賑やかな表通りに捜しに行った。
しばらくして、星々と満月が煌めく夜が訪れ、長屋の住民が利用する井戸のある開けた場所にて、賑やかな宴会が始まった。
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枢機卿。
それは教皇を補佐する大貴族達により構成される。
教皇国家アークソサエティの政治の中枢を牛耳る集まりだ。
そんな彼らが、再び集まっていた。
「パーティ楽しかったです!」
「そんなことは聞いてない」
ファウストの言葉に、枢機卿の1人は呆れたように返した。
今この場に枢機卿が集まっているのは、メンバーの1人であるファウストの報告を聞くためだ。
一月ほど前。枢機卿たちと対立する貴族グループのひとつが行った、新当主の披露舞踏会。
そこに牽制としてファウストを送ったのだが、その後の経過も込みで、経緯の報告を聞くために集まっている。
だというのに、返って来たのが舞踏会の感想である。
(子供の使いではないのだぞ!)
内心で歯噛みしながら、赤毛の枢機卿、グラバーが重ねて言った。
「ファウスト殿。貴方の感想は聞いていない。事実だけを話していただけると助かるのだが」
これにファウストは、へらへら笑みを浮かべ返す。
「ニホンへの投資話に誘われました!」
「なんだと!?」
思わず声を上げるグラバー。
「どういうことだ! あの国は、いま仕込みの最中なんだぞ!」
「ええ、分かってます。植民地化計画の前段階が進んでいるんですよね?」
のほほんとした口調で、メフィストは返した。
いま話題に出た話は『ニホン植民地化計画』のことだ。
教皇国家アークソサエティの出先機関ともいえる教団支部を置くだけに留まらず、実質的な支配下に置く計画。
その前段階として、ニホン国内の政情を不安定にするための工作を行っていた。
「私の家が中心になって、あの国の反政府組織に武器や資金を供給しているというのに、邪魔をする気ではないだろうな!」
激昂するグラバー。
これに最年長の人物が応える。
「グラバー卿。それは穿ちすぎでしょう。我らの計画が知られているとは思えない」
白髪の老人の言葉に、グラバーは熱を冷ますような間をおいて返す。
「……それは、そうでしょうが。しかし計画を順調に進めるには、ニホンは衰退していた方が良いでしょう。だというのに、投資などされれば――」
「むしろ好都合ではないですか」
白髪の老人は、笑顔で言った。
「あの国には、我らの支配地にしやすくするため、どのみち一度潰れて貰う予定です。そんな国に投資をすれば、すべてが無駄になります。つまり――」
誰かを陥れる策謀を、白髪の老人は楽しげに続けた。
「投資をさせるだけさせて、ニホンを潰せば良い。そうすれば、我々の邪魔をする国内勢力を潰すことも楽になる」
「一石二鳥ですね! さすがです!」
白髪の老人の言葉を、諸手を上げて持ち上げるファウスト。
そして続けて言った。
「あの、そういうことなら、私が受けた投資話は、どうしましょう? 全部最後に損しちゃうなら、関わらない方が良いですよね?」
「いえ、むしろ関わって下さい」
ファウストの問い掛けに、白髪の老人は返す。
「内部情報を手に入れたり、投資量を増やさせるためにも、こちらの手配が及ぶ者が居ると都合が良い」
「え? ええ? えと、その、それだと、どうすれば良いんでしょ?」
指示を仰ぐファウストに、白髪の老人は言った。
「向こうの話に乗って下さい。その上で、内部情報の報告や、投資量への干渉など、お願いします」
「あの、それだと、ウチの家がお金出さないといけなくなるんですけど」
「ええ、そうなりますね。お願いします」
「そんな~。投資に使うような大金、爺になんて言えばいいか……それに、どうせ失敗するんですから、私が失敗したってことに――そうだ!」
突然ファウストは、妙案だというように声を上げた。
「浄化師に協力させても良いですよね! 投資の企画とか、全部丸投げしちゃって! それなら失敗しちゃっても、浄化師のせいってことに出来ますし!」
「……ご自由に」
鼻で笑うように返す白髪の老人。
他の枢機卿達も、嘲笑を浮かべていた。
彼らは気付かない。
浄化師が関わって失敗すれば責任を押し付けられるというのなら、逆に、成功すれば浄化師の功績になるということに。
別に彼らが愚かなのではない。
ただ、生まれた時から支配者階級として生きてきた彼らは、傲慢というだけだ。
「頑張ります!」
機嫌良さげにファウストが言うと、彼の足元に居たダックスフントが相槌を打つように鳴いた。
「ばうわう」
その犬は、右前脚の付け根に傷を持っていた。
まるで、一度切り落とされた脚を、再びつけたとでもいうような傷を。
その犬を見ながら、げんなりとした声で突っ込みを入れるグラバー。
「何故いつも犬を連れて来るのです。しかもそんなみすぼらしい」
「え? モテるんですよ、犬が居ると」
頓珍漢な応えを返すファウスト。
「散歩してる時に、かわいい女の子が居たら、犬が居たら声を掛けやすいじゃないですか。ねぇ、メッフィー」
「ばうわう」
「……そうですか」
マイペースなファウストと犬のメッフィーに、うんざりとした声で返すグラバーだった。
そんなやり取りがあった数日後。
ファウストからの要請で指令が出されました。
内容は、ニホンへの投資事業に関するアイデアを出して欲しいとの事です。
場所は、とある高級レストラン。
そこで、ニホンへの投資を行う投資家に対して企画案を話して欲しいとの事です。
今回の投資話に関わって来たのは、次のような人物達。
ひとりは、ディース・ヴァイキング。
樹氷群ノルウェンディの王、ロロ・ヴァイキングの末娘。
冒険者パーティ猛虎の牙の団長であり、海と船、そして観光に関する投資家としても有名な人物。
ひとりは、クロア・クロニクル。
ギルドの紹介業者であり、人材派遣と先物取引に関する投資家として有名な人物。
他にも、レストランのテーブルには、それぞれの分野で投資家として知られる人物達が。
そんな人物達に、ニホンへの投資話を行い、その気になって貰えるようにするのが、今回の指令です。
レストランですので、ゆったり食事を楽しみながら、行うも良い。
お喋りをして、くだけた雰囲気で、説明するも良し。
あるいは、意気込みと熱意で、投資を求めるも良し。
どうやって投資をさせる気になるかは、皆さんに任されています。
説得に必要な資料や物品は、死んだふり浄化師のウボーとセレナ、そして魔女のセパルが用意するとの事です。
さて、この指令。
皆さんは、どうやって、投資をする気にさせますか?
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東方島国ニホンは、東西に細長い国だ。
それだけに、地域ごとに気候の差が結構ある。
そうした気候の差は、同じ起源を持ったお祭りの時期が、地域ごとに違う、なんてことが起る一因になったりする。
なにしろお祭りは、するとなると一大事。
大抵は、農作業がひと段落してから取りかかるのが一般的だ。
だから、早くから気温が上がる地域と、そうでない地域では、お祭りの開催時期がずれることはよくあること。
七夕祭りも、そうした物のひとつだ。
田植えが終わり、一息ついて。
余裕が出た時期に、祭りを始める。
そんな事情があるので、七月七日以降にも、七夕祭りがある地域は多い。
トウホク地方も、そのひとつ。
七月の中旬から八月の初旬まで、七夕祭りをしている所は幾つもあった。
とある神社。
元々は稲荷神社だったのだが、ご神体の八百万の神が居なくなっているせいで、無神の神社も例外ではなかった。
「笹だ、笹。笹もっと持って来い」
「久しぶりの七夕祭りだ」
「盛大に祝うぞ!」
賑やかに楽しげに、祭りの準備を大勢の人々がしている。
トウホク地方は、幕府が切り捨てた地域だ。
そのせいで、ヨハネの使徒やべリアルに荒らされ、祭りなど出来る余裕がなかった地域でもある。
けれど今は違う。
トウホク地方が荒らされることに怒った妖怪たちにより、ヨハネの使徒は倒され、べリアルは引き裂かれた上で大岩で潰すなどして封じている。
お蔭で治安は良くなり、お祭りをする余裕も出来たのだ。
そうした妖怪たちをまとめている頭目が、七夕祭りの準備をしているこの場所に来ていた。
「これはこれは、悪路王の親分さん」
「おう。盛況じゃねぇか」
祭りの差配をしている神社の神主に声を掛けられ、悪路王を名乗っている『芦屋道満(あしや どうまん)』は応えを返した。
道満は、半鬼のデモンだ。
そうでありながら、トウホク地方の妖怪の顔役たちを次々に打ち負かし、配下に収めている。
この場に引き連れている2人の妖怪も、そうして従えていた。
1人は2mを超える巨大な鬼。
1本角の『豪鬼(ごうき)』。
もう1人は、煙管をくゆらせる、艶やかな色気漂う女妖怪。
煙妖怪『閻羅閻羅(えんら えんら)』。
2人の様な強力な妖怪を従え、今ではトウホク地方の妖怪たちの、実質的な取りまとめ役として周囲には認知されていた。
それとは別に、東ニホンの反政府軍の顔役として動いているのは、知る人ぞ知る事実であったが。
そうとは知らない神主は、にこやかに道満と話し、ひとしきり話したあと、道満は祭り会場から離れた。
「楽しみにしてるぜ!」
大きく笑顔を浮かべ、道満は別れの言葉を口にすると、豪鬼とえんらを引き連れていく。
しばし歩き。人気がなくなった頃、ニホンとは違う国の人間が接触した。
「見取り図は出来ましたか?」
「おう。これだ」
紳士風の男の言葉に、道満は懐から1枚の紙を取り出す。
それは先ほどまで居た、七夕祭り会場の詳細な見取り図だった。
「それがありゃ、爆破の魔方陣を仕掛けるのに手間が省けるだろ。グラバーよう」
「……ええ、確かに」
芦屋道満の言葉に、グラバーと呼ばれた紳士風の男は、見取り図を確認してから返す。
「これだけ詳細なら、あれらも動き易いでしょう。巧く爆破魔方陣を仕掛けることが出来る筈です」
「そりゃ良かった。爆破魔方陣、ヘルヘイム・ボマーだったか? すごい威力なんだよな?」
道満の言葉を、グラバーは几帳面に正す。
「正確には、サクリファイスの残党から手に入れたヘルヘイム・ボマーの術式を扱い易く作り直した物ですが、そうですね……大勢の人が死ぬでしょう」
笑顔でグラバーは続ける。
「そうなれば、こちらとしては好都合です。死者が出れば出るほど、憎悪の火はつけやすい」
「火をつけるのは、そっち。一度点いた火を大きくするのが、俺の役割って訳だ」
道満も笑みを浮かべ返す。
「そっちが事件の首謀者は反政府軍だって噂を流し、そこで俺が煽るような動きをすりゃ良いわけだ」
「ええ。噂を流すのは任せて下さい。魔女どもを追い詰める時に情報操作をした時のノウハウを披露しますよ」
「はは、おっかねぇ。こんなことの片棒担ぐのに手を貸してるのがバレたら、俺も洒落にならねぇ。だからよ――」
グラバーの肩に腕を回し、念を押すように道満は言った。
「いざとなったら、俺達をアンタの国に逃がす手筈は、抜かりなくしてくれよ」
「俺達、ですか……」
豪鬼とえんらに視線を向けたあと、グラバーは続ける。
「そちらの2匹、随分とお気に入りのようで」
「そりゃ、こいつらは使えるからな。豪鬼はめっぽう強えし、えんらは色っぽい。手放すには、惜しい」
「……そうですか。まぁ、その程度なら構いません」
「おおっ、さすが太っ腹じゃんか! だったらついでによ、前から言ってるのも叶えてくれよ」
「……こちらが捕獲している、狐の八百万に会わせろ、ですか……」
どこかげんなりとした響きを滲ませながら、グラバーは言った。
「アレは、ようやく捕獲した代物です。ただでさえ動物系の八百万どもは、アシッドに感染して強力なべリアル化することを恐れ、隠れている中で見つけたんです。早々おいそれとは」
「いいじゃんかよ~。前から言ってんじゃん。どうせ殺すんなら、その前に楽しませろって」
好色な笑みを浮かべ道満は続ける。
「俺よぉ、八百万とはヤったことねぇんだよ。殺す前に、なっ。ちょっとぐらい味見するのは良いだろ」
「……それは」
言いよどむ、グラバー。
そんなグラバーの背中を、道満はバンバン叩くと、さっさと離れていく。
「じゃ、頼んだぜ! 嫌だって言うなら、俺、やる気なくしちゃうかもな~」
言いたいことだけ言って去っていく道満に、グラバーは心の中で舌打ちしながら、同じくその場を後にした。
などということがありましたが、それはそれ。
今回の皆さんの指令には関わりがありません。
今回の指令は、トウホク地方で開かれている七夕祭りに参加することです。
そのお祭りは、とあるご神体のいない稲荷神社で行われます。
参道の入り口で、提灯を貰い。
そこからいくつかの鳥居を潜り抜け、境内に設置された笹に、短冊をつるすという物。
移動する参道は距離があり、途中途中に屋台や出店が幾つもあります。
種類は多く、長椅子の置かれたお茶屋さんでは、抹茶と美味しい和菓子が。
小物の出店も数多く、簪や、色鮮やかな組み紐に、根付けと呼ばれる日本特有のアクセサリーを売っている所も。
他にも、リンゴ飴や餡子たっぷりのたい焼きを売る屋台もあれば、シックな風呂敷を売っている所も。
なぜか、名前を彫り入れてくれる木刀、なんてものまで売られています。
そんな屋台や出店が立ち並ぶ参道の先、たくさんの笹が置かれた境内に短冊をつるせば、書かれたことが叶うと言われています。
そんな七夕祭りに参加するよう、指令が出されました。
目的は、ニホンでの友好と、各地域で浄化師が少しでも動きやすくなるよう、現地の人達に自分達のことを知って貰うことです。
その一環として参加して貰う七夕祭りは、現地にとけ込んで貰うために、浴衣を着て参加するように言われています。
必要な浴衣は、教団の方で用意するので、事前に好みの浴衣をリクエストしてくれとの事でした。
この指令に、アナタ達は――?
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